FC2ブログ

アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

大井町の家 塗装工事、足場が外れました。

外部の工事はほぼ完了し足場とシートが外され、建物の全貌を見ることが出来るようになりましたが、先週に続いて雨混じりのスッキリとしない天候なのが残念です。

img_6140-1.jpg

img_6141-1.jpg

img_6163-1.jpg

img_6142-1.jpg

IMG_6162-1.jpg

img_6143-1.jpg

img_6161-1.jpg

img_6165-1.jpg

img_6167-1.jpg

耐久性を重視し、玄関庇の破風にもガルバニウム鋼板を巻く予定でしたが、施主の希望もあって、このまま木部現しになりました。

img_6166-1.jpgimg_6160-1.jpg

img_6153-1.jpgimg_6155-1.jpg

内部の工事は大工さんによる木工事が終了し、昨日の現場は塗装工事を行っています。

img_6144-1.jpgimg_6146-1.jpg

木部には着色はせず、クリアー塗装ノミとして木そのものの持つ色合いと、経年変化を楽しむことになりました。ただ一口に木部と言っても「杉」「松」「ウエスタンレッドシダー」「ゴム集成材」「針葉樹合板」「シナ合板」「OSB」など色々あるので、同じ色合いになるわけではありません。

img_6145-1.jpg

和室前の庇は施主の遊び心

img_6158-1.jpg

img_6150-1.jpgimg_6159-1.jpg

img_6148-1.jpg

img_6156-1.jpgimg_6152-1.jpg


スポンサーサイト



  1. 2020/07/05(日) 18:13:00|
  2. 最新現場状況
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

癒し猫

コロナ渦で憂鬱で心配な日が続いていますが、我が家はニャンコのこの表情に癒されてます。

1593736498882.jpg

「ニャッ!!」 ( エナ )

  1. 2020/07/03(金) 16:52:07|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

大井町の家 造作工事、外壁サイディング工事

大工さんによる木工事、外壁サイディング工事が大詰めです。

img_6122-1.jpg

2階部分の白いサイディングもほぼ張り終わっています。

img_6125-1.jpgimg_6123-1.jpg

img_6121-1.jpg

区画整理内の近所の工事中の新築建物は、住宅密集地に建つ都市型住宅の様なデザインの建物ばかりなので、2階は一部屋だけのほぼ平屋に近い大屋根の外観は、目を引く存在になっていると思います。

img_6133-1.jpgimg_6132-1.jpg


img_6137-1.jpgimg_6129-1.jpg

img_6131-1.jpgimg_6128-1.jpg

img_6127-1.jpgimg_6126-1.jpg

ラワン合板の部分はボルダリングウォール。梯子が立掛けてある壁は木毛セメント板張りで、ローラーで白くペイントする予定です。

img_6134-1.jpg

毎回紹介している階段手摺も完成しています。

img_6135-1.jpg

納戸からLDKを見る。天井はOSB + 有孔OSB貼り (CL) 仕上げ。

木工事の完成が近いので、塗装と木製建具の打ち合わせも行いました。

img_6138-1.jpg

塗装業者さんに塗装サンプルを作成してもらい、施主に決めて頂きます。

  1. 2020/06/29(月) 10:51:17|
  2. 最新現場状況
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

大井町の家 造作工事、外壁サイディング工事、板金工事

今回は大工工事 ( 内部造作工事 ) と破風板金と外部金物取付工事等を紹介します。

先ずは外部から

img_6090-1.jpg

外壁仕上げ材として採用したガルバニウム鋼板製金属サイディング ( ガルステージ )は、施工済みま黒色の部分と白色の部分のツートンカラーとなり、白色部分の設置工事が進行中です。

img_6091-1.jpgimg_6092-1.jpg

img_6096-1.jpgIMG_6101.jpg

img_6102-3.jpg

屋根周りの工事は9割程度完了し、破風板金や各換気金物の設置、軒天の設置も大詰めです。

img_6099-1.jpg

img_6100-3.jpg

img_6117-1.jpg


img_6115-1.jpgimg_6108-1.jpg

LDKの天井材設置工事が完了しました。OSBにクリア塗装仕上げとなる予定です。

img_6120-1.jpgimg_6106-1.jpg

和室の造作工事も順調です。

img_6118-1.jpg

各室の木製建具枠、家具工事も順調で今月中には終了出来そうです。

img_6103-1.jpgimg_6104-1.jpg

  1. 2020/06/22(月) 11:01:56|
  2. 最新現場状況
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

エナが勢力拡大しています。

若さ故の身軽さで、エナが勢力拡大を狙っています。

3_2020061717513456c.jpg

猫台も

1592382959107.jpg

ロフトも

1592382950844.jpg

丸窓も

1592382925347.jpg

子供部屋の洋服ダンスの上まで、高い場所はと言う場所は、今やエナの勢力範囲になってしまいました。

1592382907271-1.jpg

負けるな!! 蘭!!

「高い場所は暑いのにニャ。涼しい階段は死守するニャネ!!」



  1. 2020/06/17(水) 17:59:45|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

パリ旅行記 - 33 ( 三日目 ) コンシェルジュエリー

今回は コンシェルジュエリー を紹介します。

サント・シャペル の見学を終えて パレ・ド・ジュスティス の前へ出て来ました。

p2231697-1.jpg 

パレ・ド・ジュスティス ( パリ司法宮 )

パレ・ド・ジュスティス は、かつての王会( 国王顧問会議 )の建物で、元はカペー朝時代の王宮 ( シテ宮 ) 。コンシェルジュエリー サント・シャペル など、様々な王宮当時の遺跡が残っています。

p2231715-1.jpg

サント・シャペル パレ・ド・ジュスティス 

コンシェルジュエリー1 

パレ・ド・ジュスティス コンシェルジュエリー  

p2231716-1.jpg

コンシェルジュエリー

p2231713-1.jpg

元はフィリップ4世の宮殿 ( シテ宮 ) として14世紀に創建。その後シャルル5世よって放棄され、1370年からは牢獄として使われました。フランス革命時には隣接する革命裁判所で2780名に死刑判決が下され、多くの王族・貴族が投獄されます。「死の牢獄」「ギロチン控えの間」と呼ばれる恐怖政治の象徴でした。1793年にはマリー・アントワネットも投獄されています。第一帝政期になっても牢獄として使用されますが、1934年に牢獄としての機能は停止され、現在はパリの パレ・ド・ジュスティス( 司法宮 )の一部として、観光名所となっています。

p2231719-1.jpg

ジャンジュ橋から見る

コンシェルジュエリー2

p2231719-3.jpg

シーザーの塔と銀の塔

コンシェルジュエリー の名は、旧王宮の司令官、守衛(コンシェルジュ)がいた場所からとったものです。

p2231699-1.jpg

衛兵の間

ゴシック様式で造られた衛兵の間は兵士達の食堂としても使われました。床面積は1800㎡もあり、4つの広間から出来ています。

p2231712-1.jpg

高さが8.5mあるリブヴォールトの天井が、柱頭部の照明によって美しく浮かび上がります。

p2231700-1.jpg

 

p2231702-1.jpg


p2231703-1.jpg


p2231704-1.jpg


p2231705-1.jpg


p2231706-1.jpg

死刑執行準備室を再現したものです。

当時の牢獄は有料だった為、払った額に応じて監房にはランクがあり、最も貧しい者は「わら族」と呼ばれ、藁が敷かれた雑居房で寝かされ、非常に不衛生だったそうです。中流層の囚人の房には簡単なベッドが在り、4~5人で使用。富裕層や著名人の房は家具の在る独房だったとか。

p2231707-1.jpg


p2231708-1.jpg

この部屋では、死刑執行のための準備が行われました。

p2231709-1.jpg

囚人用の礼拝堂

p2231710-1.jpg 

ここが死刑囚達が断頭台へ向かう荷車を待つ場所だそうです。

コンシェルジュエリー の見学を終えたところで、この日も友人が施設の前に来てくれました。サン・ジェルマン・デ・プレ教会 に行こうかと思っていましたが、相談のうえ オペラ・バスチーユ へ向かうことにしました。

  1. 2020/06/16(火) 08:00:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

大井町の家 造作工事、外壁サイディング工事

今回は大工工事 ( 内部造作工事 ) を中心に紹介しますが、先ずは外部から

img_6086-1.jpg

西面・南面

画像ではシートで良くは見えませんが、1階部分の工事は完了しています。

img_6087-1.jpg

外壁サイディングは、1階が黒、2階は白のツートンカラーになります。

img_6085-1.jpg

img_6084-1.jpg

東面

img_6082-1.jpg

手間の掛かった腕木周りも綺麗に納まりました。

img_6071-1.jpg

LDKは木製建具枠や家具工事が少し始まった程度で、画像では先週とそれ程変わった感じはしませんが、外壁に面する石膏ボードの二重張りなど、着実に工事は進んでいます。

img_6079-1.jpg

img_6075-1.jpg

ラワン合板の部分はボルダリングウォール。

img_6063-1.jpg

階段の設置も進んでいます。

img_6077-1.jpg

主寝室は窓下カウンターの工事が進行中。

天井はこのまま構造材表しとします。

img_6065-1.jpg

階段腰壁兼小物棚。

img_6068-1.jpg

この部屋は小屋梁の下端ノミを表します。

img_6067-1.jpg

納戸は壁・天井共に石膏ボード貼りが完了しています。

  1. 2020/06/15(月) 12:00:10|
  2. 最新現場状況
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 - 32 ( 三日目 ) サント・シャペル

今回は サント・シャペル を紹介します。

当初の予定では、この後はカルチェラタン辺りを散策しがてら昼食をとり、サン・ジェルマン・デ・プレ教会 を見学する予定でしたが、 アンヴァリッドオルセー美術館 の見学に時間をとり過ぎたので、予定を大きく変更して サント・シャペル へ向かうことにしました。

 オルセー美術館 前のミュゼ・ドルセー駅からRER-C線に乗り、サン・ミシェル・ノートルダム駅で下車し、サン・ミシェル橋を通ってシテ島に渡ります。

p2231642-1.jpg

サン・ミシェル橋から、修復工事中の ノートルダム大聖堂 を見る。

サン・ミシェル橋を渡り、そのままパレ通りを進んで サント・シャペル

p2231714-2.jpg

サント・シャペル

パレ・ド・ジュスティス の門前から サント・シャペル を見る。

サント・シャペル は現在は パレ・ド・ジュスティス の一部となっています。

高さ75mの尖塔は、落雷や革命の為に何度も倒壊し、現在の尖塔は19世紀に再建されたものです。

p2231643-1.jpg

サント・シャペル とは「聖なる礼拝堂」という意味で、ルイ9世ラテン帝国皇帝から譲り受けた「キリストの荊の冠」と「磔刑の十字架の断片」の聖遺物を安置することを目的に建てれた礼拝堂で、ゴシック建築の傑作として知られる建物です。

昨年発生した火災により ノートルダム大聖堂 の内部の見学が出来ない今回のパリ旅行では、この サント・シャペル が最も見てみたい建物と言えるでしょう。

p2231696-1.jpg

p2231644-1.jpg

サント・シャペル は、1239年から1248年の10年間に、巨額の建設費を投じて建設されますが、王が聖遺物を手に入れる為にラテン帝国皇帝に支払った金額の1/3だったとか。

p2231645-1.jpg

さあ、いよいよ内部の見学です。

p2231668-1.jpg

下部礼拝堂

先ずは1階の 下部礼拝堂 から見てみましょう。

p2231661-1.jpg

宮廷の廷臣や使用人だけでなく、一般庶民も利用出来る礼拝堂であり、上部礼拝堂 と比べ天井高は7mしかありませんが、眩いばかりの美しい礼拝堂です。

p2231653-1.jpgp2231657-1.jpg

p2231665-1.jpg

この小さな通路から 上部礼拝堂 へ登って行きます。

p2231670-1.jpg

上部礼拝堂

天井高さは20m。「キリストの受難」「黙示録の書紀者聖ヨハネ」「キリストの幼少時代」時代などが描かれたステンドグラスは、ゴシック建築の最高峰と言っても言い過ぎではないと思います。

p2231680-1.jpg

p2231675-1_20200612160617f0f.jpg

p2231674-1.jpg

p2231685-1.jpg

息を飲むような美しさです。

p2231690-1.jpg

p2231694-1.jpg

p2231682-1.jpg

p2231687-1.jpg

15世紀にシャルル8世が献上したバラ窓には「黙示録の主題」が描かれています。

p2231678-1.jpg

p2231686-1.jpg

p2231672-1.jpg

p2231684-1.jpg

p2231689-1.jpg

  1. 2020/06/12(金) 16:30:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 - 31 ( 三日目 ) オルセー美術館、

今回は オルセー美術館 を中心に紹介します。

アンヴァリッド広場からサン・ドミニク通りを通って オルセー美術館 へ向かいます。サン・ドミニク通りブルボン宮殿 裏口の在るユニヴェルシテ通りの一本南側の通りです。

休日の官庁街だからか、時折車が通るだけで殆ど人は歩いていません。そんな静かなサン・ドミニク通りを歩いていると、右手に小さな公園が在り、その奥に高さ69メートルの2つの尖塔バラ窓を持つゴシック教会見本の様な教会堂が聳えています。

p2231582-1.jpg

サント・クロチルド教会

設計者 / フランツ・クリスティアン・ガウ

建築年 /  1857年

所在地 / パリ市7区

フランツ・クリスティアン・ガウはパリにおけるゴシック復興に尽力したドイツ出身の建築家で、サント・クロチルド教会 はパリ市で最初のネオゴチック建築です。

ガウの設計・監理により、1846年に着工されますが、病気の為にテオドール・バリューが監理を受け継ぎ1857年に完成します。

もしもう一度パリを訪れる機会があれば、是非内部を見学してみたい教会堂です。

更にサン・ドミニク通りを東に進み、左手に在るジャック・バンヴィル広場を通り抜けます。

p2231583-1.jpg

国防省 ?

ジャック・バンヴィル広場サンジェルマン通りの角地に在る時計塔

ソルフェリーノ通り北に進み、リール通りとの交差点を右折すると

p2231584-1.jpg

レジオン・ド・ヌール勲章博物館

リール通り沿いに在る、まるで 凱旋門 のような入口の両側には、イオニア式オーダーを施した列柱が配されています。

サルム館 として18世紀に建設され、1804年にレジオン・ドヌール勲位局に制定され、以来 レジオン・ドヌール館 となっています。

設計者 / ピエール・ルソー

建築年 /  18世紀

所在地 / パリ市7区 

レジオン・ドヌール勲章とは、ナポレオン1世により制定され、国家に功績をもたらした人に与えられる名誉ある称号です。館内には歴史ある多くの勲章が展示され、フランスのみならず世界各国の勲章も見ることが出来ます。

p2231585-1.jpg

オルセー美術館 ( 西南西側立面 ) が見えて来ました。

以下は一日目に撮影したセーヌ川沿いのアナトール・フランス通りからの写真

p2211040-1_20200612092920eb0.jpg p2211041-1_202006120931255a0.jpg 

p2211045-1_202006120930171fd.jpg p2211046-1_202006120930416ba.jpgオルセー美術館全景

セーヌ川対岸からの全景

内部に入りましょう。 

p2231586-1.jpg

オルセー美術館 の建物は、元は1900年にパリで開催された万国博覧会の際に、ヴィクトール・ラルーの設計により、オルレアンやフランス南西部へ向かう長距離列車のターミナル駅駅舎ホテル として建設されました。

p2231587-1.jpg

しかし1939年には駅施設を大幅に縮小して近距離列車専用駅となります。その後さまざまな用途に用いられ、一時は取り壊しの話も上がりますが、保存活用策が検討され、イタリアの建築家ガエ・アウレンティの設計ににより改修され、1986年に「19世紀美術を展示する美術館」 オルセー美術館 として生まれ変わったのです。

設計者 / ヴィクトール・ラルー  改修設計 / ガエ・アウレンティ

建築年 /  1900年  改修年 / 1986年 

所在地 / パリ市7区 

p2231589-1.jpg 

ガラス屋根の中央ホールは、駅舎当時の地下ホームの吹き抜け構造活かしたデザインになっており、多くの彫像が展示されています。

p2231588-1.jpg

各所に駅舎当時の痕跡が見られます。 

p2231590-1.jpg

中央ホールには、主に彫像が展示されています。

p2231593-1.jpg 

「地球を支える四つの世界」ジャン=バティスト・カルボー作 ( 1872年 ) 

p2231600-1.jpg

p2231596-1.jpgp2231601-1.jpg

p2231602-1.jpg

p2231603-1.jpg

「ダンス」ジャン=バティスト・カルポー作 ( 1863-1869年 )

中央ホールの両脇は主に絵画の展示室になってます。

p2231594-1.jpg

「オランビア」マネ作 ( 1863年 ) 

p2231595-1.jpg  

「笛を吹く少年」マネ作 ( 1866年 ) 

p2231597-1.jpg  

「落穂拾い」ジャン=フランソワ・ミレー作 ( 1857年 ) 

p2231599-1.jpg

 

p2231598-1.jpg

「牧羊場の羊の群れ」ジャン=フランソワ・ミレー作 ( 1861年 ) 

p2231604-1.jpg

「踊るジャンヌ・アヴリル」 

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック作 ( 1892年 )

p2231605-1.jpg

「オステリアのマリア-聖餅の聖母」

ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル ( 1854年 ) 

p2231606-11.jpg


p2231607-1.jpg

「ロベール・ド・モンテスキュー伯爵の肖像」

ジョヴアンニ・ボルディーニ作 ( 1897年 )

p2231609-1.jpg

「カフェにて ( アブサント ) 」エドガー・ドガ作 ( 1873年 )

p2231632-1.jpg

「14歳の踊り子」エドガー・ドガ作 ( 1881年 )

p2231610-1.jpg

 

p2231611-1.jpg


p2231613-1.jpg

「退廃期のローマ人たち」トマ・クチュール作 ( 1847年 )

p2231628-1.jpg

「草上の昼食」エドゥアール・マネ作 ( 1865-1866年 )

p2231630-1.jpg

「草上の昼食」エドゥアール・マネ作 ( 1862-1863年 )

p2231631-1.jpg

「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」

ピエール=オーギュスト・ルノワール作 ( 1863年 )

p2231635-1.jpg

「田舎のダンス」ピエール=オーギュスト・ルノワール作 ( 1883年 )

p2231636-1.jpg

「都会のダンス」ピエール=オーギュスト・ルノワール作  ( 1883年 )

p2231637-1.jpg

「青い睡蓮」 クロード・モネ作 ( 1916-1919年 )

p2231639-1.jpg

「モネの家の庭」 クロード・モネ作 ( 1900年 )

p2231638-1.jpg

「ロンドン、霧の国会議事堂 」 クロード・モネ作 ( 1904年 )

p2231633-1.jpg 

「日傘の女-左向き」クロード・モネ作 ( 1886年 )

p2231634-1.jpg

「日傘の女-右向き」クロード・モネ作 ( 1886年 ) 

p2231640-1.jpg

「リンゴとオレンジ」ポール・セザンヌ作 ( 1899年 )

p2231608-1.jpg

「弓を射るヘラクレス」アントワーヌ・ブールデル作 ( 1924年 )

p2231612-1.jpg


絵画や彫像だけでなく、アール・ヌーボーの美しい家具の展示もありました。

p2231614-1.jpg

p2231615-1.jpg

p2231616-1.jpg

p2231617-1.jpg

p2231618-1.jpg

p2231619-1.jpg

p2231620-1.jpg

p2231621-1.jpg

p2231622-1.jpgp2231623-1.jpg

p2231624-1.jpg


最後に オペラ座 の模型を紹介します。

p2231591-1.jpg

かなり長い時間、どいてくれるを待ったのですが、この人も真剣に模型を眺めていたので諦めました。

p2231592-1.jpg

この絵は オペラ座 のホワイエを描いています。

p2231626-1.jpg

p2231641-1.jpg

既に2時近くになっていたので、美術館のカフェで軽く昼食にしようかと思っていましたが、この混み用なので諦めて、次の目的地である サン・ジェルマン・デ・プレ教会 に向かいます。

  1. 2020/06/11(木) 18:12:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

暑くないのか?

最新の断熱性能を有する足柄上郡大手町の住宅と比べると、今年で築25年を迎えた我が家では、発泡ウレタンを外壁では20㎜、屋根は60㎜吹付けただけ、窓もペアガラスではないので、断熱材は無いに等しい状態です。

101913996_2633350706888090_8150269457457762350_n.jpg

それでも冬場は日当たりの良さ、夏場は風通しの良さで、意外と快適に過ごせています。

ニャンズも満足してくれていると良いのですが・・・。

とは言え陽当りの良い出窓でこの状態では、暑くない訳はありません。

101206379_2633350653554762_4186583654947726546_n.jpg

最初は蘭が寝ていたところに、新参者のエナが「どけっ」とばかりにベッドに乱入!!

102876055_2633350540221440_3576999537060934217_n.jpg

何時もなら、あっさりとベッドを譲る蘭なのですが、この日は頑張ってます。

102975318_2633350610221433_9025832763520480064_n.jpg

仲がいいのか悪いのか? 良く分からないニャンズです。

101066923_2633350573554770_2766803169309480258_n.jpg


  1. 2020/06/10(水) 07:30:00|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

大井町の家 外壁サイディング工事、屋根・天井断熱工事、軒天工事他

(株)創建の野原社長の段取りの良さもあり、この現場では新型コロナウイルスの影響を殆ど受けることもなく、6月に入っても現場は順調に進行しています。

img_6062-1.jpg

ガルバニウム鋼板製金属サイディング ( ガルステージ ) の設置工事の進行状況は50%程度でしょうか?

img_6042-1.jpg

アイジー工業のガルステージは表面材の遮熱性フッ素樹脂塗装ガルバニウム鋼板に、約15mmのポリイソシアヌレートフォームが裏打ちされた金属製サイディングで、それ自体に断熱性能がある外壁材です。この建物は通期工法を採用しているので、外壁材の裏には外気に通じる通気層があるり、ガルステージ自体の断熱性能を、外壁全体の断熱性能にカウントする事は出来ませんが、特に夏期において、外壁面に直射日光を受けた場合に、通気層の温度上昇を軽減する効果を期待出来るので、当事務所では頻繁に採用している外壁材です。

窯業系サイディングとの比較では、軽さもメリットの一つです。短所としては、窓周りなどの切断部の納めには手間が掛かる事があげられます。

img_6053-1.jpg

庇を支える腕木や小窓が多い東面は手間が掛かるところです。

窓や換気扇などの開口部周りの防水処理もしっかりと行われています。

img_6059-1.jpg

基礎・土台水切り

この建物は「長期優良住宅」の認定を受けているので、外壁と基礎を見切るこの水切りは必須です。

主な役割としては、外壁を伝う雨水が、外壁と基礎の接合部から雨水の侵入を防ぐ役割や、通気層と外気を結ぶ役割などがあります。

img_6047-1.jpg

屋根周りでは軒天工事が進行中で、軒先換気金物の設置が終わっていました。

外壁の通気層や小屋裏の換気を担う、空気の出入口になります。

img_6043-1.jpg

勾配天井部の断熱材の設置状況。

外壁同様に隙間なく防湿シートを設置します。

img_6044-1.jpg

この工事はZEH支援事業による工事ですので、施工状況の写真やメーカー出荷証明書などの提出が必要になります。

img_6048-1.jpg

天井断熱部。

断熱性能を高める為、厚さ100mmと89mmの高性能グラスウール16 を重ねて設置します。

img_6049-1.jpg


img_6052-1.jpg

壁面は石膏ボード、天井面は断熱材と石膏ボード貼りが進行中で、所々カウンター取り付けなどの木工事も行われています。

img_6054-1.jpg


  1. 2020/06/09(火) 11:28:00|
  2. 最新現場状況
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 - 30 ( 三日目 ) アンヴァリット

今回は アンヴァリッド を紹介します。

ブルボン宮殿 東裏側出入口の在るユニヴェルシテ通りのを西に進みむと、目の前に芝生の庭園が広がります。

右手 ( 北側 ) を見ると、セーヌ川の対 ( 右 ) 岸には

p2231544-1.jpg

グラン・パレ

グラン・パレ の巨大なガラス張りの屋根が見えます。

左手 ( 南側 ) には、目的地の黄金のドームが・・・。

p2231545-1.jpg

アンヴアリッド

横幅196mもの巨大な建物の中央に黄金のドームが輝いています。一見しただけでは一体の建物に見えますが、実際には黄金のドームを頂く サン・ルイ礼拝堂 はずっと後方に在るのです。

p2231546-1.jpg

p2231546-2.jpg

p2231547-1.jpg 

設計者 / リベラル・ブリューアン

建築年 / 1674年

所在地 / パリ市7区

アンヴアリッド ナポレオンの墓所がある建物と知られていて、ガイドブック等にはジュール・アルドゥアン・マンサールの設計」と記されていることが多いですがマンサールが手掛けたのは黄金のドームの サン・ルイ礼拝堂 だけで、施設の大部分ルイ14世によって負傷したり年老いて引退した兵士 ( 廃兵 ) を収容するための療養施設 ( 廃兵院 ) で、1674年にリベラル・ブリューアンの設計で建てられました。

p2231548-1.jpg

門に近付くとドームが見えなくなりました。パリの歴史的建築物は、金を施した門が多い気がします。ブランス人はよっぽど金が好きなようです。

p2231549-1.jpg  

この辺りにバロック建築の特徴がみられます。 

p2231550-1.jpg 

入口から 廃兵院 の中庭へ

左右対称の広い中庭には、花壇や樹木は一切無く、隙間なく石畳が敷き詰められています。

p2231577-1.jpg

中庭を取り巻く回廊の二階から、中庭とドームを見る。

p2231578-1.jpg  

黄金のドームはまだ先です。 

p2231566-1.jpg 

昔は病院だったこの施設も、今では軍事博物館にもなっているので、中庭や回廊の彼方此方に、革命時代の大砲や第一次大戦時代の戦車も展示してあります。

p2231568-1.jpg

p2231567-1.jpg

p2231569-1.jpgp2231576-1.jpgp2231579-1.jpgp2231580-1.jpg

軍事博物館の入口は分かり難いところに在り、回廊を探しあるいて、やっと2階に見つけました。

p2231570-1.jpg

説明文が読めないので、個別に展示物の詳細は分かりませんが、フランス有史以来の武器や甲冑の他、ナポレオンの遺品も多く展示されているそうです。

p2231571-1.jpg

p2231572-1.jpgp2231573-1.jpg

写真はごく一部だけで、相当量の剣や銃、そして軍服が展示してあります。

p2231574-1.jpg 

人を殺す道具にも関わらず、まるで芸術品の様に見えてしまいます。

施設のさらに奥にある サン・ルイ礼拝堂 に向かいましょう。

アンヴァリット1

サン・ルイ礼拝堂

廃兵院 の後ろには、廃兵院 に背を向けるように黄金の サン・ルイ礼拝堂 が建っています。

設計者 / ジュール・アルドゥアン・マンサール

建築年 / 1706年

所在地 / パリ市7区

集中式プランの教会で,上部には巨大な木組み鉛板張りの円蓋を頂き、正面のデザインは2段オーダー,その上部に円蓋を支えるタンブール ( 円筒形の部分) のを重ねる構成はフランス古典主義建築の典型の一つとか。p2231551-1_20200530172747bdf.jpg

1層はドリス式、2層はコリント式の式のオーダー柱 が並ぶ二層構成になっています。これはルネッサンス様式の特徴でもありますが、フランス・バロック宗教建築の代表例とも言われています。

p2231552-1.jpg

ドーム教会 に入りましょう。

p2231555-1.jpg

聖堂内に入りドームを見上げる

天井画はシャルルド・ラ・フォッス作の「楽園の栄光」 ( 1692年 )。ルイ9世が、キリストに剣を差し出す場面を描いたものです。

p2231554-1.jpg

正面奥の祭壇

コリント式のオーダー柱がドームを支えています。

p2231553-1.jpg

ドームの真下、集中式プランの中心部分にナポレオンの棺が安置されています。

p2231556-1.jpg

うねるように曲がる大理石の柱に載る黄金の天蓋

p2231559-1.jpg

p2231558-1.jpg

p2231557-1.jpg

大理石貼りの床はローマで見た教会を思わせます。

地下に下りてナポレオンの棺を近くで見てみましょう。

P2231561-1.jpg

元はルイ14世ルイ9世の遺体を安置する為と、王家の礼拝堂として建てさせた教会でしたが、1840年には皇帝派と王家の和解の象徴として、セント・ヘレナ島から帰還していたナポレオンの遺体を、墓所が完成した1861年に移したのです。

p2231560-1.jpg

緑色の花崗岩の台座に赤茶色の斑岩で作られた棺が乗せられています。

p2231562-1.jpg

p2231563-1.jpg


  1. 2020/06/01(月) 16:00:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

大井町の家 外壁部断熱工事他

現場は予定通り順調に進行中です。

img_6040-1.jpg

比較的天候に恵まれていることに加え、コロナの影響も殆ど受けなかったことは幸いと言うよりも、施工会社の株式会社 創建の野原さんの段取りの良さによるものでしょう。

img_6035-1.jpg

外壁の仕上材 ( ガルスパン ) の下地となる透湿防水シート ( タイベック ) は貼り終わり、縦胴縁の施工も一部を除いて完了しています。

img_6020-1.jpg

透湿防水シートとは防水性能だけでなく、室内から壁の内部に入り込んだ湿気を、断熱材 ( グラスウール ) 内に留まらないように、通気層を通して外部に排出する為のもので、気密性能や断熱性能が高い現代の木造建築には、欠かせないアイテムと言うるでしょう。シートの上に取り付けられた木材 ( 縦胴縁 ) は、通気層 ( 仕上げ材の裏側にある通気の為の空間 ) を作るのに必要な部材です。

img_5987-1.jpg

玄関ポーチとスロープ上の庇の施工も順調です。

img_6036-1.jpg

img_6022-1.jpg

屋根仕上のガルバニウム鋼板は葺き終り、屋根換気金物の施工中でした。

img_6019-1.jpg


img_5994-1.jpg

室内では1階部分の断熱材の設置は終了しています。

img_5989-1.jpg

断熱材は高性能グラスウールを使用。断熱材自体にも防湿シートが付帯されていますが、更に防湿シートを貼り込みます。断熱材内に湿気が入り込まないように細心の注意を払い、それでも湿気が入り込んだ場合には、断熱材内に留まらないように、上で説明したように、通気層を通して外部に湿気を出す仕組みです。

img_5991-1.jpg

img_6003-1.jpg

この工事はZEH支援事業による補助金の対象となる工事ですので、施工状況の写真やメーカー出荷証明書などの提出が必要になります。

img_5998-1.jpg

勿論天井部分にも断熱材を施工します。

img_5996-1.jpg

電気配線やCD管の配管も周利用しています。

IMG_6006.jpg


img_6039-1.jpg

  1. 2020/05/29(金) 11:18:00|
  2. 最新現場状況
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

最近のニャンズ

今週になって5月らしい気候が戻って来ましたが、先週は季節が2ヶ月も逆戻りしたような寒さで、しまっていた毛布を引っ張り出すと、早速エナが潜り込んだようです。

98190908_2618551335034694_2039888742935691264_n.jpg

何故か毛布からお尻がはみ出しているので めくってみると

99377932_2618551365034691_6193434813261676544_n.jpg

先輩猫の蘭も居ました。

99072063_2618551411701353_1647687215821619200_n.jpg

蘭は何処か迷惑そうです。



  1. 2020/05/27(水) 15:25:00|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

パリ旅行記 - 29 ( 三日目 ) マドレーヌ教会・オランジュエリー美術館・ブルボン宮殿

今回からパリ旅行の三日目です。

三日目と四日目は「ミュージアムバス」を利用するので、オランジュエリー美術館 ⇒ アンヴァリッド ⇒ オルセー美術館 ⇒ カルチェラタン散策 ⇒  サント・シャペル ⇒ コンシェルジュエリー 等を巡る予定です。

宿泊しているホテルの最寄り駅 ( ガリエーニ駅 ) からメトロ-3号線に乗り、オペラ駅で下車し、先ずはラ・ぺ通りを通って ヴァンドーム広場 へ向かいます。

p2231518-1.jpg

オテル ウェストミンスター

ラ・ペ通り沿いのホテルのエントランスにアールヌーボー風デザインの庇を見付けました。

p2231518-2.jpg

アールヌーボー全盛の頃の物ではなく、恐らくレプリカだと思いますが、パリの彼方此方でこの様なデザインの庇を見ることが出来ます。

p2231519-1.jpg

数分歩くと ヴァンドーム広場 です。

広場中央に聳えるのは オーステルリッツ記念柱。

p2231519-2.jpg

ヴァンドーム広場 を通り過ぎ、十字路を右折してサントノーレ通りを西に入ると、大きなドームの建物が見えて来ます。

p2231520-1.jpg

ノートルダム・ドゥ・ラソンプシオン教会

正方形の聖堂の上に、ほぼ同規模のドーム ( 直径24m ) が載っています。教会全体の規模に対してドームの割合が非常に高く、とょっとアンバランスな感じもして、ぱっと見はドームに三角破風のポルチコが取り付いただけと言った印象です。

この教会が建てられたのは17世紀。今回は内部の見学はしていませんが、ネットで検索すると聖堂内部の平面はドームと同径の円形で、ローマの パンティオン とも似ていると感じる人も居るかもしれません。

サントノーレ通りノートルダム・ドゥ・ラソンプシオン教会 の前で右斜め前に曲がるとギリシャ神殿の様な建物が見えて来ます。

p2231522-1.jpg

マドレーヌ教会

設計者 / ピエール・ヴィーニョン

建築年 / 1842年

所在地 / パリ8区、マドレーヌ広場

ルイ15世により、1764年に「聖マドレーヌに捧げるカトリック教会として建設が始められますが、フランス革命によって工事は中断。ナポレオン1世が「フランス軍の名誉を讃える栄光の神殿」とすることを決定し、建築家ピエール・ヴィーニョンにより古代神殿風のデザインに変更され、1806年に工事は再開。その後のナポレオンの失脚により、ルイ18世が元の聖マドレーヌに捧げる教会に用途を戻し、1842年に完成しました。

聖マドレーヌとはマグダラのマリアを指すのだそうです。p2231521-1.jpg

長方形の聖堂の周囲には高さ30m、52本のコリント式のオーダー柱が並ぶネオ・クラシック ( 新古典主義 ) 様式の建物です。ここも内部の見学はしていませんが、内部はギリシャ神殿とは全く異なる様相です。

p2231523-1.jpg

正面のペディメントには、ギリシャの神々の物語ではなく「最後の審判」のレリーフが施されています。

p2231524-1.jpg

マドレーヌ広場 からロワイヤル通りを通して コンコルド広場 に建つ オベリスク を見る。

p2231524-2.jpg

オベリスク の先には ブルボン宮 が見えます。黄金のドームは アンバリッドブルボン宮コンコルド広場 を中心に、マドレーヌ教会 と対に配置された建築物。この徹底した都市デザインが、パリの美しい街並みを造る要素の一つです。

p2231525-1.jpg

青空でなかったことが悔やまれます。

p2231526-1.jpg

一日目の夜に来た時には分かりませんでしたが、オベリスク のてっぺんは金色だったんですね。

p2231528-1.jpg

p2231527-1.jpg

樹木の上に少しだけ グラン・パレ のガラスの屋根が見えます。

コンコルド広場 の隣の チュイルリー庭園 の一角に在る オランジュエリー美術館 に向かいます。

オランジュエリー美術館

オランジュエリー美術館

クロード・モネ1914年~1926年に掛けて、ジヴェルニーの自宅の庭の睡蓮をモチーフに描き上げた、「睡蓮」の連作を展示する為だけの美術館。元は チュイルリー宮殿のオレンジ温室 ( オランジュエリー ) でしたが、1927年に美術館として整備されたものです。

2階

p2231529-1.jpg

日没

p2231530-1.jpg

p2231532-1.jpg

緑の繁栄

p2231531-1.jpg

3階

p2231533-1.jpg

明るい朝、柳

p2231534-1.jpg

二本の柳

p2231535-1.jpg 


p2231536-1.jpg

朝の柳

p2231537-1.jpg

木々の反映

京都の美術館でもモネ睡蓮を鑑賞したことがありますが、睡蓮の為に設計された美術館にも関わらず、絵画の鑑賞には適さない展示室でした。この美術館は何の飾り気も無いものの、とても鑑賞し易い空間でした。

オランジュリー美術館 の見学時間は、展示されている絵の数が少ないので、予想よりもかなり短く済みました。

コンコルド橋 を渡って左岸に移動します。

p2231538-1.jpg

コンコルド橋 からシテ島方向を見る。

p2231538-2.jpg

手前の鉄骨の橋は レオポール・セダール・サンゴール橋

橋桁だけ見えている石橋は ロワイヤル橋。

中央のドームは コレージュ・デ・キャルト・ナシオン

その左に ノートルダム大聖堂 が見えます。

更に左に見える尖塔は セント・シャペル でしょうか?

p2231540-1.jpg

コンコルド橋 を渡りきった辺りから レオポール・セダール・サンゴール橋ルーブル美術館を見る。

p2231539-1.jpg

ブルボン宮殿

ブルボン宮殿 ルイ14世の庶子ルイーズ・フランソワーズ・ド・ブルボンが建てた宮殿であり、1795年からは フランス国民議会議事堂 として使用されています。

設計者 / ジャック・ガブリエル

建築年 / 1728年

所在地 / パリ市7区、オルセー海岸通り

p2231541-1.jpg

正面の外観は マドレーヌ教会 と同様のギリシャ神殿風のデザインで、12本のコリント式のオーダー柱ペディメントを支えています。時代と共に改修が繰り返され、12本の列柱は1806年にナポレオンの命により取付られたものです。

p2231543-1.jpg

裏側の出入口

フランス国下院議事堂だあって、後ろ側も立派です。写真に写る人の大きさを見れば、扉の大きさが分かると思います。

p2231542-1.jpg

左 Commission Européenne ( 州政府事務所 )

右 Quilvest Banque Privee ( 銀行 )

一つ上の写真の前に撮ったものです。

ブルボン宮殿 東側のサンジェルマン大通りの建物。

まだコロナの影響が殆どない時期だったので、人通りが少ないのは日曜の官庁街だからです。但しこの頃でも、既に中国人観光客は少なくなっていました。

ブルボン宮殿 の裏側をのユニヴェルシテ通りを通って アンヴァリット へ向かいます。

  1. 2020/05/26(火) 16:50:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 - 28 ( 二日目 ) モンマルトル散策 - 5 ( テアトル広場 ・他 )

モンマルトル散策の五回目は、テアトル広場 辺りを散策します。

P2231486-1.jpg

振り返ると サクレ・クール寺院 の大ドームと鐘楼が見える カルヴェール墓地 北側の路地を西に進み、モン=スニ通りとぶつかるT字路を左に曲がると、一分も歩かないうちに テアトル広場 が見えて来ます。

P2231487-1.jpg

P2231489-1.jpg

この場所はモンマルトル村の村役場が在った場所で村の中心でした。

P2231492-1.jpgP2231493-1.jpgP2231494-1.jpg

モンマルトルは20世紀初頭、 ピカソ ユトリエ などの多くの画家が暮らしていた場所で、現在は沢山の似顔絵描きが集まる広場です。

P2231495-1.jpg

P2231490-1.jpg

広場の周りには沢山の土産店やカフェが建ち並んでいます。似顔絵を描いてもらっている人達を、珈琲をすすりながら眺めるのも楽しそうです。

P2231491-1.jpg


P2231498-1.jpg

Maison Maurice Neumont

テアトル広場西側の路地を奥に入ってみると、ちょっと変わった建物が在りました。住宅かと思っていましたが美術館の様です。

P2231497-1.jpg

壁への落書きは酷いですが、アール・ヌーボーの扉が素敵です。

この建物の前の小さなカルヴェール広場を抜け、狭いブルボ通りを通ってノルヴァン通り

P2231499-1.jpg

ブルボ通り

P2231500-1.jpg

ノルヴァン通りとのT字路を左折して

p2231501-1.jpg

Le Consulat Restaurant

100年前には芸術家達が出入りした溜り場だったとか。

p2231502-1.jpg 

ユトリロも描いたモンマルトル最古のサン=ルスティック通り

キャプチャ2

サン=ルスティック通り

4.jpg

ユトリエの描いた「サン=ルスティック通り」

キャプチャ3

ストリートビューで同じアングルを探してみました。

ソル通りに戻って北上し、静かな石畳の坂道を下ります。

P2231505-1.jpg

ソル通りコルト通りアブルヴォワール通りの交わるところ。

P2231506-1.jpg

ルト通りを見る。

P2231508-1.jpg

La Maison Rose

左はアブルヴォワール通り、右はソル通り。

P2231509-1.jpg

モンマルトル 葡萄園

モンマルトルの丘はかつては葡萄園で覆われていましたが、その名残ががこの葡萄園。
この葡萄園で収穫された葡萄から作られたワインは、周辺のレストランで飲むことが出来るそうです。ブラタモリで紹介されていました。

P2231512-1.jpg

P2231511-1.jpg


P2231513-1.jpg

右手にモンマルトル葡萄園を見ながらソル通りを下り、サン=ヴァンサン通りとの十字路。P2231514-1.jpg

十字路を通り過ぎ、坂のソル通りを更に下って行くと階段も見えて来ました。

P2231515-1.jpg

通りの両側にはレトロな建物が並んでいます。

P2231516-1_20200522153725960.jpg

ル・ランシーの街やパリ市内の彼方此方でも見かけた石積の外壁。

P2231517-1.jpg

ソル通りを進むとコーランクール通りに出て来ました。

夕食は友人がレストランを予約してくれていますが、まだ少し時間があります。

朝から歩き詰めで、もう体力の限界を超えていたのでコーランクール通り沿いで一休み出来るカフェを探すことに。

コーランクール通りを東へ少し歩き、最初に見つけた VICKALUNZO と言うカフェに入り30~40分程休み、バスと歩きでフェルディナン・フロコン通りのレストランに向かいました。

キャプチャ4

Ⅼe Réciproque ( 14 Rue Ferdinand Flocon,75018 Paris )

キャプチャ5

内装も素敵です。

img_1159-1.jpgimg_1160-1.jpg 

img_1161-1.jpgimg_1162-1.jpg

img_1164-1.jpg

img_1165-1.jpgimg_1166-1.jpg

この日も何の心配もなく、安心して美味しいディナーを楽しむことが出来ました。

一日付き合ってくれたうえに、レストランの予約までしてくれた友人には感謝の言葉も見つかりません。


  1. 2020/05/22(金) 15:48:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 - 27 ( 二日目 ) モンマルトル散策 - 4 ( サクレクール寺院・外観 )

モンマルトル散策の四回目は、サクレ・クール寺院 の外観を紹介します。

p2231420-1_20200521112922c87.jpg

高さ83mの卵型の大ドームを中央に据え、取り囲むように4つの小ドームを配しています。後陣の高さ85mの鐘楼に納められた重さ19tの鐘は世界最大級らしいです。

p2231419-1.jpg

ガイドブックの写真や観光ポスターで見たように、晴天なら白い大理石の外壁が青空に映えて、さぞや美しかったろうと思うと少し残念です。

p2231480-1.jpg

正面出入口屋根の上の銅像は、ルイ9世ジャンヌダルク

p2231480-3.jpgp2231480-2.jpg

聖王 ルイ9世           ジャンヌダルク

p2231479-1.jpg

窓や出入口に多用される半円アーチロマネスク様式の特徴であり。

p2231478-1.jpg

少ない開口部と重々しい外壁に

p2231482-1.jpg

軒部に施されたロンバルディア帯ロマネスク様式の特徴です。

p2231484-1.jpg

 

p2231476-1.jpg

正面出入口の屋根を支えるアーチと柱 

p2231477-1.jpg

 

p2231433-1.jpg

展望台で見たガーゴイルゴシック様式で見られるものです。

p2231483-1.jpg

内陣後方の周歩廊のチャペル ( 放射状祭室 )と鐘楼。

p2231485-1.jpg

高さ85mの鐘楼の鐘は重さ19tで世界最大級。

サクレクール1

テアトル広場 に向かいます。

  1. 2020/05/21(木) 12:39:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 - 26 ( 二日目 ) モンマルトル散策 - 3 ( サクレクール寺院・内部 )

モンマルトル散策の三回目は、サクレ・クール寺院 の内部を紹介します。

サクレクール教会航空写真-3

平面は高さ83mの卵型の大ドームを中心に据えた二廊式十字型プラン

大ドームの周りに4つの小ドームと後方に高さ85mの鐘楼を配しています。

p2231441-1.jpg

① 正面の入口付近から、中央の大ドームを見上げる。

先程登ったのは、ドームの天井辺りのです。

p2231475-1.jpg

①② 中央交差部から内陣天井のキリストのモザイク画を見る。

p2231474-1.jpg

②  

p2231474-2.jpg

② 

1_20200520104238ff8.jpg

①②

入口付近から 身廊 ⇒ 中央交差部 ⇒ 内陣 越しに 祭壇 を見る。

設計者 / ポール・アバディー

建築年 / 1919年

所在地 / パリ市18区

普仏戦争の敗戦、その後の市民騒乱によるパリ市民の傷心を癒す為に、1876年に建設が始まり4千万フランの費用と40年の歳月を掛けて、1919年に完成しました。

エッフェル塔やエトワール凱旋門と並んで、パリのランドマークになっているので、てっきりもっと古い建物かと思っていたので、僅か100年前に建てられた教会堂とは驚きです。歴史的建築物ではなかったんですね。

建築様式は過去の様式を折衷させた折衷主義によるもので、ビサンチン様式 + ロマネスク様式の特徴があり、ゴシック様式の要素も垣間見えます。

p2231472-1.jpg

③ 入口を入って左 ( 西 ) 側小ドーム下の祭壇を見る。

p2231444-1.jpg

2_2020052018335589a.jpg

④ 同じ場所から左側、入口横の祭壇を見る。 

p2231470-1.jpg

⑤ 入口を入って右 ( 東 ) 側小ドーム下の祭壇を見る。

p2231470-2.jpg

⑥ 同じ場所から右側、入口横の祭壇を見る。

p2231468-1.jpg

⑧⇒⑦ 中央交差部越しに、左 ( 西 ) 側翼廊のステンドグラスを見る。

窓や出入口には半円アーチが多様されています。

p2231469-1.jpg 

⑦ ステンドグラスのアップ。 

p2231445-1.jpg

⑦⇒①⑧ 中央交差部から中央ドームと右 ( 東 ) 側翼廊を見る。

p2231446-1.jpg

⑦⇒⑧ 中央交差部越しに、右 ( 東 ) 側翼廊のステンドグラスを見る。

p2231448-1.jpg

⑦⇒⑨⑪ 周歩廊方向を見る。 

p2231466-1.jpg

⑨ 左 ( 西 ) 側奥の小ドーム下の祭壇を見る。

p2231449-1.jpg

⑨⇒⑩ 右 ( 東 ) 側奥の小ドーム下の祭壇方向を見る。 

p2231467-1.jpg 

⑩ 右 ( 東 ) 側奥の小ドーム下の祭壇を見る。

内陣後方の周歩廊には7つのチャペル ( 放射状祭室 ) が在ので、時計回りに歩いてみましょう。

p2231450-1.jpg

⑪ 周歩廊から内陣天井を見る。

p2231452-1.jpg

⑪ 左から二つ目のチャペル ( 放射状祭室 )

p2231453-1.jpg

⑪ 同じ場所から内陣側を見る。

p2231451-1.jpg

⑫ 左から三つ目のチャペル ( 放射状祭室 )

p2231454-1.jpg

⑬ アプス真後ろ、左から四つ目のチャペル ( 放射状祭室 )

p2231454-2.jpg

⑬ 天井のモザイク画のアップ

p2231456-1.jpg

⑬ 同じ場所から内陣側を見る。

p2231456-2.jpg

 

p2231458-1.jpg

⑭ 左から五つ目のチャペル ( 放射状祭室 )

p2231457-1.jpg

⑭ 同じ場所から内陣側を見る。

p2231460-1.jpg

⑮ 左から六つ目のチャペル ( 放射状祭室 )

p2231459-1.jpg

⑮ 同じ場所から内陣側を見る。

p2231461-1.jpg

⑯ 左から七つ目のチャペル ( 放射状祭室 )

p2231462-1.jpg

⑯ 同じ場所から内陣側を見る。

p2231463-1.jpg

⑯ 同じ場所からアプス真後 ( 四つ目のチャペル ) を見る。

p2231464-1.jpg

⑯ 同じ場所から東側側廊を通して入口横の祭壇を見る。

p2231465-1.jpg

⑯ 同じ場所から⑨の左 ( 西 ) 側奥の小ドーム下の祭壇方向を見る。

p2231447-1.jpg

最後にもう一度中央大ドームを見上げて、聖堂を後にします。

  1. 2020/05/20(水) 19:08:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

大井町の家 金物チェック他

ゴールデンウイーク後も、現場は順調に進行しています。

この日は金物の設置状況の確認の他、FRP防水の状況も確認し、電気業者さんとも打ち合わせをしました。

img_5984-1.jpg 

連休前には開口部にも面材が張られていましたが、既にアルミサッシは取付完了し、一部外壁下地の透湿防水シートも貼り始めています。

img_5985-1.jpg

img_5986-1_20200515154417895.jpg

外壁下地材は、耐震性能と透湿性能を兼ね備えたダイライトを採用しています。

金物-1 金物-2

先ずは全ての筋交いの設置状況と、接合金物の設置状況を確認。

img_5969-1.jpg

FRP防水層も施工済。

img_5964-1.jpg

img_5965-1.jpg

img_5971-1.jpg img_5974-1.jpg

開口部が開いたおかげで、室内は大分明るくなりました。

大工仕事はスピーディーなうえに丁寧で、しかも現場は何時来ても綺麗な事には感心します。

img_5975-1.jpg img_5972-1.jpg

img_5977-1.jpg

リビングとダイニングには、電気温水式床暖房を設置します。

img_5979-1.jpg

img_5978-1.jpg

  1. 2020/05/16(土) 08:00:00|
  2. 最新現場状況
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 - 25 ( 二日目 ) モンマルトル散策 - 2 ( モンマルトルの丘からの眺め )

モンマルトル散策の二回目です。

今回はモンマルトルの丘の上に建つ サクレクール教会 から眺めた、パリ市内の風景を紹介します。

p2231422-1.jpg

先ずは サクレクール寺院 の前のテラスから見たパリ中心部の眺めです。

天気の悪さは残念ですが、ここからの眺めも充分綺麗なのですが、この日も朝からパリ観光案内をしてくれている友人が「ドームの上からだと、もっといい眺めだから登ろう」と提案。朝から歩き詰めだったうえに、ピカソ美術館で買った陶器のカップの重さも、この頃になって辛くなり始めていたので、長い階段を登る体力が残っているとは思えませんでした。ただ横に居た妻の顔を見ると、私より疲れていた筈なのに、断る様子はありません。ここで男の私が音を上げる訳にも行かず ( 昭和の考え )、腹を括って登ることにしました。

サクレクール教会航空写真

ドームへ上るには、教会西側の階段を一階分地下に下た、地下一階が入口なので一階分損をした気分です。

img_1157-1.jpg

1589518475109.jpg 1589518464600.jpg

何処がゴールか分からない、狭くて長い薄暗い螺旋階段を登るのはまるで苦行の様で、カバンの中のピカソのカップも肩に食い込みます。何度も立ち止まりながら、やっと明るい所に出て来ました。でもここはゴールではなく航空写真の矢印の部分で、北西の小さなドームから中央ドームへ移動する屋根の上だったのです。更に中央のドームを登らなければなりません。

p2231432-1.jpg

ルーブル美術館方向 ( 南 ) 。目前の緑地はウォレット公園です。

再び苦行の続きを味わった後には、こんな素晴らしいご褒美が待っていました。

曇天なのは残念ですが、パリを一望できる素晴らしい眺めです。

p2231433-1.jpg

p2231434-1.jpg

モンパルナスタワーエッフェル塔が見えます。( 南南西方向 )

じっくり景色を見る前にドームを一周してみましょう。

p2231435-1.jpg

東側の小ドームを見る

p2231437-1.jpg

イタリア旅行の時は、バチカンでもフィレンツェでもドームには登らなかったので、ドームに登ったのは初めての体験です。

p2231439-1.jpg

1589518437167.jpg 1589518454190-1.jpg

2月のパリ、しかも丘の上に建つ吹き曝しのドームの上が暖かな筈はありません。私だけ上着を脱いでいるのは、人一倍汗っかきで汗びっしょりになっていたからです。

ここでは エッフェル塔 を摘まみ上げてみました。

p2231429-1.jpg

南西 ( エッフェル塔 ) 方向を見る。

p2231423-1.jpg

南南西 ( ンパルナスタワーエッフェル塔 ) 方向を見る。p2231424-1.jpg

よく見るとモンパルナスタワーの下辺りから

ルーブル美術館 ⇒ オルセー美術館 ⇒ オペラ座 ⇒ アンバレットが見えます。

p2231424-3.jpg

p2231424-2.jpg

金のドームの アバリッド の右下に ブルボン宮 も見えます。

p2231430-1.jpg

南方向を見る。

p2231430-2.jpg

拡大すると、左側に サン・ジャック塔 ⇒ ノートルダム大聖堂  右側には パンティオン ⇓ サント・シャペル ⇓ サン・トゥスタッシュ教会 見えます。

p2231427-1.jpg

南南東 ( ポンピドゥーセンター ) 方向を見る。

p2231426-2.jpg

拡大すると ポンピドゥーセンター がはっきりと見えます。

次回は内部を紹介します。

  1. 2020/05/15(金) 14:30:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 -24 ( 二日目 ) モンマルトル散策 - 1 ( アベス駅~サン・ピエール広場 )

今回からモンマルトル散策です。

パリに在住している友人と一緒だったので、移動時は彼女の後ろを付いて行くだけで、何処を如何乗り継いだかはよく覚えていませんが、恐らくマドレーヌ駅で8号線から12号線に乗り換えて、アベス駅まで行ったのだと思います。

p2231404-1.jpg

トロ・アベス駅 出入口

モンマルトルに来た理由には「モンマルトルの丘の上からパリの街を眺めたい」「テアトル広場 に行ってみたい」「サクレ・クール教会 を見学したい」などの理由がありましたが、一番の目的は、近代建築史の本でアール・ヌーヴォーを解説する際には必ず登場する パリ・メトロ出入口 を見たかったからです。旅行の直前まで、パリの何処でも見ることが出来ると思っていたアール・ヌーボー メトロ出入口 は、この アベス駅出入口 の他は「2号線-ポルト・ドーフィヌ駅」と「シャトレ駅」だけだと分かりました。シャトレ駅 はこの日の午前中に利用しするも見付けられず、ポルト・ドーフィヌ駅 には行く予定が無かったので、アール・ヌーボー メトロ出入口 を見られるのは、ここ アベス駅 が唯一の場所なのです。

p2231409-1.jpg

アール・ヌーボーの意味は「新芸術」。

19世紀末期から20世紀初期に掛けてヨーロッパで発生し流行した芸術運動で、植物や動物をモチーフとした自由曲線で描かれているのが特徴です。

パリ・メトロ出入口 は、1900年に開催されたパリ万博に合わせて開通したメトロのもの。設計者はデザインコンペによって選ばれたエクトール・ギマールです。

以前から奇抜なデザインで話題になっていたギマールのデザインは、賛否両論を巻き起こすこととなりますが、アールヌーボーはパリでも流行し、ギマールが手掛けた パリ・メトロ出入口 は、最盛期には166ヵ所も在りましたが、第一次大戦混乱による不況もあり「金が掛かり過ぎる」と否定され、ギマールの出入口 も取り壊されるなど、やがて半減してしまいます。1960年代に入ると再評価されますが、現在は上記の3ヵ所だけになってしまったのです。

p2231415-1.jpg 

p2231406-1.jpg

p2231412-1_20200512143710bbe.jpg

img_1145-1.jpg

駅前広場には、可愛らしいメリーゴーランドも設置されてます。

広場に面する公園には

p2231414-1.jpg

ジュテームの壁 

ジュテームとはご存知の通り「愛してる」の意味。フレデリック・バロンの作品で、612枚の青いタイルに、300以上の言語で「愛しています」の意味の言葉が綴られています。勿論日本語も・・・。縦書きされているので見つけ易いので、クリック ( 拡大 ) して探してみて下さい。

p2231408-1.jpg

サン・ジャン・ド・モンマルトル教会

設計者 / アナトール・ド・ボド

建築年 / 1904年

所在地 / パリ18区

p2231413-1.jpg

一見煉瓦造の教会に見えますが、外壁は鉄筋コンクリート造で、パリで最古の鉄筋コンクリート造の教会堂建築だったのです。

サン・ジャン・ド・モンマルトル教会-3

驚いたことに、柱とアーチは鉄骨を剥き出しにした斬新過ぎるデザイン。尖頭アーチなどゴシック様式の特徴に幾何学模様を織り交ぜたデザインも独特です。

( 内部の柱も鉄筋コンクリート造と記されたサイトもありました。実際に触って確認してくればよかったです。)

サン・ジャン・ド・モンマルトル教会-1

恥ずかしながら、今回この記事を書く為に改めて調べるまでは、この教会の事もアナトール・ド・ボドと言う建築家の名前も全く知らなかったので、写真も数枚しか撮っていません。もう一度パリを訪れる機会があれば、じっくり見学してみたい建物です。

p2231410-1.jpg

更に驚いたのは、この教会堂の玄関を飾るセラミックタイルを担当したのは、フランクリン街のアパート のタイルを担当したアレクサンドル・ビゴだと言う事です。

p2231410-4_20200512170057096.jpg

p2231410-5.jpg

やはりビゴは重要人物だったみたいです。

p2231411-1.jpg

サン・ピエール広場に向かいます。

p2231416-1.jpg

さりげない飾り付けも色鮮やかで素敵です。

img_1152-1.jpg

p2231418-1.jpg

数分で サクレクール教会 を見上げるサン・ピエール広場に到着します

img_1156-1.jpg

サン・ピエール広場で、サクレクール教会 をバックに記念撮影。

img_1154-1.jpg

p2231421-1.jpg

アベス駅前のものよりも本格的なメリーゴーランドが在ります。ヨーロッパの広場にはメリーゴーランドが付き物のみたいです。

p2231420-1.jpg

ここから見ると サクレクール教会 は目の前にあるように見えますが、サン・ピエール広場 との間にはウォレット公園と言う斜面を利用した公園が在り、 サクレクール教会 までたどり着くには、公園内の長い階段を登るか、メリーゴーランドの裏から乗るケーブルカーを利用するしかありません。

サクレクール4

20年若ければ、一気にこの階段を駆け上がりたいところですが、かなり疲れていたのでケーブルカーで登りました。

  1. 2020/05/12(火) 11:41:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 - 23 ( 二日目 ) マレ地区散策 - 4

今回はマレ地区散策の4回目。

マレ地区地図-4

今回はヴォージュ広場から、バイティーユ広場までの道のりです。

⑮

K ヴォージュ広場 北側の建物の回廊

広場の四方は、同じデザインの建物が囲んでいて、全ての建物は広場に面して回廊が在り、骨董店やアートギャラリー、カフェ等の飲食店で賑わっています。

⑬

30 J 広場北側は 王妃の館

ヴォージュ広場 アンリ4世が造られたパリ最古の公園の一つ。

アンリ4世は「パリを世界一美しい都にしたい」と望みましたが、暗殺によって1612年の完成を見ることは出来ませんでした。この公園は完成当初は「ロワイヤル広場 ( 王の広場 ) 」と呼ばれ、フランス革命の際に、現在の ヴォージュ広場 改名されます。

四方の建物は、南棟の「王の館」北棟の「王妃の館」を含め、36もの館で囲われ、ヴィクトル・ユゴーをはじめ、多くの貴族や政治家、作家等が住んでいました。

設計者 / Louis Me'tezeau

建築年 / 1612年

所在地 / パリ3・4区

p2221385-1.jpg

30 K 広場西側の建物

四方の建物のデザインは、アンリ4世の命により統一されていて

1階は半円アーチのアーケード。

2・3階は赤煉瓦に、窓廻り等には白い石材でアクセントを施した外壁。

急勾配の屋根面には、ドーマーウィンドゥーを施しています。

東京駅のデザインに似ている気がします。

⑭

L 広場南側は 王の館

p2221386-1.jpg

30 ヴォージュ広場 のベンチで一休み。石はアスファルトよりも固く、しかも凸凹しているので、石畳の道を歩くのは、慣れないとかなり辛いです。

西棟の回廊を南に進むと、南棟に抜け道のような通路が空いています。

p2221387-1.jpg

31 シュリー館 / オテル・ド・シュリー庭園 庭園南側の棟。

通路を抜けるとまた小ぶりなフランス式庭園に出て来ました。

ヴォージュ広場 の南西に隣接するこの館も同時期に建築されました。アンリ4世ルイ13世に仕えたシュリー公の邸宅です。

建物中央に中庭を通ってサン=タントワーヌ通り抜ける通路が見えます。

p2221389-1.jpg

31 オテル・ド・シュリー庭園 振り返って庭園北側の棟を見る

写真右下の出入口がヴォージュ広場に繋がっています。

p2221392-1.jpg

32 シュリー館 オテル・ド・シュリー庭園から、通路を抜けてシュリー館中庭に入り建物を見返す。

p2221391-1.jpg

通り抜けて来た通路の出入口の両側に、奇妙な像が

p2221391-2.jpg

頭と胸は女性で、その他の体はライオンでしょうか?

マレ-1

33 シュリー館 サン=タントワーヌ通りから見る。

サン⁼タントワーヌ通りを東へ進み バスチーユ広場 へ向かいます。

ちょっと寄り道して

⑯

M サン・ポール・サン・ルイ教会

完成は1641年。パリでは唯一のバロック様式で建てられた教会堂らしいです。

サン=タントワーヌ通り沿いの建物を見て行きましょう。 

p2221393-1.jpg

34 JACADI PARIS SAINT ANTOINE  ( 子供服店 ) 

21.jpg 

N Hotel de Mayenne 

建築年は1617年。ヴォーグ広場の建物とデザインも似ていますが、時期も一致しています。

設計者 / アンドルーエ・デュ・セルソー

建築年 / 1617年

所在地 / パリ地区

p2221394-1.jpg

35 サント・マリー教会

プロテスタントの教会らしいですが、詳細は不明です。

p2221395-1.jpg

36 バスティーユ広場  7月革命記念柱 が見えて来ました。

4区11区12区の3つの区に跨っているこの広場は、元はバスティーユ牢獄があった場所。

1789年7月14日のフランス革命の発端となったバスティーユ襲撃事件発生した場所で、バスティーユ監獄は1792年に取り壊されます。この記念柱1830年の7月革命を記念する 7月革命記念碑 として1846年に建てられました。

p2221403-1.jpgimg_1139-1.jpgimg_1140-1.jpg

天使の像はオーギュストデュモン作

img_1141-1.jpg

 

p2221399-1.jpg

37 Banque de France ( 金融機関 )

p2221400-1.jpg

38 飲食店やモデル事務所が入居する建物

P2221397-1_2020051115011518a.jpg

39 オペラ・バスティーユ ( 新オペラ座 )

バスティーユ広場 に面して建つ建物でもっとも有名なのが、この 新オペラ座

設計者 / カルロス・オットー

建築年 / 1989年

所在地 / パリ12区

p2221401-1.jpg

1982年に当時のミッテラン大統領によって建設計画が始まり、翌1983年に設計コンペが行われ、建物が完成したのは1989年。2005年には改修工事も行われています。

img_1144-1.jpg

バスティーユ駅からメトロに乗ってモンマルトルへ向かいます。

  1. 2020/05/11(月) 15:50:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 -22 ( 二日目 ) マレ地区散策 -3

今回はマレ地区散策の3回目。

マレ地区地図-3

スービーズに接するフラン・ブルジュワ通りを南東方向に進みますが、

ここではちょっと寄り道して

⑪

H ロアン館 ( 国立公文書館 )

スービーズ館 の裏側に在り、同じ区画内で隣接しています。p2221354-1.jpg

17 Hôtel d’Almcras

堂々たる構えの建物ですが、窓から室内を覗いてみると、現在は使用されている様子は無く、建物の奥に中庭が在るのが見えます。

p2221356-1.jpg

歴史的建築物だと言う事は分かったのですが、ネットで検索しても詳細は分かりません。入口の横に貼られたプレートを見ると Hôtel d’Almcras と読めるのが唯一の情報です。
p2221357-1.jpg

更にフラン・ブルジュワ通りを進んで行くと

p2221358-1.jpg

18 Hôtel d’Albret ( ダルブレ館 )

この建物も、残念ながら詳細不明です。

p2221360-1.jpg

道路が狭かったので、扉の下から屋根まで一枚の写真では撮影出来ませんでした。 

p2221359-1.jpg

フラン・ブルジュワ通りパヴエ通り~パイエンヌ通りとの交差点まで進んで行くと、右手には ラモワニョン館 、左手には カルナヴァレ館 が在ります。

p2221361-1.jpg 

19 ラモワニョン館 ( パリ市歴史図書館 ) 

p2221367-1.jpg

p2221362-1.jpg

この館は、16世紀にアンリ2世王女ディアヌ・ド・フランスによってルネッサンス様式で建てられました。 

p2221364-1.jpg

また、この館はルイ16世の弁護人を引き受けたことで知られる クレティアン=ギヨーム・ド・ラモワニョン・ド・マルゼルブが生まれた館とか。

p2221363-1.jpg 

p2221366-1.jpg 

 

⑰

I カルナヴァレ館 ( カルナヴァレ博物館 )

カルナヴァレ館 と隣接する ル・プルティエ・ド・サン=ファルジョー館 という2つの建物で構成されている博物館。

カルナヴァレ館 は1548年にルネサンス様式により建てられた建物を、17世紀中頃にフランソワ・マンサールの設計で改修工事が行われています。

ル・プルティエ・ド・サン=ファルジョー館 は1688年に建てられました。

⑫ 

交差点に戻り、パイエンヌ通りを北に向かって進むと、左手に小さな公園が在ります。

p2221368-1.jpg

20 ラザール=ラッシュリーヌ庭園

庭園と言うよりも、中庭と言った感じでしょうか?

奥に見える建物は1598年に建てられた ドノン館 ( コニャック=ジェイ美術館 ) です。

ラザール=ラッシュリーヌ庭園 の右隣には

p2221369-1.jpg

21 Institut Tessin

アートギャラリーらしいのですが、詳細は分かりません。ドノン館 の建物とは外壁が接していて、デザインも酷似しています。

p2221372-1.jpg

Institut Tessin の向の公園 ( Square George Cain ) から

⑱

22 Square George Cain

この公園に面する建物の外壁には、色々な装飾が施されています。

p2221370-1.jpg

イオニア式のオーダー柱ペディメントを支えるギリシャ神殿風の装飾 

p2221371-1.jpg

Lycée Victor Hugo, Paris 

この隣の建物も詳細は不明ですが、高校の校舎のようです。

p2221374-1.jpg

23 Hotel Chatillon  Institut Tessin の右隣の建物

p2221373-1.jpg

 

p2221375-1.jpg

24 Aldo Pellas   Hotel Chatillon の右隣の建物。アンティーク・ショップのようです。

パイエンヌ通り突き当りのT字路を左折し、パルク・ロワイヤル通りに入ります

p2221376-1.jpg

Hôtel de Bonneval

p2221377-1.jpg

この建物も、歴史的建築物と言うこと以外は詳細不明です。

道なりに進んでトリニ広場からトリニ通りに入りピカソ美術館

p2221378-1.jpg

26 ピカソ美術館 ( Hôtel Sale' )

言わずと知れたパブロ・ピカソのコレクションを展示する美術館。

建物は オルテ・サレ ( 塩の館 ) と呼ばれた17世紀中頃に建てられました。

p2221379-1.jpg 

⑳

27 ピカソ美術館ミュージアムショップ

P5092179.jpg

美術館には入館しませんでしたが、向に在ったミュージアムショップは覗いてみました。

このカップの柄が気に入り、自分の為にマグカップとコーヒーカップを、娘夫婦の為のカップも買ったので、陶器の重さがこの後私を苦しめることになります。

この後はドベレム通りを経てへ出ました。右折してティレンヌ通りを南へ進むと

p2221380-1.jpg

28 サン・ドニ・デュ・サン・サクルマン教会

ポルチコと呼ばれる正面入り口が特徴的。6本のイオニア式オーダー柱ペディメントを支えるている姿は、ローマの パンティオン を思わせます。

設計者 / Étienne-Hippolyte Godde

建築年 / 1835年

所在地 / パリ3区ティレンヌ通り

建築様式 / ネオ・クラシック様式

p2221381-1.jpg 

正面の壁面にはペテロパウロの彫像がが飾られています。

ティレンヌ通りを南下します。

p2221382-1.jpg

29 Hotel du Grand Veneur

設計者 / Michel Villedo

建築年 / 1637年

所在地 / パリ3区ティレンヌ通り

p2221384-1.jpg 

p2221383-1.jpg

更にティレンヌ通りを南下し、ヴォージュ広場へ向かいます。

  1. 2020/05/09(土) 14:50:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

三角地の家 竣工写真 - 内観

前面道路から見た立面から、それ程の狭小住宅とは見えないかもしれませんが、敷地面積は15坪足らず。更に狭角が45度の三角形の敷地なので構造的な制約が多く、プランニングは困難を極めました。制約ばかりの設計条件の中、施主からのご要望を満たしつつ、少しでも部屋面積の狭さと三角形故の使い勝手の悪さを感じさせない住空間を造ることを心掛けました。

pa150464-1.jpg

1階は引き渡し後も残工事の荷物置場の様になってしまったので、全体の写真を撮る機会がありませんでした。一部小さな店舗のようなスペースが在り、将来的に昔この場所で営んでいた店舗を復活させる夢を持っておられます。階段下のスペースには、現在は施主がDIYで制作したキャスター付きの収納BOXが収まっています。

pa150469-1.jpg

1階の居室には、南側道路に面する階段室の窓から、木製ルーバー越しに光が差し込みます。

pa150450-1.jpg


pa150457-1.jpg

2階の主な採光も、階段室越しのFIX ( 嵌め殺し ) 窓から。

pa150414-1.jpg

南側道路は夜でもかなりの通行量があるのでFIX窓としています。

pa150461-1.jpg

階段室を含めて13帖足らずのダイニングキッチンの左右に、約3帖のスペース-4とスペース-3を配置し、多趣味な施主のスタディ-ルームや家事スペース等の予備室として、建具は設けずに曖昧に仕切っています。

pa150449-2.jpg

ダイニングを通してスペース-3方向を見る

階段室のFIX窓から木ルーバーを通して光が差し込みます。
この窓からの日照だけで、真冬でも室内は予想以上の暖かさです。

pa150451-1.jpg

スペース-3から三角形のバルコニーを見る 

pa230566-1.jpg

鉄骨柱ジョイント部詳細 

pa150453-1.jpg

ダイニングからキッチンを見る。

pa150452-1.jpg
 狭さを感じさせないよう、システムキッチンの配置には頭を悩ませました。

pa230571-1.jpg


pa150459-1_202005081512279c9.jpg

この住宅は準耐火建築物にする必要があるので、木製の構造体を表しにすることは出来ません。木製階段は厚さ60㎜のゴム集成材を使用することで、木材を表しに出来ました。
また着色せずにクリア塗装のみとすることで、木の温もりを感じることが出来ます。
 

PA150421-1.jpg

3階へ

pa150458-1.jpg


pa230579-1.jpg

3階からの階段室を見下げる。

pa150440-1.jpg

3階は階段室のFIX窓以外にも、ハイサイドライトからの採光が期待出来ます。

pa150435-1.jpg

この住宅は階段室で1階から3階迄、空間的に繋がっているので、夏場に階段室を通して3階に溜まった熱気をこの窓から排出します。

pa150432-1.jpg

冬場にも、各階の暖房による暖気は室内の最高部に当たる、この辺りに溜まるので、この吸い込み口から吸引し、ダクトを通して1階の床下に送ります。

pa150433-1.jpg

階段上収納庫内に設けたダクトとダクト用の送風機。

pa230559-1.jpg

吹出口は1階床に設けています。

勉強家で好奇心旺盛な施主と相談しながら、遊び心で設けた設備でしたが、期待を上回る効果を上げているようです。

pa230575-1.jpg

この梯子は階段上収納へ上がる他に、屋上のメンテナンスにも利用出来ます。

pa150439-1.jpg


pa150441-1.jpg


pa150437-1.jpg


pa150446-1.jpg


pa150443-1.jpg



  1. 2020/05/08(金) 12:11:00|
  2. 最新現場状況
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

大井町の家 上棟後

先月27日に上棟し、28日の昼過ぎには既に垂木と屋根野地の取り付け、一気にルーフィング貼りが完了しました。

3日から現場も連休に入ると連絡を受けていたので、2日の土曜日に現場に行って来ました。

何時もは公共交通機関と徒歩で現場に行くところ、2日は道路が空いていると予想して、東名高速を利用して車で現場で向かいました。大和トンネル辺りで携帯から神奈川県知事からの「他県から神奈川県に来ないように」との趣旨の音声が入りました。いきなりの音声だったので驚きましたが、事務所から1時間30分程で現場に到着しました。

p5022177-1.jpg

施工会社の(株)創建の社長さんからの報告通り、外壁下地のダイライトも既に張り終わっていました。掃き出し窓などの大きなもの以外は、開口部にも一気に面材を張っているので進行が早いのだと思います。

p5022156-1.jpg

筋交いは勿論、取付金物も設置済みです。

p5022158-1.jpg


p5022163-1.jpg

柱や束は120角の杉材を使用しています。梁も当然W120なので安心感があります。

p5022162-1.jpg

この住宅の骨組みも、かなり複雑な部分が多く、単純ではありません。但し前回の三角地の家とは違い、平面的には全て直角であることが、このスピーディーな現場進行に繋がっていると思います。改めて三角地の家の大工さんには、苦労を掛けたことを実感させられます。

p5022159-1.jpg


p5022161-1.jpg


p5022166-1.jpg

先月28日にルーフィング貼りは終了。

p5022169-1.jpg

ホールダウン金物の設置も終わっています。


  1. 2020/05/07(木) 11:45:20|
  2. 最新現場状況
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 - 21 ( 二日目 ) マレ地区散策 - 2

今回はマレ地区散策の2回目。

マレ地区地図-2

青い線が今回歩いたコースです。

目指す ポンピドゥーセンター が見えて来ました。

p2221331-1.jpg

9 ジョルジュ・ポンビドゥー国立芸術文化センター

ポンピドゥーセンター の北西側に出たみたいです。建物の西側にはちょっとした広場が在りますが、建物が大きくて全体を写すことが出来ません。

p2221333-1.jpg

一部改修工事中でしたが、元々が仮設足場のようなデザインなのでそれ程違和感がありません。エスカレーターを覆うガラスのチューブも目を引きます。

p2221334-1.jpg

北側も鉄骨剥き出しのデザイン。築後40年以上を経た現在でも、充分斬新性が感じられます。

設計者 / レンゾ・ピアノ、リチャード・ロジャース

建築年 / 1977年

所在地 / パリ4区、サン=メリ地区

1969年、近代芸術の愛好家であったジョルジュ・ポンピドゥー大統領が、近現代芸術拠点を設ける構想を発表し、1977年ジスカール・デスタン大統領により落成式が行われました。当初はエッフェル塔の完成当時と同様に、デザインが斬新過ぎて歴史的建築物が建ち並ぶ、パリの美観を損ねるなどの批判が噴出させた話題文化施設です。80年代前半に大学で建築を学んだ私達の年代の者にも、思い入れの深い建築の一つです。

p2221335-1.jpg

10 ポンピドゥーセンター 北側のランビュート通り

p2221336-1.jpg

11 今ではマレ地区の街並みに、すっかり馴染んだ感があります。

p2221337-1.jpg

北東側 ( ランビュート通りボーブール通り) の交差点から。

p2221338-1.jpg

建物全体を捉える為に広角レンズに変えてみます。

西・北の両面はシルバーに塗装されたスチールトラスや露出された巨大なブレースが特徴でしたが、ボーブール通りに面する東面は露出され青や緑や赤に塗装された設備配管が特徴です。アスファルトから突き出た白い巨大な吹出口を、オブジェとして協調しています。

p2221342-1.jpg

 

p2221343-1.jpg   

シルバーの鉄骨とガラスチューブのエスカレーターが印象的だった西側とは、かなり印象が異なります。 

p2221344-1.jpg

南東側 ( サン=メリ通りルナール通り) の交差点から。

南側の立面は、西・北側とお同じような、スチールトラスを露出させたデザインです。

ルナール通りからサン=メリ通りに入りストラヴィンスキー広場へ。

p2221345-1.jpg

13 ストラヴィンスキー広場

広場には長方形の池が在り、お隣の ポンピドゥーセンター の派手な色彩にも負けない、派手な色彩のオブジェが並んでいます。

ストラヴィンスキーとはロシアの作曲家の名前で、1913年に「春の祭典」をパリで上演します。当時としてはあまりに前衛的な内容だったらしく、全くパリ市民に受け入れませんでしたが、現在では偉大な作曲家として認められています。彼のチャレンジ精神がポンピドゥ・センターのコンセプトに合致したのでしょう。

p2221346-1.jpg

派手な色彩のキッチュなオブジェは、スイスの芸術家ジャン・ティンゲリーとフランスの画家ニキ・ド・サンファル夫妻よる「自動人形の噴水」と言うアート作品。

p2221347-1.jpg

ストラヴィンスキー広場越しに ポンピドゥ・センター の南側立面を見る。

広場の南側は サン・メリー教会 の側面に面しています。

p2221348-1.jpg

14 サン・メリー教会 

創建は13世紀初頭で、現在の教会は16世紀に建てられました。

P2221349-1.jpg

ラテン十字型 - 五廊式 ゴシック様式 の教会堂

パリの美しい教会の1つとして知られ、小ノートルダムとも呼ばれているそうです。紀元700年にパリに巡礼に訪れたあと死亡した聖メリが名前の由来で、その遺骨は教会の地下室に埋葬されています。

サン=メリ通りルナール通りの交差点に戻り、サン=メリ通りを東に歩いて行きます。

p2221350-1.jpg

15

p2221352-1.jpg

16 アルシーヴ通りとの交差点

この交差点を右(南)に少し入ったところに

③

B ビレット教会

16 の交差点に戻りアルシーヴ通りを左 ( 北 ) に向かいます。

④

C Maison dite de Jacques Coeur ( ジャック・クールの家 )

⑤

D 建物の名前も建設された年代は不明ですが、素敵な建物です。 パリ市内では少し歩けば、この建物のように歴史やロマンを感じさせる建物に出会うことが出来ます。

5.jpg

装飾も凝っています。

フラン・ブルジュワ通りとの交差点まで進みます。

⑥

E スービーズ館 ( フランス歴史博物館・国立公文書館 )

この交差点を右折してフラン・ブルジュワ通りに入りますが、ちょっとだけこの先のアルシーヴ通りをSVで見てみましょう

⑦

F Convent of Mercy

アルシーヴ通り左 ( 西 ) 側、スービーズ の向の建物 

⑧

E 再び スービーズ館 まるで城の様ですね。

⑨ 

オドゥリエット通りとの交差点

右側が スービーズ まさに城壁です。左に見えるのが ゲネゴー館

⑩

G ゲネゴー館 ( 狩猟自然博物館 )

設計者 / フランソワ・マンサール

建築年 / 1655年

所在地 / パリ3区

アルシーヴ通りフラン・ブルジュワ通りとの交差点に戻り、フラン・ブルジュワ通りに入って行きます。

⑥-2

E スービーズ ( フランス歴史博物館・国立公文書館 )

設計者 / ピエール・アレクシス・ドラメール

内部装飾設計 / ジェルマン・ボフラン

建築年 / 1709年

所在地 / パリ3区

スービーズ館 は、ルイ14世の時代、建築家ドラメールによってロココ様式で建てられましたロココ様式の豪華な内部装飾はジェルマン・ボフランが行っています。16世紀にスービーズ侯爵買い取って改装が加えられ、18世紀には多くの文化人によるサロンや演奏会の場となりますが、フランス革命の時代に政府に没収され、現在は国立古文書館として利用されてます。

  1. 2020/05/06(水) 12:28:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 - 20 ( 二日目 ) マレ地区散策 - 1

パリ旅行の二日目も ノートルダム・ル・ランシー教会サン・トゥスタッシュ教会 の見学を終えた頃には12時を回っていたので レ・アル駅 の北側の飲食店の並んでいるモントルゲイユ通りを散策しながら、入れそうな店を探します。

マレ地区地図-1

 

p2221322-1.jpg

① 

先ずは サン・トゥスタッシュ教会 の東側から、小規模な飲食店や店舗が並ぶモントルゲイユ通りを北上します。シャンゼリゼ大通りも素敵でしたが、この様なゴチャゴチャッとした繁華街もパリの魅力ですね。

p2221324-1.jpg

② 

細い路地 ( モーコンセイユ通り ) を覗き込む。

p2221323-1.jpg

② 

L'Escargot Montorgueil 有名なフレンチ料理店らしいです。

p2221325-1.jpg

③ 

エティエンヌ・マルセル通りとの交差点を通り過ぎ、更にモントルゲイユ通りを進みます。

何軒か料理の美味しそうな店を覗きましたが、良さそうな店は何処も満席で、なかなか昼食にあり付けません。

p2221326-1.jpg

p2221327-1.jpg

p2221328-1.jpg

p2221329-1.jpg

⑦ 

サン=ソヴァール通りと言う細い路地に入って行きます。

p2221330-1.jpg

⑧ 

去年の秋に放映していたキムタク主演のドラマで、ロケ地になった店らしいです。

この通りの人気のハンバーガー店に入ることが出来ましたが、店内が狭いうえに相席だったので、写真を撮ることが出来ませんでした。

来た道をエティエンヌ・マルセル通りとの交差点まで戻り左折します。

①

A エティエンヌ・マルセル通り 

パリの街並みは何処を通っても美しい!!

次回はポンピドゥーセンター を目指します。

  1. 2020/05/05(火) 12:33:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 - 19 ( 二日目 ) サン・トゥスタッシュ教会

ル・ランシーの散策を終え、トラムとRER-B線を乗り継ぎ、シャトレ・レ・アル駅にやって来ました。

p2221291-1.jpg

シャトレ・レ・アル駅は3本のRER線と1本のメトロ交差する大きな駅で、ショッピングとも一体化していて、巨大な鉄とガラスの屋根に覆われています。

p2221293-1.jpg

レ・アル駅前に広がる緑地はネルソンマンデラ公園。次の目的地は公園の北側に接して建つ教会です。

p2221289-1.jpg

サン・トゥスタッシュ教会

沢山のステンドグラスフライングバットレスが施された、見るからにゴシック様式と思われる サン・トゥスタッシュ教会 は、パリのノートルダム大聖堂 の平面を意識したと言われるラテン十字型の教会です。

p2221292-1.jpg

南 側面ファサード

一見しただけではどこが正面なのか分かりませんでしたが、向かって左側が正面のようです。

トゥスタッシュ-1

西側正面ファサード

鐘塔ノートルダム大聖堂 の様な高さが無く、一層はドリス式、二層はイオニア式オーダー柱ペディメント ( 三角の破風 ) を支えています。

このデザインはゴシック様式とは思えません。調べてみるとこの教会は、16世紀になってもゴシックの伝統が根強く支配していたフランスの教会建築において、この時期イタリアから入って来たルネッサンス様式の影響を受けた珍しい教会だと分かりました。

着工は1532年。1637年に献堂式が行われました。ファサードは構造上の問題で一度取り壊され、現在のファサードは ジャン・アルドゥアン=マンサール が設計し、1754年に完成しています。

p2221290-1.jpg

言われてみれば、側面の一層二層の開口部は、ゴシック建築の特徴である尖頭アーチではなく、半円アーチで造られています。

p2221294-1.jpg

教会建築の事を詳しく知らないと、正面の入り口に思えるかもしれないこの立面。一見しただけではゴシックに見えるんですけどね。

p2221321-1.jpg

東 ( 内陣 ) 側立面

p2221320-1.jpg

ドリス式の柱頭にガーゴイルが巧みに融合されています。

いよいよ聖堂の中に入ります。入場口が教会の正面ではなく、内陣の斜め後ろの周歩廊からだった為に、聖堂中に入っても、暫く聖堂の全体像が把握出来ずに戸惑いました。

p2221295-1.jpg

 正面からの入場なら、奥正面に内陣が見えるところですが、いきなり林立する太い列柱に視線を塞がれてしまい、イタリアで見て来た教会のイメージとはかなり異質に感じます。

DRAWIN1_20200430122118892.jpg 

奥行き100m、幅44m、高さ39m。

ラテン十字型-五廊式 の教会堂です。 

p2221296-1.jpg

 アプス 真後ろの祭室   3つ上の写真の室内側にあたります。

トゥスタッシュ-4

 

p2221297-2.jpg

ステンドグラスのアップ

左へ移動 祭壇 右斜め後ろには

トゥスタッシュ-6

 ジャン・バティスト・コルベールの墓廟  コワズヴォー作

棺の上にはコルベール自身の像が載っています。左右の像は「忠誠」と 「豊穣」

p2221317-1.jpg

後方のステンドグラスのアップ

入場口から周歩廊を反時計回り進み側廊を見る。

p2221298-1.jpg

 聖堂の平面構成はラテン十字型-五廊式なので柱が多く、その太さもあって間隔が狭く感じられ、見通しが効かず、なかなか全体像が掴めません。写真は正面入口に向かって右側、内側の側廊から撮ったもの。

p2221299-1.jpg

 同じ場所から身廊の天井を撮る。

交差するリブ・ヴォールトが蜘蛛の巣の様も、樹木の枝の様にも見えます。クリアストリーステンドグラスから光が降り注ぎ、聖堂に神秘的な雰囲気を作り出しています。

アーケードクリアストリーの間に見える4連の半円アーチの開口部をトリヴューン ( ギャラリー) と言います。

p2221300-1.jpg

 同じ場所から、外側の側廊を撮る。

p2221301-1.jpg

④ 

p2221302-1.jpg

 

p2221304-1.jpg 

 身廊内陣、左右の翼廊が交わる部部分 ( 中央交差部-クロッシング ) からアプスの天井を見る。 

p2221306-1.jpg

 視線を少し下へ移動して内陣方向を見る

中央交差部に立っても、それ程広々とした感じがしません。高い天井を支える為に、柱が太く造られているからでしょうか? 実際に身廊の幅が狭いようにも見えます。15m程でしょうか?

この森の中に居るかのような感覚が、ゴシック様式の聖堂の特徴なのかもしれません。代表的ゴシック様式である ノートルダム大聖堂 の見学が出来ないことが本当に残念です。

p2221309-1.jpg

 中央交差部から、 南側翼廊 (ネルソンマンデラ公園方向 ) を見る。

公園から見えたバラ窓が見えます。 

p2221310-1.jpg

 中央交差部から、身廊 ( 教会正面・西方向 ) を見る

p2221308-1.jpg

 

p2221305-1.jpg

 正面入口の上部に設置された8000本のパイプを持つパイプオルガンは、屈指の名器と言われているそうです。 

p2221311-1.jpg

 中央交差部から、北側翼廊を見る。

トゥスタッシュ-5

 

p2221311-2.jpg

バラ窓のステンドグラスのアップ 

p2221311-3.jpg

 

p2221311-5.jpg

 

p2221312-1.jpg

 ゴシック様式では通常は尖頭アーチとなるところですが、この教会堂では半円アーチリブ・ヴォールトが用いられています。

p2221307-1.jpg

 まるで深い森の中に居るかの様な感覚です。 

p2221313-1.jpg

 この聖堂の内部は、ステンドグラスもさることながら、林立する列柱の存在感が圧巻です。 

p2221316-1.jpg

⑨  ゴシック建築の特徴の一つにピアと呼ばれる細い円柱を束ねた様な柱 ( 束ね柱 ) があります。ここではピアを形成する細い円柱となるところに、コリント式のオーダーが施されています。

p2221315-1.jpg

 外側の側廊には、柱間に鮮やかな絵画や彫刻で飾られています。 

p2221314-1.jpg

  

p2221318-1.jpg

 祭壇 左斜め後ろ

並ぶことも無く見学出来る教会ですが、ノートルダム大聖堂 が改修工事中で内部の見学が出来ない今は、訪れる価値はあると思います。

  1. 2020/04/28(火) 19:00:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

大井町の家 上棟

大井町の家 の「建て方工事」を行いました。

img_5911-1.jpg

この住宅は、前回の三角地の狭小住宅とは正反対。ご覧の様に敷地はゆったり、2階は北端の一部だけしかない、平屋に近い住宅です。

img_5902-1.jpg


img_5889-1.jpg

1時過ぎに現場に到着した時には、既に棟が上がっていました。

私は一時間程しか現場には居ませんでしたが、現場の皆さんはとても手際よく、テキパキと作業を進めていました。

日本の大工さんの技術は、何時見ても大したものです。

img_5891-1.jpg

柱は全て120角。 筋交い無のこの段階でも、安定感があります。

img_5903-1.jpg


img_5907-1.jpg


img_5901-1.jpg


IMG_5900-1.jpg

  1. 2020/04/27(月) 18:18:00|
  2. 最新現場状況
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリ旅行記 - 18 ( 二日目 ) ノートルダム・ル・ランシー教会 - 4 ( 街並み )

ル・ランシーの街並みがあまりに素晴らしかったので、行き帰りの道で目に留まった建物と、ストリートビューで見付けた ノートルダム・ル・ランシー教会 近辺の魅力的な住宅も併せて紹介します。

先ずはレジスタンス通りの建物から

img_1077-1_20200426161851425.jpg

この建物は ノートルダム・ル・ランシー教会 に来る道の途中で見掛けた建物です。

p2221198-1.jpg

古いアパートメントだと思いますが、特に最上階の張り出した庇のデザインが目を引きます。

p2221199-1.jpg

かなり庇が張り出していますね。

p2221200-1.jpg

こちららはその向かいの建物。

p2221201-1.jpg

最上階の角部屋の屋根には、角の様に2本の煙突が突き出しています。どちらの建物も間取りが気になります。

ランシー20

こちらは ノートルダム・ル・ランシー教会 の向に建つ建物群。

p2221273-1.jpg

どの建物もかなり古そうですが

ランシー21

向かって右側の建物が、特に年季が入っているように見えます。

どちらの建物も、1階は店舗。上階はアパートメントでしょうか?

低層部・中層部・高層部のデザインを変えた三層構成のデザインになっています。

p2221281-1_202004261636172f4.jpg

この住宅はレジスタンス通りの東側に入った場所で見掛けた住宅です。

ランシー18

ボゥウインドー風に張り出した部屋が特徴的。

ランシー19

更に細い路地に入った場所に建つ住宅。

この建物の様に、外壁に不正形な10cm程度の石を、恐らく2~5cmの厚みに割って貼ったものを多く見掛けます。と言うよりも、古そうな建物の殆どがそうかもしれません。

色は薄い茶系です。

下の4枚は ノートルダム・ル・ランシー教会 西側の住宅地に建つ、お洒落な住宅達。

ランシー14 ランシー15

ランシー16 ランシー17

どの住宅も、外壁は同じような茶系の石貼りです。

レジスタンス通りに戻ります。

p2221283-1.jpg

メリー Mairie Le Raincy ( 市役所 or 区役所 )

ご覧の通り堂々たる構えの立派な建物です。残念ながらネットでも詳細を調べることは出来ませんでしたが、さぞや歴史のある建物ではないかと思います。

img_1116-1.jpg

 

p2221284-1.jpg

建物裏には公園もあり、公園の周りには素敵な建物が並んでいます。

メリー の両隣の建物はコーナー部のデザインに特徴があります。

ランシー22

パリ市内でも最上階角部屋の屋根形状が、まるで帽子かヘルメットをかぶった様なデザインの建物を幾つも見掛けました。

ランシー24 

どちらの建物も全体のデザインは三層構成。特に最上階角部屋のデザインが目を引きます。

ランシー23

奥の公園に面した住宅もレトロでお洒落です。この住宅は特にハイレベルと言えます。 

ランシー37

上の住宅と比べてしまうと、やや新しくシンプルな感じもしますが、どの建物も住棟間隔がたっぷりで造りも豪華です。この町はやはり高級住宅街なんでしょう。 

ランシー38 

更にレジスタンス通りを北に進み、ロータリーを左折しティエール通りに入ります。

p2221286-1.jpg

ロータリーに面して建つ建物。この建物はロータリーの円形に合せて、壁面を湾曲させています。

ランシー25 

角部屋のドームも特徴的で、まるでロケットの先端かイギリスの近衛兵がかぶっている毛皮の帽子の様です。

ランシー26

 

ランシー27

向の建物も外壁がカーブを描いています。

ランシー39

ティエール通りから、石張りの住宅が建並ぶプルーズ通りを見る。

茶系の石張りの住宅が殆どです。

ランシー29

 

ランシー30

ティエール通り沿いのピザ店

  ランシー31

レ・パビヨン=ス-=ボア駅近付いて来ました。このアパートメントも1階は店舗です。 

ランシー32

もうすぐ レ・パビヨン=ス-=ボア駅ですランシー34  

駅に面した建物だったので、駅舎かと思いましたが、レストラン等の店舗かも知れません。

p2221287-1.jpg

 

p2221288-1.jpg

レ・パビヨン=ス-=ボア駅 からトラムに乗り、オルネー・スー・ボワ駅でRER-B5線に乗り換えてパリ市内に戻ります。

ランシー35

パリ郊外を走るトラムの線路沿いにも、このような可愛らしい住宅を沢山見かけました。

  1. 2020/04/26(日) 18:15:00|
  2. パリ旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ