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アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

大阪散策 -26 旧大阪農工銀行、旧明治屋ビル

「大阪散策 - 10」~「大阪散策 - 25」までは、今回宿泊した 堺筋 - 北浜駅 近く在るホテル近辺 ( 淀屋橋・北浜 ) のレトロな建物の数々を、去年10月に撮影した画像に加え、2012年6月に撮影して未紹介になっていた画像も含めて紹介して来ました。今回は 淀屋橋・北浜近辺 の最終回。この後は 大阪城難波・心斎橋 近辺のレトロな建物を紹介して行きます。
先ずはpa303502-1_2022020511295999d.jpg旧大阪農工銀行 ⇒ 旧八木通商本社ビル ( 現グランサンクタス淀屋橋 ) ( 2021.10.30 撮影 )
9年前に訪れた時は、工事用の仮囲いで中が殆ど見えなかったものの、取壊しの最中の様に見えました。後でわかったことですが、この時の工事は全部の取壊しではなく、ファサード保存部分ノミを残した建て替え工事だったようです。
この建物は1918年に、辰野片岡建築事務所 の設計により、大阪農工銀行 として建てられた、2階建ての 赤煉瓦の銀行 だったようです。
設計者 / 辰野片岡建築事務所
建築年 / 1918年 ( 大正7年 )
所在地 / 大阪府大阪市中央区今橋3-2-1
窓詳細①
1929年に国枝博のデザインで 赤煉瓦 を テラコッタ に張り替えて、現在と同じ 中東風デザイン に生まれ変わります。この時点でも2階建てでした。
設計者 / 国枝博
改修年 / 1929年 ( 昭和4年 )
この建物を買い取った八木通商が、1968年から八木通商本社ビルとして使用していました。近代建築散歩-京都・大阪・神戸編 では、取って付けた様な3階部分が乗った写真が掲載されていますが、この頃に増築されたのかも知れません。
2010年頃には八木通商が手放したのか、看板は外されていたらしく、私が訪れた2012年6月には、現況の高層マンションへの、解体 + 建て替え工事 の最中だったのです。

堺筋 に戻り、数百メm南下します。
pa303460-1.jpg風蘭ビルディング ( 旧明治屋ビル ) ( 2021.10.30 撮影 )
三層構成のファサード、整然と並ぶ縦長窓などのレトロな要素はあるものの、装飾は控えめで地味な印象の建物なので、知らなければ戦前最大の建築事務所 曾禰中條建築事務所 が設計した建物とは思わないかも知れません。以前は高級食材を扱う明治屋が入店していましたが、今はコンビニが出店しているので、印象が変わったのかも・・・。
設計者 / 曾禰中條建築事務所
建築年 / 1924年 ( 大正13年 )
所在地 / 大阪府大阪市中央区南本町2-2-2
img_2010-1_202202051131050fd.jpg( 2012.06.30 撮影 )
9前と外観に変化は見られません。
img_2009-1_20220205113051e2e.jpg

pa303463-1_202202051404557ce.jpg( 2021.10.30 撮影 )
9年の間に、建物に変化は無いようですが、今回は解像度の高いカメラで撮影したので、屋上のペントハウスを拡大出来ました。pa303463-2_20220205140506003.jpg
シンプルな建物本体の装飾と比べ、ペントハウスには濃い装飾が施されているのが分かります。
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  1. 2022/02/06(日) 08:00:00|
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大阪散策 - 25 アンティカ・オステリア・ダル・ポンピエーレ 淀屋橋店 ( 旧大阪市消防局東消防署出張所 )、日本生命本館、( 旧大阪農工銀行 )、大阪ガスビルディング

大阪倶楽部 の在るブロックから南西の斜向かいのブロックにも
img_1866-1.jpgンティカ・オステリア・ダル・ポンピエーレ 淀屋橋店 ( 旧大阪市消防局東消防署出張所 ) ( 2012.06.01 撮影 )
設計者は不詳ですが、実にデザインの行き届いた小建築が在ります。
9年前はイタリアンレストランとして利用されていました。ストリートビューで検索してみると、今も変わりは無いようです。元は消防署だったとは驚きです。
設計者 / 不詳
建築年 / 1925年 ( 大正14年 )
所在地 / 大阪府大阪市中央区今橋4-5-19
img_1865-1.jpg消防署だったと言う事は、1階は消防車庫だったのでしょう。テントの上の櫛型の部分も含め、ボーダーに囲まれた部分は大開口だったと思われます。
2・3階の小窓は 四心ノーマルアーチ? のボーダーで囲んで、一体のデザインとしています。
2階床レベルには、クラシカルな装飾を施した腕木で支えた、出の少ないバルコニーを乗せるなど、消防署とは思えないデザインです。
因みに「ダル・ポンピエーレ」とは、「消防士」の意味だそうです。

東へ2プロック進んで 御堂筋 出ると通り越しに重厚感があり、昭和初期を感じさせる建物が現れます。
img_1860-1.jpg日本生命本店本館 ( 2012.06.01 撮影 )
前回紹介した 旧住友ビルヂング を設計した 長谷部鋭吉竹腰健造 が 住友工作部 独立後に設立した 長谷部竹腰建築事務所 が設計した建物です。縦長の小窓がこれだけ整然と沢山並んでいるだけでも、何故だか、なかなかの威圧感です。
設計者 / 長谷部竹腰建築事務所
建築年 / 1938年 ( 昭和13年 )
所在地 / 大阪府大阪市中央区今橋3-5-12

御堂筋 を南へ3分程歩くと 平野町通 の交差点に、同じ昭和初期の建物でも 日本生命本店本館 と比べると、やや軽やかな印象の建物が現れます
pa303475-1.jpg大阪ガスビルディング ( 2021.10.30 撮影 )
既に紹介した 高麗橋野村ビルディング の設計者であり、 関西を中心に活躍した 安井武雄 の代表作と言われています。
設計者 / 安井武雄 ( 安井建築事務所 )
建築年 / 1933年 ( 昭和8年 )
所在地 / 大阪府大阪市中央区平野町4-1-2
水平線とコーナー部のアール部分が特徴的。
pa303475-2.jpg
遠目にはややクラシカルな印象でしたが、近付いてみると、1・2階部の外壁を構成する黒と白の御影石の対比や、3階以上の外壁の白い小口タイルと、水平線を強調する各階の庇の先端の黒い部分の対比など、モダンを強く感じるデザインであることに気が付かされます。
  1. 2022/02/04(金) 08:00:00|
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大阪散策 - 24 三井住友大阪本店、大阪倶楽部

今回紹介するのは、9年前に撮影した画像のみとなります。
御堂筋 から2本西側の通りと 土佐堀川通 と 北浜線 の間に、黄土色 ( 竜山石 ) の壁面と、規則正しく並んだ矩形の縦長窓が、圧倒的な迫力を感じさせる建物が在ります。img_1868-1.jpg三井住友銀行大阪本店 ( 旧住友ビルヂング ) ( 2012.06.30 撮影 )
この近辺の建物の外壁色は、タイルにせよ竜山石にせよ、吹付や着色にせよ黄土色の建物が多いです。
img_1869-1.jpg矩形の壁面の中央に開いたエントランスの両脇を、イオニア式のオーダー柱が飾ります。
工事は一期と二期に分けて行われ、第一期は1922年 ( 大正11年 ) に始まりますが、直後に発生した関東大震災により計画が見直され、7階建ての計画6階建てに変更されました。
設計者 / 日高胖、長谷部鋭吉 + 竹腰健造 ( 住友工作部 )
建築年 / 第一期:1926年 ( 大正15年 ) ・ 第二期:1930年 ( 昭和5年 )
所在地 / 大阪府大阪市中央区北浜4-6-5
竣工後に独立した 長谷部鋭吉竹腰健造は独立し、既に紹介した 大阪証券取引所 を設計しています。
img_1870-1.jpgライオンの口から、化粧漏斗に雨水が落下するのでしょうか?img_1870-2.jpg水垢が無いので、ただの飾りの様です。

南東側に斜向かいのブロックにもimg_1867-1.jpg大阪倶楽部
img_1863-1.jpg西側立面
安井武雄氏が片岡建築事務所時代にコンペによって設計者に選ばれました。
設計者 / 安井武雄 ( 片岡建築事務所 )
建築年 / 1924年 ( 大正13年 )
所在地 / 大阪府大阪市中央区今橋4-4-1
登録有形文化財 1997年登録
1階部には、エントランスを中心に、黄土色の石 (これも竜山石でしょうか? ) のボーダーを施した、半円アーチを並べ、開口部は奥に一段引っ込んでいます。
2・3階は矩形の縦長窓で、2階の窓には縦・下枠と霧除風の上枠も施されています。4階は壁線を1m程セットバックさせ、バルコニーを設けているようです。
img_1862-1.jpg

img_1864-1.jpg竣工記念冊子に「南欧風ノ様式ニ東洋風ノ手法オ加味セルモト」と記されていたそうです。キャプチャ-1
私には南欧風が強く感じられますが、Wikipediaには「唐草の縁取りやトーテムポールなど細部の彫刻には東洋・中近東のモチーフを見て取れる。」と記されています。キャプチャ-2窓上装飾のアップ
img_1861-1.jpg


  1. 2022/02/02(水) 08:00:00|
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大阪散策 - 23 堺筋 ~ 御堂筋 辺りの和風建物

堺筋 ~ 御堂筋 辺りの レトロな洋風建物 を紹介して来ましたが、今回はこの辺りの レトロな和風建物 を、まとめて紹介します。
先ずは 土佐堀通三休橋筋 の交差する 北浜2の交差点を南に少し入った辺りに在る、5棟長屋の店舗併用住宅pa303576-1.jpg吉田理容所 ( 2021.10.30 撮影 )
吉田理容所 の開店は1930年 ( 昭和5年 ) らしく、この建物も開店時の竣工と思われます。当時は大阪ては5本指入る程の高級理髪店だったとか。
建設当時は9or10軒長屋だったそうですが、現在は5軒が残っています。
pa303576-2.jpg軒端部詳細 ( 2021.10.30 撮影 )
他の店舗も外壁の塗り替えはされていますが、軒周りに面影は残っています。
三尺毎に出し桁を施して、階段状に迫出す破風を乗せ、モルタルで覆って防火性能を高めています。
設計者 / 不詳
建築年 / 1930年 ( 昭和5年 )
大阪府大阪市中央区北浜3-2-2
pa303577-1.jpg玄関アップ ( 2021.10.30 撮影 )
玄関周りは、かなりの部分竣工時のデザインを残していると思われます。ちょっと歪なアーチの欄間や、やけに小さなサインポールが可愛いですね。

三休橋筋 を3ブロック南へ進み オペラ・ド・メーヌ高麗橋 のある交差点を右 ( 西 ) にまがると
pa303491-1.jpg北川金物店 ( 2021.10.30 撮影 )
設計者 / 不詳
建築年 / 不詳
所在地 / 大阪府大阪市中央区高麗橋3-2-29
pa303492-1.jpg( 2021.10..30 撮影 )
ここでも東京近辺の出し桁造りの納まりとはとは異なり、腕木・出桁・垂木・軒裏には木部を露出させていません。防火性能を高める為にモルタル塗りとして、黒く着色している様です。2階の両端の袖壁も隣家から延焼を防ぐ為のウダツの役目を果たしているだと思います。

南へ更に2ブロック 道修町通  御堂筋 から一本東の通りが交わる交差点に面して、木壁と白壁のコントラストが美しい蔵の様な建物が在ります。
pa303478-1.jpgかんてきや要 ( 2021.10..30 撮影 )
pa303477-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )
かんてきや要 のH.Pによると、詳しい建築年は不明ですが、以前の居住者からからの情報として、住みだした大正13年の時点では既に建っていたそうです。
設計者 / 不詳
建築年 / 大正期?
所在地 / 大阪府大阪市中央区道修町3-3-4
pa303476-1.jpg( 2021.10..30 撮影 )

道修町通 を東へ 中橋筋 まで進み、左 ( 北 ) に曲がって一ブロック
pa303505-1.jpg土山人 北浜店 ( 2021.10.30 撮影 )pa303506-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )
建物の詳細は一切分かりませんが、レトロな雰囲気を漂わす和風建築
設計者 / 不詳
建築年 / 不詳
所在地 / 大阪府大阪市中央区伏見町2-4-10pa303507-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

更に北へ10M
pa303503-1.jpg菊壽堂義信 ( 2021.10.30 撮影 )
昼前でまだシャッターがこのような状態だったので、この時は何の店か分かりませんでしたが、創業は創業は創業は天保年間、190年を超える老舗の和菓子屋だそうです。建物はそこまで古いとは思えませんが、昭和初期頃に建てられた建物ではないでしょうか?
設計者 / 不詳
建築年 / 昭和初期頃?
所在地 / 大阪府大阪市中央区高麗橋2-3-1
pa303504-2.jpg軒部詳細 ( 2021.10.30 撮影 )
軒下の造りが最初に紹介した 吉田理容所 に似ています。三尺毎に出し桁を施して、階段状に迫出した破風を乗せたところまでは同じですが、モルタルではなく銅板で覆っているところが異なります。
pa303504-1.jpg軒端部詳細 ( 2021.10.30 撮影 )
端部はウダツの簡略形でしょうか?
 
  1. 2022/02/01(火) 08:00:00|
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大阪散策 - 22 清水猛商店

淡路町通 沿い。前回紹介した 旧板谷歯科医院 の斜向かいにも レトロな建物 が在ります。
pa303471-1.jpg清水猛商店 ( 2021.10.30 撮影 )

img_1977-1.jpg ( 2012.06.01 撮影 )
9年間での変化は、これらの画像からは分かりません。
小振りですが、隅々までデザインされた手抜きの無い印象のこの建物は、竣工時と変わらず、現役の内装工事会社の店舗ビル。
外観から鉄筋コンクリート造に見えますが、実は木造3階建ての建物らしいです。
設計者 / 小川安一郎 ( 住友工作部 )
建築年 / 1924年 ( 大正13年 ) 
所在地 / 大阪府大阪市中央区淡路町3-5-6
全体としてルネサンス様式を思わせる三層構成ですが、古典的な硬いデザインと言うよりは、戦前の暗い時代に入る前の、大正末期らしい自由で楽しい印象です。
img_1976-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )
img_1978-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )
2・3階はクラシカルな印象です。各階6個の縦長窓は、3階は半円アーチ、2階は矩形。外壁面を10cm程半円アーチ形に凹ませた半円アーチの凹みに、上下階合わせて4個を1セットを横に3
列並べています。
img_1979-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )
階高を高く採った1階の開口部は、上部をアーチ状とし吊庇を設けて欄間風デザインとしています。
両端にうだつの様に突出した部分には明るい煉瓦タイルが貼られ、スパニッシュ瓦も合せて、明るく華やかな印象を造り出しています。
pa303474-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )
銅製と思われる 看板・照明・吊庇 この建物を印象深くしています。
img_1980-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )
重厚で装飾豊かな銅板製の吊庇。
pa303473-1.jpg吊庇と照明の詳細 ( 2021.10.30 撮影 )
吊り金物はねじった加工を施した棒を4本束ねている様に見えます。


  1. 2022/01/31(月) 08:00:00|
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大阪散策 - 21 旧板谷歯科医院

芝川ビル から3ブロック南、 船場ビルディング 在る 淡路町通 沿いに、この建物が在ります。
pa303467-1.jpg板谷歯科医院 ( 2021.10.30 撮影 )
現在は SUPER feet と言うスポーツ関連店舗が出店しています。
pa303469-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

img_1973-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )
この画像から ハリネズミ を連想するのは、私だけでしょうか?
img_1972-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )
この辺りは、未だ電線の地中埋設は進んでいないようです。
設計者 / 不詳
建築年 / 1925 or 1926年頃 ( 大正末年 or 昭和初年頃 )
所在地 / 大阪府大阪市中央区淡路町3-6-12
向かって右端部とパラペット部の濃い茶色のスクラッチタイルの部分は、半円アーチ窓コ―ニスに装飾を施したクラシックデザイン
コーナー部を中心に薄い茶色を塗った部分はモダニズムデザインになっています。
近代建築散歩-京都・大阪・神戸編 でも「まるで古い殻から脱皮しているかのようにも見え、大正末期から昭和初期にかけての当時の建築界の気分を表しているようだ」と記しています。面白いデザインです。
img_1974-1.jpgモダンデザイン部分 ( 2012.06.01 撮影 )

pa303468-2.jpg丸窓詳細 ( 2021.10.30 撮影 )
現地では分かりませんでしたが、画像を拡大してみると、丸窓にはこんな楽しいデザインの面格子が設置されていました。

img_1975-1.jpgクラシックデザイン部分 ( 2012.06.01 撮影 )

pa303468-3.jpgスクラッチタイル詳細 ( 2021.10.30 撮影 )




  1. 2022/01/30(日) 11:39:00|
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大阪散策 - 20 芝川ビル

三休橋筋 からは2本西側、御堂筋 からは1本東に入った通りと、道修町通 の一本北の通りの交差点に面した角地にも、この辺りを代表するような目を引く レトロな建物 が現れます。
pa303481-1.jpg芝川ビル ( 2021.10.30 撮影 )
先ずは、去年の秋に訪れた際に撮影した、電線無しの画像から。
pa303483-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )
日射が邪魔してどうしても画面が光ってしまい、光が入らないアングルがなかなか見つからず苦労しました。
img_1967-1.jpg( 2012.06.30 撮影 ) 上下は9年前の画像img_1970-1.jpg時間帯が良かったのか、曇天だったお陰か、電線は気になりますが、日射に邪魔されることは無かったようです。
この建物は船場の豪商 芝川家6代目当主 芝川又四郎 が、昭和2年、芝川家が手掛ける事業の事務所として建設しました。
戦前は 芝蘭社家政学園 とも併用していました。戦後は事務所中心としたテナントビルでしたが、現在は店舗が数多く出店しています。
設計者 / 渋谷五郎 ( 基本・構造設計 ) + 本間乙彦 ( 意匠設計 )
建築年 / 1927年 ( 昭和2年 )
所在地 / 大阪府大阪市中央区伏見町3-3-3
国登録有形文化財
建設前に発生した関東大震災を教訓に、耐震・耐火にも重きを置いた設計とか。
pa303484-1.jpg北側立面 ( 2021.10.30 撮影 )

img_1965-1.jpg北側立面 ( 2012.06.30 撮影 )
img_1966-1.jpg( 2012.06.30 撮影 )

pa303485-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )
この建物の最大の特徴は、彼方此方に施され 古代マヤ・インカ を思わせる装飾でしょう。F・L・ライト の影響かもしれません。pa303490-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )
pa303489-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

img_1969-1.jpg( 2012.06.30 撮影 )
この建物も、この地区の多くのレトロな建物と同様に、角地の敷地条件を最大限に活かしたデザインと言えます。半円形のコーナー部は、1階のエントランス周りには古代マヤ・インカを思わせる装飾が施されていますが、2階以上はスパニッシュ瓦も含め、何処となくイスラム風も感じられます。
多くのサイトでも、彼方此方に施された古代中南米風の装飾に言及し、近代建築散歩-京都・大阪・神戸編 では「全体はアール・デコ風」と記しています。悪く言えばごった煮状態の無国籍なデザインと言えなくもありませんが、色々な要素を絶妙にコラボレーションした楽しい建築だと感じました。
pa303479-1.jpg西側立面 ( 2021.10.30 撮影 )

pa303480-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )
エントランスの両サイドと両端部には土壁風の部分があり、東端以外の部分には窓があり、3階窓上にはレリーフが施されています。pa303480-2.jpgレリーフのアップ ( 2021.10.30 撮影 )
pa303487-1.jpg ( 2021.10.30 撮影 )
北側道路の東端にはバーの入口が。 検索してみると店内は外観同様にレトロな雰囲気の、お洒落なバーでした。
  1. 2022/01/29(土) 12:09:00|
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大阪散策 - 19 日本基督教団浪花教会

三休橋筋 から見て オペラド・メーヌ高麗橋 の右 ( 南側 ) 隣にも レトロな教会 が在ります。
pa303495-1.jpg日本基督教団浪花教会 ( 2021.10.30 撮影 )

img_1961-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )
電線の写っている直ぐ上の画像は9年前に撮影したものです。カメラの性能は今回の方が良い筈なのですが、9年前の方が上手く撮れている気がします。 img_1956-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )
設計者 / 石川純一郎 + 早良俊夫 ( 竹中工務店 ) + ( 設計指導:W・M・ヴォーリズ )
建築年 / 1930年 ( 昭和5年 )
所在地 / 大阪府大阪市中央区高麗橋2-6-2
img_1957-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )
エントランス上部には、鐘塔風に塔乗せ

pa303497-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )
三休橋筋 に面する外壁には、鮮やかな色彩の色硝子が嵌め込まれた尖頭アーチが並ぶ、ゴシック風デザインの教会堂です。
img_1960-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )
夜景も見てみたかったですね。

pa303496-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

pa303498-1.jpgエントランス ( 2021.10.30 撮影 )

img_1959-1.jpgエントランス照明 ( 2012.06.01 撮影 )
建物の大きさからみると、照明が少し大き過ぎる気もします。
  1. 2022/01/28(金) 18:26:00|
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大阪散策 - 18 ( 旧日本教育生命保険 )

三休橋筋 を7ブロック 中之島 方向へ戻った ( 北上した ) 交差点に、東京駅 を思わせる外壁デザインを施した建物が在ります。pa303493-1.jpg

旧日本教育生命保険 ( 2021.10.30 撮影 )

殆どの資料が 大阪教育生命保険 記載していますが「間違いなく 日本教育生命保険 である」と、断言している資料が有りましたので、ここでは 日本教育生命保険 を採らせて頂きます。img_1948-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

最初の画像は去年の秋、直ぐ上の画像は9年に撮影したものです。建物自体に変化は見られませんが、写真左に当たる北側道路のプランターのま有無の他、道路に電柱と電線が無くなっているのが分かります。随分と街がすっきりと綺麗に見えたのは、電線の地下埋設が実施されたからだったようです。ご覧の通り、この建物も角地の立地条件を活かし、左右対称のデザインかと思っていましたが、良く見ると、北側道路側にだけドーマーウィンドゥが有ったり、両端部の窓や屋根飾りに違いがあるようです。img_1949-1.jpg三休橋筋 ( 西 ) 側立面

( 2012.06.01 撮影 )

東京駅を思わせる外壁デザイン」と記しましたが、設計者は 東京駅 の設計を手掛けた 明治期の日本建築界の第一人者である 辰野金吾 です。

赤煉瓦に白御影石で水平ボーダーと窓周りを飾る手法辰野式 と言われるものです。

1階は装飾を排した縦長窓、2階の窓には白御影石で縦枠と窓台+ペディメントの装飾を施し、等間隔で並べています。

設計者 / 辰野片岡建築事務所

建築年 / 1912年 ( 明治45年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区高麗橋2-6-4

日本教育生命保険本社ビル は、1912年に 辰野金 の設計により建てられ、日本教育生命保険 ⇒ 大正生命保険 ⇒ 大中証券本社 等オフィスビルとして使用され、フレンチレストランの シェ・ワダ高麗橋店 を経て、現在は オペラド・メーヌ高麗橋 として再生利用されています。

img_1958-1.jpg ( 2012.06.01 撮影 )

西立面の右上 ( 南端部 )、軒の端部に施された装飾は アカンサス でしょうか?

img_1952-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )pa303500-2.jpg( 2021.10.30 撮影 )

北側道路に面する屋根には4つのドーマーウィンドゥが並んでいます。img_1955-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

西側立面との違いは、ドーマーウィンドゥ )の有無の他、東 ( 左 )端の窓が、2窓が1体のデザインになっている事とimg_1954-1.jpg角部の煙突 ( ? ) です。( 2012.06.01 撮影 )

img_1950-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

繰り返しになりますが、この建物も角地に建つ敷地条件を活かしたデザインとなっていますが、竣工時の写真を見ると、コーナー部のデザインが現況とは全く異なり、塔状 だったことが分かりました。

現在のコーナー部は 1/4円 程度のアール壁ですが、竣工時は両翼の矩形部が左右とも60~80cm程度短く、アール壁は 1/2円 以上あって矩形部との接点は深く切り込まれいるので、塔が自立して建っているかのように見えます。ティアラの様に頂部を飾るペディメントは無く、屋根から筒状に突き出して3階が乗り、ぐるりと小窓が配されて、上にはパーティーの時に被るトンガリ帽子のような円錐形の屋根が載っていたのです。気になる方は「鈴木商店記念館⇒鈴木商店のあゆみ」から探してみて下さい。

pa303494-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

2階コーナー部の縦長窓も、竣工時は3ヶ所あったようです。

img_1953-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

エントランス周りの装飾は、硝子の庇以外変わっていないと思います。

pa303499-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )




  1. 2022/01/27(木) 08:00:00|
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大阪散策 - 17 船場ビルティング、綿業会館、旧鹿児島銀行大阪支店

小川香料大阪支店 の在るから、1ブロック南の 淡路町通 に在るこの建物は、レトロな外観もさることながら、正面中央に開かれたエントランスを一歩入ると、建物奥に見える、細長い吹抜けを通してふり注ぐ採光に驚かされます。img_1981-1.jpg船場ビルディング ( 2012.06.01 撮影 )

この他の建物にも今回は立ち寄っていないので、画像は9年前のものですが、ストリートビューで確認したので、少なくとも最近までは、取り壊さていないと思われます。img_1982-1.jpg手堅いデザインの外観から、昭和初期 ( 戦前 ) の竣工かと思いましたが

設計者 / 村上徹一 ( 村上建築事務所 )

建築年 / 1925年 ( 大正14年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区淡路町2-5-8

登録有形文化財

予想より少し前の竣工だったようです。

何時もなら、外観の写真だけを撮って次の目的地に向かうのですが、エントランスの奥に外光が見え、招き入れるような雰囲気に誘われてに中へ入ってみました。img_1985-1.jpgエントランスホールの奥に細長い中庭が在り、上空から外光が降り注ぎます。img_1985-2.jpgお洒落中庭の周りの、店舗は素敵ですね。img_1984-1.jpg吹抜けを取り囲む回廊も、何とも魅力的な空間を造り出しおり、多くの店舗や事務所、住居もあるようです。img_1983-1.jpg


淡路通 から2ブロック南の 備後町通三休橋通 との交差点に面して、100年前のアメリカのオフィスビルのようないで立ちの建物が現れます。pa303464-1.jpg綿業会館 ( 2021.10.30 撮影 )

img_2003-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

img_2002-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

大阪を中心に活躍した建築家 渡辺節 の最高傑作とも言われる アメリカン・ボザール ( アメリカン・ルネッサンス )  外観。設計には独立前の 村野藤吾 も関わっています。

1931年に日本綿業倶楽部の施設として建設され、迎賓館として、国際会議場としても利用され、戦前は日本外交の舞台となりました。戦後は一時アメリカ軍に接収されますが、1952年に返還され、再び社交クラブとして利用されています。

者 / 渡辺節

建築年 / 1931年 ( 昭和6年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区備後町2-5-8

国指定重要文化財 ( 2003年 平成15年 )

img_2004-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

5階の壁面は少しセットバックしているので、増築のように見えますが、竣工当時からこの形状です。

4階は縦長窓の四方枠を回しています。

2・3階の縦長窓は、タイル張りの壁面より凹ませて設置し、アーチを設けて上下の窓を一体化させ、2階の窓は3階よりも更に後退させて、壁面ラインには手摺を設けています。

1階の外壁は石張りの壁に半円アーチの縦長窓を連続させています。

img_2006-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

タイル

外壁のタイルはスクラッチタイルとも異なる独特なものです。

pa303466-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

三休橋通 側に開くエントランスimg_2005-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

内部は様々な様式が混在し見所満載らしいので、毎月第4土曜日に開催している館内見学会に次回は是非とも参加したいと思います。

pa303465-1.jpg角地の外灯 ( 2012.06.01 撮影 )

img_2001-1.jpg外部鉄骨階段 ( 2012.06.01 撮影 )

ハリウッド映画に出て来そうな階段です。

 

綿業会館 の在る 備後町 から更に1ブロック南の 安土町通 沿い、  三休橋通 との交差点1軒入ったところに在る筈の 鹿児島銀行大阪支店 は残念ながら新しいビルに建て替わっていました。img_2008-1.jpg旧鹿児島銀行大阪支店 ( 2012.06.01 撮影 )

設計者 / 渡辺節建築事務所

建築年 / 1952年 ( 昭和27年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区安土町2-5-11

戦後の建物なので、レトロと言う程古いものではありませんが、渡辺節建築事務所 設計した建物です。


  1. 2022/01/26(水) 08:00:00|
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大阪散策 - 16 中村健太朗法律経済事務所、武田道修町ビル、小川香料大阪支店

レトロな洋風建築が建ち並ぶ 堺筋 を離れ、西側に南北に平行して走る 御堂筋 との中間辺りの 三休橋筋~堺筋レトロな建物を紹介します。去年の秋 ( 2021.10.30 ) だけでなく、9年前に撮影した画像も合せての紹介です。今回は訪れなかったも含まれます。

先ずは、藤中橋筋中橋筋 の間 北浜線 に面した小さな事務所ビル。img_1947-1.jpg中村健太朗法律経済事務所 ( 2012.06.30 撮影 )

村野藤吾氏が独立直後に設計した建物です。「近代建築散歩-京都・大阪・神戸編」には「一見何の変哲もなさそうだが、通常タイル面より外に出張る窓額縁を内側に収めたところなど、村野好みが随所に見られる小佳作。」と紹介されています。村野ファンの私でも、知らなかったら見過ごしてしまいそうです。

設計者 / 村野藤吾

建築年 / 1938年 ( 昭和13年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区北浜2-4-10

照明エントランス照明は目に付くかな。


次は 中橋筋道修町通り の交わる角地に建つ、ちょっと地味な印象もある煉瓦色のタイル張りの建物。img_1989-1.jpg田道修町ビル ( 旧武田長兵衛商店本店ビル ) ( 2012.06.30 撮影 )

1928年に武田長兵衛商店 ( 現武田薬品工業 ) の本店ビルとして建てられ、1991年まで本社として使われていました。竣工時は3階建 ( 一部2階 ) で、少し後方の4・5階は増築されたものです。

上の9年前の画像では、建物と道路の僅かな空地に、隙間なくプランターが置かれ、ツツジのような低木が植えられいましたが、去年の画像では歩道が設置されています。pa303508-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

設計者 / 松室重光 ( 片岡建築事務所 )

建築年 / 1928年 ( 昭和3年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区道修町2-3-6

外壁の殆どは煉瓦色のタイル張りですが、1階の窓枠、1階窓下の腰壁、2・3階の縦長窓の窓台部分の薄茶色の部分はテラコッタかと思いましたが、画像を拡大してみると石張りかもしれません?

pa303510-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

装飾は少な目ですが、北側の道修町通りに面する1階部は、古典的デザインの付柱が施されています。竣工時はここがエントランスだったのかも知れないですね。

img_1988-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

pa303509-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

他に目に付くのは、角部とコ―ニス部の装飾でしょうか?

この辺りから受ける印象は、クラシカルなだけでなく、モダンデザインの要素も感じられます。

 img_1990-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

次は 道修町通 を1ブロック南へ進み、三休橋筋中橋筋 の間

img_1986-1.jpg小川香料大阪支店 ( 2012.06.01 撮影 )

各階の4つ並ぶ矩形の窓を、両上にアール付けたボーダーで囲み、一つの開口部のように見せ、窓上から50cm位の高さに横に貫く庇と相まって、水平線を強調するデザインとしています。

今回はこの建物は見に行かなかったので、上の画像は9年前に撮影したものです。

現存しているか、ストリートビューで確認したのが下の画像現在4階建てだった階数が3階建てになり、1階両側の開口部が壁になり、残った中央開口部デザインがアーチに変わっています。減築して建物の重量を減らし、合わせて1階に耐力壁を増やすことにより、耐震補強を下のではないでしょうか?

img_1987-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

個の開口部のは、今は塞がれてしまった、向かって右側の出入口です。この画像では分かり辛いですが、欄間部ステンドグラスが美しかったそうです。

設計者 / 本間乙彦 ( 竹中工務店 )

建築年 / 1930年 ( 昭和5年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区平野町2-5-5


  1. 2022/01/25(火) 08:00:00|
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大阪散策 - 15 生駒時計店 ( 生駒ビルヂング )

堺筋 を更に南に向かって2ブロック進むと、褐色のスクラッチタイルを施した アール・デコ様式デザイン レトロな建物が見えて来ます。pa303518-1.jpg生駒時計店 ( 生駒ビルヂング ) ( 2021.10.30 撮影 )

この建物も水平線を強調したデザイン。窓の上下と中間部にも窓台と庇を兼ねたようなモールを設けているので、実際には鉄筋コンクリート造地下1階地上5階建ての建物ですが、立面からは階数が分かり辛いです。

建設当時は民間レベルでは類を見ない規模と、アール・デコ様式の外観と相まって街の注目を集めまたそうです。

img_1997-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

img_1991-1.jpg角地の敷地条件を最大限に生かしたデザインですが、完全なシンメトリーではないようです。

設計者 / 宗建築事務所 ( 原案:大倉三郎、実施:脇永一雄 )

建築年 / 1930年 ( 昭和5年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区平野町2-2-12

登録有形文化財  国指定1997年

pa303519-2.jpg( 2021.10.30 撮影 )

建物頂部のコーニスにはOとWを組み合わせた様な凝った意匠が施され、隅切り部のパラペットコ―ニスと共に迫上げられ、中央にはアカンサス ( ロータス or アンテミオン かも? ) のレリーフが施され、その下には施されているのは生駒時計店の「生」の字でしょうか?img_1995-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )img_1992-1.jpg

img_1998-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

水平ボーダーを貫くように、隅切部中央に縦に連続する出っ張り部には、ボーダー毎に異なるレリーフが嵌め込まれています。

img_1994-1.jpg1・2階の低層部 ( 2012.06.01 撮影 )

1・2階の開口部にボーダー状の窓枠を連続させ、1・2階を貫く大アーチに見せています。上下階中間部の庇兼窓台には、アールを付けて彫像を乗せています。img_1999-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

pa303515-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )pa303514-1.jpg鷹 or 鷲 でしょうか?

pa303517-1.jpg堺筋 ( 東 ) 側 時計台 ( 2021.10.30 撮影 )

時計店の本社ビルらしい、斬新で可愛らしいデザイです。時計下の出窓と丸窓は、振り子を表しているそうです。

                                                                                                     

  1. 2022/01/24(月) 08:00:00|
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大阪散策 - 14 旧小西家住宅 ( 旧小西儀助商店 )

堺筋 を更に2ブロック程南へ進むと、建ち並ぶ中高層のビルが途切れて青空が開ける場所が現れます。

pa303511-1.jpg大阪散策 - 14 旧小西家住宅 ( 旧小西儀助商店 ) ( 2021.10.30 撮影 )

ビルの建ち並ぶ堺筋で一際異彩を放つ表屋造りのこの建物は、1903年 ( 明治36年 ) にコニシ株式会社の社屋として建てられました。堺筋側の黒く塗られた土壁がつくり出す迫力は圧倒的です。

pa303512-1.jpg

設計者 / 不詳

建築年 / 1903年 ( 明治36年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区道修町1-6-10

国指定重要文化財 ( 2001年 平成13年 )

pa303523-1.jpg堺筋に面する一階の外壁に、連続して並ぶ面格子

pa303521-1.jpg堺筋と直交する道修町通りとの角部見上げ

pa303520-1.jpg道修町通り側の外壁は、堺筋側の黒塗りの壁とは対照的な白壁で、受けるイメージは一転します。

pa303522-1.jpg

小西家住 は戦災や震災もくぐり抜け、くすりの町道修町 の象徴として、史料館にリニューアル公開されています。

  1. 2022/01/23(日) 07:00:00|
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大阪散策 - 13 三井住友銀行大阪中央支店 ( 旧三井銀行大阪支店 )

堺筋 を挟んで 高麗橋野村ビルディング の向に古典主義建築の見本の様な、ジャイアントオーダーを持つ、堂々たるクラシカルな銀行建築が建っています。

pa303578-1.jpgpa303579-1.jpg三井住友銀行大阪中央支店  ( 2021.10.30 撮影 ) 

設計者 /  曽禰中條建築事務所

建築年 / 1936年 ( 昭和11年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区高麗橋1-8-13

img_1943-1.jpg ( 2012.06.01 撮影 )

堺筋側には4本のイオニア式ジャイアントオーダー柱が並び、中央にペディメントを冠した出入口が開きます。

img_1938-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

pa303526-1.jpg( 2021.10.30 撮影 ) 

img_1937-1.jpg ( 2012.06.01 撮影 )

img_1941-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

堺筋と直交する通りに面する南側立面は、堺筋 ( 西 ) 側の奥行きのある円柱のジャイアントオーダーと比べると彫りの浅い角柱の付柱が施されています。


  1. 2022/01/22(土) 07:00:00|
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大阪散策 - 12 高麗橋野村ビルディング

堺筋 を更に南に進むと 新井ビル側の沿道に、水平線と曲線を強調した表現主義的デザインレトロな建物が見えて来ます。

pa303529-1.jpg高麗橋野村ビルディング ( 2021.10.30 撮影 )

設計者 / 安井武雄 ( 安井建築事務所 )

建築年 / 1927年 ( 昭和2年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区高麗橋2-1-2

img_1936-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

pa303528-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

設計者の安井武雄は関西を中心に活躍した建築家で、当時としては珍しい鉄筋鉄骨コンクリート造 地上6階建ての建物でしたが、7階部分は1964に増築されました。

堺筋に面する間口に対し敷地の奥行きは極端に少ないので、見た目に反して1フロアーごとの床面積は、それ程広くないと思われます。

pa303527-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

堺筋側から見ると、巨大なビルに見えますね。pa303524-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

img_1939-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

img_1942-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

水平線を強調するように各階に一定間隔で並ぶ縦長窓間の上下の越壁を斜めに迫出させ、洋風瓦を施した外観は、両サイドの曲線壁、褐色の外壁と相まって、東洋的にも南欧風にも見える、不思議なデザインに仕上がっています。

pa303527-2.jpg( 2021.10.30 撮影 ) 

img_1944-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

三日月を乗せたオブジェも目を引きます。三日月部分は照明らしいです。

  1. 2022/01/21(金) 07:00:00|
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大阪散策 - 11 新井ビル ( 旧報徳銀行大阪支店 )

中之島から難波橋を渡り、大阪証券取引所 の前を通り堺筋を2~3分南へ向かって歩くと、小振りながら歴史様式を建物の彼方此方に散りばめたレトロな建物が見えて来ます。

img_1933-1.jpg新井ビル ( 旧報徳銀行大阪支店 ) ( 2012.06.01 撮影 ) 今回も9年前と去年の秋に撮影した画像を織り交ぜて紹介します。

pa303532-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

1階は粗い石積 (ルスティカ ) の外壁、2階以上は小口のタイルが張られています。pa303534-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

1階の中央には古典様式のトスカナ式オーダーデロス風フルーティングを混ぜてアレンジした様な化粧柱を4本並べ、銀行らしさを演出していますが、この後紹介する 三井住友銀行大阪中央支店 の様なジャイアントオーダーではないので重々しく威圧感の在るデザインではありません。img_1945-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )img_1946-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

建物の両サイドに開く出入口は、向かって左側は1・2階は店舗用 ( 元は銀行用 ) 右側は3・4階の貸事務所へ続く階段が配置されているようです。

設計者 / 河合浩蔵

建築年 / 1922年 ( 大正11年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区今橋2-1-1

国指定登録有形文化財

設計者の河合浩蔵は神戸・大阪竣を中心に活躍した建築家で旧小寺家厩舎旧三井物産神戸支店 ( 現海岸ビル )旧三井物産神戸支店 ( 現毎日新聞神戸ビル )「神戸散策」の際に紹介しています。

竣工後わずか5年、禁輸恐慌により報徳銀行は倒産し、1932年に現オーナーの先代がこのビルを買い取り、全館が貸しビルとなったそうです。

img_1934-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

建物中央頂部、パラペット立上りのレリーフもこの建物の大きな特徴です。pa303531-1.jpg (2021.10.30 撮影 )

2階~4階部の縦長窓周りのデザインも素敵です。pa303530-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )img_1935-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

9年前の画像では、建物前に大きな街路樹が写っていますが、今は無くなっているのが分かります。

  1. 2022/01/20(木) 10:57:00|
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大阪散策 - 10 難波橋、大阪証券取引所、北浜レトロビルヂング

堺筋を通り北浜~中之島~西天満 を結ぶ 難波橋。橋を守るかのように橋四の隅に ライオン像 が鎮座しています。

pa303537-1.jpg難波橋 北浜岸、向かって左側のライオン像 ( 2021.10.30 撮影 )pa303538-1.jpgimg_1926-1.jpg難波橋 向かって右側のライオン像 ( 2012.06.01 撮影 )

左側のライオンの口は「阿」、 右側は「吽」になっています。

石造のライオン像は天岡均一氏作。橋の四隅の親柱阿形吽形が各2体ずつ飾られていることから ライオン橋 とも言われているようです。

img_1922-1.jpg橋中間部の親柱img_1921-1.jpgギリシャ神殿ペディメントの様な意匠が施されています。ライオン像、親柱欄干等の装飾以外は1975年の改修工事によるものです。

設計者 / 大阪市 + 宗兵蔵 ( 意匠 )

建築年 / 1915年 ( 大正4年 )

改修年 / 1975年 ( 昭和50年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区北浜1・今橋2~北区西天満1

img_1919-1.jpg中之から見る。 ( 2012.06.01 撮影 )

img_1920-1.jpg難波橋 越しに大阪証券取引所 を見る

pa303536-1.jpg大阪証券取引所 ( 旧市場館 )   ( 2021.10.30 撮影 ) この画像のみが去年撮影したものです。青空以外は変化無しに思えましたが、9年前には無かった 大阪取引所 の文字が2021年の画像には映っています。

img_1925-1.jpg( 2012.06.01 撮影 ) 

設計者 /  長谷部竹腰建築事務所

建築年 / 1935年 ( 昭和10年 )

増改築年 / 2004年 ( 平成16年 )

所在地 / 大阪市中央区北浜1-8-16

img_1928-1.jpg( 2012.06.01 撮影 )

角地に面して放射線状に並ぶ角柱を見れば古典建築を踏襲しているのが分かりますが、角柱のオーダーだけでなく、その上の本来は上から「コ―ニス+フリーズ+アーキトレーヴ」から成るエンタブレチュアは一体化され、装飾は一切省かれています。皇居前の第一生命保険本館 ( 設計者 / 渡邊仁 ) のデザインを思わせます。img_1929-1.jpg( 2012.06.01 撮影 ) 扇状に並ぶ角柱間の縦長窓詳細。シックで繊細なデザインの面格子が設置されています。img_1930-1.jpg

土佐堀通りを少しだけ天神橋側に進むとimg_1932-1_2022011818250936e.jpg北浜レトロビルヂング ( 2012.06.01 撮影 )

設計者 / 不詳

建築年 / 1912年 ( 明治45年 )

所在地 / 大阪府大阪市中央区北浜1-1-26

img_1931-1_202201181825232cb.jpg金の夜間のオブジェ兼看板が可愛いです。伝統的な英国風ティールームをイメージしたと言うカフェらしいです。

今回はこちの建物の前は通らずに、堺筋を南に向かったので、9年前の画像のみです。ストリートュ―で現存していることは確認しました。

  1. 2022/01/18(火) 19:01:00|
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大阪散策 - 9 日本銀行大阪支店 ( 旧館 )

中之島には色々な新旧様々な名建築が存在しますが、旧の方では既に紹介した 大阪市中央公会堂 ・ 大阪府立中之島図書館 と並んで、この 日本銀行大阪支店 ( 旧館 ) が、間違いなくビックスリーだと思います。pa303573-1.jpg日本銀行大阪支店 ( 旧館 )

堂島川土佐堀川の中間地点、御堂筋に面した 大阪市役所 の向に建つ、クラシカルで堂々たデザイン。新古典主義のネオルネサンス様式の建物で、ベルギーの国立銀行をモデルにデザインされたそうです。pa303569-1.jpg

設計者 / 辰野金吾

建築年 / 1903年 ( 明治36年 )

復元・改修 / 1982年 ( 昭和57年 )

所在地 / 大阪市大阪府北区中之島2丁目1-45

pa303570-1.jpg御堂筋側のファサード ( 中央のエントランスポーチ・ペディメント・ドーム + 両サイドのペディメント ) は、大阪の中心地であるこの地域のランドマークにもなっていると思われます。

pa303574-1.jpg

以下の画像は2012年に撮影したものです。2021年10月に撮影した画像に写っている後方のビル ( 新ダイビル ) は、2012年当時には、まだ建てられていなかったようです。

img_1875-1.jpg淀屋橋

淀屋橋を通って土佐川を渡り御堂筋土佐堀通りの交差点辺りから撮影。

設計者 / 大谷龍雄 + 大阪市

建築年 / 1935年 ( 昭和10年 )

所在地 / 大阪府大阪市北区中之島1丁目~北浜3丁目

大阪市指定文化財

img_1876-1.jpg

IMG_1874-1.jpg 淀屋橋 越しに見えるのは、御堂を挟んで 日本銀行大阪支店 と向かい合って建つ 大阪市役所

以下の画像は再び  日本銀行大阪支店img_1882-1.jpgimg_1880-1.jpgimg_1878-1.jpgimg_1879-1.jpgエントランスポーチの屋根を支えるイオニア式オーダーが施された柱は、角部は角柱で他は円柱です。バロック的な雰囲気を感じさせます。

 img_1877-1.jpg両サイドのペディメント1階部に施されているのは円柱です。

img_1872-1_20220110113153e74.jpg土佐堀川対岸の土佐堀川通り歩道から見た南側外観。

堂島川 ( 北 ) 側の外観も南側と同じデザインなので、御堂筋側のエントランスを中心に、南北にシンメトリーなデザインの様です。

img_1871-1_202201101132314ed.jpg1982年 ( 昭和57年 ) に建物の老朽化と地盤沈下に対応するための改修工事が、建設当時のクラシカルな無雰囲気を残しつつ行われており、建設当時の外壁は、煉瓦壁に花崗岩を積んだものでしたが、現在は煉瓦を除去し、RC壁に改修されています。

  1. 2022/01/10(月) 10:46:00|
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大阪散策 - 8 大阪府立中之島図書館

中之島中央公会堂と背中合わせに隣り合って建つのがpa303554-1.jpg大阪府立中之島図書館 ( 2021.10.30 )

ギリシャ神殿の様な正面西側立面と中央階段ホール上のドームが外観の特徴です。

プログにアップする機会の無かった、2012年6月1日に撮影した画像も織り交ぜて紹介します。img_1898-1.jpg( 2012.6.1)

img_1886-1.jpg( 2012.6.1)

pa303555-1.jpg( 2021.10.30 )

設計者 / 野口孫市

建築年 / 1904年 ( 明治37年 )

所在地 / 大阪府大阪市北区中之島1丁目2-10

国指定重要文化財img_1885-1.jpg( 2012.6.1)

img_1887-1.jpg( 2012.6.1)

pa303557-1.jpg( 2021.10.30 )

正面のペディメントを支える4本の柱にはコリント式オーダーが施さています。正面の出入口は出口専用になっているので、右下の半地下の出入口から入館し、階段かエレベーターで1階に上がると、この建物の最大の見所である優雅なエントランスホールを見ることが出来ます。img_1891-1.jpg( 2012.6.1)

img_1892-1.jpg( 2012.6.1)

img_1895-1.jpg( 2012.6.1)

pa303558-1.jpg( 2021.10.30 )

1904年に野村孫市の設計により ネオ・バロック様式 で建てられ、1922年に日高絆の設計で両翼が増築され、その際に建物中央の階段ホールのドーム天井に天窓が設けられました。

その後は大阪大空襲などの戦災も免れ、幾度かの書庫の増築を経て現在に至っています。

1974年には、本館と両翼が共に重要文化財に指定されました。

新古典主義パラディオニズムの好例とも言われています。

pa303560-1.jpg( 2021.10.30 )

pa303559-1.jpg( 2021.10.30 )

img_1889-1.jpg( 2012.6.1)

pa303563-1.jpg( 2021.10.30 )

pa303564-1.jpg( 2021.10.30 ) 

img_1890-1.jpg( 2012.6.1)

曲線を基調とし左右対称の優美で豪華なデザイン。これ程美しい階段ホールを持つ図書館が他にあるでしょうか?img_1893-1.jpg( 2012.6.1)

img_1894-1.jpg( 2012.6.1)

pa303561-1.jpg( 2021.10.30 )

img_1896-1.jpg( 2012.6.1)

pa303559-2.jpg( 2021.10.30 )

優美なデザインが際立つ階段親柱img_1897-1.jpg( 2012.6.1)

pa303568-1.jpg( 2021.10.30 )

ホール周りの二階廊下を支える柱の柱頭にはイオニア式オーダーが施されています。

pa303556-1.jpg( 2021.10.30 )

pa303575-1.jpg( 2021.10.30 )

img_1899-1.jpg( 2012.6.1)

  1. 2021/12/30(木) 17:41:00|
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大阪散策 - 7 大阪市中央公会堂

名建築が多く建つ中之島の中でも、一際目を引く建物がこの 大阪市中央公会堂 でしょう。

pa293373-1.jpg( 2021.10.29 撮影 ) 先ずは夜景からpa303547-1.jpg( 2021.10.30 撮影 ) 翌日の午前中に撮影

img_1909-1.jpg(2012.06.01 撮影) いい機会なので、9年前に撮影した未公開画像も紹介します。

pa293375-1.jpg( 2021.10.29 撮影 )  

pa303548-1.jpg( 2021.10.30 撮影 ) 昼と夜の両方に来られたのはラッキーでした

img_1918-1.jpg(2012.06.01 撮影)  

img_1910-1.jpg(2012.06.01 撮影)  

img_1911-1.jpg(2012.06.01 撮影)

img_1912-1.jpg(2012.06.01 撮影) 

img_1913-1.jpg(2012.06.01 撮影) 

pa303546-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )   

img_1906-1.jpg(2012.06.01 撮影)  

img_1916-1.jpg(2012.06.01 撮影)  

img_1904-3.jpg(2012.06.01 撮影)

通称:中之島公会堂として親しまれている 大阪市中央公会堂 は1918年 ( 大正7年 ) に、設計コンペにより選ばれた 岡田信一郎 の設計原案を 辰野金吾・片岡安 が実施設計を行って完成しました。

岡田信一郎 は丸の内の 明治生命館 の設計者。辰野金吾 は明治建築界の重鎮であり、東京駅舎 の設計者です。

地下1階地上3階建て鉄骨煉瓦造。デザインは バロック的な要素を併せ持つ、ネオ・ルネッサンス様式を基調としています。

設計者 / 岡田信一郎 ( 原案 ) + 辰野片岡建築事務所 ( 顧問・実施 )

建築年 / 1918年 ( 大正7年 )

所在地 / 大阪府大阪市北区中之島1-1-27

国指定重要文化財

pa293394-1.jpg( 2021.10.29 撮影 ) 昼間と夜景ではかなり雰囲気が変わります。

pa303552-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )  

img_1903-1.jpg(2012.06.01 撮影)   

pa293392-1.jpg( 2021.10.29 撮影 ) とてもいい雰囲気だったので、もう少し暖かければ、水割りでも楽しみたいところです。pa293396-1.jpg( 2021.10.29 撮影 )  

pa303549-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )   

pa303550-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )  

img_1901-1.jpg(2012.06.01 撮影)  

img_1902-1.jpg(2012.06.01 撮影)

pa293393-1.jpg( 2021.10.29 撮影 )  

pa303551-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )

pa303553-1.jpg( 2021.10.30 撮影 )   

img_1900-1.jpg(2012.06.01 撮影)

正面のデザインとの大きな違いは、中央に大アーチが無い事だけなのですが、正面とは受ける印象は全く異なります。

警備員の人に尋ねたところ、ホールは貸しホールとして使用されているので、ホールの利用者以外の立ち入りは出来ませんが、レストランの在る地下の一部だけがは、通行可能なエリアがあるとの事でしたので、少しだけ見学させもらいました。pa293388-1.jpgpa293391-1.jpgpa293383-1.jpgpa293384-1.jpgpa293386-1.jpgpa293387-1.jpgpa293385-1.jpgコンクリートの構造体に煉瓦が貼られているのが分かるようになっています。

pa293377-1.jpg右側に見える木柱の様に見えるものは、創建時に基礎下に打ち込まれた木杭です。pa293379-1.jpg階段手摺の親柱pa293381-1.jpgpa293380-1.jpg腰壁に貼られた大理石も美しいpa293382-1.jpgpa293389-1.jpgpa293390-1.jpg残念ながら見学可能なエリアは階段と廊下だけでしたので、見どころはこんなものでしょうか。

  1. 2021/12/27(月) 11:37:00|
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大阪散策 - Ⅵ 中之島① こどもの森 中之島

住吉大社 を見学した後、通天閣 を横目に 新世界辺りを散策しようかとも考えていましたが、まだ陽があるうちに 浪速組本社ビル が見られるかも知れないと考え、通天閣 は南海本線の車窓から眺めるだけで我慢することにして、そのまま南海本線で難波まで行き、心斎橋を早足で目当ての建物に向いました。地念入りな下調べが功を奏し、道に迷う事はありませんでしたが、辿り着いた時には日が暮れていて、夜景の撮影になってしまいました。( 大阪散策-Ⅰで紹介済み )

15010439724649-2.jpgIMG_4028.jpg 

img_4027-1.jpgimg_4029-1.jpgimg_4030-1.jpg

IMG_4032.jpgIMG_4031.jpg    

道頓堀近くで串揚げとお好み焼きを食べて、予約してあった北浜駅近くのホテルへ向かいます。チェックインを済ませた後、歩いて数分の夜の中之島へ行ってみました。

pa293397-1.jpg難波橋から土佐堀川 ( 栴檀木橋方向 ) の 梅田ビル群 を見る

堺筋を通り、難波橋で土佐堀川を渡り中之島

pa293371-1.jpgこども本の森 中之島

コロナ禍の去年の夏に竣工した、安藤忠雄氏が設計した子供の為の図書館です。

設計者 / 安藤忠雄建築研究所

建築年 / 2020年

所在地 / 大阪府大阪市北区中之島1-1-28

pa303542-1.jpg翌日に訪れた時の画像

pa303543-1.jpgエントランス前に置かれた青リンゴのオブジェpa303544-1.jpg壁面に飾られた中之島の模型

予約が必要なので、内部の見学は出来ませんでしたが、同じく安藤忠雄氏設計の 司馬遼太郎記念館 の本の展示方法や表参道ヒルズのスロープを彷彿とさせるデザインになっているようです。

  1. 2021/12/24(金) 12:20:00|
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大阪散策 - Ⅴ 住吉大社③

住吉大社 の中心に位置する4棟の本宮の建つエリアの一番奥に配置されているのが、この 第一本宮pa293346-1.jpg その 第一本宮 を中心に、右 ( 南 ) 側にはpa293345-1.jpg瑞籬門

左 ( 北 ) 側にはpa293347-1.jpg瑞籬門 が在ります。

配置は左右対称、デザインも同じで朱塗りの柱梁に銅板葺きの屋根を載せた、風格を感じさせる門塀です。

このエリアの北側には 北西の角に建つ ( 幸壽門 の向かって左手 ) 幸禄門から 祈祷殿 ( 御守授与所 ) 神楽殿 矛の御所 祓殿 北瑞籬門 が配置されています。幸禄門幸禄門 祈祷殿 ( 御守授与所 ) 矛の御所

矛の御所 矛の御所

祓殿神楽殿 祓殿

pa293354-1.jpg祓殿

南側には南西の角に建つ ( 幸壽門 の向かって右手 ) 幸福門 から 楯の御所 侍者社 瑞籬門 が配置されています。

幸福門を入って直ぐ左に翡翠で作られた 住吉神兎 置かれています。pa293337-1.jpg住吉神兎

手水舎の所でも触れましたが、住吉大社 が鎮座したが 幸卯の年 (211年) の 卯月 の 卯日 であったことから、ウサギ 住吉大社 の 神使 (しんし) とされています。楯の御所楯の御所

侍者社侍者社 ( おもと社 )

夫婦円満 や 縁結び を祈願する人々が訪れているそうです。

幸福門 を潜りこの中心部のエリアを後にします。幸福門龍社( たつしゃ )、灯篭の並ぶ道、幸福門

境内の南東に当たるこのエリアには 摂社 船玉神社 末社市戎大国社 が在ります。pa293358-1.jpg船玉神社

上で紹介した 矛の御所 楯の御所 に大きさやデザインが近いです。船玉神社 船玉神 をお祀りする神社であり、御祭神は 天鳥船命 ( あめのとりふねのみこと ) 猿田彦神

住吉の荒魂 とも言われ、海外渡航の前に参拝する人も多いそうです。

pa293359-1.jpg市戎大国社

御祭神 えびすさんだいこくさん住吉の戎神 として親しまれているそうです。pa293360-1.jpg五月殿

pa293363-1.jpgこのエリアには灯篭が沢山並んでいます。pa293365-1.jpgpa293364-1.jpgひと廻り大きい灯篭もpa293362-1_20211215172830f2e.jpgこのエリアからは 反橋 がひと際美しく見えます。

15010433606807-1_202112151728447aa.jpg絵心があれば、山水画風の絵を描きたいところです。

中央の参道には戻らず、南脇参道から境内を出ます。pa293292-1.jpg南脇参道角鳥居pa293291-1.jpg

pa293290-1.jpg南駐車場入り口脇に在る巨大な灯篭

沢山の石灯籠も 住吉大社 の見どころの一つだと思います。

  1. 2021/12/15(水) 17:00:00|
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大阪散策 - Ⅳ 住吉大社②

兎の手水舎 の所まで戻り、正面の階段を見上げます。pa293313-1.jpg階段を上り、石の角柱で造られた 角鳥居 と、その後ろの 幸壽門 の下を潜って 第一、第二、第三、第四本宮 の在るエリアへ向かいます。四角柱の鳥居は大変珍しい古い様式で、4つ在る本殿と拝殿の間に在る、木造朱塗りの鳥居が原形となっているそうです。

幸壽門 を潜り、先ず正面に在るのはpa293336-1.jpg第三本宮pa293326-1.jpgPA293327-1.jpg

pa293338-1.jpg第三本宮 の右隣には全く同じデザインに見える 第四本宮 が在ります。pa293339-1.jpg向かって左が 第三本宮、右が 第四本宮

第三本宮、 第四本宮 ツインになっているところが住吉大社の大きな特徴です。pa293321-1.jpgpa293357-1.jpg4棟の本殿は1810年 ( 文化7年 ) に建てられた物で、住吉造 と称し神社建築史上最古の様式 の一つと言われ、国宝建造物に指定されています

屋根は桧皮葺妻入式切妻造室内は外陣と内陣の前後二間に分かれ、回廊は有りません。柱は朱(丹)塗壁は胡粉塗と言う牡蠣などの貝殻を磨り潰した塗料が塗られています朱と白と黒を中心に彩られ、金の金具がその華やかさをいっそう際立たせています。

なお平面構成は天皇の大嘗祭(だいじょうさい)で造営される大嘗宮という神殿と類似した構造をしているとも言われています。

pa293320-1.jpg 第四本宮

第四本宮 だけ 反橋⇒幸壽門⇒第三本宮⇒第二本宮⇒第一本宮

と一直線上に並ぶ軸線とは外れた位置に配置されています。PA293330-1.jpg第三本宮 第四本宮 の間を進みます。pa293322-1.jpgpa293323-1.jpgpa293325-1.jpgpa293324-1.jpg第三宮 本殿 越しに 第三宮 の真後ろに建つ 第二宮 を見る

pa293324-2.jpgpa293353-1.jpg第三本宮 第四本宮  本殿 を斜め後ろから見る。

切妻屋根に載った重なり見える、千木鰹木 が美しい。

pa293340-1.jpgpa293343-1.jpgpa293344-1.jpgpa293341-1.jpg

pa293355-1.jpg第二本宮

第二本宮 第三本宮 の真後ろに在り、造りは第三・第四本宮 と同じに見えます。pa293342-1.jpgpa293328-1.jpg

 

pa293350-1.jpg第一本宮

第一本宮 第二本宮 真後ろに在り、基本的な造りは 二・三・四本宮 同じに見えますが、拝殿の間口はやや幅広です。

pa293346-1.jpg

 

見取り図住吉大社公式H.Pの境内案内図

グーグルマップの航空写真を見ると

四棟の本宮の配置は、角鳥居・幸壽門・第三本宮・第二本宮・第一本宮

一直線に並び、第四本宮だけが軸を外れた位置に配置されているのが分かります。

   航空写真-1

           第一本宮

              ⇑

           第二本宮

              ⇑ 

           第三本宮  第四本宮

              ⇑

             幸壽門

             ⇑

            角鳥居

             ⇑

              反橋          


  1. 2021/12/04(土) 18:54:00|
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大阪散策 - Ⅲ 住吉大社①

大阪訪問の一日目、午後2時過ぎに家内の実家の用事を済ませ、南海本線を途中下車し住吉大社へ行って来ました。

15010435394285-1.jpg西大鳥居前の紀州街道から見る15010431197721-1.jpg住吉大社を訪れたのは、今回で4回目になりますが、いつも駆け足の参拝で、じっくり境内を歩いたことはありません。今回も充分に時間はとれませんが、それでも今までよりは多少はゆっくり出来ました。pa293289-1.jpg紀州街道沿いには沢山の石灯篭が並んでいます。pa293293-1.jpgpa293296-1.jpg西大鳥居

西大鳥居の先に見えるのが有名な反橋です。

pa293298-1.jpg西大鳥居を潜り、反橋までの参道で、最初に目にする建築物。pa293297-1.jpgpa293302-1.jpg反橋

神池に架けられた神橋と言うのが正式名称で、住吉大社の象徴であり太鼓橋とも呼ばれています。

pa293299-1.jpg池の水面に映り込む朱色が絵になります。長さ約20m高さ約3.6m幅約5.5mで最大傾斜は約48度

その急勾配故の渡り難さから「反橋を渡るだけもおはらいになる」と言われているそうです。

pa293303-1.jpg勾配が急なので、上るのは意外に大変ですtが、下りるのは怖いくらいです。川端康成は小説「反橋」の中で「反橋は上るよりもおりる方がこわいものです」と記しているとか?

pa293300-1.jpg反橋の袂を守る狛犬

pa293301-1.jpgpa293304-1.jpg反橋は渡よりも、遠くから眺めた方が絵になります。pa293315-1.jpg

pa293308-1.jpg反橋を渡ると、右手に御神木と思われる古木がありpa293309-1.jpg

左手には兎の手水舎が在ります。pa293312-1.jpg兎の手水舎pa293311-1.jpg

良く龍の口から水が出る手水舎は見掛けますが、兎の手水舎は初めて見ました。pa293310-1.jpg功皇后住吉大神を祀って住吉大社を建てたのが「辛卯の年 ( 西暦211年 )」と言われており、更に神功皇后を御祭神として祀った日が、「卯歳」の「卯月」の「卯日」であったことから、兎と縁が深いと言う事らしいです。

本殿に向かう鳥居の在る階段を上がる前に、左に曲がるとpa293332-1.jpgpa293335-1.jpg誕生石

源頼朝の寵愛を受けた丹後局 ( たんごのつぼね ) が後の島津忠久を、この場所で出産したと伝えられています。

pa293333-1.jpg

pa293331-1.jpg

ここにも霊験あらたか感みなぎるご神木が在ります。


  1. 2021/11/23(火) 17:07:00|
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大阪散策 - Ⅱ 太陽の塔

今回の大阪訪問は、妻の実家の用事によるものでしたが、以前から次に大阪に行く機会があれば、是非 太陽の塔 を見学したいと思っており、日帰りも可能なところ、あえて一泊して1970年の大阪万博以来、51年振りに 太陽の塔 からあふれ出るようなパワーを全身に浴びて来ました。

宿泊していた堺筋線の北浜駅近くのホテルを昼前にチェックアウトして、堺筋線~阪急千里線~大阪モノレールを乗り継いで、太陽の塔 が在る 万博記念公園 へ向かいます。

15010458456158.jpg山田駅から万博記念公園駅まで一駅だけモノレールに乗ると、車窓から並行して走る大阪環状線越しに、50年振りの 太陽の塔 が見えて来ます。15010459531639-1.jpg太陽の塔

意匠設計者 / 岡本太郎

構造設計者 / 坪井善勝他

建築年 / 1970年

所在地 / 大阪府吹田市千里 万博記念公園内

構造は鉄骨鉄筋コンクリート構造鋼管シェル構造

高さは70mあり、言わずと知れた1970年に開催された 大阪万国博覧会のメイン会場 お祭り広場 の中心に、丹下健三氏が設計した大屋根 スペースフレーム の屋根を貫いて建てられた、まさに大阪万博の象徴その物だったのです。

航空写真-1手持ちの資料から航空写真-2お祭り広場 を拡大します。

15010461633694-1.jpg万博開催時にはあったスペースフレームが無いからでしょうか? 子供の頃の印象よりも大きく感じます。pa303584-2.jpg黄金の顔 ( 第一の顔 )

鳥の顔の様にも、仮面の様にも見えます。

万博当時は、黄金の顔の目にはサーチライトのように光を放つキセノン投光器が取り付けられ、万博開催中は特別許可を得て点灯していました。夜景未来を表す黄金の顔は、直径10.6m。投光器が取り付けられた目の直径は2mもあるそうです。黄金の顔は軽量化の為にガラス繊維強化プラスチックで造られています。

pa303584-3.jpg太陽の顔 ( 第二の顔 )

現在を表す太陽の顔は直径約12m。塔全体を人体に例えるなら、正面の胸部 ( 左右に広げた腕の付根 ) 辺り。この顔は第一・第三の顔と違い、人の顔の様に見えます。

pa303586-1.jpgpa303588-1.jpg

pa303589-1.jpgpa303590-1.jpg赤い稲妻模様と黒い太陽のコロナ部分は硝子モザイク製黒い太陽の顔の部分は信楽焼の陶器製です。pa303594-1.jpg黒い太陽 ( 第三の顔 )

背面に描かれた黒い太陽は、過去を表し直径は約8mです。pa303593-1.jpg塔の高さ約70メートル、基底部の直径約20メートル、腕の長さ約25メートル。

造船技術を用いた鉄骨鉄筋コンクリート構造で造られています。

pa303615-1.jpgさあいよいよ内部の見学です。スロープを下った地下から中に入ります。

内部の見学には予約が必要です。空いている日時なら、当日でも予約出来そうですが、今後は人出も増えそうなので、事前予約をお勧めします。

岡本太郎のスケッチpa303596-1.jpgpa303597-1.jpgpa303598-1.jpgスケッチに記された日付が興味深い。2ヶ月掛かって大分最終形に近付いている事が分かります。

pa303599-1.jpgpa303600-1.jpg地底の太陽 ( 太古の太陽 ) ( 第四の顔 )pa303601-1.jpg直径3m、全長11mの第四の顔は大阪万博終了後に行方不明となり、海洋堂の協力を得て、写真や関係者からの聞き込みを基に復元したものです。pa303603-1.jpgpa303602-1.jpg

いよいよ、ここからが 生命の樹pa303604-1.jpg生命の樹15010465308722.jpg

pa303613-1.jpg高さ45mの生命の樹は、生命を支えるエネルギーの象徴であり、未来に向かって伸びてゆく生命の力強さを表現しています。

下部からアメーバーの様な単細胞生物に始まり、上部に行くに従って「原生類時代」「三葉虫時代」「魚類時代」「両生類時代」「爬虫類時代」哺乳類時代」へと進化する生物の過程を模型で表現しています。

大阪万博当時の生命の樹には、292体の模型が取り付けられていたそうですが、大多数の模型は散逸してしまい、153体は新規に作成、29体は修復して、現在展示されているのは183体です。

当時はエスカレーターに乗って見学出来ましたが、軽量化の為にエスカレーターは取り外され、階段を利用しての見学に変わっています。耐震性を向上させる為に、壁厚も内側に200mm厚くしているそうです。pa303606-1.jpgpa303610-1.jpgpa303611-1.jpg

pa303608-1.jpgpa303609-1.jpg写真撮影は最下階ノミOKで、階段の途中や上階からは禁止なので、同じような写真ばかりになってしまいました。pa303612-1.jpg


pa303616-1.jpgお祭り広場のスペースフレームの一部pa303595-1.jpg15010460592593-1.jpg記念写真も忘れずに

地図大阪万博当時の見取り図スタンプ大阪万博の記念スタンプ

pa303582-1.jpg現在の万博記念公園の見取り図pa303614-1_20211105180247000.jpg現在のロゴ

IMG_3595_202111051804080aa.jpg今回お土産に買ったTシャツ

太陽の塔のフィギアは、10年程前に東京で購入した海洋堂製の物。

右側の縦帯中の「お勧めショッピング」から購入出来ます。⇒ ⇒ ⇒

太陽の塔の見学は今回の大阪散策の最終目的地でしたので、この後は万博公園内のコスモス畑等を見学して、モノレール~私鉄~地下鉄を乗り継いで新大阪駅に向かいました。初日に訪れた住吉大社や二日目の午前中に散策した大阪城・中之島・淀屋橋近辺の建物は、紹介が前後しますが、2012年に大阪に来た時に撮影した未公開の画像も含め、この後引き続き紹介して行きます。

  1. 2021/11/05(金) 18:05:00|
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大阪散策 -Ⅰ 村野藤吾氏設計の建物 「梅田換気塔」「大阪歌舞伎座」「浪速組本社ビル」

今回の大阪行きは、建物探訪が目的ではなく、観光でも仕事でもない私用による大阪行きです。かと言って折角の大阪行きなので、通り道近辺だけにはなりますが大阪の名建築やレトロな建物を見ずに帰る訳には行きません。朝早く のぞみ で東京を出発し、昼前には新大阪に到着。難波から南海本線に乗る為に先ずは梅田へ。難波へ行くにはJR環状線を利用する手もありますが、梅田で地下鉄御堂筋線に乗り換えるのが最短です。梅田での乗り換えを利用して、ちょっとだけ寄り道です。

15010427531406-1.jpg梅田換気塔

設計者 / 村野・森建築事務所(村野藤吾)

建築年 / 1963年 

所在地 / 大阪市北区曾根崎2丁目

大阪市地下街ホワイティ梅田の為に建てられた換気施設で、大阪駅前のランドマーク的なオブジェと言う事です。学生時代から村野ファンだったので、分厚い品集を2冊所有していますが、そのどちらにも載ってい建物なので、今回の大阪訪問の前に、大阪を中心に活躍した村野氏の建物で、見学出来る物はないかと検索して、たまたま見付けることが出来たのです。15010428644157-1.jpgシルバーメタリックな外装と、村野さんのデザインらしい地面から這い出た様な自由曲線を駆使した近未来的なデザインは、東京オリンピックの前年で、高度成長期真下に大阪の中心地梅田のランドマークとして、相応しくも驚きをもって受け入れられたのではないかと思われます。pa293254-1.jpg今では超高層ビルの足元に生える、キノコの様に見えなくもありませんが、宇宙的で未来的な印象は今でも健在です。

南海本線沿線での私用を済ませ、帰り道で住吉大社にも立ち寄りましたが、そちらの紹介は次回に回すとして、難波駅近くの大阪新歌舞伎座跡地へ。15010440821297-1.jpgホテルロイヤルクラシック大阪

設計者 / 隈研吾

建築年 / 2019年

所在地 / 大阪市中央区難波4丁目

1958年に 村野藤吾 氏の設計で建てられた 大阪新歌舞伎座 は2015年に解体され、2019年に旧建物の意匠を継承した レプリカ・ファサード保存 ととでも言えば良いのでしょうか? 結婚式場とホテルの複合施設に生まれ変わりました。

以下の画像は解体直前の2012年に大阪に来た時に撮影した 大阪新歌舞伎座 の画像です。img_2032-1.jpg大阪新歌舞伎座

設計者 / 村野・森建築事務所(村野藤吾)

建築年 / 1958年

所在地 / 大阪市中央区難波4丁目

ご覧様に一目見ただけで歌舞伎座と分かる目を引くデザイン。img_2034-1.jpgimg_2036-1.jpgしかし以前には連続唐破風のデザインは前例がなく、斬新なものだったそうです。内装の華やかデザインも合せて村野氏の真骨頂と言ってもよいデザインの建物です。

難波から戎橋商店街を歩き、道頓堀川を渡りって10分ほどのバーやスナックが建ち並ぶ裏道に、もう一棟の初めて見る村野藤吾氏設計の建物が在るのです。

15010445011427.jpg浪花組本社ビル

設計者 / 村野・森建築事務所(村野藤吾)

建築年 / 1964年

所在地 / 大阪市中央区東心斎橋2丁目

pa293366-1.jpgこの建物も今回の大阪訪問の直前に、検索して知りました。この建物も私の所有している写真集には年表にさえ記載がありません。浪花組とは1922年創業の左官業社です。浪花組は村野建築の左官工事に多く関わっていますが、クライアントでもありました。社長の中川氏は数寄屋造の自邸、経営に関わっていた心斎橋プランタン、各地の本支店など、生涯に8つの建物を村野氏に依頼したそうです。

pa293369-1.jpg何とも特徴的なファサードデザインの建物です。pa293368-1.jpgpa293370-1.jpgこの建物も宇宙的なデザイン?

  1. 2021/11/03(水) 09:22:00|
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新国立競技場

昨日、千駄ヶ谷の新国立競技場に、ラクビー大学選手権決勝戦 早稲田大学 vs 天理大学 を観戦して来ました。

昨年の10月に、JR千駄ヶ谷駅から東京メトロ 外苑前駅 迄散策した際に、外観だけは見学したことはありましたが、コロナさえ無ければ、東京オリンピックが終了して2ヶ月も過ぎている時期にも関わらず、何故か新国立競技場の周りの仮囲いは撤去される事は無く、まるで工事中の様な状態でした。

p1012515-1.jpg天気が悪かったせいもあり、デザイン上の売り物である木や植栽の緑の見栄えは今一です。法隆寺五重塔をモチーフにしたデザインだと聞いた覚えがありますが、この部分の外観は確かに5層に見えますが、五重塔には見えないですね。p1012516-1_20210112122901955.jpg仮囲いを撤去しないのは、今年のオリンピック開催を見越してのテロ対策課か何かなのでしょうか?

p1012518-1_202101121229184c6.jpgスノコ状に軒天に取り付けられた木材は、想像していたよりも小さな断面の部材の様で、残念ながら取って付けた感は否めません。p1012519-1.jpg塗装の為に木の部分が少し灰色がかっているように見えます。完成直後にも関わらず、木部の色の変色が始まっている訳では無いようです。p1012520-1.jpgテレビで良く見る五輪のオブジェは競技場の南側、ジャパンスポーツオリンピックスクエアの前の広場に在りました。p1012521-1.jpg五輪のオブジェの他にも、この広場にはp1012523-1.jpg近代オリンピックの創始者 ピエール・ド・クーペルタンp1012526-1.jpg第18回 1964年 東京オリンピック競技大会  聖火台p1012527-1.jpg第11回 1972年 札幌オリンピック競技大会  聖火台p1012528-1.jpg18回 1998年 長野オリンピック競技大会  聖火台p1012524-1.jpg

ここからは昨日 2021年1月11日の大学ラクビー選手権決勝戦の新国立競技場の風景です。

p1112760-1.jpgスタンドは3層式。座席は3階席だったので、ラクビーを観戦するには少し遠目になりますが、スタジアムを見るには特等席かも知れません。p1112768-1.jpgフィールドを囲むスタジアムは地下2階・地上5階建て。広さは約350m×約260mです。p1112757-1.jpgカラマツと杉の木材が屋根トラスの下弦材の鉄骨を被覆するように取り付けられ、ラチス材の下側にも取り付けられています。p1112761-1.jpg鉄骨のジョイント部分は露出されているので、やはり取って付けた感は否めません。コストを抑える為にほぼ同断面の部材を使用したそうですが、先端部が重々しくなってしまい、構造的な安定感や構造美が損なわれてしまっている気もします。p1112759-1.jpg昨日の決勝戦は最大60,000人収容可能なスタジアムですが、コロナの影響で昨日の観客数は17,000人でした。スタンドの空席が目立たないのは、木漏れ日をイメージしたアースカラーをモザイク状にマバラに配置しているからです。p1112759-2.jpgアップにすると、このエリアは9割程が空席な事が分かります。

p1112763-1.jpg芝生の緑も綺麗に整備されています。p1112762-1.jpgハーフタイムには、一昨年のラクビーワールドカップのマスコットも登場しました。p1112764-1.jpg結果は天理大学の圧勝でしたが、楽しく観戦させてもらいました。p1112765-1.jpgp1112766-1.jpg

p1112769-1.jpgスノコ状の木材の裏側には、鳥が侵入するのを防ぐ為でしょうか? ネットが張られているようです。p1112771-1.jpgp1112772-1.jpg

未だに工事用の仮囲いや仮設用のプレファブ事務所が置かれたままです。p1112773-1.jpgp1112774-1.jpgp1112775-1.jpg


設計者 / 隈研吾

建築年 / 2019年

所在地 / 東京都新宿区霞ヶ丘町10-1



  1. 2021/01/12(火) 12:58:00|
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目黒区役所 ( 旧千代田生命保険本社 )

久し振りに目黒区役所に法令現調へ行って来ました。

目黒区役所は1966年に故村野藤吾氏が、千代田生命保険本社ビルとして設計したもの。

2000年に千代田生命は経営破綻しますが、2003年からは目黒区役所として利用されています。

1601626244842.jpg

今回はこの後の予定がありましたので、久し振りの訪問を楽しむことは出来ませんでしたが、何時の間にか庁舎機能を移転してしまった同じ村野藤吾氏が設計した横浜市役所の例もあるので、近いうちにまたやって来たいと思います。

以前の記事は ⇒ 《 こちら


  1. 2020/10/02(金) 17:44:58|
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日本大通り辺り散策-Ⅱ

公私ともに何かと忙しく、またも更新に時間が空いてしまいました。

今日、先ず紹介するのは

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三井物産横浜ビル

レトロなビルではありますが、古い建物の多く建つ横浜では、それ程目立つデザインの建物ではありませんが、近代日本建築史においては大変重要な位置付けの建物なのです。

三井物産横浜ビル1911年に遠藤於菟の設計により日本初の本格的鉄筋コンクリ-ト造のオフィスビルとして建てられ、現在も現役のオフィスとして使用されています。

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設計者 / 遠藤於菟、酒井祐之助

建築年 / 1911年 ( 明治44年 )

所在地 / 神奈川県横浜市中区日本大通14

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一見普通の建物にも見えますが、ア-ルをとった建物角のコ-ニスや柱型の柱頭部の装飾には、ア-ルヌ-ボ-ゼセッション様式が取り入れられています。

構造とデザインのみならず、機能面においても現代オフィスビル建築の模範ともなっているそうです。

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次に紹介するのは

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ラ・バンク・ド・ロア ( 元警友病院別館・旧露亜銀行横浜支店 )

2006年にこの辺りを散策中に、この建物を偶然見つけた時には廃墟のような状態でしたが、2010年から外壁改修と耐震改修を行った後、2011年に結婚式場のラ・バンク・ド・ロアとして使用されています。img_5777-1.jpg

設計者 / バ-ナ-ド・マイケル・ウォ-ド

建築年 / 1911年 ( 大正10年 )

所在地 /  神奈川県横浜市中区山下町51-2

横浜市指定文化財

この建物は1921年に露亜銀行横浜支店として建設されますが、露亜銀行が1926年に日本から撤退した為、事務所やドイツ領事館、横浜入国管理事務所等として使用され、警友病院別館となった後、1996年からは使用されずに廃墟のようになっていたのです。

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小ぶりな建物ではありますが、彫りの深いイオニア式のオーダー柱やペディメントがバランス良く施された、バロック様式の優れたデザインの立面です。

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狭い路地に面する立面にも、通りと同じ意匠が施されています。

img_5772-1.jpg


img_5773-1.jpg

見えない裏側に迄、全く手を抜いていないことには感心します。

以前の記事は ⇒ 〈 こちら 〉

  1. 2020/03/17(火) 19:09:00|
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日本大通り辺り散策-Ⅰ

今日は書類を受け取りに、神奈川県庁に行って来ました。

平日とは言え、コロナウイルスの影響か、横浜観光を楽しむ外国人の姿も少ないような気がします。

時間に余裕があれば、午前中から出掛けたいところでしたが、残念ながら事務所を出たのが2時を回っていたので、散策は日本大通り付近だけになりました。

先ずは

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横浜市開港記念館 ( 横浜ジャック )

みなとみらい線の日本大通り駅から出ると目の前に優雅な姿を見ることが出来ます。

設計者 / 佐藤四郎、山田七五郎、福田重義 ( コンペ案 )

建築年 / 1917年 ( 大正6年 )

所在地 / 神奈川県横浜市中区本町1-6

横浜開港50周年記念事業のコンぺの福田重義当選案を山田七五郎らが実施設計を行ったものです。

外壁は当時辰野金吾氏が多用し、辰野様式とも呼ばれた赤い煉瓦と白花崗岩によるストライプとジャック塔と呼ばれる塔が特徴です。

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神奈川県庁本庁舎 ( 横浜キング )

スマートな印象のジャックと比べ、堂々たる印象の神奈川県庁本庁舎キングと呼ばれるに相応しい重厚な外観です。

設計者 / 佐野利器、神奈川県、小尾嘉郎 ( コンペ案 )

建築年 / 1928年 ( 昭和3年 )

所在地 / 神奈川県横浜市中区本町1-6

この建物も小尾嘉郎のコンペ当選案を、当時日本建築界の重鎮だった佐野利器が軍国主義・国粋主義などの時世の流れに乗って帝冠様式で実現したものです。

建物全体のデザインが武骨なのは、佐野利器の専門が意匠ではなく、耐震構造の先駆者であり、震災直後に建設されたことからも、構造重視は仕方ない事かもしれません。

そう言えば放映中のテレビドラマ「検事と刑事」でも、ロケ地になってますね。

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横浜地方簡易裁判所 ( 旧横浜地方裁判所 )

1階中央の車寄せの部分はルスティカ積。

2・3階はスクラッチタイル貼りのレトロな雰囲気を漂わすデザインではありますが、ジャックやキングのようなクラシカルなデザインではなく、コーナーに丸みを付けた表現主義的な要素のあるデザインの建物です。

設計者 / 小野武雄

建築年 / 1929年 ( 昭和4年 )

所在地 / 神奈川県横浜市中区日本大通9

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この建物も「検事と刑事」でロケ地になっています。

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横浜市情報文化センター ( 旧横浜商工奨励館 )

この建物も震災で壊滅状態となったこの地に、一年足らずの突貫工事で建てられましたが、そのデザインの完成度はなかなかの物です。

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設計者 / 山田七五郎 ( 横浜市建築課 )

建築年 / 1929年 ( 昭和4年 )

所在地 / 神奈川県横浜市中区日本大通11

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古典様式とアールデコの要素も見られるデザインのこの建物は、昭和初期の横浜を代表する建築と言われています。

  1. 2020/02/17(月) 19:08:00|
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