アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

ヴェネツィア散策 - 16 広場を囲む建物⑬ サン・マルコ大聖堂 

今日はサン・マルコ広場ランドマークであるばかりでなく、ヴェネツィア共和国の象徴でもある、サン・マルコ大聖堂 を紹介します。

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サン・マルコ大聖堂  828年創建 11~15世紀にかけて改修

6世紀、ヴェネト地方に暮らしていた人々は、ゲルマン系民族の度重なる侵入に悩まされ、彼らが容易に追って来れない、湿地帯の続く、ラグーナの島々に逃げ込みました。
地盤と言うよりも沼地に近い地面に、無数の木杭を打ち込んで造ったヴェネツィアの地盤は浮島と呼ばれています。

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浮島の上に街を築いたドージェを中心として共和国を設立したヴェネツィアは、長らくビサンチン帝国の支配に甘んじます。
その後、一端の都市国家と認められる事を目指したヴェネツィアは、国民の精神的な支柱国家の象徴とする為に、アレクサンドリアから聖マルコの遺骸を買収し、その聖マルコの遺骸の安置する為に サン・マルコ聖堂の建設を計画します。
その後、聖マルコの遺骸を無事国内に運び込んだヴェネツィアは、ナポレオンに占領されるまでの1000年間、 アドリア海の女王 と呼ばれる程の繁栄を続ける共和国を築いたのです。

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初めに大聖堂と記ししたが、本来の サン・マルコ聖堂ドージェ ( 総督 ) の為の礼拝堂であり、大司教の置かれる大聖堂なったのは19世紀のことです。
政教分離の政策を徹底したヴェネツィア共和国は、国政に教皇の権威が及ばないよう努めた国だったのです。

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幾重にも重なって見える正面のアーチと、帽子のように見える5つのドームが外観の特徴でしょう。

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ドゥカーレ宮殿ドージェの中庭 から撮影

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アーチの上やドームの合間に見え隠れしている尖塔の頂部には、沢山の聖人の彫像が乗せられています。

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聖マルコ像  15世紀初頭
中央入口のアーチの頂部の聖マルコ像は、広場に訪れる人々を見守っているかのようです。
周りには沢山の天使や、すぐ下には有翼の獅子像もあります。

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中央の正門上のモザイク画以外は、聖マルコの遺骸が到着するまでの様子を描いています。

この後、向かって左から順に、壁龕状に窪んだアーチのに描かれた絵を見て行きます。
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向かって右 ( ドゥカーレ宮殿 側 ) 端
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このモザイク画は17世紀作


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向かって右から2番目
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中央入口 ( 聖堂正門 )
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栄光のキリスト と 最後の審判 を描いたモザイク画
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向かって左から2番目
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向かって左 ( ムーア人の時計塔 側 ) 端
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サン・アリピオ門 上に描かれたモザイク画は、この「聖堂に運ばれる聖マルコの遺体」を描いています。 5つのモザイク画の中で最も古い13世紀に描かれたもので、当時の聖堂の様子がうかがえます。


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アーチを支えるかのように設置された、様々な色の大理石の列柱には、コリント式にもイスラム様式にも見えるオーダーが施されています。
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西 ( サン・マルコ広場 ) 向きだけでなく、南 ( ドゥカーレ宮殿 ) 側にも出入口が在ります。

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西南角の見上げ

次の日に内部の見学をしましたが、内部は撮影禁止だったので、手持ちの資料から
サンマルコ大聖堂
出典「ユネスコ 週刊世界遺産2 ヴェネツィアとその潟」

聖堂の内部は眩いばかりの黄金の空間でした。
平面は左右の翼廊方向とと、入口から後陣までの縦方向の距離が同じギリシア十字。 
聖堂中心の十字の交差部分と、十字の各辺の上部に5つのドームを冠し、中央の一番大きな キリスト昇天のドームモザイク画は、聖母マリアと十二市使徒、天使に囲まれたキリストが描かれた13世紀の作品です。
約4000㎡にも及ぶ壁や天井は、数百年を掛けて旧約聖書の物語を描いた黄金のモザイク画で埋め尽くされています。

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サン・マルコ広場 に面した2階のテラスから、中央入口アーチ上の ブロンズの馬 を見る。 この像はレプリカで、金箔を施した本物の 四頭の馬 は聖堂内の博物館に展示してあります。

ここからは撮影禁止のギリシア十字の聖堂から出た、北側の付属部分
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廊下の様な用途の部屋で、小さなドームが連続しています。 
天井には黄金のタイルでモザイク画が描かれ、聖堂内部の雰囲気と似ています。

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夕陽を浴びる サン・マルコ大聖堂 をご覧頂いて、サン・マルコ広場 をあとにします。

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  1. 2017/01/22(日) 10:52:00|
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最近都内で見つけたレトロな建物

昨日、京王線の代田橋駅と明大前駅辺りで、偶然、銅板葺の建物を見掛けました。
最近はイタリア旅行の記事ばかりだったので、ここ1年程の間に、都内で見掛けたレトロな建物を紹介します。

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( 有 ) 松原洗染商会 世田谷区松原
道路に面する外壁が銅板葺のように見えます。
看板状の立上りは無く、波板張りの切り妻の立面で、雨戸の戸袋飾りは菱葺です。


杉並区役所から自転車で西荻に向かう途中、環八との交差点近くの青梅街道沿いで見付けました。
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飲み喰い処 ゆうき  杉並区桃井1丁目

2棟隣にも
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美容室おらんじゅ 池田住宅  杉並区桃井1丁目

青梅街道沿いには、以前にも何棟かの銅板葺の看板建築を見付けています。
この辺りを中心に、一度じっくり青梅街道を歩いてみたいと思っています。

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この建物の雨戸の戸袋飾りには、縁取りがされている上に、平葺きの中央に施された麻の葉紋様が華やかさを演出しています。


この建物は去年の11月に東横線の都立大学駅に、友人が演奏するコンサートを聞きに行った時に偶然見付けた銅板葺の看板建築です。
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BALLEGGS 都立大学支店  目黒区平町1丁目

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間口三間の左右に菱葺の戸袋飾りの施された銅板葺の看板建築です。
不動産店になったのは最近のことのようですが、都立大駅の直ぐ近くに、よくもこんなに古い建物が、残っていてくれたものです。


最後はJR市ヶ谷駅の北側の商店街で見つけた建物。
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旧中華料理 萬成軒  新宿区中町

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石積み風のモルタル造形の建物
目立った装飾はありませんが、1階・2階共に施された和瓦葺の付け庇が特徴です。

  1. 2017/01/20(金) 15:03:49|
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ヴェネツィア散策 - 15 広場を囲む建物⑫ ドゥカーレ宮殿Ⅸ 溜め息の橋、鉛の牢獄

華麗かつ豪華な ドゥカーレ宮殿 を見学した後は、恐ろしい牢獄へ移動します。

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溜め息の橋 アントニオ・コンティーノ設計  1600年

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大理石で造られた格子の隙間から、小運河を通して美しいグラン・カナル方向の景色を見る事が出来ます。
小運河の対岸に在る牢獄から、囚人達 ( あの有名なプレーボーイでペテン師カサノヴァも ) は、拷問 or 尋問を受ける為にこの橋を渡る程に 「これでヴェネツィアの美しい景色を見られるのもこれが最後か」 と溜め息と共に渡ったことから名付けられたとか?

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白大理石で造られた美しいこの橋は、その残酷な歴史とは裏腹に、ヴェネツィアでも有数の観光名所になっています。

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溜め息の橋の内部
橋は通路の中央が、上り下り斜線の様に、壁で区切られていて、拷問前と後の囚人が、顔を合わせられないような造りになっているかもしれません。

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牢獄の廊下も狭いです。

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個室? に嵌められた頑丈そうな鉄格子。

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鉛の牢獄 ともよばれた牢屋。
中はかなり広さがあり、独房ではなく雑居房だったと思われます。
夏は灼熱地獄、冬は身を刺す寒さで、1755年に捉えられたプレーボーイでペテン師のカサノバは「これじゃ病気になっちまう。さっさと逃げて。恋愛三昧の生活に戻らねば」と逃亡計画を練り、投獄から3か月で見事に脱獄を果たしたとか?

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ベットの展示してある房もあります。 この部屋は壁と床が板張りで、窓まであるので、上の房よりはかなり住み心地はましに見えますね。

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木製の扉も頑丈そうです。

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牢獄にも中庭が在りました。
中央に井戸が在る以外は、ドゥカーレ宮殿 の華麗な中庭とは似ても似つかない中庭です。

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最後にもう一度 溜息の橋 をご覧下さい。
  1. 2017/01/16(月) 14:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 14 広場を囲む建物⑪ ドゥカーレ宮殿Ⅷ 投票の間

ドゥカーレ宮殿 の八回目です。
大評議会の間 ( サラ・デル・マッジョール・コンシーリオ ) の後も、まだ豪華な部屋が続きます。

投票の間 ( Sala dello Scrutinio )
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大評議会の間 の西棟側の出口から、短い廊下を通って直ぐの投票の間も、幅は大評議会の間 の2/3程ですが、南北の長さはほぼ同程度の、大変広い部屋です。

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黄金に輝く豪華な天井装飾や、天井と壁を飾る絵画も、見劣りするものではありません。

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部屋の北 ( サン・マルコ大聖堂 ) 側にある古典様式の出入口を出ると、カルタの門 ( 布告の門 ) の上に位置する階段室です。

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( 大評議会の間 ) 側の壁

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上の画像の拡大
絵の詳細は調べられていません。

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東 ( 中庭 ) 側壁、中央向かって左の壁画

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部屋の中心に描かれている、楕円形の天井画

華麗かつ豪華な部屋は、この投票の間 ( Sala dello Scrutinio )で終わり、この後は有名な 溜め息の橋 を渡って恐ろしい牢獄を見学します。
  1. 2017/01/16(月) 12:44:00|
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ヴェネツィア散策 - 13 広場を囲む建物⑩ ドゥカーレ宮殿Ⅶ 大評議会の間

ドゥカーレ宮殿 の七回目の今回は、ドゥカーレ宮殿 最大の 大評議会の間 ( サラ・デル・マッジョール・コンシーリオ ) を紹介します。

大評議会の間 ( サラ・デル・マッジョール・コンシーリオ )
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大評議会の間
東側と南 ( 大運河 ) 側の壁画と天井画を見る。
大評議会の間は、広さは25m×54mで面積は1350㎡もある、宮殿で最大の部屋。
この無柱の大空間を実現する為に、世界一の造船大国でもあったヴェネツィアの造船技術も一役買ったと聞いています。

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天井高15.4mのこの部屋には、最盛期には2000人以上の評議員が一堂に会し、大評議会を行うことが出来ました。
壁と天井は、ティントレットヴェロネーゼらの、全部で53枚もの絵画で飾られています。

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東側壁の壁画 / 天国 ティントレット作 ( 1588~1592年 )
縦7.45m×横24.65mの大きさで、世界でも最大級の油絵です。

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南 ( 大運河側 ) ・ 西 ( 広場側 ) コーナーを見る。
他の3面装飾帯には、ティントレット歴代ドーチェの肖像を描いています。

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西 ( 広場 ) 側壁を見る。

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上の写真中央の壁画のアップ

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西 ・ 北 コーナーを見る。

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西 ( 広場 ) 側と北 ( 投票の間 ・ 中庭 ) 側の壁画と天井画を見る。

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北 ( 中庭 ) 側壁面を見る。

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北 ・ 東コーナーを見る。

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この部屋の天井も、前回紹介した元老院の間の様な曲線を多用したバロック的なデザインで、金色の豪華な装飾の施された格天井には、ヴェロネーゼなどの絵画が飾られています。

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西側楕円天井画 / ヴェネツィアの大勝利 パオロ・ヴェロネーゼ遺作 ( 1579~1582年 )

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部屋中央矩形天井画 

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東側楕円天井画

次回は 投票の間 ( Sala dello Scrutinio ) を見学します。
  1. 2017/01/06(金) 18:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 12 広場を囲む建物⑨ ドゥカーレ宮殿Ⅵ 羅針盤の間、武器庫他

ヴェネツィア ドゥカーレ宮殿 の六回目です。
十人委員会の間 ( コンシーリオ・デイ・ディエチ ) から、 羅針盤の間 ( サラ・デラ・ブッソラ ) へと移動します。

羅針盤の間 ( サラ・デラ・ブッソラ )
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司法行政専用の最初の部屋であり、警吏長官の居た部屋です。
部屋の角に置かれている木製の羅針盤は、十人委員会の3人の長官と調査官の部屋である サラ・デイ・トレ・カピ・デル・コンシーリオ・デイ・ディエイチ への扉を隠しています。
また、前記したライオン口 ( 密告の口 ) の内側に当たる部屋でもあります。

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この部屋の壁と天井を飾るのも パオロ・ヴェロネーゼ作 の絵画です。

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武器庫 ( アルメリア )
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アドリア海の女王 と呼ばれたヴェネツィア優美で女性的なイメージを、お持ちの方も居るかと思いますが、この部屋に展示された多くの武器を見れば、ヴェネツィア共和国軍事大国でもあったことが分かります。
武器庫 ( アルメリア ) は3室から成り、宮殿の南東の角に在ります。

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1370年代以降は銃器も生産され始めます。

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展示の仕方で、兵器も美術品に見えますね。

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欲を言えばですが、ヴェネツィア世界一の海軍力を誇った共和国だったので、当時のガレー船の模型なども見たかったです。


この部屋は室名が分かりません。
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p3181573-2jpg のコピー
壁画のアップ

次回はドゥカーレ宮殿 最大の 大評議会の間 ( サラ・デル・マッジョール・コンシーリオ ) を紹介します。
  1. 2017/01/06(金) 15:34:42|
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ヴェネツィア散策 - 11 広場を囲む建物⑧ ドゥカーレ宮殿Ⅴ 元老院の間、十人委員会の間

謁見の間 ( コレッジョ ) は、元老院の間 ( サラ・デル・セナート )とも繋がっています。

元老院の間 ( サラ・デル・セナート )
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この部屋を飾る絵画は、ティントレット、ヤコポ・パルマなどの作品で、ドゥカーレ宮殿サン・マルコ聖堂ゴンドラ 等、ヴェネツィアの観光名所が描かれています。
この部屋の天井も、金色の豪華な装飾の施された格天井ですが、曲線を多用したデザインで、バロック的な印象を受けます。

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上の写真のアップ

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天井画 / ヴェネツィア称揚 ティントレット作 ( 1584年 )
元老院の間 は、 4つの扉の間 ( クアットロ・ポルテ ) の扉の一つと繋がっていて、一度 4つの扉の間 ( クアットロ・ポルテ ) に戻りってから 十人委員会の間 ( コンシーリオ・デイ・ディエチ )


十人委員会の間 ( コンシーリオ・デイ・ディエチ )
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十人委員会とは、ヴェネツィア共和国における最高意思決定機関、我国での首相官邸と言ったところでしょうか?
この部屋も多くのヴェロネーゼの絵画で飾られています。
この部屋の格天井も、金色の豪華な装飾ですが、楕円と矩形を組み合わせた、幾何学的なデザインです。

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天井画 / パオロ・ヴェロネーゼ作
この天井画は、ナポレオンが戦利品として持ち去ってしまった為に、ヴェロネーゼがコピーしたものです。

次回は 羅針盤の間 ( サラ・デラ・ブッソラ ) へと続きます。
  1. 2017/01/05(木) 20:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 10 広場を囲む建物⑦ ドゥカーレ宮殿Ⅳ 4つの扉の間、控えの間、謁見の間

四角の広間 に続くこの部屋は、更に重要な部屋に入る前、正式な控えの間です。

4つの扉の間 ( クアットロ・ポルテ )
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4つの扉は美しい大理石の彫り物で装飾されています。

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部屋中央の天井画

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化粧漆喰細工飾りの格天井 / ギオバン二・カンビ作
絵画もさることながら、天井の化粧漆喰細工の白色が印象的です。

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壁画 / ヴェネツィアに赴いたハインリッヒ三世

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壁画 / 祈りをささげるグリマーニ総督 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ作 ( 1575~1576年頃 )

4つの扉は「四角の広場」「控えの間 ( アンティ・コレッジョ )」「元老院の間」「十人委員会の間 」へと繋がっています。
4つの扉の一つを通って、控えの間 ( アンティ・コレッジョ )


控えの間ばかりな気がしますが、謁見の間 の直前の控え室になるわけです。
控えの間 ( アンティ・コレッジョ )
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天井画

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大理石の彫像が施されたベティメントを潜って、更に奥の謁見の間 ( コレッジョ )


謁見の間 ( コレッジョ )
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各国大使との謁見や、条約の調印などに使われた部屋です。
窓以外の3面の壁には、ヴェロネーゼ等の絵画で埋め尽くされています。

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レパントの海戦の勝利を感謝するヴェニエル総督 
パオロ・ヴェロネーゼ作 (1581~1582年頃 )

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上の写真のアップ 

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天井画 / パオロ・ヴェロネーゼ作
金色の豪華な装飾の施された格天井にも、ヴェロネーゼとその弟子による11枚の板絵がはめ込まれています。
更に進んで 元老院の間 ( サラ・デル・セナート )


  1. 2017/01/05(木) 18:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 9 広場を囲む建物⑥ ドゥカーレ宮殿Ⅲ 黄金階段、四角の広間

明けましておめでとうございます。
本年もアクトデザイン凛太郎のブログを、宜しくお願いします。

新年の第一回めは、ドゥカーレ宮殿の三回目です。

残念ながら 巨人の階段 を上ることは出来なかったので、他のルートから2階の黄金の階段 を目指します。

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中庭の囲む開廊は、4本あるいは5本の細い柱を束ねてアーチを支えています。

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ライオンの口 ( 密告の口 or 真実の口 )
これは中庭の壁で見掛けたもので、人の顔に見えますがライオンの顔だそうです。
十人評議会への密告書を受け付ける投函口になっており、ドゥカーレ宮殿に限らず、共和国の彼方此方に設置してあったそうです。


黄金の階段 ( スカラ・ドーロ )
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サンソヴィーノの設計 で1538年に着工し、1559年に スカルパニーノ が完成させます。
ドーチェが公式行事で使用した特別な階段で、高官や判事のみが使用が許された二つの扉があり、控えの間 判事の間 へ通じています。
さあ、いよいよ2階の開廊から黄金の階段 を上り、宮殿の室内へ入っていきます。

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2階開廊から見上げ

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3階踊り場から見下げ

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ヴォールト天井黄金色の漆喰フレスコ画で飾られています。

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4階から3階踊り場を見下げ
この階段は上がる者を威圧し、ドーチェの権力を見せつける役割もあったのです。


四角の広間
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天井画は / 公正と平和の寓話を示唆するジローラモ・プリウリ総督 ティントレット作 
黄金の階段 を上って直ぐあるのが、この四角の広間
四角の広間は、この階の各部屋へ行くまでの前室の様な部屋に当たり、この後本格的な控えの間に当たる、隣の 4つの扉の間 ( クアットロ・ポルテ ) へ移動します。

 

  1. 2017/01/05(木) 16:34:00|
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ヴェネツィア散策 - 8 広場を囲む建物⑤ ドゥカーレ宮殿Ⅱドーチェの中庭

カルタの門 ( 布告の門 ) からドーチェの中庭 に入ると、正面に 巨人の階段 があります。

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巨人の階段  アントニオ・リッツォ作  15世紀
この階段は、ドーチェの就任式の場でもありました。
ドーチェは最上部の踊り場で王冠ではなく、コルノ帽と言う宝石で飾られた帽子を戴き、終身制のドーチェに就任するのでした。

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巨人の階段 を飾る マルテネプチューン の像 サンソヴィーノ作

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南面と西面壁
南面と西面壁は、共に バトルロメオ・マノーポラが建設 17世紀初に
巨人の階段 のある 向いの東面壁は アントニオ・リッツオ設計 1483年の火災後に設計したものです。

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ドーチェの中庭 は四面が開廊に囲まれ、サン・マルコ大聖堂に接する北面の フォスカリのアーケード には、一部彫像飾る壁龕のある壁が在ります。
見えているドームは、お隣の サン・マルコ大聖堂

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フォスカリのアーケード
壁龕や屋根の頂部にも、沢山の彫像が飾られています。
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フォスカリのアーケード にある ロートリング家のフランチェスコ一世像  1587年。
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中庭にあるブロンズ製の井桁も有名です。
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ブロンズの井桁 コスティ作 ( 1556年 )

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中庭には、もう一つ アルベルティ作 ( 1559年 ) 井桁もあります。

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ドゥカーレ宮殿 の内部の紹介は年明けです。

今年一年、アクトデザイン凛太郎のブログ をご覧頂きありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

  1. 2016/12/31(土) 20:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 7 広場を囲む建物④ ドゥカーレ宮殿Ⅰ外観

海からヴェネツィアに上陸すると、最初に旅人を出迎えてくれるのが、ドゥカーレ宮殿の優雅な美しい姿です。

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ドゥカーレ宮殿

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西 ( 広場 ) 側外観
左端に カルタの門 ( 布告の門 ) が見えています。

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3層中央の尖頭アーチ窓上の彫像は有翼の獅子 と ひざまづくドーチェ:アンドレア・グリッティ

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南 ( 海 ) 側外観
ドゥカーレ宮殿ヴェネツィア共和国ドーチェ ( 総督 )の官邸 兼 政庁舎だった建物。
9世紀初頭に城砦として建設され、14世紀(1309年)から16世紀にかけて、現在の優雅な美しい姿に改修されました。

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華麗に美しく連続するゴシック風尖頭アーチ、特に2層のアーチに施された四つ葉状柱頭は、イスラム建築の影響が見られる細やかな装飾が施され、ヴェネツィアン・ゴシック様式の最高峰と言われています。

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アダムとエバァ

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ヴェネツィアン・ゴシック様式の特徴と言える四つ葉状柱頭は、先日紹介したカナル・グランデ沿いに建ち並ぶ宮殿にも、多く採用されていましたね。
それにしても、薄ピンク色の外壁が何とも美しい。

治安の大変良かったヴェネツィアの建物はどれも優美で、外敵に攻められることなど、全く想定していないような造りです。
内乱や政変が続いたフィレンツェ共和国の政庁舎、ヴェッキオ宮殿の武骨な外観とは実に対照的です。

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カルタの門 ( 布告の門 ) 
オリジナルの設計者は ボン兄弟 ですが、1797年に破壊された為、現在見られるものは19世紀に修復したものです。

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門の上には、ここでも ドーチェ ( 総督 ) と有翼の獅子 の像のレリーフが施されています。
両側の壁龕には、
上段 / 慎重 の像 ( ボン兄弟作 )
下段 / 節制 の像 ( アントーニオ・リッツォ作 ) が飾られています。
写真右下に写る、宮殿北西角に当たる開廊1層の円柱上には ソロモンの裁き ( ピエトロ・ランベルティ、ナンニ・ディ・バルトロ作 )
門の奥には 巨人の階段 が見えます。

  1. 2016/12/31(土) 18:25:05|
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ヴェネツィア散策 - 6 広場を囲む建物③ 旧行政館・時計塔

サン・マルコ広場 を囲む建物 の紹介の三回目です

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旧行政館
その名の通り、ヴェネツィア共和国の行政官達の官房だった建物で、対面する 新行政官 は、旧行政官 が手狭になり建てられたものです。

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サン・マルコ広場 の北側に建ち、広場に面する全長約150mに及ぶ長いアーケード には、1775年創業の カッフェ・クアードリ をはじめ 高級ブランド店やレストラン、ヴェネツィアングラスを売る店が並んでいます。

建物の詳細は調べられませんでしたが、広場に面する3層の壁面には、アーチを支える列柱が美しく並びます。
アーケードの柱スパンは、広場を囲む正面の 新行政館 や右隣りの コッレール美術館 と合わせて造られいるようですが、他の建物と比べると、アーチと柱のデザインはややシンプルです。
2・3階のアーチの開口幅は、1階の半分ので、柱も細く、繊細な印象を受けます。


広場から見て 旧行政館 の右隣りに見える、時計塔 のある建物も有名です。
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ムーア人の時計塔
サン・マルコ広場 の北側の出入り口である、メルチェリア通りを跨いで建つこの塔は、1499年に コンドゥッシの設計 によって建てられました。
塔の両側の建物は P・ロンバルトの設計 で1506年に建てられたもの。

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見所満載のこの塔は
上から / 鐘を突くムーア人の像、聖マルコの獅子像、聖母子像、ラニエリ兄弟の大時計 が見られます。

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鐘を突くムーア人の像
アンブロージョ・ダ・レ・アンコーレ作  ( 1506年 )
正午になると、機械仕掛けの二人のムーア人の銅製の人形が、大きく鐘の音を突き鳴らします。

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ヴェネチアのシンボル 聖マルコの獅子像 = 翼を持つライオン像

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聖母子像  A・レオパルディ作

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ラリエリの大時計  ジャンパオロ・ラニエリ作
針は1本だけで、1日掛けて1周します。 ラピスラズリ製の青い文字盤に、金の美しい星座表と、大理石のローマ数字の大時計は、典型的な中世の天文時計です。 
  1. 2016/12/27(火) 10:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 5 広場を囲む建物② 新行政館・コッレール美術館・旧行政館・時計塔

サン・マルコ大聖堂 のテラスから サン・マルコ広場 を見る
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左 / 新行政館  中央 ( 奥 ) / ナポレオン翼  右 / 旧行政館
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サン・マルコ大聖堂 の正面に見る広場は、3棟の長大な建物がコ字形に配されています。
広場に面する1階に廻らされたアーケード ( ポルティコ ) の前には、レストランやカフェのテーブルが置かれ、世界一美しい広場を楽しみながら、食事をしたり、一休みする場を提供するとともに、広場の賑わいも増しているようです。


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ナポレオン翼
ナポレオンが舞踏会などの会場として建てさせた建物なので、この名前が付けられました。
サン・マルコ大聖堂 に対面して広場の西側に建ち、広場から外へ出られるアーケード内の通路 ( ピロティー部分 ) に コッレール美術館 の入口があります。
マルチアーナ図書館と酷似したデザインで、パラペットのデザイン以外はそっくりです。

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アーチを支える柱には、1階はドリス式、2階はイオニア式のオーダーが施されています。

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左 / 新行政館  右 / ナポレオン翼

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新行政官
マルチアーナ図書館ナポレオン翼 の間に在る三層の建物
この建物も1階と2階のデザインは、両側の建物とそっくりですが、2層のフリーズ部のデザインはナポレオン翼に、3階の手摺マルチアーナ図書館 と似ています。
2階にはコッレール美術館歴史館、3階は絵画館になっています。

1階のアーケードには、1720年開業のヴェネツィアに現存する最も古いカフェで、カフェ・ラッテの発祥店として有な カッフェ・フローリアン が在ります。
ヴェネツィアに現存する最も古い喫茶店-1

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カッフェ・フローリアン
今回は写真を撮れなかったので、上2枚の写真は、以前に妻が撮ったものです。

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1階アーケードを支えるアーチドリス式柱の詳細。

  1. 2016/12/27(火) 08:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 4 広場を囲む建物① 鐘楼・サンソヴィーノの開廊・マルチアーナ図書館

サン・マルコ広場 を囲む建物を紹介していきます。

先ずは、広場のシンボルの一つと言える
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サン・マルコ鐘楼

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サン・マルコ広場ランドマークであるこの鐘楼が、最初に建てられたのは9世紀までさかのぼります。
何度も倒壊と再建が繰り返された後、1511~1514年にバルトロメオ・ボンジョルジョ・スバヴェント によって建てられ、現在の形の鐘楼として完成します。
その塔も1902年に鐘楼の北側に入ったひびの影響で完全に崩壊してしまい、現存する高さ98.6mのこの鐘楼は、1912年に再建されたものです。

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夕陽を浴びる サン・マルコ鐘楼

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鐘楼の下部6割程は、開口部の殆んど無い、重々しい煉瓦積みの外観ですが、4方に4連アーチの開口部のある鐘突堂の付近だけは、白色の石造で、頂部に大天使ガブリエルを冠した、緑色の尖った方業屋根と相まって、軽やかなと華麗さを演出しています。


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サンソヴィーノの開廊
サン・マルコ鐘楼 の足元にあるこの開廊は、ヤーコポ・サンソヴィーノ設計

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2本セットのコリント式の柱間の壁龕には、彫刻家でもあったサンソヴィーノの手による、「アポロ」「マーキュリー」「平和」「ミネルヴァ」の4つのブロンズ像が置かれています。


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マルチアーナ図書館
サンソヴィーノの開廊の左隣りの2階建ての建物。
ドゥカーレ宮殿の向いで大運河に面する位置に建つのは、サンソヴィーノの開廊と同じヤーコポ・サンソヴィーノが、1536年にヴェネツィア共和国に招かれて建てた図書館です。
ヴェネツィアに現存する最も古い公文書が数多く保存されており、66万点を超える蔵書を誇り、ラテン語、古典ギリシア語の写本、手稿本の豊富さに特徴があるそうです。

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マルチアーナとは聖マルコの事で、聖マルコの名を冠した、このマルチアーナ図書館は、イタリア国内だけでなく、世界で最も重要な図書館の一つです。 

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ご覧の通りの2階建ての建物で、アーチを支える列柱は壮観です。

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柱の上部に当たる屋上手摺には、それぞれに裸体の彫像が乗せられています。
フリーズアーチを飾る彫刻も見事です。

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1階はドリス式、2階はイオニア式のオーダーが施されています。

今回は内部の見学はしませんでしたが、図書館の中を紹介しているテレビ番組 ( 美の巨人たち ) を見て、見学しなかったことを後悔しています。
  1. 2016/12/26(月) 12:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 3 サン・マルコ広場

ついに永年憧れた続けた 海の都 とも アドリア海の女王 とも呼ばれた ヴェネツィアの海の表玄関 サン・マルコ広場 へ上陸します。

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水上バスから見た サン・マルコ広場 ( 上下の写真は次の日に撮影 )

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サン・マルコ広場 付近には3ヶ所の水上バス乗り場があますが、最初の上陸は サン・マルコ・サン・ガッサリア乗り場から。

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旅人を初めに出迎えてくれるのは、マルチアーナ図書館ドゥカーレ宮殿

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その間に建つ 二本の巨大な円柱、そして 鐘楼 です。

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ドゥカーレ宮殿 側の柱の頂上には、聖マルコを象徴する 有翼の獅子像

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有翼の獅子像

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マルチアーナ図書館 側の柱には 聖テオドーロ像 が載っています。

サン・マルコ広場 は、イタリア語で書くと Piazza San Marco 。
ヴェネツィアでは広場は方言で カンポ ( campo ) と呼ばれますが、サン・マルコ広場 だけは別格扱いで、ピアッツァ ( piazza ) と呼ばれています。
かの ナポレオン に 「世界で最も美しい広間」 と絶賛されたこの広場は、9世紀に整備され、12世紀に2倍の広さに拡大されて以来、ヴェネツィア共和国 の政治の中心である ドゥカーレ宮殿 や、精神の拠り所である サン・マルコ寺院 をはじめ、回廊のある建物に囲まれたこの広場は、ヴェネツィア共和国の中心であり続けました。

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サン・マルコ大聖堂 のテラスから、二本の円柱 を見る。 ( 写真は次の日に撮影 )

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左 / 新行政館  中央 ( 奥 ) / ナポレオン翼  右 / 旧行政館
新行政館の1階には、18世紀に創業しカフェ・ラッテの発祥店として有名な カッフェ・フローリアンがあります。

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時計塔
旧行政館の更に右側に在る 時計塔
塔上の 鐘を突くムーア人像聖マルコ獅子像 も有名です。

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サンソヴィーノの開廊
サン・マルコ鐘楼 の足元にあるこの開廊は、サンソヴィーノの設計。
開廊の前には、塔に上る人達の列が出来ています。

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左 / サン・マルコ鐘楼  中央 ( 左 ) / 新行政館  
中央 ( 右 ) / ナポレオン翼  右端 / 旧行政館

ナポレオン翼 の前辺りから撮る
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左 / 旧行政館  中央 ( 左 ) / サン・マルコ大聖堂  
中央 ( 右 ) / サン・マルコ鐘楼  右 / 新行政館 

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夕方にほぼ同位置から

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サン・マルコ大聖堂 前で記念撮影。

  1. 2016/12/24(土) 12:55:55|
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ヴェネツィア散策 - 2 カナル・グランデ① フェルヴィア ⇒ サン・マルコ・サン・ガッサリア

ちょっと睡眠不足ですが、時間が惜しいので寝坊などしてはいられません。
ホテルで朝食を済ませ、サンタ・ルチア駅 駅前のフェロヴィアと言う乗り場から、水上バスに乗り込んで、カナル・グランデ ( 大運河 ) を下って サン・マルコ広場 へ向かいます。

写真に撮った大運河沿の建物の詳細は、大部分が分かりません。
大まかな位置と地図で調べることが出来た建物名、分かる範囲で個別の建物の解説を書きますが、殆どは写真ノミとなりますが、それでも、海の都ヴェネツィア の雰囲気は味わえるのではないかと思っています。

勇んで水上バスに乗り込んだものの、初めての乗船で勝手がつかめず、船の中央付近まで押し込まれてしまい、リアルト橋を過ぎる迄は、写真を撮るどころではありませんでした。

リアルト橋 を過ぎた当たり  左岸 / サン・マルコ地区
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左の白い建物 / マニン宮殿  
右のオレンジ色の建物 / Palazzo Bembo ( パラッツォ ベンボー)  ホテルです。

リアルト橋 を過ぎた当たり  左岸 / サン・マルコ地区
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リアルト橋 を過ぎた当たり  左岸 / サン・マルコ地区
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中央の薄ピンクの建物 / P.Dandolo-Farsetti ( ダンドロ=ファルセッティ館 ) 
 アンドレーア・ダンドロの邸宅で、1343年にドゥーチェに選出される。
 1670年にファルセッティ家が購入する。
右の薄茶色の建物 / コルネール・ロレダン館 ( 現市役所 )
 2棟共に12~13世紀の典型的な商館邸宅

S ルーカ川 少し手前  左岸 / サン・マルコ地区
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中央左の薄ピンクの建物 / ダンドロ=ファルセッティ館  
中央の薄茶色の建物 / コルネール・ロレダン館 ( 現市役所 )
右の濃いオレンジ色の建物 / Palazzo Cavalli ( パラッツォ・カヴァッリ ) 

S ルーカ川 少し手前  左岸 / サン・マルコ地区
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左端の濃いオレンジ色の建物 / Palazzo Cavalli ( パラッツォ・カヴァッリ )  
中央右の白い建物 / グリマーニ宮殿

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グリマーニ宮殿
設計 / ミケーレ・サンミケーリ  竣工 / 16世紀中半  ルネサンス様式  現裁判所
コリント式の柱半円アーチが特徴で建てられたパラッツオで、ルネサンス様式の傑作と言われています。

左に観えるのがS ルーカ川  左岸 / サン・マルコ地区
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コルネル宮殿

S ルーカ川を過ぎた辺り  左岸 / サン・マルコ地区
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左の細い運河はカ・コルネル川  左岸 / サン・マルコ地区
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コルネル・スピネッリ宮殿

コルネル・スピネッリ宮殿の右隣り  サンタンジェロ乗り場  左岸 / サン・マルコ地区
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オレンジ色の建物 / サンタンジェロ宮殿

サン・ポーロ川辺り サン・トマ乗り場が見える  右岸 / サン・ポーロ地区
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中央右のオレンジの建物 / ピザーニ・モレッタ宮殿

左の細い運河はカ・グランツォニ川  左岸 / サン・マルコ地区
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Palazzo Garzoni Moro 美術館?

カ・グランツォニ川を少し過ぎた辺り  左岸 / サン・マルコ地区
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モチェニーゴ宮殿

サン・トマ乗り場辺り
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右岸 中央の肌色の建物 / ジュスティニアン宮殿
右岸 上の右隣りの肌色の建物 / カ・フォスカリ宮殿 ( 現ヴェネツィア大学・経済・商学部 )
右岸 右端の角のある建物 / バルビ宮殿

サン・トマ~サン・サムエレ乗り場の中辺り  右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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左 / ジュスティニアン宮殿  
右 / カ・フォスカリ宮殿 ( 現ヴェネツィア大学・経済・商学部 )
ヴェネツィアで最も美しいと言われるゴシック盛期の様式で建てられています。
古くはジュスティニアン家住居。 政府所有の後はマントヴァ公、次いでフランチェスコ・スフォルッツァに贈られ、1452年にドゥーチェだったフォスカリ家が買い取っています。

サン・トマ~サン・サムエレ乗り場の中辺り  右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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中央左の列柱のある建物 / カ・レッツォーニコ ( 18世紀博物館 )
上の建物の右隣の建物 / Ca' Bemarda
右端の建物 / ジュスティニアン宮殿

カ・レッツォーニコ乗り場辺り  右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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カ・レッツォーニコ ( 18世紀博物館 )
ロンゲーナが着手し、ジョルジョ・マッサーリ が1745年に完成した、典型的な18世紀建築


カ・レッツォーニコ~アカデミア乗り場の中辺り  右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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Palazzo Loredan

サン・サムエレ~アカデミア乗り場の中辺り  左岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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サン・サムエレ~アカデミア乗り場の中辺り  左岸 /サン・マルコ地区
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Palazzo Falier

カ・レッツォーニコ~アカデミア乗り場の中辺り  右岸 /ドルソ・ドゥーロ地区
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Palazzo Rocca Contarini Corfu

アカデミア乗り場向い辺り  左岸 / サン・マルコ地区
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Consolato onorario dei Paesi Bassi

アカデミア乗り場を過ぎた辺り  左岸 /サン・マルコ地区
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Palazzo Cavalli-Franchetti ( パラッツォ・カヴァッリ=フランケッティ )
1565年に建設され、19世紀には大規模な改修がされています。
ドゥカーレ宮殿の様な、華麗なゴシック様式の装飾窓が特徴。

アカデミア乗り場を過ぎた辺り  左岸 /サン・マルコ地区
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Palazzo Barbaro

アカデミア~サンタ・マリア・デル・ジリオ乗り場の中辺り  左岸 /サン・マルコ地区
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Palazzetto Pisani

アカデミア~サンタ・マリア・デル・ジリオ乗り場の中辺り  左岸 /サン・マルコ地区
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Casa de Uscoli    Palazzetto Pisani    Casa Stecchini

サンタ・マリア・デル・ジリオ乗り場少し手前  左岸 /サン・マルコ地区
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カ・グランダ ( コルネル宮殿 ) ( 現県庁 )
通称のカ・グランダとは「立派な造り ( 大居館 )」の意味。 ヤコポ・サンソヴィーノ が1537年に建設しました。
3層構成のファサードは、1階は3連アーチのある荒壁造り。2階はイオニア式。3階はコリント式オーダー柱が2本セットでアーチを支えています。

サンタ・マリア・デル・ジリオ乗り場少し手前  左岸 /サン・マルコ地区
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左側の白い建物 / カ・グランデ ( コルネル宮殿 )
右側のオレンジの建物 / ミノット館 
 ビザンチン時代の建物を15世紀に改築。

サンタ・マリア・デル・ジリオ乗り場少し手前  左岸 /サン・マルコ地区
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左端のオレンジの建物 / ミノット館 
緑のテントの建物 / Musica Palazzo

サンタ・マリア・デル・ジリオ~サルーテ乗り場の中辺り  左岸 /サン・マルコ地区
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中央の建物 / Palazzo Contarini Fasan
透かし彫りのバルコニーのある建物 / コンタリーニ・ファサン館
右端の建物 / コンタリーニ館

サン・マルコ乗り場の少し手前  左岸 /サン・マルコ地区
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左の白い建物 / ウェスティン・エウローバ&レジーナ-ホテル   
上の右隣のオレンジ色の建物 / Palazzo Treves

サン・マルコ乗り場の少し手前  左岸 /サン・マルコ地区
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右端のオレンジ色の建物 / Palazzo Treves
上の左隣の白い建物 / ウェスティン・エウローバ&レジーナ-ホテル

サン・マルコ乗り場の少し手前  左岸 /サン・マルコ地区
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中央右の足場の掛かっている建物 / ジュスティニアン館
サン・マルコ広場の鐘楼が見えてきました。

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左から / 鐘楼   マルチアーナ図書館   ドゥカーレ宮殿

サン・マルコ乗り場辺りから対岸 ( 右岸 ) を見る。
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サンタ・マリア・デッサ・サルーテ聖堂

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1630年に2度目の猛威を振るったペストが終焉したことに感謝し、ヴェネツィア共和国元老院は聖堂建設を決定し、バルダッサレ・ロンゲーナの設計により、1687年に完成したこの聖堂は、健康 ( サルーテ ) の名を冠して聖母マリアに捧げられたもので、バロック建築の最高傑作と言われています。

サン・マルコ運河越しにサン・ジョルジョ・マッジョーレ島を見る。
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サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂

さあ、いよいよサン・マルコ広場に上陸です。

  1. 2016/12/21(水) 12:59:18|
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ヴェネツィア散策-1 ヴェネツィア到着 

ローマ ~ フィレンツェ を散策しまくった今回のイタリア旅行も、最終目的地の ヴェネツィア にやって来ました。
フィレンツェを発ったのは夕方だったので、ヴェネツィア鉄道での表玄関 サンタ・ルチア駅 に到着したのは既に夜。
駅近くのホテルにチェックインした後、直ぐにホテルの近くを散策し、憧れの海の都のヴェネツィアでの最初の夜を楽しみながら、手頃なレストランを探しました。
細い運河に掛かる小さな橋を何回か渡り、カンナレジョ地区に入った辺りで、写真付きのメニューをもって、満面の笑顔と片言の日本語で手招きする店員さんに魅かれてレストランに入りました。

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ローマフィレンツェでは、かなり食費を倹約したので、ヴェ,ネツィアでは、レストランテと言ってもいい程度の店に入り、ワインも飲んで、初日から楽しい夜を過ごしました。

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ビールを買ってホテルに戻ります。
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部屋の狭さは同じようなものですが、ローマフィレンツェで泊まったホテルと比べると、ロビーやレストランは、なかなか高級感のあるホテルでした。

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部屋から、隣の広場越しに カナル・グランデ を見る。

ヴェネツィアでは サン・マルコ大聖堂ドゥッカーレ宮殿 の他は数ヶ所の建物を見学するだけで、ローマフィレンツェの時ように、彼方此方の教会美術館を見学はせず、48時間使える水上バスのフリーパスを最大限利用して、カナル・グランデ沿いを埋め尽くす、ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、バロック等の様々な時代を飾る様式でデザインされた、教会パラッツォ ( 館 ) を見て回り、出来るだけ島の彼方此方を歩き回る予定です。

  1. 2016/12/21(水) 12:00:00|
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フィレンツェ散策 -20 サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂

いよいよ フィレンツェ の最終回です。

フィレンツェ 最後の訪問場所となる サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂 はフィレンツェ の表玄関 と言える サンタ・マリア・ノヴェッラ駅 に、背中を向けるように建つ ゴシック様式の聖堂 です。

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サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂
1246年にドミニコ修道僧によって建設が始められました。

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14世紀に入るとファサードの建築が始まり、14世紀中頃にはフィレンツェ式ロマネスク・ゴシックの下半分が完成します。
ファサード上層のデザインは、アルベルティの設計によるもので、ペディメント付け柱 等の古典的な要素とゴシックを融合し、下層部のデザインとも一体化させたもので、ルネサンス建築の完成型と言う人もいるようです。
現在見られる、緑と白の色大理石用いたファサードは、1458年に完成したのです。

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聖堂内部は、T字形 に近いラテン十字の平面を持つ三廊式

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アーチクロス・ヴォールト を支える、4本を束ねたようなデザインの柱は、祭壇に近づくにつれ間隔を狭めて、奥行きを実際よりも長く見せる効果を狙っています。

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トルナブォーニ礼拝堂  1485-1490年
サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂は、多くの優れた美術品を所蔵していることでも知られています。
この聖堂奥の中央礼拝堂には、礼拝堂全体に、ドメニコ・ギルランダイオが弟子のミケランジェロらと共同制作した、聖母伝洗礼者ヨハネ伝 等のフレスコ画が描かれています。
後で調べてみると、ルネッサンス期を代表する傑作だったらしいので、もっと詳しく見るべきでした。

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キリスト磔刑  ジョットー作  
広角レンズに撮っている為か、どの写真でも礼拝堂の直ぐ前に在るように見えますが、実際はかなり離れたところ、身廊の中心近くに吊り下げられていた筈です。

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身廊中央辺りすら、入口方向を見る

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正面ファサードの円形ステンドグラス

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側廊の奥からの見上げ
歪んだ写真になってしまいましたが、身廊側廊天井の交差ボールトの様子が良くわかります。

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側廊の壁に並ぶ絵画
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この教会の絵画の中で、一番有名なのは、左側廊の中央辺りにありました。
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聖三位一体  マザッチョ作  1426~1428年
マザッチオは初期ルネッサンスを代表する1人で、絵画に初めて遠近法を用いたと言われる、マザッチオの代表作の1つです。
遠近法を発見した建築家ブルネッレスキの協力があったと推測されています。
 
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身廊、入口横の壁

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翼廊
右翼廊から、左翼廊を見る。
左翼廊最奥に見えているのは、マントヴァのストロッツィ礼拝堂

中央礼拝堂の両側、翼廊に並ぶ礼拝堂にも、美しい美術品が一杯です。
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バルディ礼拝堂  右翼廊
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ロザリオの聖母  ヴァザーリ作

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フィリポ・ストロッツィ礼拝堂  右翼廊奥
ステンドグラス  フィリピーノ・リッピ作
左壁 ドルジアーナを蘇生する使徒ヨハネ
右壁 ヒエラポリスのマルス神殿の使徒フィリポ
ステンドグラス下の墓は フィリポ・ストロッツィの墓

教会を出て隣接する回廊へ。
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緑に覆われたこの回廊は、緑の回廊 と呼ばれ、その壁面はパオロ・ウッチェッロ等、15世紀の画家達による聖書からの物語 創世記フレスコ画が描かれています。
右奥に、大回廊への入り口が見えていますが、大回廊 は憲兵学校なので入場出来ません。

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スペイン人礼拝堂
中庭に面するこの礼拝堂は、壁・天井一杯に ボナイウート作フレスコ画 が描かれています。
もともとは聖堂参事会員室として1350年に建設されたもので、フィレンツェ大公国のコジモ1世の妃である エレオノーラ・ディ・トレド の随臣たち専用の礼拝堂として使用されたため、この名称になっています。

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礼拝堂奥の祭壇

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天井画は キリストの昇天


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そろそろ電車に乗る時間が近付いてきました。 建物を出て教会前の広場を見る。
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サンタ・マリア・ノヴェッラ広場

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サンタ・マリア・ノヴェッラ広場から、ホテルに戻る為、美しいゴシック風の尖頭アーチの塀を見ながら、アヴェッリ通りを通って駅方面へ。

この後は、ヴェネチアへ向かいます。
  1. 2016/12/13(火) 19:01:25|
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フィレンツェ散策 -19 サンティッシマ・アヌンツィアータ広場

サンタ・クローチェ聖堂の見学した後、この日も昼食はすっかり気に入ってしまった中央市場へ。

昼食後はミケランジェロダヴィデ像を見る為にアカデミア美術館に向かいました。
アカデミア美術館は、入口が分かり難いと聞いていたので心配していましたが、美術館の前には大行列が出来ていたので、心配することは無かったものの、あまりに長い行列だったので、見学を諦めざる終えませんでした。

そこで、近くに在る筈の、サンティッシマ・アヌンツィアータ広場へ。

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写真左側 騎馬像の後ろが サンティッシマ・アヌンツィアータ教会
右側は 孤児養育院 です。

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サンティッシマ・アヌンツィアータ教会

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孤児養育院
この孤児養育院 は、ヨーロッパ初と言われています。建設の依頼者は、祖国の父と呼ばれた コジモ・イル・ヴェッキオ が会長を務める絹織物組合で、ブルネッレスキ の設計により1419年に建設が始まり、1445年に完成すると、人間らしく生きることを肯定した人文主義を実践する、ルネサンスの精神を象徴する役割を担ったのです。

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孤児養育院 正面の回廊のアーチには、アンドレア・デッラ・ロッピアが白と青で装飾した産着に包まれた赤ん坊の装飾が並びます。

入場料がガイドブックに記されていた金額より全然安く、受付の女性が何やら色々説明してくれていましたが、何を言っているのか良くわからなかったのですが、内部は工事中だったのです。
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ブリネッレスキの2つの回廊ガレリアが在った筈なので残念です。


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この写真では右側が サンティッシマ・アヌンツィアータ教会
左側の建物も サンティッシマ・アヌンツィアータ教会孤児養育院 と似た回廊が見られますが、これは ブルネッレスキ孤児養育院 の建設時に、広場全体に回廊をつなげて、それまでは中世の雑居状態だったこの広場を、ルネッサンス様式の統一されたデザインでまとめもので、広場として落ち着きのある雰囲気を造り出しています。

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フェルディナンド1世の騎馬像  ジャンボローニャ作
広場の中央にある騎馬像は、コジモ大公の息子で、フランチェスコ1世の弟である フェルディナンド1世の騎馬像

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広場からは、セルビィ通りを通して、サンタ・マリア・ディル・フィオーレ大聖堂を見ることが出来ます。

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この写真、気に入っています。

  1. 2016/12/13(火) 15:00:00|
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フィレンツェ散策 -18 サンタ・クローチェ聖堂

ウフィツィ美術館~ヴェッキオ宮殿の見学を終え、シニョリーア広場から東へ400m程離れたクローチェ広場に面して建つサンタ・クローチェ聖堂に向かいます。

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クローチェ広場

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サンタ・クローチェ聖堂
クローチェ とはクロス = 十字架 を意味します。
つまり、サンタ・クローチェ聖堂とは、聖十字架聖堂 と言うことになります。

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アッシジの聖フランチェスコ 自身によって建てられたと言われる聖堂で、アルノルフォ・ディ・カンビオの設計により、1294年から1385年に掛けて建設された、ゴシック様式の聖堂です。
また、サンタ・クローチェ聖堂フランシスコ会 最大の教会であり、別名 フィレンツェのパンテオン と言われる程、聖堂の内部には多く著名人の墓があります。

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平面図構成は、エジプト十字、もしくはフランシスコ会の象徴である タウ十字 に近い十字形をしています。 
ようするに上部の出の少ないラテン十字形と言ったところでしょうか。
三廊式のバシリカの長さは115mもあり、特徴的な八角形の列柱が、尖頭アーチを支えています。
漆喰塗りの白壁木組を表した天井により、聖堂内部は全体として華美な印象は受けません。

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正面の祭壇に近付いて行きます。

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聖堂内が質素な分、ステンドグラスの美しさがより映えて感じられます。

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ステンドグラスを背景に黄金色に輝く美しい十字架
サンタ・クローチェ聖堂 = 聖十字架聖堂 たる所以でしょう。

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礼拝堂の側壁には、アーニョロ・ガッディ作聖十字架物語を主題とした、14世紀に描かれたフレスコ画が見られます。

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祭壇前から、入口方向を見返す。

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入口上部の円形のステンドグラス


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左右の側廊には、小さな礼拝堂著名人の墓石が並んでいます。
沢山のフィレンツェ人が、この聖堂に埋葬されることを希望したとか。

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ミケランジェロの墓碑  ヴァザーリ作

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ダンテの記念碑

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実はこのお墓は、私の大好きな作家でもある塩野七生さんの著書にもよく登場する、君主論マキャヴェッリの墓の墓だと思って撮ったのですが、どうも違ったみたいです。

他にガリレオ・ガリレイの墓も有ったのですが、イタリア語が読めなかった為に、残念ながら写真を撮りそこなってしまいました。

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身廊だけでなく翼廊の床にも、聖堂の床のいたるところに、墓碑らしきものが見られます。
人様のお墓の上を土足で歩くのはどうかと思ってしまいますが、人に踏まれることによって自分の罪が許され、天国行きが近づくと信じられていたとか。

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翼廊を見る

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聖具室

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聖具室にある礼拝堂の天井を見る


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バロンチェッリ礼拝堂  翼廊突き当たり?
祭壇の絵は聖母戴冠

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バロンチェッリ礼拝堂の天井


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パッツィの礼拝堂
サンタ・クローチェ聖堂の南側に隣接するフランチェスコ会修道院が在ります。
聖堂側の壁際に造られた回廊は、14~15世紀に建てられたもの。
回廊の奥に見える建物は、ブルネッレスキの設計で1444年に完成したパッツィの礼拝堂です。

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パッツィの礼拝堂前廊の天井を見上げる。
美しい彩色陶製丸天井は ルッカ・デラ・ロッピア作

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鐘楼は1842年に再建されたもで、
ゴシック・リヴァイヴァルの大理石のファサードは、ニッコロ・マタスの設計で、1857年から1863年に掛けて建設されたものです。

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ミケランジェロ広場から

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ジョットーの鐘楼から

  1. 2016/12/10(土) 15:22:36|
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フィレンツェ散策 -17 ヴェッキオ宮殿 ②

五百人広間の見学を終え2階に上がります。

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レオ10世の間

以下5枚の写真は、「レオ10世の間」の周りの部屋の写真だったと思うのですが、記憶違いでしたら御免なさい。
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四大元素の間  (上下共 )  ヴァザーリ作
四大元素とは、火、水、空気、土のことだそうです。  p3171313-1.jpg

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どの部屋も美しい絵画と天井画で飾られており、部屋ごとに格天井の形態が変えられています。


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イルカと戯れるプット像 ヴェロッキオ作 (中二階15室?)
ミケロッツィの回廊の噴水を飾る銅像のオリジナルはここに在りました。

この後も、美しい天井画の小部屋?が続きます。
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エレオノーラの礼拝堂  エレオノーラはコジモ1世の奥方
中央の絵は 十字架降下  ブロンズィーノ作
この部屋は、壁と天井に隙間なく絵画で埋め尽くされていて、部屋そのものが絵画で出来ているようです。

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この辺りの部屋の天井の構成は似ています。  上下は同じ部屋
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ヴォールト天井のこの部屋は、さしずめ黄金の礼拝堂とでも言ったところでしょうか?
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やや広めの部屋に出ました。 この部屋の装飾は一段と豪華です。
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天井の黄金は、眩いばかりに輝いています。


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ゆりの間
ゆりの間 とこの後に紹介する 地図の間 は、書記局に隣接していたことから、フィレンツェ共和国の事務官だったニコロ・マキャヴェリの過ごした場所だとか?
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ユディットとホロフェルヌス ドナテッロ作
壁のブルーが印象的です。
壁の模様が百合の模様だから、「ゆりの間」と呼ばれるらしいです。
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地図の間
3階を見学していくと、最後に壁に53枚の地図が飾られてる地図の間に出て来ます。
16世紀にフランチェスコ会修道僧エニャツィオ・ダンティステファノ・ブオンシニョーリによって描かれた作品です。
これらの地図は当時の地理学の重要な資料でもありますが、写真中央の地球儀は、紙が黒化してしまって真っ黒です。
黄金の天井ばかりを見続けてきたので、地図の間の天井はシックで、何とも居心地が良く感じられます。

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地図の間から続くこの部屋は、フランチェスコ1世の妻 ビアンカ・カッペッロの部屋でしょうか?

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これで ヴェッキオ宮殿 の散策は終わりです。
次は サンタ・クローチェ教会 へ向かいます。
  1. 2016/12/09(金) 15:32:10|
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フィレンツェ散策 -16 ヴェッキオ宮殿 ①

シニョリーア広場に面し建つヴェッキオ宮殿は、1299年から1314年にかけてフィレンツェ共和国の政庁舎として、アルノルフォ・ディ・カンビオの設計によって建設され、メディチ家(現)ピッティ宮殿へ移るまでの一時期、メディチ家の住居としても使用されました。

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建設当初、この宮殿はシリニョリーア宮殿と呼ばれていましたが、メディチ家が住居をアルノ川対岸に移した為、「古い」と言う意味の「ヴェッキオ」宮殿と呼ばれるようになり、現在ではフィレンツェ市庁舎として使われています。

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外観は華麗とは言い難い武骨なデザインで、まるで要塞の様。
鋸壁 ( 鋸型狭間 ) のある張り出した回廊と、建物の中心からずらした位置に設置された、高さ94mの塔が特徴です。

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回廊を支えるアーチの下には、フィレンツェ市の9つの紋章が描かれています。

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ダビデ像の横を通って、入口を入ってみましょう。

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ミケロッツォの回廊
門を入ると直ぐに、美しい壁画で飾られた回廊のと噴水のある中庭に出ます。
ゴジモ一世は、息子のフランチェスコ一世オーストリア大公の娘との婚礼に備えて、1565年に建築家ジョルジョ・ヴァザーリ宮殿の大改修工事を依頼します。

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中庭の壁にはヴァザーリによって、花嫁の故郷である、オーストリアの14の都市が描かれています。

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回廊の柱や壁や天井には、美しく繊細なフレスコ画や、金粉を使用した殉爛な装飾が施されています。

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中庭の中央に、ヴェロッキオ作イルカを抱いた少年 の複製が置かれている筈でしたが、改修中なのかシートが掛かっていました。

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建物の中に入ると、有名な 五百人広間 が迎えてくれます。
幅23m、長さ54m、高さ18mのこの広間は、共和国時代には、500人が出席する市民会議が開催されたことから、五百人広間 と呼ばれました。

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天井にはコジモ一世の載冠の絵を中心に、フィレンツェの成立と歴史上の逸話を描いた、48枚のパネルが飾られています。

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コジモ一世の載冠

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広間の後方2階のバルコニーから 五百人広間 を見る。

右の壁面には、レオナルド・ダ・ビンチアンギアーリの戦い
左の壁には、ミケランジェロカッシーナの戦い を描く予定でしたが、ダ・ビンチ新技法に失敗したことで、制作を中断すると、ミケランジェロ も戦意を喪失してローマ教皇の招きに応じ、ローマへ去ってしまったのです。

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ピサへの勝利 ジョルジョ・ヴァザーリ作

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マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い ジョルジョ・ヴァザーリ作

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ヴアサーリが描いたこの絵の下には、ダ・ヴィンチの絵が隠されていると言われており、この拡大部分の中心辺りに、小さく 「 CERCA TROVA 」 ( 探しなさい、さすれば見つかるであろう ! ) と言う、暗号めいた文字が隠されているそうですが、残念ながら狙って撮った訳ではないので確認できません。

五百人広間の見所は絵画だけではありません。
広間の両脇に、見事な彫像も並んでいます。
左側の壁お奥から
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左 / アンタイオスを絞め殺すヘラクレス  ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ作
右 / ヘラクレスとケンタロウス  ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ作
  
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左 / ピサを征服したフィレンツェ  ジャンボローニャ作
右 / ヘラクレスとカークス  ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ作


右側の壁奥から
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左 / アマゾン族の女王を倒すヘラクレス  ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ作
右 / 勝利像  ミケランジェロ作

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左 / エリュマントスの猪  ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ作
右 / ディオメデスを罰するヘラクレス  ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ作

次回は2階へ上がります。
  1. 2016/12/05(月) 18:21:46|
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フィレンツェ散策 -15 ウフィツィ美術館 内部②

3階の展示室 ( 第1室 ~ 第45室 ) までを見学を終え、今回は2階へ下りて、改修中だった展示室の作品と特別展の作品を見学します。
西棟2階の第46室から東棟第84室まで、新設された展示室を見学します。

2階は部屋番号が分からないので、写真を撮った順番にアップして行きます。

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コジモ・デ・メディチの肖像画 ヤコポ・ダ・ポントルモ作 1518~19年頃

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聖母子と幼児聖ヨハネ ヤコポ・ダ・ポントルモ作 1529年 

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聖家族と幼児聖ヨハネ ( パンチャーティキの聖家族 ) 
アーニョロ・ブロンズィーノ作 1540年頃

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ローマ教皇 「 レオ10世の肖像 」 ラファエロ・サンティ作 1512年頃

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自画像 ラファエロ・サンティ作 1506年

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ひわの聖母 ラファエッロ・サンティ作 1507年

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幼いキリストを礼拝する聖母 アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ作
1524-1526年頃

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長い首の聖母 パルミジャニーノ作 1535年頃
マニエリスムを代表する作品の一つと言われているそうですが、聖母マリアの首が妙に長く、聖母に抱かれるキリストも赤ん坊にしては長細く、右下に描かれている小さな男性も変なポーズをとっていて、なんだかとても奇妙な作品です。

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受胎告知 レオナルド・ダ・ヴィンチ作 1472-1475年
ダヴィンチデビュー作であり、大天使ガブリエルが聖母マリアに、神の子を宿していると告げる有名な場面を描いています。

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玉座の聖母子と天使と聖人たち ドメニコ・ギルランダイオ作 1484年

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ウルビーノのヴィーナス ティツィアーノ・ヴェチェッリオ作 1538年

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メドゥーサの首 ( 自画像 ) ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ作 
1598年頃
キャンバスにではなく、円形の盾に描かれています。

最後にウフィツィ美術館の3階から眺めたサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂方向の風景です。
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次回はヴェッキオ宮殿を紹介します。
  1. 2016/11/30(水) 17:14:00|
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フィレンツェ散策 -14 ウフィツィ美術館 内部①

予約してあったので、全く並ぶことなく美術館内へ入ることが出来ました。
階段を上がり東棟の3階へ

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階段を上がりきった最初のホールにはローマ皇帝や聖人と思われる彫像が置かれています。
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確信はありませんがトライアヌス像かな?

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こちらはキリスト教の聖人像でしょうか?

ここからは東棟3階の第一回廊 廊下の北端には
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これはケンタウロスがギリシャ神話の神の誰かに、虐められてる場面か?

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第一回廊の階段近くから南側 ( 第二回廊方向 ) を見る
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廊下の展示室側の壁には彫像と絵画が
ウフィツィ広場側の壁には彫像が飾られています。

最初の扉から第2展示室へ入ります。
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荘厳の聖母 マエスタ  チマブーエ作  1279-1280年頃  第2室

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聖母子像 ドゥッチョ作 1285年頃 第2室

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東方三賢王の礼拝 ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ作 第6室

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第5室

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聖母戴冠 ロレンツォ・モナコ作 1414年頃 第5室

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幾つかの展示室が改修工事で閉鎖されていて、絵画の展示してある部屋が、ガイドブックに載っている本来のものとは、かなり違っています。
以降は写真に収めた順序通りにアップして行きます。

一旦廊下に出てからトゥリブーナと呼ばれる、8角形のメディチ家秀作コレクションの飾られている部屋へ

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トゥリブーナ 第18室
この部屋には入れず、外から見るだけです。

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天井を真珠貝で飾った美しいトゥリブーナは、ブオンタレンティの設計。

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ウルビーノ公夫妻の肖像 ピエロ・デッラ・フランチェスカ作 1465-1466年 
本来は第8室に展示されている筈の作品ですが、第18室に当たるトゥリブーナの後に撮っているので

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東棟と西棟を結ぶ第二回廊も彫像が並んでいます。

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第二回廊の西端からヴァザーリの回廊ヴェッキオ橋を見る

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第二回廊から西棟の第三回廊を見る。

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聖母子と二天使 フィリッポ・リッピ作 1465年
本来は第8室に展示されている筈の作品ですが第34室辺りに展示してあったと思います。

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西棟第3回廊 第35室の前辺り

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第35室

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聖家族 ミケランジェロ作 1504年頃 第35室

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第38室

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ヴィーナスの誕生 サンドロ・ボッティチェッリ作 1485年 
本来は第10-14室の展示ですが、第41室の展示だったと思います。

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ポルティナーリ祭壇画 フーホー・ヴァン・デル・フース作 1476-1478年 
本来は第10室の展示ですが、第41室の展示だったと思います。

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 サンドロ・ボッティチェッリ作 1477-1478年
本来は第10-14室の展示ですが、第41室の展示だったと思います。

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マニフィカトの聖母 サンドロ・ボッティチェッリ作 1483-85年

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西棟第3回廊 ニオベの間  第42室の前辺り

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ニオベの間 第42室
ニオベとはギリシャ神話に登場し、子沢山を自慢した為に、子供を全員殺されてしまった母親だとか?

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第3回廊の北端
バチカンピオ・クレメンティーノ美術館ラオコーンとそっくりな彫像です。

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フィレンツェ名物のイノシシ像も在りました。

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ここは何処だだったけ?

これで3階の展示室 ( 第1室 ~ 第45室 ) までを見学し終わりました。
次回は、西棟2階へ下りて、改修中だった展示室の作品と特別展の作品を見学します。
  1. 2016/11/29(火) 18:32:00|
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フィレンツェ散策 -13 ウフィツィ美術館 外観

今日はウフィツィ美術館を紹介します。
先ずは外観から。

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ウフィツィ美術館

ウフィツィとは、イタリア語で事務所を意味します。
ゴジモ一世建築家ヴァザーリに設計を依頼した事務所建築として建設されたもので、着工は1560年、完成したのは1580年でした。

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ウフィツィ広場と言われる細長い広場に面する1階部分は、古代ローマの宮殿を思わせるドーリス式の列柱が並んでいます。
2階、3階部分はルネッサンス様式で、建物全体はU字型をしています。

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ウフィツィ広場からヴェッキオ宮殿を見る。

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広場を囲う回廊には祖国の父コジモ・イル・ヴッキオ豪華王ロレンツォ・イル・マニーフィコの彫像が並んでいます。

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祖国の父コジモ・イル・ヴッキオ

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豪華王ロレンツォ・イル・マニーフィコ

コジモ一世の死後、後を継いだフランチェスコ一世建築家ベルナルド・ブオンタレンティを起用し、メディチ家歴代の当主達が蒐集した膨大な美術品を納める為に、1581年に3階を美術品収蔵の場所として改修させたもので、それが今や世界屈指の規模を誇る美術の殿堂となっています。

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アルノ川 南岸からの外観

次回はウフィツィ美術館を飾る、美術品の数々を紹介します。
  1. 2016/11/28(月) 16:45:53|
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フィレンツェ散策 -12 シニョリーア広場

フィレンツェの二日目は、まずはシニョリーア広場を通ってウフッツ美術館 ヴェッキォ宮殿を続けて見学する予定です。

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シニョリーア広場
写真中央の塔のある建物が ヴェッキォ宮殿、向かって右側のギャラリーの様な建物が ランツィの開廊、この二つの建物の間に、少しだけ ウフィッツ美術館 が見えています。
中世以来現在まで、市庁舎として使用されている ヴェッキォ宮殿に面するシニョリーア広場は、1385年に初めて舗装され、中世以来、フィレンツェ共和国の政治の中心であり、重要な式典や集会、演説が行われだけでなく、暴動の悲惨な事件の舞台ともた場所で、1498年に説教者ジロラモ・サヴナローナがし火刑に処された場でもあります。

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しかし、調和を考慮しない増築が続いたため、全体としての統一感に欠けると言われているようですが、多くの彫像や噴水が設置され、訪れる人の目を楽しませてくれています。

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ネプチューンの噴水  1575年 バルトロメオ・アンマンナーティ作
多角形の池の中央で海馬の曳く馬車に立つネプチューンは、この写真だと分かり難いかもしれませんが、相当の巨像であり、なかなかの迫力があります。
池の縁にはシャンボローニャ作ナイアス、トリトーン、サテュロスの銅像も置かれています。

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コジモ一世乗馬像 1594年 シャンボローニャ作

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ヴェッキオ宮殿の入口へ上る階段の両脇にも、巨大な胸像が並んでいます。
向かって左側 ダビデ像 ( レプリカ ) ミケランジェロ
向かって右側  ヘラクレスとカークス像 1533年 ヴァンディネッリ作

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ダビデ像のオリジナルはアカデミア美術館にあります。

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ランツィの開廊
行事の際に、君主 ( シニョリーア ) を屋根の下で迎える為に造られたのでシニョリーア開廊とも、また設計した建築家の名からオルカーニャ開廊とも呼ばれることもあります。
ランツィと言う名の由来は、コジモ一世に雇われたドイツ軍隊ランツケネッキが一時期この建物に駐屯していた事に由来し、広場がフィレンツェの表玄関の役割を担うようになると、開廊に彫刻が飾られるようになります。
広場に面して柱間の広いアーチが3つ並び、アーチはコリント式柱頭のある束ね付柱で支えられています。

開廊の入口である中央のアーチを支える2本の柱の足元にはそれぞれにライオン像が置かれています。
ランツィの開廊5 ランツィの開廊6
向かって右側のライオン像は古代ローマ時代のもの、
左側は1598年に作成されたフラミニオ・ヴァッカが作成したものです。

向かって右側のアーチの下
ランツィの開廊2
サビーニの女たちの略奪 シャンボローニャ作 1583年

向かって左側のアーチの下
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ペルセウス ベンヴェヌート・チェリーニ作 1554年 が置かれています。

開廊中央
ランツィの開廊3
パトロクロスを抱きかかえるメネラウス 
後ろの壁際には6体のローマの女身像が並びます。

開廊の左側
ランツィの開廊1
ポリュクセネーの陵辱 ピオ・フェディ作

開廊右側
ランツィの開廊4
ヘラクレスとネッソス ジャンボローニャ作

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手前の彫像は ヘラクレスとカークス像

次回はウフィツィ美術館に入館します。
  1. 2016/11/24(木) 12:59:58|
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フィレンツェ散策 -11 ドゥオーモ美術館

ミケランジェロ広場からアルノ川北岸に戻り、サンタ・マリア・ディル・フィオーレ大聖堂の東側、ドゥオーモ広場に隣接するドゥオーモ美術館を見学しました。
ドゥオーモ美術館には大聖堂と洗礼堂、そして鐘楼から集められた彫像などの作品の数々が陳列されています。
何も下調べをしないで来たので、何を見るべきなのかも分かりませんでした。
吹抜けの大空間の展示室には、大聖堂の何処かの部分を再現しているようですが、残念ながら分かりません。

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中央上ボニファティウス8世像

分からないものばかりですが、この扉だけは分かります。
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ここにはサン・ジョバンニ洗礼堂天国の門 の本物が展示されています。

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向かって左側はロレンッォ・ギルベルティ  
右側はヴィットーリオ・ギルベルティ ( ロレンッォの息子 )

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こちらの門は北側の扉でロレンツォ・ギルベルティキリストの生涯だと思いますが、確信は持てません。


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ブルネレスキが苦心の末に考案した巨大なクーポラの建築工法を表した展示もあります。
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こちらも詳細は分かりませんが、大聖堂のコンペ時のファサード模型だと思います。

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美術館から見たサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂

この美術館にはミケランジェロピエタティカンピオ聖母子像ドナロッティマグダナのマリア像等の見るべきものが多々ありましたが、調べていなかったので特に気にしていなかったので写真は撮っておらず、見たのか見ていないのかもはっきり覚えていません。

まだ、午後の4時前だったのですが、ローマで歩き回った疲れが残っていた上に、この日も朝からジョットーの鐘楼に登ったり、アルノ川南岸の丘の上にあるミケランジェロ広場まで歩いたので、二人とも疲れ切ってしまい、夕食までホテルに戻って休むことにしました。
  1. 2016/11/22(火) 17:21:00|
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会津若松散策ダイジェスト ②

会津若松での二日目は、鶴ヶ城さざえ堂など、会津藩ゆかりの建物を中心に見学します。

先ずは鶴ヶ城へ向かいます。
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會津宮泉酒造
会津には沢山の酒蔵が在りましたが、會津宮泉酒造鶴ヶ城の目の前にあり、建物も特に立派な造りです。

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(株)會津葵本店
まだ詳しく調べていないので、古い建物だとの確信はありませんが、立派な蔵造りの建物です。

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鶴ヶ城のお堀

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鶴ヶ城
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麟閣
麟閣は場内の茶室です。
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鶴ヶ城を後にして、ホテルへの帰り道とホテルの周りを散策します。
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佐治呉服店
城下町だからなのか、会津若松には酒蔵の他に呉服店も目に付きます。

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神窺禧薬館

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旧若松庶民金庫

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松乃園斎藤茶舗

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旧会津実業信用組合

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鈴善漆器店

ホテルに戻り、チェックアウトを済ませてから松平家墓所へ
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松平家墓所
兄に是非にと言われて来てみましたが、辺りに民家はなく人っ子一人見当たりません。
「熊が出没するのでラジオラジオなど音の出るものを携帯してください」と言った趣旨の記された立て看板が在ったので、雨が降ってきたこともあり、残念ながら訪問は取りやめにしました。


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御楽園
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傘を指しながらの散策でしたが、雨の中の庭園の散策はなかなかに情緒のあるものでした。


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さざえ堂
今回の会津若松建築視察旅行での、主目的地の一つです。
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馬肉を使った うまうま丼       名物 ソースカツ丼


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新宮熊野神社
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新宮熊野神社長床

昼食を摂った、さざえ堂近辺で意外と時間が掛かり、ナビが古かった為に新宮熊野神社へ行く道を間違えてしまい、会津藩校日新館の見学は諦め、猪苗代湖畔へ向かいましたが、既にすっかり陽が沈んでいたので建物の見学は諦め、一時の間湖を眺めて帰路につきました。

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猪苗代湖畔

  1. 2016/11/05(土) 11:11:06|
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会津若松散策ダイジェスト ①

今週の月曜と火曜日、会津若松の七日町に点在する、大正及び昭和初期に建てられた、洋風商店建築の視察に行って来ました。
勿論、鶴ヶ城さざえ堂蔵造りの建物も見て来ました。

朝5時に自宅を出発し、東北自動車道を一路福島県を目指して北上します。
直接会津若松にには向かわずに、白川インターで東北自動車道を下り、先ずは甲子道路を通って茅葺き屋根の家並が残る大内宿を目指します。

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甲子道路の途中でトイレ休憩に立ち寄った 道の駅 しもごう から見た秋色に色付いた山並。

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国重要伝統建築物群保存地区に指定されている、大内宿茅葺き屋根の家並
大内宿葱蕎麦が名物なのですが、まだ昼食には少し時間が早かったので、会津若松に向かいます。

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二丸屋武蔵亭
昼食はネットで調べてあった会津若松市材木町の日光街道沿い蔵造りの蕎麦屋で食べました。

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賄い定食 キノコ御飯付山菜蕎麦    鰊山椒漬

二丸屋武蔵亭近くの日光街道沿いの建物
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林家住宅

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醤油醸造元 イケダ醤油 林合名会社

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日光街道沿いの建物。
蔵と洋風デザインが合体しています。

鶴ヶ城近くのホテルへ向かう前に、門田町の古い酒蔵へ寄り道します。
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高橋庄作酒造店

この後ホテルに車を止め、会津若松市役所の周辺と七日町の日光街道沿いのレトロな街並み群を散策しました。
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会津若松市役所

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うなぎ鯉料理 あら池

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鈴木屋利兵衛

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旧郡山商業銀行若松支店

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滝谷建設工業株式会社会津若松店

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白木屋資料館 ( 旧白木屋漆器店 )

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第二塚原呉服店 他

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レオ氏郷南蛮館

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尚信株式会社

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野球工房 バンダイスポーツ七日町店 ( 旧株式会社塚原呉服店 )

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池田種苗店

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渋川問屋

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阿弥陀寺の御三階

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只見線七日町駅 あいづふるさと駅cafe

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水だしコーヒー           会津産ワイン
あいづふるさと駅cafe で一休み

一本南の道を通って会津市役所方向へ戻ります。
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末廣酒造嘉永蔵
酒蔵を見学し、丁寧な説明を聞いた後、美味しい日本酒を何杯も試飲させてもらったので、お土産にお酒を買いました。

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旧黒河内胃腸病医院

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弘竜

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日本基督教団 若松栄町教会

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野口英世青春館・福西本店

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紀州屋

夕食はホテルの近くの出し桁造りの居酒屋で
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ゑびす亭
美味しい会津の日本酒と地元の素材使った料理を頂きました。

  1. 2016/11/04(金) 19:09:25|
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フィレンツェ散策 - 10 ミケランジェロ広場、アルノ川南岸

ヴェッキオ橋を渡ったアルノ川南岸は、北岸に比べると見所は少ないとは言え、時間があればピッティ宮ボーボリ広場位は見ておきたいところでしたが、まだローマ観光の疲れが残っていた上に、朝一でジョットーの鐘楼に上った疲れも重なって、ミケランジェロ広場に行くだけにしました。

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バルディ通り
ヴェッキオ橋を渡った辺りの風景

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日本では絶対に見ることの出来ない風景なので、名の無い路地の風景で絵になります。

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アルノ川岸の道から対岸のを見る
写真中央は、国立中央図書館、茶色の塔はサンタ・クローチェ聖堂の鐘楼

ヴェッキオ橋を渡り、アルノ川岸の道を1キロ程歩き、ジュセッペ・ポッチ広場から右手の丘に向かって、階段と坂道を交互に登ると、15分程でミケランジェロ広場が見えてきます。

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ミケランジェロ広場にも、シニョリーア広場と同様に、ダビデ像のレプリカが飾られています。

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左から ヴェッキオ橋ヴェッキオ宮、写真中央に ジョットーの鐘楼
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂サンタ・クローチェ聖堂
が見えます。
既にかなり疲れていたので、出来ればバスで来たかったのですが、バス乗り場と乗り方が分からなかったので、徒歩で上ってきましたが、この丘に建つと、美しいフィレンツェの街を一望することが出来るので、一時的にしろ、疲れを忘れる気分になりました。

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ヴェッキオ宮を中心にした一枚

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もう少しアップにして、フィレンツェを代表する ヴェッキオ宮サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂 を撮ってみました。

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左から ヴェッキオ宮ジョットーの鐘楼サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
ジョットーの鐘楼の左下にメディチ家礼拝堂のクーポラも見えます。

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ヴェッキオ橋

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ヴェッキオ宮

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ジョットーの鐘楼サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂

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サンタ・クローチェ聖堂

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丘を下りる前に、フィレンツェの街の全景をもう一枚

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レナイ通り沿いの街並み

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帰り道は、アルノ川沿いの道は歩かずに、レナイ通りを通り、アッレ・グラツィ橋を渡って北岸に戻りました。

  1. 2016/10/25(火) 15:07:38|
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