アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

杉並の住宅街散策 Ⅱ 西荻窪商店街のレトロな建物

今回も西荻窪商店街レトロな建物を紹介しましょう。

先ずは、南口西側にある仲通街アーケード
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アーケード南側入り口の両側の建物は、似たデザインのレトロな建物です。
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すーぱーでりかいとう
グーグルマップには店名は載っていますが、営業しているようには見えません。

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クリーニング白十字
こちらは営業中のようですね。

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コーニス、霧除け庇下、胴差辺りには、同じ化粧が施されています。

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駅北西側の商店街のはずれでで見付けたレトロな建物です。
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店名は分かりませんが、レトロな理容室です。 
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恐らく現役だと思います。

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理容室の向いに在った店舗も良い味わいのレトロな建物です。


おまけ
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物豆奇 
所在地 / 杉並区西荻北3-12-10
古い建物ではありませんが、アールヌーボー風デザインの素敵な喫茶店です。

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店内のレトロなインテリアも一見の価値ありです。
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  1. 2017/09/16(土) 16:32:47|
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杉並の住宅街散策 Ⅰ 西荻窪南口商店街のレトロな建物

今日からしばらくは、ここ数年の間に西荻窪駅を中心に撮り溜めた、杉並区の住宅街で見掛けたレトロな建物を紹介します。
主には練馬区石神井台で設計監理させて頂いた住宅の工事現場へ、自転車で向かう行き帰りで見付けた建物です。

先ずは、西荻窪駅から西荻窪南口商店街を南へ向い、レトロな建物を探します。
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装飾は全くない建物ですが、レトロ感のある建物ですが、現在は営業をしている様子はありません。
間口は2.25~2.5間位だと思います。

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カメラの春光、メガネ玉宝堂、三英印章
ここには、レトロな建物が並んでいます。

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三英印章
間口1.75間の店舗併用住宅が繋がる2軒長屋店舗併用住宅だと思われます。
向かって右側は既に専用住宅に改修されているようですが、左側は水色に塗られた店舗の木製建具が残っています。
2階の外壁は茶色のタイル貼りで、パラペットにはロンバルディア模様が施されています。

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カメラの春光
間口1.75間の店舗併用住宅が繋がる3軒長屋店舗併用住宅だと思われます。
向かって左端のは専用住宅に改修されて、2階のタイル貼りの外壁にも塗装されています。
デザインは中央と同じで、パラペットには縦長の菱形のレリーフが並んでいます。
右端の外壁にはタイル貼りだった形跡は見られません。
パラペット部のレリーブも菱形ではなく、三英印章と同じロンバルディア紋章が見られます。

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この建物のデザインレベルはかなり高く、建物の状態も良いように見えますが、現在は営業している様子はありません。
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あさひ
実はこの建物、最近火災になったらしく、焼失してしまいました。


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きらく園
店舗兼ガレージ。 それとも軽自動車も店舗の一部になっているのかも?
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2階の大部分を覆い隠す大きな看板の上から、出し桁が見えています。


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坂田ガラス店
間口は2.5間程度のシンプルなデザインの建物でしたが、残念ながら廃業後解体されてしまいました。
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COFFEE JUHA
間口は2.25間か? 戸袋に若干の装飾が見られます。


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まつばや ・ 喜久屋金物店
喜久屋金物店の間口は4間でしょうか? かなり立派な建物です。
戸袋の仕上げがツートンになっています。

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まつばや ・ 喜久屋金物店
まつばやのテントは新しく見えます。 この日はシャッターは閉っていて、今も営業をしているか分かりませんが、カレー&コヒーの店の様です。
間口は2.2間でしょうか?
塗装されているので確信はありませんが、外壁は銅板葺だったかもしれません。


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元は間口2間 + 2.25間が繋がる2軒長屋店舗併用住宅だと思われます。
向かって左は専用住宅に改修され、右側も営業はしていません。


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武蔵屋呉服店
恐らく戦後の建物だと思いますが、呉服店の営業はしていないように見えます。

この商店街のレトロな建物には、恐らく戦前の物だと思われるものは出し桁造りきらく園くらいで、前後の建物が多いのではないかと思われます。

  1. 2017/09/09(土) 12:33:00|
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中銀カプセルタワービル

2ヶ月ほど前に、パナソニック汐留ミュージアムを見に行ったつでに立ち寄りました。

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中銀カプセルタワービル
設計者 / 黒川紀章
建築年 / 1972年 ( 昭和47年 )
所在地 / 中央区銀座8-16-10

黒川紀章の代表作であるばかりではなく、菊竹清則らと提唱した新陳代謝する建築メタボリズム建築の代表作であり、数少ない実現された建築と言える建物です。

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時代を感じさせない斬新なシルエットはそのままですが、外装の痛みと汚れは激しく、塔屋の錆は酷いものです。

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竣工後30年を経過した頃から建て替え問題が持ち上がり、設計者の黒川氏は、メタボリズムの設計思想に基づいて、カプセルの交換によって問題を解決を提案しましたが、過半の所有者は建て替えを支持するも、建替えに必要な80%の以上の賛成は得ていないのが現状の様です。

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昼食をとった汐留シティーセンターからの鳥瞰

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こちらはぐっと近付いてからの見上げ
タイルなどの外装の落下防止の為のネットが貼られているのは、鳩防止の為でしょうか?

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住居階の最下部には既に外されているカプセルがあるのか、上階の下水配管が露出しています。

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未来的なデザインのエントランスドアーにも、味もそっけもない張り紙がされています。

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ピロティーによって地面と建築を分離してきたモダニストの設計とは思えない足元のデザイン。
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  1. 2017/08/27(日) 12:36:31|
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六本木散策 Ⅳ 旧乃木邸・乃木神社

六本木散策の最終回は旧乃木邸乃木神社を紹介します。

乃木邸②
乃木邸は言わずと知れた乃木希典の邸宅。  ( 撮影日 / 2008/12/19 )

日露戦争時の陸軍大将として203高地の激戦を指揮したことや、明治天皇の葬儀の際に夫人と共に自刀し殉死をとげたことでも知られています。
これらのことは司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」「殉死」で詳しく描かれています。

乃木邸③
旧乃木邸 ( 撮影日 / 2008/12/19 )
建築年 / 不詳、 改修年 / ( 明治35年 )
所在地 / 港区赤坂8-11-32
港区指定有形文化財

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乃木邸④
( 撮影日 / 2008/12/19 )

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明治の軍人邸らしい質実剛健な雰囲気漂う黒い建物は、乃木氏がドイツ留学中に訪れたフランス連隊本部を参考にして建てられたと言う、半地下地上2階建の邸宅です。
2階の右側の和室が殉死の間

乃木邸⑤
( 撮影日 / 2008/12/19 )

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馬小屋
公園内には煉瓦造り馬小屋も在ります。
建築年 / 1889年 ( 明治22年 )
所在地 / 乃木公園内
港区指定有形文化財

馬小屋煉瓦造りの為か、本邸よりも立派な建物に見えてしまいます。

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公園として公開されている庭を通って乃木神社へ向かいます。

以前に訪問した際の記事は ⇒ 《こちら》


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( 撮影日 / 2012/01/31 )

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鳥居

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狛犬 ( 撮影日 / 2012/01/31 )

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( 撮影日 / 2012/01/31 )

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社務所 ( 撮影日 / 2012/01/31 )

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手水舎 ( 撮影日 / 2012/01/31 )

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( 撮影日 / 2012/01/31 )

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乃木神社
創設年 / 1920年 ( 大正9年 )
所在地 / 港区赤坂8-11-27

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狛犬 ( 撮影日 / 2012/01/31 )

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拝殿
乃木大将を祀った乃木神社は、全国に幾つかあるそうですが、殉死をした乃木邸に隣接するこの神社は、参拝する方にはやはり特別な感慨があると思います。

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  1. 2017/08/24(木) 12:47:00|
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六本木散策 Ⅲ

六本木散策の三回目です。
流石は六本木と言ったところでしょうか!
東京ミッドタウンから地下鉄に乗るまでのわずかな距離の間にも、面白い建物を何棟も見かけます。

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サーブコープ六本木トライセブンロッポンギ
所在地 / 港区六本木7丁目8 六本木7-7-7
晴れていれば、青空に漂う夏の雲が、ガラスに映り込んでさぞや綺麗なことでしょう。


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研音ビル
所在地 / 港区六本木7丁目4−1
このビルはかなりアクロバットな構造計画の建物です。

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東亜道路工業 本社
設計者 / 日建設計
建築年 / 2015年
所在地 / 港区六本木7丁目3 六本木7-3-7

土木会社の本社ビルとは思えない、お洒落な外観です。

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東京メトロの乃木坂駅から地下鉄に乗る前に、折角なので旧乃木邸乃木神社に寄ることにしました。

旧乃木邸の前にも、面白い建物が
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ヤマシロビル
所在地 / 港区南青山1-15-16
この飛び出した部分に機能は何なのか、それとも単なるデザイン? 
気になりますね。
  1. 2017/08/23(水) 16:44:05|
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六本木散策 Ⅱ 21_21 DESIGN SIGHT

国立新美術館を見学した後、東京ミッドタウン内の店で昼食をとったついでに、安藤忠雄氏が設計した 21_21 DESIGN SIGHT に立ち寄りました。

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21_21 DESIGN SIGHT (トゥーワン・トゥーワン・デザインサイト )

設計者 / 安藤忠雄 - 安藤忠雄建築研究所+日建設計
建築年 / 2007年
所在地 / 東京都港区赤坂9丁目 東京ミッドタウン内

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21_21 DESIGN SIGHTは、赤坂9丁目の旧防衛庁跡地に造られた東京ミッドタウン内のミッドタウンガーデンに建てられたデザイン専門施設です。

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ここには何回か来ましたが、実際に展示やイベントを行っているのを見るのは今回が始めてかも?

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ミッドタウンガーデンから東京ミッドタウンを見上げる。
  1. 2017/08/16(水) 16:20:16|
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六本木散策 Ⅰ 国立新美術館

久し振りに 国立新美術館 に行って来ました。

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国立新美術館

設計者 / 黒川紀章
建築年 / 2006年 ( 平成18年 )
所在地 / 東京都港区六本木7-22


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この国立新美術館は、日本国内のみならず、世界各地で多くの建築設計を手掛けた黒川紀章氏の晩年の傑作と言えるでしょう。

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三層吹抜けの大空間のアトリウムは、ガラス張りなので昼間は照明なしでもこの明るさです。

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無料で入場出来るアトリウム空間は、美術に興味のない人でも楽しむことが出来ます。

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二つの逆円錐形の上部は、それぞれがカフェとレストランが営業しています。
カフェの方は、あの「君の名は」でも登場してましたね。

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  1. 2017/08/13(日) 15:17:41|
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会津若松 散策 23 新宮熊野神社 長床

今回の会津若松旅行の最終目的地のである 新宮熊野神社 に到着しました。
旅行の当初には長床 を訪れる予定はありませんでしたが、旅行初日の様子をFacebookにupしたところ、会津若松に詳しい友人から「長床 へは行きましたか?」と言うコメントがあり、調べてみると是非見てみたくなったのです。
ただ会津若松市内からは、かなり離れているので、会津武家屋敷日新館 の見学は諦めることにしました。

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新宮熊野神社
愛車のナビゲターが古くて最新の道路に対応しておらず、途中で道が消えてしまい、スマホを頼りにやっと到着することが出来ました。

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鳥居の横には曰くありげな古木 ( 御神木? ) が!

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参道を進むにつれ、厳粛なムードが高まります。

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新宮熊野神社 長床
創建年 / 1055年 ( 天喜3年 )
建築年 / 不明
形式・技法から平安時代末期から鎌倉時代初期には拝殿として建立されたと考えられています。
再建者 / 蒲生忠郷
再建年 / 1614年 ( 慶長19年 ) 慶長16年の会津地震で倒壊
改修年 / 1971~1974年 ( 昭和46~49年 )
重要文化財 昭和38年指定

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休憩所に飾られた同じアングルで撮影された紅葉の頃のポスターは、思わず息を飲む程の美しさでした。
ご覧頂けないのが残念です。

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この銀杏は高さ30m、根本周り8.1mもあり、樹齢は600年と言われ、喜多方市天然記念物に指定されています。

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平面形状は間口27m、奥行12mの長方形。
寄棟茅葺きの屋根は、44本の直径一尺五寸 ( 45.4cm ) の円柱で支えられていて、壁は一枚もありません。
板床は全てフラットに造られていて、全体が一室空間のように見えますが、中央部の天井は、四方を取り囲む廻廊より一段高く造られていることから、中央の部屋の周囲を廻廊が取り囲む構成になっているのでと思います。

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柱上には平三斗(ひらみつと)の組物が置かれ、中備(なかぞなえ)には間斗束(けんとづか)が用いられる、純然たる和様建築です。

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1611年慶長 (16年 ) の会津地震で本殿以外は全て倒壊した後、1614年 (慶長19年 )に蒲生忠郷によって再建された 長床 は、以前の物よりも一回り小さい建物でした。
会津松平氏時代には祈願所となり、藩主の代参が行われますが、明治期に入ると廃仏毀釈で多くの仏像や文化財が失われますが、神社は存続。
1963年 (昭和38年 ) に国の重要文化財に指定され後、解体修理復元工事が行われ、かつての姿に復元されました。
現在は近隣集落の保存会によって維持管理されています。

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新宮熊野神社本殿
拝殿である長床の後方の階段を上がったところに、三棟の新宮熊野神社本殿が在ります。

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本殿前から長床を見る。 

最後は参道の途中に在った宝物殿に納めらた宝物の中で、一番目に付いた菩薩像を紹介して、会津若松散策を終わろうと思います。
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木造文殊菩薩騎獅像
鎌倉時代初め ( 13世紀前半 ) に造られたと推定される仏像。
文殊菩薩が中国五台山から獅子に乗り海をわたって日本へやって来た様子を表していることから、別名「渡海騎獅文殊」と言われる像だそうです。
  1. 2017/08/06(日) 06:30:00|
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会津若松 散策 22 会津さざえ堂 ( 円通三匝堂 )

さあ、いよいよ今回の会津若松旅行の主要目的地の一つである、会津さざえ堂にやって来ました。
地元では、わざわざ 会津さざえ堂 などとは呼ばず、単に さざえ堂 と呼ばれていますが、群馬県太田市、茨城県取手市、青森県弘前市などにも、堂内が螺旋構造の廻廊となった、やはりさざえ堂とよばれる、似た構造の建築様式で造られたお堂があるので、会津さざえ堂 として紹介します。

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会津さざえ堂 正式名称:円通三匝堂( えんつうさんそうどう )

建立者 / 郁堂 ( いくどう )
建築年 / 1796年( 寛政8年 )
所在地 / 会津若松市一箕町八幡弁天下1404
国重要文化財 平成7年指定( 重要文化財指定名称は「 旧正宗寺三匝堂 」)

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テレビ紹介されているのを見る度に、是非来てみたと思っていたお堂ですが、生憎の雨空で、どれも暗い写真になってしまいました。

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一辺3.4メートルの六角形の平面構成なので、当然銅板葺の屋根も六角形。
建物周囲に建てられた6本の側柱は全て通し柱です。
正面の入口には唐破風造りの向拝が設けられています。

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内部の床には平らな部分は有りません。 
堂内に入ると、直ぐに斜路の廻廊が始まります。
廻廊の内側にも6本の通し柱が建てられ、側柱との間には繋梁が架けられ廻廊を支ています。

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内部は二重螺旋構造になっていて、先ずは時計回りに斜路を上って最上階を目指します。

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かつては壁の窪みの部分に三十三観音が置かれていて、堂内を巡るだけで巡礼が叶う構造となっていましたが、明治初期の廃仏毀釈で廃寺となった際に、三十三観音像は他の場所に移されました。

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廻廊には上りと下りの斜路を繋ぐ経路が設けられています。

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最上部に到着しました。

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最上部の天井は折上げ鏡天井

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この太鼓橋風の橋を渡ると、後は下りの廻廊です。

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ここからは、反時計回りの下りの斜路が始まりです。
御覧のように、廻廊は二重螺旋構造の斜路になっていて、右回りに上る斜路と左回りに下りる斜路が別々に存在しているので、入口から斜路を最上階まで上り、他の参拝者と擦れ違うことなく、出口を出ることが出来るのです。

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かつては三十三観音が置かれていた壁の窪みには、今は代わりに皇朝二十四孝の額が取り付けられています。

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最後に唐破風の向拝を支える柱に巻き付く龍の彫刻です。

  1. 2017/08/05(土) 06:30:00|
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会津若松 散策 21 御薬園

宿泊したホテルをチェックアウトし、兄に「是非行ってみて」と言われていた会津藩主松平家墓所へ車で向かいます。

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駐車場に車を止め、墓所の在る細道に入ると、人影は全くなく、そこにあったのは静寂のみ。

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小雨が降り始めた上に、「熊出没注意」と書かれた看板に恐れをなして、入口迄で来たものの、入山を断念して来た道を引き返しました。

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本当に誰も居ません。


駐車場へ戻り、御薬園へ向かいます。
途中で会津武家屋敷の前を通りましたが、今回は見学を諦めます。
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心字の池
向かって左が 楽寿亭、右奥に見えるのが 御茶屋御殿

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室町時代の永享4年(1432年)、蘆名盛久が別荘を建てたのがはじまりと言われています。
江戸時代の寛文10年(1670年)、会津藩2代藩主保科正経が園内に薬草園を作り、3代藩主松平正容朝鮮人参の栽培を広く奨励したことが名前の由来となっています。
現在の庭園は、元禄9年(1696年)、松平正容が園匠の目黒浄定を招き、本格的な大名型山水庭園に大改造したもので、園内の楽寿亭御茶屋御殿の建物は、戊辰戦争時には新政府軍の傷病者の診療所とされたため、破壊を逃れたそうです。

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女滝の辺りから見る。

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女滝
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亀島に渡り、楽寿亭
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楽寿亭 の内部
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三方向に低い手摺の在る廊下を巡らせた、茅葺きの数寄屋建築

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主に藩主や重臣達の茶室として用いられますが、密談の場として使用されることもあったとか。

建築年 / 1688~1704年 ( 元禄年間 )

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楽寿亭は心字の池の中央に浮かぶ亀島に建てられています。
池辺には大小の石が置かれ、女滝、男滝からの流水は心の池に注がれます。

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亀島から御茶屋御殿 を見る

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男滝
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小雨降る中を傘を差しながらの散策でしたが、この風景を味わうには、ぴったりだったかもしれません。

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心の池の周りを巡る回遊園路

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園内には多くのモミ、スギ、マツが植えられ、キャラボク、ゴヨウマツの古木をも観られます。

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御薬園借景池泉回遊式庭園と言われる庭園形式で造られていて、東側の背炙山の連山を背景として造られています。

所在地 / 会津若松市花春町8-1

  1. 2017/08/04(金) 08:00:00|
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会津若松 散策 20 一之町・馬場通りエリアⅡ

博労町・甲賀町通りエリアから少し西に移動して、会津若松散策4で紹介した一之町・馬場通りエリアより北側を散策をします。

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旧会津実業信用組合

設計者 / 不詳 
建築年 / 1928年 ( 昭和3年 )
所在地 / 会津若松市中央1丁目4-9
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成12年指定

2階建てなので木造の洋風建築かと思いましたが、構造は規模は小さいものの、構造は鉄筋コンクリート造のようです。
構造、デザイン共に、本格的な銀行建築と言える建物です。

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正面だけではなく、側面にも開口部が並んでいます。

「福島県の町並みと歴史建築」と言うH.Pには
旧会津実業信用組合は大正12年(1923)に創業された信用組合で現在の建物は昭和3年(1928)に建物です。
コンクリート2階建て、寄棟、瓦葺で屋根正面にはセグメンタルペディメントと呼ばれる半円形に膨らませた櫛形破風が設えています。
外壁は石造風に目地を切ってデザイン化し柱は外壁面より張り出し単純性を回避し、柱頭にはレリーフを施し当時の銀行建築の特徴も見られ、玄関庇にも細かな細工が見られます。
旧会津実業信用組合は大正時代に建てられた金融建築の遺構として貴重なことから平成10年(1998)、近代和風建築物に選定され平成12年(2001)に会津若松市歴史的景観指定建造物に指定されました。」
と記されています。

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左右対称の端正な立面。
寄棟屋根の正面中央に施された半円アーチのペディメントと、建物の四隅と、入口の両側に施された化粧柱がデザインの特徴です。

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化粧柱の頭部に施されたレリーフも目を引きます。


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この和風家屋は木製の窓桟のデザインの面白さが目に付きます。

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2階の窓の詳細
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玄関引戸と欄間窓は、まるで障子の様です。


この付近には、旧会津実業信用組合や既に紹介済みの旧若松庶民金庫のような洋風建築が点在しています。
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小汲歯科医院
所在地 / 会津若松市中央1丁目2−33

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こんな洋風の住宅も在りました。


神明通り沿いには
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鈴善漆器問屋
建築年 / 1930年 ( 昭和5年 )
所在地 / 会津若松市中央1丁目3-28
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成13年指定

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蔵造りと洋風建築を合体させたようなデザインの建物です。
会津若松のH.Pには
「明治、大正期の漆蔵などの数棟の土蔵、昭和5年建築のモダンな店舗からなる建物群が塗りのまちを形成している。
中央通り界隈の新しい景観の中で赤瓦と白壁の歴史的な町並みが残る一角である。」
と記されています。

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  1. 2017/08/03(木) 15:34:45|
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会津若松 散策 19 博労町・甲賀町通エリア

鶴ヶ城を後にし、チェックアウトの時間まで、ホテルの周りの博労町・甲賀町通エリアを散策しました。

先ずは、甲賀通りを北へ向かって歩いて行きます。
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佐治呉服店
所在地 / 会津若松市上町7-1

この建物の様な蔵造りの建物とは限りませんが、城下町だからでしょうか、会津若松には酒蔵の他に呉服店も目に付きます。

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神禧堂薬館 ・ 金看板史料館

建築年 / 1903年 ( 明治36年 )
所在地 / 会津若松市上町3−24
福島県建築文化賞 平成6年
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成10年指定


創業は元禄年間(1688~1703)とされ、会津藩御用達の「正阿弥細工仕入所」で刀の鍔などを販売していたそうです。
現在の建物は明治36年に建築された建物。
和瓦葺の切妻、平入り。 2階建て、白漆喰仕上げの土蔵りの建物
2階の開口部には防火の為に、重厚な土塗りの扉が施されています。
1階部分は一間の下屋が張り出した商店建築の造りになっていて、2階外壁の両端には、当時の豪商の証とも言える、屋根付きの看板も施されています。
平成5年(に改修工事が行われ、現在は2階部分は金看板史料館、1階座敷部分は薬膳処 神禧堂としています。

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神禧堂薬館 ・ 金看板史料館の斜向かいにも
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建物の詳細は何も分かりませんでしたが、思わずシャッターを押したくなる建物です。
所在地 / 会津若松市上町7−6

キャプチャ


更に、甲賀通りを北へ進むと、レトロな洋風建築が現れます。
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旧若松庶民金庫
設計者 / 不詳
建築年 / ( 昭和2年 )
所在地 / 相生町7-2
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成18年度指定

会津若松市のH.Pには
「 タイル張りのファサードや開口部の上げ下げ窓に特徴のある建物で、洋館風の外観は博労町の通りにおいて独自の存在感を有している。
建物正面のアーチやレリーフは若松庶民金庫として使用されていた当時の面影を今に伝えている。」
と記されています。

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小口のスクラッチタイル張り仕上は正面だけのようです。
向かって右側面は窓が殆ど在りませんが、左側面には1・2階共に、正面に似た上げ下げ窓が並んでいます。

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スクラッチタイルと言えば、二丁掛け程度の幅広のタイルを良く見掛けますが、ここで使われているのは100×50程度の小口タイルです。

更に更に、甲賀通りを北へ進むと、白壁の建築群が現れます。

キャプチャ-2
会州一蔵
建築年 / 江戸期
所在地 / 会津若松市相生町7-17
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成10年度指定

会津若松市のH.Pには
「赤瓦と白漆喰の酒造の連なりやその家並みが歴史的な雰囲気を醸し出している。
また、酒蔵を用いて当家の蔵品等を展示公開するなど、会津文化の粋、伝統を今に伝えている。」
と記されています。


キャプチャ-3
松本家住宅及び土蔵
建築年 / 1891年 ( 明治25年 )
所在地 / 会津若松市相生町7-17
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成10年度指定

会津若松市のH.Pには
「造り酒屋として建てられた仕込み蔵をはじめとし、座敷蔵や住宅等の数棟の家並みが旧甲賀町通りにひっそりと佇んでいる。
現在は倉庫等に活用され、先祖からの貴重な財産として大事に守り続けられている建物群である。」
と記されています。


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松乃園 齋藤茶舗
建築年 / 不詳
所在地 / 会津若松市中央1丁目4-47

この建物の詳細は不明ですが、会津若松市歴史的景観指定建造物に指定されている建物に劣らない立派な建物に見えます。

  1. 2017/08/01(火) 11:47:18|
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会津若松 散策 18 麟閣

だいぶん寄り道をしてしまいましたが、会津若松散策 へ戻ります。

鶴ヶ城公園内には、千利休の子・少庵が建てたと言われる茶室が在ります。
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千利休豊臣秀吉に切腹を命じられた後も、会津城主だった蒲生氏郷は、利休の茶道が途絶えるのを惜しんで少庵を会津にかくまいます。
少庵が京都に帰って千家を再興した後も、小庵が 匿われている間に、氏郷のために造ったと伝えられる麟閣は、鶴ヶ城内で大切に使用されて来ました。

戊辰戦争での敗戦で、鶴ヶ城が取り壊される際には城外に移築されますが、平成2年、再び鶴ヶ城内の元の場所へ移築されたのです。

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寄付
外露地に構えられる建物で、茶会に先立って客が連客と待ち合せたり、身支度を整えて、席入りの準備をする為の施設。

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腰掛け待合
客が路地入りして亭主の迎えを待つ間、合図があるまでここで腰をかけて待つ為の施設。

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麟閣

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躙口

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  1. 2017/07/31(月) 17:35:19|
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三軒茶屋散策 Ⅱ ディープな三角地帯

夜になると、怪しい魅力と活気に満ちる三軒茶屋駅近くの246と世田谷通り交わる三角地帯の怪しげな飲み屋街ですが、夜は意外に多くの人が行き交うのですが、昼間は夜の賑わいが嘘のように、忘れ去られたゴーストタウンのようです。

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初めての方には、僕の様ないい歳のオジサンでも足を踏み入れることを、ちょっと躊躇するような、迷路の様な怪しい路地裏の飲み屋街です。

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地図で見ると、狭い地域なのですが、ご覧のように、人がやっとすれ違るような細い路地が迷路のように入り組んでいて、うっかり入り込むと、方向感覚がなくなり、実際以上に広く感じて、何処までも続いているような錯覚に陥ります。

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ヴェネツィアの裏路地を歩き回っていた場面を思い出したのが不思議でした。

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どうやらこの怪しげな裏通りにはには、ゆうらく通 りと言う似合わない名前が付いているようです。

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空を見上げると、この場の雰囲気とは似つかわしくない近代的なキャロットタワーが見えて、この対比が何とも面白い。


  1. 2017/07/27(木) 00:18:38|
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三軒茶屋散策 Ⅰ St.PAXCAFE、モトショップアシスト他

最近、仕事で三軒茶屋・駒沢大学エリアに出掛ける機会が増えています。
三軒茶屋駅近くの246と世田谷通り交わる三角地帯の古い飲み屋街も、とても魅力的なのですが、先ずは246から分かれる中里通りで見付けた看板建築出し桁造りの建物を紹介します。

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三軒茶屋居宅介護支援事業所・St.PAXCAFE・氷石ばし
246から中里通りに入ると直ぐに、3間並んだレトロな建物に出会います。

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St.PAXCAFE

設計者 / 不詳
建築年 / 昭和初期?
所在地 / 世田谷区三軒茶屋1-29-8


築年は不明ですが、恐らく昭和初期の建物だと思います。
間口4間、シンメトリーなデザインのモルタル造形の看板建築
目立った装飾はありませんが、中央が高くなった階段状のパラペットが特徴です。

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中里通り駒沢大学方向に歩いて行くと、戦後直後に建てられたと思われる何軒かの店舗が在りますが、その中で目に付いたのがこの出し桁造りの建物です。
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建物の詳細は分かりません。

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出し桁垂木の材は、やや細めな気がします。

反して、こちらの建物の造りは本格的です。
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モトショップアシスト
所在地 / 世田谷区上馬1-31

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この建物の詳細も、全く調べられていませんが、切妻屋根が殆どの出し桁造りの建物としては珍しい、入母屋造 + 出し桁造りの建物なのです。

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軒周りの造りは、まるで神社か仏閣の様な本格的日本建築の造りです。

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庇の角を隅切りて、入母屋風に仕上げているところも珍しいですね。

  1. 2017/07/23(日) 22:58:25|
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会津若松 散策 17 鶴ヶ城

地元では鶴ヶ城と呼ばれていますが、同名の城が他に在ることから、地元以外では会津若松城と呼ばれることが多いようです。

鶴ヶ城はNHKの大河ドラマ「八重の桜」でも描かれた様に、1868年(慶応4年)、戊辰戦争の際に、板垣退助率いる新政府軍に、薩摩軍も加わった大軍の一ヶ月に及ぶ猛攻にも落城せずに持ちこたえますが、遂に開城すたのです。
新政府軍の砲撃を受け続けた為、天守を含む多くの建造物の傷みは激しく、開城は修理されることもなく放置された後、1874年(明治7年)、天守をはじめとする建造物は全て解体されるのです。

但し、本丸にあったの一つである御三階は1870年(明治3年)、阿弥陀寺(会津若松市七日町)に移築され、本丸の大書院の唐破風の表玄関は、御三階と共に阿弥陀寺に移築され、御三階の玄関に利用されています。

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1908年(明治41年)に陸軍の連隊練兵場が設置され、三ノ丸の一部とその濠や土塁約6haが撤去されましたが、本丸、二ノ丸、三ノ丸の一部、北出丸、西出丸及び付属する濠は残され、現在の史跡指定部分約23haは保存されています。

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この広い濠と高い石垣に阻まれて、圧倒的な勢力を誇った新政府軍も、この城を攻め落とすことは出来なかったのです。

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天守が見えて来ました。
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現在の天守は1965年(昭和40年)に外観復興再建されたも。
鉄筋コンクリート造の復元天守です。

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鉄筋コンクリート造の城なので、内部に見るべきものはありませんでしたが、外観は白く美しいお城です。

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天守からの眺めを一枚。
内部は「若松城天守閣郷土博物館」として公開されています。

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鉄門越しに天守を見る。

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青空なら白い外壁が映えていい写真が撮れたのでしょうが、小雨交じりの空模様だったので、今一の写真しか撮れなかったのが残念です。

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  1. 2017/07/12(水) 17:38:10|
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会津若松 散策 16 博労町通り・甲賀町通りエリアⅡ

ゑびす亭の在った博労町通りから裏道に入り、甲賀町通りに出ると鶴ヶ城を目指して南に歩くと、通りは一段と広くなり、彼方に天守が見えて来ました。
鶴ヶ城の近く迄来ると、立派な造り酒屋が見えて来ました。

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會津宮泉銘醸
建築年 / 大正期
所在地 / 会津若松市東栄町8 東栄町8-7
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成11年度指定

外壁は漆喰塗りで腰壁は下見板張り
柱梁の木部を表した真壁造りの部分と、柱梁を表さない蔵造りの部分で、かなり印象が異なります。
屋根形状も切妻、寄棟、入母屋、腰屋根と入り混じっていてますが、雑多な印象は全くなく、洗練されたデザインに仕上がっています。

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会津若松市のH.Pには
「鶴ヶ城の玄関口、北出丸大通りに位置する蔵の家並みは、大正時代に建築された仕込み蔵等で、この界隈の歴史を感じさせる町並みの核となる貴重な土蔵群である。」
と記されています。

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とても綺麗に維持管理されているらしく、とても大正期に建てられた建物には見えません。
造り酒屋を示す 酒林 も新しい物に見えます。

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酒蔵と言うよりも、大名屋敷のように見える見事な建物群ですが、重なり合う屋根の奥に、造り酒屋には必ずある、煉瓦積みの煙突が在るので、造り酒屋なのだと確認出来ます。

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裏側に回ってみると、表とはかなり印象の異なる、黒漆喰塗りと、黒く塗装された板張りの外壁の蔵が在ります。
屋根が切り妻に統一されている点も、表側の印象とは異なるり、こちら側の方が造り酒屋らしい気もします。


更にお城に近付き、堀の直前の北出丸交差点にも、漆喰塗りの重厚な蔵造りの店舗が在ります。
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會津葵本店
所在地 / 会津若松市追手町4-6

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恐らく古い建物ではないと思うのですが、土で造られた2階や入口観音開きの扉は重厚です。

更に進んで行くと、堀沿いにもこんな建物が
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会津葵シルクロード文明館
所在地 / 会津若松市追手町4−6

煉瓦積みの蔵に見えるこの建物は、一見古い建物のようにも見えますが、どうやら新しい建物のようです。
但し材料は3年掛けて集められた古材が使われていて、地元の民家の太い梁や古材、三菱伸銅株式会社加熱炉の耐火レンガ3万個などをを再利用し、大黒柱や手すりに欅材をふんだんに使用されているそうです。 

【“会津若松 散策 16 博労町通り・甲賀町通りエリアⅡ”の続きを読む】
  1. 2017/07/05(水) 08:00:00|
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会津若松 散策 15 博労町通り・甲賀町通りエリアⅠ

会津若松散策の一日目の最後は、宿泊したセンチュリーホテルは朝食しかついていなかったので、夕食をとった近くの居酒屋を紹介します。

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ゑびす亭
所在地/ 会津若松市上町1-26

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出し桁造り + 千本格子 の味わいある建物です。

キャプチャ
ぶらりと入った店でしたが、店の雰囲気も料理の味もなかなかでした。

二日目はホテルで早々に朝食をとった後、チェックアウトをする前に鶴ヶ城へ向かいました。

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ゑびす亭の前を通って、博労町通り甲賀町通りの間を散策しながら、鶴ヶ城を目指します。

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何故か造り酒屋を示す 酒林 が、軒先にぶら下がっています。

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栄町の建物
ちょっとだけ気になる建物なので、写真を撮っておきました。
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細い材を使用した、洋風出し桁造りの建物と言えそうです。

  1. 2017/07/04(火) 00:09:37|
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会津若松 散策 14 野口英世青春通りⅢ ・ 日本基督教団若松栄町教会

野口英世青春通りⅢ と銘打ちましたが、今日は 野口英世青春通り周辺のレトロな建物を紹介します。

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弘竜
所在地 / 会津若松市中町2−5

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七日町通りに在った、尚伸株式会社池田種苗店 と似たデザインの建物です。

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但し、七日町通りの二棟と比べると、装飾の厚みが少ない気がします。


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日本基督教団若松栄町教会
設計者 / 不明
建築年 / 1911年 ( 明治44年 )  改修年 / 2001年 ( 平成13年 )
所在地 / 会津若松市西栄町8-37
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成11年度指定

会津若松市のH.Pには
「会津におけるごく初期の本格的な西洋建築で、日本でも著名な建築家ヴォーリスの関与も伝えられている。
荘厳な雰囲気の礼拝堂は、野口英世青春通りのシンボルの一つとして保存・活用が図られている。」
と記されています。
野口英世はこの教会で洗礼を受けたと言われています。

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可愛らしく着色された下見板張りの外壁は、平成11年に改修工事が行われているので、明治期の建物とは思えません。


最後は全く偶然に見付けたちょっとモダンな建物です。
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建物の詳細は全く分かりませんが、気になったので・・・。

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1階が店舗、2階は住居の店舗併用住宅長屋です。
今はこんな感じになってますが、竣工当時は結構モダンな建物だったのではないでしょうか?

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屋根裏部屋がうるのが分かります。

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端の店舗の出入口は、コーナーを活かしたデザインになっています。

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普通の長屋と違って、東西に五列、南北に二列並んでいるので、計十棟のなかなかに大きな長屋です。
火事が発生した時の延焼がちょっと心配でもあります。

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  1. 2017/06/21(水) 09:29:40|
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会津若松 散策 13 野口英世青春通りⅡ ・ 旧黒河内胃腸病医院

野口英世青春通り散策の続きです。

煉瓦式の通りをこのまま南に向かうと、また直ぐに白漆喰塗りの蔵造りの建物が見えてきます。
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遠藤米穀店 ・遠藤古美術店

建築年 / ( 明治11年 )
所在地 / 会津若松市中町1−24
会津若松市歴史的景観指定建造物  平成18年度指定

地図にも看板にも二つの店名が記されていますが、会津若松市のH.Pには 遠藤米穀店 として
「通りに面した外屋を有する店舗部の土蔵は、隣接する明治11年竣工の妻入りの土蔵とともに伝統的な会津の市街地景観を偲ばせる。
また、敷地奥の木造住居部も良好に維持管理され、大正浪漫が漂う野口英世青春通りの貴重な建造物である。」
と紹介されています。


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遠藤米穀店 ・古美術遠藤の隣の駐車場の奥には、柱と梁を外壁の表面に表したようなデザインの洋館が見えます。

レンガ通りを更に南へ進むと、また直ぐに洋館が見えて来ました。
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旧黒河内胃腸病医院
設計者 / 不明
建築年 / 1936年 ( 昭和11年 )
所在地 / 会津若松市中町1−20
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成15年度指定

寄棟と切妻が併用された赤茶色の和瓦葺の屋根には、ヴォールト屋根の二つの小さなドゥーマーが載っています。

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会津若松市のH.Pには
「建築当時は大変モダンな建物だったことが、珍しい形状の屋根や天窓、壁面のレリーフなどから伺える。
那智黒石で造られた塀とともに存在感を醸し出す姿は、野口英世青春通りにあって貴重な建物である。」
と記されています。
道路に面した棟の寄棟屋根と、玄関の在る奥の腰折屋根 ( ギャンブレル屋根 ) の載った棟の対比が面白い建物です。

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医院の看板と那智黒石で造られた塀

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壁のレリーフも目を引きます。

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敷地の奥に在る和風の建物は玄関ポーチだけは洋風で、ポーチの屋根を支える柱は見事なコリント式のオーダー柱です。

  1. 2017/06/20(火) 09:48:13|
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会津若松 散策 12 野口英世青春通りⅠ

末廣酒造 嘉永蔵 での酒蔵見学コースでは、最後に試飲とは思えない程、何杯も美味しい大吟醸を飲ませてもらいました。
ほろ酔い気分と、お土産に買った日本酒の重さに加え、朝からの疲れも相まって、散策する足取りも鈍くなってしまいましたが、かなり陽も落ちてしまっていたので、重くなった足を頑張って動かして、野口英世青春通りに向かいました。

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紀州屋1934 BUS CAFE

建築年 / 1934年?
所在地 / 会津若松市大町1-1-57

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建物の詳細は不明ですが、野口英世青春通りにある赤いバスが目印のお店です。

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1920年代に作られたと言うアスキス社製のボンネットバスは、通りからも一際目を引く店のシンボルになっています。
赤いバス内はキッチンになっていて、カフェスペースでコーヒーを飲んど一休みも出来ます。

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黒漆喰の建物が並んでいます。
夕方で陽が落ちてしまったので、残念ながら闇に溶け込んでしまい、建物がちゃんと写っていません。

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野口英世青春館 ・ 福西本店・大町ガス燈

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野口英世青春館 ( 旧會陽医院 )
建築年 / 1890年 ( 明治23年 )
所在地 / 会津若松市中町4−18
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成9年指定

和瓦葺の寄棟屋根、外壁は黒漆喰仕上げの建物
煉瓦タイル張りの腰壁や、玄関ポーチはどことなく洋風で、全体として和洋折衷の感のある建物です。

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福西本店・大町ガス燈

建築年 / 1914年 ( 大正3年 )
所在地 / 会津若松市中町4-16
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成9年度指定

会津若松市のH.Pには
土蔵商店住宅の代表的なもので、外観が建築当時の形状で良好に維持管理されている。
また、歴史性が顕著であり、まとまりとしての景観性にも優れている。」
と記されています。

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切妻、和瓦葺の黒漆喰塗り土蔵商店建築です。
1階部分は大きく張り出し、煉瓦で仕上げられています。

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端部には煉瓦造りの会津風うだつも施されていて、会津銀行、電力会社などを経営していた福西家の繁栄ぶりが伺えます。

  1. 2017/06/18(日) 08:00:00|
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会津若松 散策 11 七日町レンガ通り ・ 北小路通り ・ 末廣酒造 嘉永蔵

七日町駅駅Cafe で一休みした後、渋川問屋 の在るT字路を右折して七日町レンガ通りから、七日町通りと並行する北小路通りを通って野口英世青春通りを目指します。

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七日町レンガ通り
左端に見えるのが、前回紹介した渋川問屋

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(有)澁川問屋
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この建物も(有)澁川問屋の一部だと思います。
新しい建物ですが、蔵造りを踏襲したデザインの素敵な建物です。

上の建物の角を曲がって北小路通りに入ります。
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蔵元 鶴の江酒造
所在地 / 会津若松市七日町2−8
何軒かの白壁の漆喰塗りの蔵をがありますが、七日町通りとは違う静かな通りです。

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この蔵のある建物もいい感じですね。

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ここで少し北小路通りを離れて酒蔵を見学します。
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末廣酒造 嘉永蔵

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建築年 /  新蔵:1892年 ( 明治25年 )
        その他の建物:1902年 ( 明治35年 ) ~ 1922年 ( 大正11年 )
所在地 / 会津若松市日新町12−38
会津若松市歴史的景観指定建造物平成9年

末廣酒造は1850年 ( 嘉永3年 ) に創業した老舗で会津を代表する酒蔵です。
明治期には杜氏による酒造りを福島県で初めて実現し、大正期には山廃造りの創始者嘉儀金一郎氏により、山廃造りの試験醸造を試み、現在まで伝承されています。
1892年 ( 明治25年 ) に建てられた新蔵以外の建物は1902年 ( 明治35年 ) の大火で消失した以降、1922年( 大正11年 ) 間での館に建てられたものです。

末廣のH.Pには
「現在7つの建物からなる末廣酒造の嘉永蔵。
シンボリックなのは創業時の面影を色濃く残し、圧倒的な存在感でたたずむ木造三階建ての建屋である。
さらに明治時代、大正時代それぞれの伝統的な風格をたたえた建屋がそこに連なり、今やつくることが困難な鬼瓦だけがその歴史を見守ってきた。
かつて幕末に向かう江戸時代にあっては、旨い酒が人々の賑わいを呼び込んだことだろう。
医聖・野口英世に愛され、そして今日に続く悲喜こもごもの人間ドラマにあっては、暮らしの拠り所として心強い存在だったことだろう。
酒造りの魂だけでなく、酒がもたらす幸福も150年以上宿り続けている嘉永蔵。
歴史的な資産価値もかなり高く、城下町・会津の美しい景観づくりに欠かせない存在となっている。」
と記されています。

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硝子引き戸の連続する、本格的な総三階の木造建物が見事です。

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母屋に前面には 酒林 が下がり印象的な風景となっています。
酒林とは造り酒屋の看板として、杉の葉を球形に束ねて軒先 につるしたもので、仕込が終り香りゆたかな新酒が出来ると酒蔵の前に杉の門を建て新酒販売の合図にしていたものを、後になって杉の葉で玉を造り軒下に下げる様になったそうです。

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優雅に曲線を描いたアイアンに取付けられた球形の照明器具

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中央やや左下の小さな戸口から、お酒の販売をしていたそうです。

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中に入ると直ぐに3層吹抜けのホールです。
木造3階建てだけでも珍しいのに、3層を貫く吹抜け空間には驚かされました。

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ここからは無料の酒蔵見学コースです。
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仕込み蔵 内部
見学コースに参加すれば、酒づくりの行程や、酒づくりの歴史、昔の住まいなどを説明を聞きながら見学する事も出来ます。

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コンサートホール
この日は展示に使用されていましたが、普段はコンザトホールとして使われています。

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昔の御主人の住まい
外から見て、硝子引き戸の連続する、総三階の木造建物だった建物だと思います。

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天井の低い廊下を進むと、昔の蔵主の住まいを見られます。
約100年前の木造3階建ての住居部です。

ここからは天井が高くなります。
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大広間
三間通しの長押、欄間は優雅な扇子の彫刻が施された贅沢な造りです。

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大広間 床の間

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最後の会津藩主松平容保や最後の将軍徳川慶喜の書も飾られています。


この他にも、高羽哲夫記念館酒蔵カフェ 「杏」酒蔵ショップ が併殺されていて、立ち寄ってみる価値充分の酒蔵でした。
勿論、お土産の日本酒も買って帰りました。

  1. 2017/06/16(金) 12:17:42|
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会津若松 散策 10 七日町通り・上の区・桂林寺通りエリアⅤ

赤坂離宮迎賓館 自由学園明日館 を見学しに行ってしまい、中断していましたが、今日からまた 会津若松散策 に戻ります。

七日町通りには、まだ沢山のレトロな建物が残っています。

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ごはんカフェ×SHOP あいいろ ・ 池田種苗店

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池田種苗店

建築年 / 不明
所在地 / 会津若松市七日町6-10

三連と二連の違いはあるものの、同じ七日町通り沿いに在る紹介済みの尚伸株式会社と似たデザインのモルタル造形の看板建築です。

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二連アーチには、のレリーフが施されています。
高く立ち上げられたパラペットの上部には、大き目のコーニス ( 軒蛇腹 ) が施され、正面頭部には万年筆のペン先の様な装飾が見られます。

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木製の肘掛け手摺にも、型抜きがされています。
「たね」の看板もの形をしているので、とは縁があるのでしょう。


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工房 鈴蘭 ・ 渋川問屋

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工房 鈴蘭

建築年 / 不明
所在地 / 会津若松市七日町3-29

建物の詳細は分かりませんが、黒漆喰塗りの風格ある妻入りの土蔵商店建築で、朱色の肘掛け手摺と、店舗の木製硝子引戸が目を引きます。

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渋川問屋

建築年 / 大正期
所在地 / 会津若松市七日町3-28
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成11年度指定

木造店舗や棟続きの座敷蔵は、大正浪漫調のまちづくりに取り組む七日町通りの町並みの核となっていて、宿泊も出来るので、ここに宿泊しようかとも考えましたが、予算の関係で断念しました。

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開口部に施された美しい千本格子の立面が、海産物問屋の大店の風格を今に伝えています。


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阿弥陀寺の御三階

建築年 / 1818年 ( 文政元年 ) 移築年 / 1869年 ( 明治3年 )
所在地 / 会津若松市七日町4−20
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成20年度指定

以前は鶴ヶ城本丸内に在った建造物です。
明治維新直後の明治3年に、会津若松城の取り壊しに伴い阿弥陀寺に移設されました。

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木造3階建てに見えますが、内部は4層になっていて、密談の場として使われていたそうです。

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レトロな建物 が建ち並ぶ、七日町通り の終点は
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七日町駅舎

駅舎内に併設されている 駅カフェ
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僕は地元の葡萄で作ったワインを、妻は水出しコーヒーで一服し、野口英世青春通り へ向かいます。

  1. 2017/06/14(水) 17:40:25|
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婦人之友社

自由学園明日館 の隣には、自由学園 の創立者である 羽仁もと子、羽仁吉一御夫妻が設立した 婦人之友社 が在ります。

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婦人之友社

設計者 / 遠藤 楽
施工社 / 大明建設
建築年 / 1963年 ( 昭和38年 )
所在地 / 東京都豊島区西池袋2-20-16

設計者の遠藤楽は、遠藤新の次男であり、昭和32年から33年に掛けて、タリアセン ( ウィスコンシン州にあるライトのアトリエ ) で建築を学んでいるので、ライトの弟子に当たる訳です。

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どことなく落水荘をお思わせるファサードやモスバーグ邸を思わせる窓など、ライトのデザインを継承しているのが見て取れます。

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この建物でも大谷石が使われています。

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この窓のデザインもライトっぽいですね。


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自由学園講堂

設計者 / 遠藤 新
施工社 / 女良工務所
建築年 / 1927年 ( 昭和2年 )
所在地 / 東京都豊島区西池袋2-20-16
国指定重要文化財

明日館とは道路を挟んだ向かい側に建ち、設計者は遠藤新
建物全体は元より、窓に施された幾何学模様や、柱と一体化した照明器具や、大谷石の使用など、ライトのデザインかと見紛うほど、師であるライトと、師との共作である明日館に敬意を払った設計となっています。
30年前の一度目の訪問の際は内部の見学が出来ましたが、現在は改修工事中だった為、内部の見学はおろか、外部の写真もこの一枚が精一杯でした。

  1. 2017/06/11(日) 12:00:00|
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自由学園明日館 内部

自由学園明日館の二回目。 今日は明日館の内部を紹介します。

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ホール
吹抜けのある中央のホールから、外観の大きな特徴にもなっている、いかにもライトらしいデザインのベース型の五連窓を見る。

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壁や天井に施された木のボーダーライト独特のデザインです。

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ホール全部が吹抜けなのではなく、一部にロフト状の2階があり、

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2階の下部の天井が低いエリアには暖炉があります。

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暖炉周り大谷石で造られています。
大谷石は 帝国ホテル や 山邑邸 でも多用された石材で、日本におけるライトが設計した建物の代名詞の様な感があります。
大谷石は日本では門塀などではよく使われている石材ですが、建築物の建材としてはそれ程一般的ではないように思います。
ライトは入手し易く、加工がし易いと言う理由で、大谷石を使用しています。

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2階部からホールを見下ろす。
2階部はライトの資料館になって模型なども展示してあります。

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近江ゼミの新年会の時に、集合写真を撮った時と同じアングルです。

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ホール1階の照明器具は、外部と同様に大谷石の柱と一体にデザインされています。

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ホールの2階、1階の柱の延長部の照明です。

内部のもう一つの見所の食堂です。
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講習会の休憩時間に撮影。

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どうしても主催者の方や参加者の皆さんが写ってしまうので、視線を上げて先ずは照明から

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休憩時間中に、主催者からライトデザインの食堂用の椅子が紹介されました。
右の小さい椅子がオリジナルデザイン。
背の低かった当時の女学生の身長に合わせているので、かなり小さめです。
明日館が結婚式などに利用出来るようになり、体格の良くなった女性や、男性でも座りやすいように、オリジナルデザインを踏襲して造られたのが、左の椅子。

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オリジナル

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ホールの椅子


約4時間半の講習会も終わり、会場が懇親会の為にホール移ったので、誰もいなくなった食堂に戻って写真を撮らせてもらいました。
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似たようなアングルの写真ばかりですが、ちょっとずつ範囲と角度が誓うので、沢山アップしちゃいました。


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食堂の中央北側の付室を見る

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食堂の東西両側に在る付室の窓

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隅から隅までデザインに全く手抜きのない建物です。

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西側エントランス扉を室内から見る

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東側エントランス扉を室内から見る

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大教室としま と 会議室間の廊下の窓

吹抜けのホールと勾配天井の食堂を除いて、明日館の天井は驚くほど低く設計されています。

食堂の椅子と同様に、戦前の日本人の身長に合わせて、低く設計されています。

  1. 2017/06/10(土) 11:50:00|
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自由学園明日館 外観

先週の金曜日、仕事で使っているDRA-CADが主催する講習会が、私が大好きな建築家 フランク・ロイド・ライトが設計した 自由学園明日館 で開催されました。
自由学園明日館には、会社員時代に同僚二人と見学したことがあり、大学時代の出身ゼミの新年会でも会場になったので、これで三回目の訪問となります。

勿論、講習会が始まる30分前には到着するように事務所を出ました。

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約10年振りの再会なので、ドキドキしながら、いかにもライトらしいデザインの門(東側)を入ります。

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築100年近い建物とは思えない程、建物の状態は良く綺麗でした。
一度目の訪問は約25年前なので、1997年 ( 平成9年 )に国の重要文化財指定を受けて、1999年から2001年までに行われた保存修理工事の前でした。
10年前の大学の出身ゼミの新年会の時は、保存修理工事が行われた後だった筈なのですが、新年会は夕方からだったのか、その日は雨でも降っていたのか、この綺麗さの印象が残っていません。

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広角レンズ使用
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設計者 / フランク・ロイド・ライト、遠藤新
建築年 / 1921年 ( 大正10年 )
所在地 / 東京都豊島区西池袋2丁目31-3
国 重要文化財指定

構造はツーバイフォー工法 ( 枠組壁式構法 ) の先駆けとの見方もある工法で、平面構成は二層吹抜けのホールを中心に、コの字型に東西のウイングに教室をシンメトリーに配していますが、竣工当初はコの字形ではなく、ホールを中心に東西に真直ぐに伸びる東西の平屋の教室棟だけで、前庭を囲むように90度折れた東西の棟は、後に遠藤新により増築された様です。

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東門辺りから東ウイングを見る
正面は大教室としま、右に見えるのは主婦の友社展示室、卒業生会・同学会

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東棟前の開廊

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いかにもフランク・ロイド・ライトらしいデザインの窓ですが、アメリカでのライト設計の建物の様に、アイアン製ではなく木桟なので、デザインはかなりシンプルです。

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柱と一体化した照明器具。 帝国ホテルでは大谷石で出来てましたね。

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ホール東側の大教室としま
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中央ホール

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ホール西側の大教室タリアセン

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西ウイング コーナー部
コーナーから左側は遠藤新設計による増築部分。

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西門辺りから、東ウイングを見る。

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西門のデザインは、東門と全く同じです。

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西門辺りから西ウイングを見る
正面には大教室タリアセン、左は小教室ドマーニ、小教室マニャーナ

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西ウイング先端の公開講座事務室
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東・西ウイング先端の受付・公開講座事務室の窓の詳細

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西側ウイング先端のライブラリーを前面道路から見る

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東側ウイング先端の事務室を前面道路から見る
道路側の窓のデザインだけは、東西で異なるようです。

最後に前面道路から撮った植込み越しの自由学園明日館の写真です。
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次回は内部をご覧い頂きます。
  1. 2017/06/08(木) 08:00:00|
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迎賓館赤坂離宮 和風別館

和風別館を見学するには予約が必要で、抽選に当たらなければ内外部共に見学出来ません。

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和風別館 游心亭

設計者 / 谷口吉郎
建築年 / 1974年 ( 昭和49年 )

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游心亭 と名付けられた 和風別館 の南庭には、紅白の梅の木が植えられた築山があり、主和室の窓から池越しに眺めることが出来ます。

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この池には、よく訓練された沢山の鯉が飼われていて、主和室の窓を開けるか、この石橋のの上に人が来ると、餌を貰いに来るように躾けられて、各国の要人達は、鯉への餌やりを楽しんでいるようです。

  1. 2017/06/05(月) 08:00:00|
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迎賓館赤坂離宮 主庭側

迎賓館赤坂離宮の2回目は、主庭側の外観を紹介します。

先ずは、西側面から
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この部分のデザインは、赤坂離宮の設計者、片山東熊が同時期に設計した、上野の東京国立博物館 表慶館 にそっくりです。
関連記事は ⇒ 《 こちら 》

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側面のデザインには、和風の要素は見付けられません。

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主庭に面する南立面が見えて来ました。

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正面とより更に、ペディメントの奥行は浅くなっています。

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主庭中央の噴水

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噴水を囲み、四匹の翼のある動物が守っていますが、日本橋の麒麟とは違い嘴があり、子供の頃に見た、日活映画のガッパと言う名の怪獣のようにも見えます。

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中央と両端にペディメントを設け、間には1階が半円アーチ、2階は二本セットのイオニア式オーダーの円柱が支える。幅の広い開廊があります。
正面同様に、完全なシンメトリーな立面です。

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南 主庭側 中央立面
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南東から見る

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1階の外壁には、深い溝が彫られています。
日本に在る洋館で、ここまで深い溝をとった建物は少ないと思います。

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次回は和風別館を紹介します。
  1. 2017/06/04(日) 08:00:00|
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迎賓館赤坂離宮 前庭側

現在、一般公開されている 迎賓館赤坂離宮 の見学申し込みに当たったので、本館和風別館 の内部の見学に行って来ました。
残念ながら建物内部の写真撮影は禁止。
その上、四ツ谷駅に着いた頃から、土砂降りの雨が降り出しました。
それでも、本館内部を見学しているうちに雨が上がり、外観の写真を撮ることが出来ました。
見学した順番は、本館内部 ⇒ 主庭からの本館外観 ⇒ 和風別館内外館 ⇒ 前庭からの本館外観 の順でしたが、分かり難くなるので、正門から始まって本館正面から始めたいと思います。

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前庭入場口 正門
白と金に塗られたアイアン製で、あまりに綺麗過ぎているからか、風格が有るるのか無いのか分からない感じですが、東宮御所の正門として、本館と同じく明治42年に建設されたもので、迎賓館本館国宝指定された際に、主庭噴水主庭階段東西衛舎、とともに「正門および塀」として附指定されている由緒あるものでした。
正門鉄柵は竣工時には、黒と金で彩られていましたが、御所 ( 赤坂離宮 ) から迎賓館に生まれ変わった昭和の改修の際に、白く塗り替えられています。
改修を担当した村野藤吾は「赤坂離宮迎賓館にイメージチェンジする最大のかつもっとも困難な仕事は、鉄柵の黒と金を白と金に変えることであると思った」と述べたそうです。

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門衛所

設計者 / 村野藤吾
建築年 / 1974年 ( 昭和49年 )

本館を見る前に、正門を入って、すぐ右側にある楕円形の門衛所
竣工当時から在るものなのか、昭和の改修の際に建てられたものなのかは、まだ調べがついていませんが、独特な屋根の曲線等を見ると、村野さんらしいデザインだと思います。

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緑青のでた銅板葺の屋根の上に載っているのは、鳳凰でしょうか?

敷地内には、うっかりすると見過ごしてしまいそうな国宝指定の建物が在ります。
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衛舎
正門から中門に向かう芝生の庭園の左右に、シンメトリーに向かい合う旧衛士詰所です。
出入口の庇を支えている四本の柱は、トスカナ式オーダー柱です。

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正門を入った所から、迎賓館本館正面を見る

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緑の芝生の向こうに、松の木に隠れて、薄っすらと本館が見えます。

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迎賓館本館正面

設計者 / 片山東熊            改修設計 / 村野藤吾
建築年 / 1909年 ( 明治42年 )     改修年 / 1974年 ( 昭和49年 )
所在地 / 東京都港区元赤坂2丁目1-1
国宝指定 ( 平成21年 )

1909年 ( 明治42年 ) に、紀州藩屋敷跡iに建てられたこの建物は、東宮御所として、当時の一流建築家や美術工芸家が総力を挙げて建設された、日本唯一のネオ・バロック様式の西洋風宮殿建築でしたが、華美過ぎる外観や、住居として機能的でなかったことから、皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)御所として使用されることは殆んどありませんでした。
大正期には離宮として扱われることとなり、名称は赤坂離宮と改められました。
戦後は、国立国会図書館(1948~61年)、法務庁法制意見長官(1948~60年)、裁判官弾劾裁判所(1948~70年)、内閣憲法調査会(1956~60年)、東京オリンピック組織委員会(1961~65年)などに使用されます。
その後、日本は外国からの賓客を迎えることが多くなり、本格的な迎賓施設の必要性が大きくなり、旧赤坂離宮を改修し、外国賓客に対する迎賓施設とすることが決定されます。
5年の歳月と108億円の工費を費やして、村野藤吾の設計により、1974年(昭和49年)に現在の迎賓館が完成しました。
2009年 ( 平成21年 ) には、明治以降の建造物として初めて国宝に指定されています。

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4本のコンポジット式オーダー柱が、レリーフが刻まれたペディメントを支える西洋風宮殿建築の典型の様に見える正面玄関ですが

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ペディメントの中のレリーフを良く見ると、菊の御紋を中心に鎧や兜など、日本をモチーフが刻まれています。

更に
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なんと二体の鎧兜の武者が載っています。
向かって左側の武者の銅像は、少しだけ口をあいているように見えます。
神社の狛犬の様に、阿吽を表しているのかもしれません。

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豪華な装飾ではありますが、全体的な印象として、建物の規模や用途にしては、装飾に奥行の少なさを感じます。
玄関上部のペディメントの出を大きくして、ポルチコの様にして欲しかったです。

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鳳凰桐の紋章 と言う日本をモチーフとしたものです。

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両翼の正面に施されているのはイオニア式オーダーの化粧柱です。

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このアングルがベストショットかな?

次回は、前庭を後にし、主庭へ向かいます。
  1. 2017/06/03(土) 16:00:00|
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会津若松 散策 9 七日町通り・上の区・桂林寺通りエリアⅣ

七日町通りを、更に七日町駅に向かって歩きます。

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バンダイスポーツ七日町店 ( 旧塚原商店 )
設計者 / 不明
建築年 / 1926年 ( 大正15年 )
所在地 / 会津若松市七日町2

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現在はバンダイスポーツ七日町店と言う店名の、スポーツ用品店として使われてやおり、左側壁に大きく野球工房と描かれています。

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両側面のパラペットには株式会社服部呉服店と記され、正面の店舗の入り口にはTSUKAHARA GOFUKUTEN と記されています。

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パラペット部には、1階から3階まで貫く、4本の角柱の柱型の上に、重ねるように施された短い柱型は、中の2本の頭部は両端の柱型より目立ちます。
の字のマークの施されたペディメントの頂部に、緑青した棟飾りも印象的です。

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鉄筋コンクリート造の躯体に石貼りしているように見えますが、構造は不明で仕上げはモルタル造形だと思います。
壁面に施されたレリーフ窓格子菱形をモチーフにしています。
中央の赤茶の煉瓦色が鮮やかです。
入口上部のキーストーンのあるアーチに書かれたTSUKAHARA GOFUKUTEN の文字の字体が、なんとも面白い。

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先に紹介した第二服部呉服店の一年前に竣工しているので、この建物は一号店だと思います。
設計者が記載されているものは見付けられませんでしたが、第二服部呉服店と同じ池田豊作か、デザインの印象が似ている気がするので白木屋漆器店の設計者、山岸清助ではないかと想像します。

  1. 2017/06/01(木) 08:00:00|
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