アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

ローマ散策 - 21 サンピエトロ大聖堂 ③

今回はサン・ピエトロ大聖堂を飾る彫像等、美術品の数々を紹介します。

拝廊から聖堂内に入り、向かって右側の側廊から聖堂内の彫像を見て行きましょう。

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ピエタ像  ミケランジェロ作  1498年

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悲しみの表情を浮べ、十字架から降ろされたイエスの亡骸を抱く聖母像は、聖堂内の数ある美術品の中でも、恐らく一番有名な美術品でしょう。
ミケランジェロ、若干24歳の作品と言うのがまた驚きです。
昔は直に見られたのですが、1972年に精神を病んだ地質学者に鉄鎚でを叩かれると言う事件が起こり、修復の後は防弾ガラス越しの鑑賞しか出来なくなってしまいました。

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ピエタ像に向かって右側、聖なる扉の欄間部

この後は右側廊から反時計周りに聖堂内を見学していきますが、あまりの数の多さと混雑、そして平面が複雑に入り組んでいる為に、順番が前後していると思います。
詳細が分かったものだけコメントして行きます。

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聖セバスティアヌスの殉教   
サン・セバスティアーノ礼拝堂のモザイク画です。

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教皇グレゴリウス13世の墓碑

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聖ヒエロニムスの聖体拝領  ドメニキーノ
マデルノにより延長された部分の右側廊の奥、突き当り部

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もはや何処かははっきりしませんが、聖ペテロの像の後辺りだと思います。

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聖ペテロ ( ピエトロ ) 像
ここは側廊ではなく、身廊の右壁です。
聖ペテロの足に触ると、何やら御利益があるらしく、皆さん触っていましたが、私は異教徒なので御利益は無いと止めておきましたが、妻はちゃっかり触ってました。
13世紀の彫刻家アルノルフォ・ディ・カンビオの作品と言われていましたが、近年では4世紀頃の無名の作家と言う説もあるそうです。

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大天蓋の右側、右翼廊側の側廊

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大天蓋の右奥、右翼廊側の側廊 最奥部


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大天蓋の左奥、左翼廊側の側廊最奥

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教皇アレクサンデル7世の墓碑  ベルニーニ
位置をロスしていましたが、ここはどうやら左側廊の様です。

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無原罪の御宿り  ピエトロ・ビアンキ

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天使像

出入口まで戻ってきました。
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キリストの洗礼  カルロ・マラッタ

沢山の彫像や絵画の写真を撮りましたが、あまりの美術品の多さに、恐らく半分も撮影出来ていないと思います。

※ この記事内の説明文は「週刊ユネスコ 世界遺産」 「Wikipedia」「ローマヴァティカン市国・システィーナ礼拝堂」「マイたび イタリア」「 を参照しています。
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  1. 2016/06/24(金) 23:11:16|
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ローマ散策 - 20 サンピエトロ大聖堂 ②

高さ29mの大天蓋の周りを見てみましょう。

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大天蓋の後側、内陣には黄金に輝く聖ペテロの司教座が置かれています。
この司教座もベルニ-ニの作品で、沢山の天使が鳩をとり囲むように配されています。
教皇ウルバヌス八世は 「 ベルニーニはローマの為に生まれ、ローマはベルニーニ為に在ったのだ 」 と言って称えています。

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大天蓋の置かれている、ラテン十字の縦軸と横軸の交差する部分 ( クロッシング ) から、入口から見て右側の翼廊をみる。   

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こちらは左側の翼廊
元々が十字型集中式プランの聖堂なので、両翼廊内陣側のデザインは全く同じです。

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教皇ユリウス二世により決定したサン・ピエトロ大聖堂の建替え計画は、1506年に建築設計競技によってドナト・ブラマンテが主任建築家に任命されます。
ブラマンテ
ブラマンテの設計案
ブラマンテの案はギリシア十字の集中式プランで、1512年に内陣部分の構造が完成したところで、ユリウス2世は1512年、ブラマンテは1514年にそれぞれ死去してしまうので、彼らが成したものは4本の柱とアーチだけでした。
次の教皇レオ十世ラファエロを起用します。 
ラファエロは新教皇の希望により、身廊のあるラテン十字形プランに変更しますが、工事は殆ど進行しないうちに、1520年にラファエロが、1521年にはレオ十世が亡くなり、次の教皇ハドリアヌス六世が「芸術は虚飾だ」と嫌ったことや、ルターの宗教改革、1527年にローマを襲う ローマ略奪 ( サッコ・ディ・ローマ ) により、この時期、大聖堂の建設はほとんど進みませんでした。
教皇パウルス三世の時代なると、工事は再開されますが、財政が好転したわけではないので、免罪符の発行により資金を集めたり、石材をフォロ・ロマーノから切り出すなどの暴挙も行われ、古代ローマの遺跡破壊をもたらします。
ラファエロの死後、主任建築家はサンガッロジュリオ・ロマーノに引き継がれ、ついにミケランジェロに白羽の矢が立つことになります。
ミケランジェロは、ラテン十字のプランブラマンテの計画した集中式プランに戻すとともに、サンガッロの設計で完成していた2/3を破壊するまでして規模を縮小し、コストを切り詰めただけでなく、無給で晩年の17年間を大聖堂建築に捧げます。
現在のサン・ピエトロ大聖堂は、後の計画変更で追加されたファサードを除けば、基本的な部分はミケランジェロによるものです。
ミケランジェロ
ミケランジェロの設計案
頑強な精神と肉体の持ち主だったミケランジェロも、1564年大クーポラの完成を見ることなく亡くなります。
以後の工事はピッロ・リゴーリオを経てジャコモ・バロッツィ・ダ・ヴィニョーラに引き継がれますが、トルコとの戦争による出費により、またも工事の進行は鈍くなります。
しかしいっこうに進まなかった大聖堂の工事は、グレゴリウス十三世からシクストゥス五世が教皇の時期に活発になり、1593年、主任建築家のジャコモ・デッラ・ポルタにより、ついに頂塔 ( ランタン ) まで完成します。
1606年には大聖堂の最終的な建築計画がコンペティションで競われた際、集中式プランに対する欠点が指摘され、その結果、カルロ・マデルノに対してミケランジェロのプランを変更する命が下されます。
マデルノはに出来上がってる聖堂の身廊を延長させ、礼拝堂や聖具室など実用的な空間も加え、列柱だけのファザードも通廊式のポルティコ ( 玄関廊 ) に変更しました。
サンピエトロ大聖堂図

1608年から始められたこの工事は、1612年に完成します。
大クーポラの内側をモザイク装飾に変更する工事も、1612年に完成したのです。
マデルノによる設計変更により延長された身廊ヴォールト屋根も1614年に完成。
献堂式はついに1626年、ウルバヌス八世によって行われたのです。

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カルロ・マデルノにより延長された身廊から、大聖堂の入り口方向を見る。

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大天蓋の前辺り、クロッシング部から、身廊と左側廊を隔てる柱壁を見る。
巨大な建築物を支える為に、巨大なスケールにせざるおう得なかった柱壁は、角に角柱の装飾を施し、合間にニッチを設けて聖人達の彫像で飾ることで、あまりの重々しさを和らげられています。

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縦軸と横軸交わるクロッシング部 ( 翼廊 ) より、一つ入り口側の通り。

180度振り返り右側を見る
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翼廊の前後の通りの両脇には、聖堂中央の大クーポラに次ぐ大きさの、中クーポラがあります。

翼廊側の側廊
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更に奥 へ
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大天蓋の左側奥の中クーポラ

翼廊側の側廊
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更に、集中式プラン身廊を延長し、側廊も付け加える計画変更により、側廊と共に、その天井に楕円形のクーポラも付け加えられます。
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側廊の見どころは、いかにもバロック的なデザインの楕円形のクーポラだけではなく、各クーポラ間のアーチボールト天井は眩いばかりの装飾で飾られています。

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側廊

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側廊 サン・セバスティアーノ礼拝堂
美しいアーチペディメントを支える、コリント式の大理石の円柱や様々なレリーフで飾られた角柱の付け柱の装飾も見事です。

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側廊 奥を見る

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側廊 奥を見る

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側廊

しかし、あまりの巨大さと度重なった設計の変更に加え、華美を通り過ぎた豪華な装飾は、宗教建築に必要な厳粛さ神性さには、やや欠ける気がするのは、私だけではないと思います。

次回大聖堂内を飾る、彫像や絵画を紹介します。

※ この記事内の説明文は「週刊ユネスコ 世界遺産」 「Wikipedia」「ローマ過去と現在」「ローマヴァティカン市国・システィーナ礼拝堂」「建築学建系5西洋建築史」 を参照しています。

  1. 2016/06/20(月) 14:59:33|
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ローマ散策 - 19 サンピエトロ大聖堂 ①

システィーナ礼拝堂の見学を終え、サンピエトロ大聖堂へ移動します。

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システィナ礼拝堂の見学後、一旦屋外へ出ます。
階段を降りながら、サンピエトロ大聖堂との間の空間を見る。

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このアーチを潜ると大聖堂の拝廊の筈です。

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拝廊の天井

いよいよ大聖堂の内部へ入ります。
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1506年に教皇ユリウス二世より着工されたカトリックの総本山は、120年の歳月を費やし、1626年に完成します。
息を呑むような、眩いばかりの聖堂の奥行は何と216m。

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身廊の幅は25mもあるのです。
6万人を収容出来る聖堂内には、11の礼拝堂と45もの祭壇があります。

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高さ29mの大天蓋ベルニーニが10年の歳月を掛けて完成させたもので、ブロンズ製の4本の柱は、旧サン・ピエトロ大聖堂のパーゴラに使われていた円柱を再現したもので、巨大な大聖堂の中にあっても、その存在感は絶大です。
しかし、この大天蓋の作成に当たり、パンティオンから青銅製の扉やペディメントのレリーフ、外壁の銅板等が持ち出されると言う悲劇は、ここでも繰り返されてのです。

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ねじれた柱は月桂樹の葉とオリーブの枝が絡みついたデザイン。

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大天蓋の上には教皇の象徴である冠、鍵、聖書、剣を持つ天使が立っています。

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更に大天蓋の上部に目を移すと、クーポラの高さは驚くなかれ132.5m。
日本初の超高層ビルである霞が関ビルの高さが147mなのですから、その高さには驚愕です。

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クーポラは16に区切られ、窓からは光が差し込みます。

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中央の再頂部には天使に囲まれた神の姿が描かれているらしいのですが、あまりの高さに床レベルからでは確認出来ず、望遠レンズもこの通りです。

※ この記事内の説明文は「週刊ユネスコ 世界遺産」 「Wikipedia」 を参照しています。
  1. 2016/06/19(日) 16:20:18|
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木の香りがする家 Ⅱ

木の香りがする家 の第二段を作成しました。
第二段とは言え、実は構想の開始は十年以上さかのぼる、温めに温めた提案です。

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2階平面図
2階平面図

1階平面図
1階平面図

設計工房アクトデザインが提案する アーバンフォレストシリーズ 第二弾は、第一段よりも更に多くの国産の杉材をふんだんに表して、天然木の香りと温もりを感じられる家にしました。
室内は暖炉のある吹抜けを中心にしたワンルーム形式で、ウッドデッキから庭に繋がります。
見せる木組みで「都会の森」をイメージした、懐かしさと新しさを併せ持つこの家は、外に向かって視界の広がる扇型平面が特徴で、郊外住宅別荘建築にも適しています。

木軸3d 南南西鳥瞰-1

木軸3D 西-1

木軸3d 南西-1

木軸3d 南鳥瞰-1
  1. 2016/06/18(土) 00:00:00|
  2. 木の香りがする家
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ローマ散策 - 18 ヴァティカン美術館 ④ ラファエロの間

美術館の全てを見学したわけではないので、残すはラファエロの間システィーナ礼拝堂ノミとなりました。

ラファエロの間は一つの部屋ではありません。
ラファエロとその弟子達の作品のある、4つの部屋の総称なのです。

先ずは4つの部屋の中で、一番大きなコンスタンティヌスの間から紹介しましょう。
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左 / ミルヴィオ橋の戦い        右 / コンスタンティヌス帝の洗礼
天井 / キリストの勝利

壁・天井いっぱいに、コンスタンティヌス帝の生涯が描かれ、4面の壁は「コンスタンティヌス帝の洗礼」「ミルヴィオ橋の戦い」「十字架の出現」「コンスタンティヌスの寄進状」が飾ります。
ラファエロの死後、ジュリオ・ロマーノなどの弟子達が、師の構想をもとに描いたものです。

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左 / コンスタンティヌス帝の洗礼      右 / コンスタンティヌスの寄進状 

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ミルヴィオ橋の戦い


ヘリオドロスの間
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左 / ボルセーナのミサ     右 /  アッティラと大教皇レオの会見
天井画はラファエロ作 / 燃える柴・ヤコブの梯子・ノアの前に現れる神・イサクの犠牲

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左 / ヘリオドロスの追放     右 / ボルセーナのミサ


署名の間
この部屋は教皇ユリウス2世の書斎です。
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壁画も天井画も全てラファエロ自身の手による作品です。

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聖体の論議

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アテネの学堂
哲学をテーマに描かれたこの作品は、ラファエロの作品の中で、もっとも有名。
古代ギリシャの賢人達が議論する様子を描いていますが、中央のプラトンレオナルド・ダ・ヴンチをモデルとして描いているのは有名な話。
大理石の台に方杖をつき、何かを描いているのはミケランジェロをモデルにしたヘラクレイトス

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黒い帽子の若者はラファエロ自身と言われています。

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パルナッソス
ダンテやペトラルカらしき人物も見受けられるとか。


火災の間
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ボルゴの火災

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左 / オスティアの戦い     右 / ボルゴの火災 

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左 / ボルゴの火災        右 / カール大帝の戴冠

残念ながらシスティーナ礼拝堂の内部は、写真撮影禁止なので手持ちの資料から
最後の審判
最後の審判 ※「週刊ユネスコ 世界遺産」より
ミケランジェロが4年半をかけて完成させた除幕式、人々は 「 神のごとき、ミケランジェロ 」 と声を上げて天才を称えます。

天井画①
天井画②
システィーナ礼拝堂の天井画  
※「ローマヴァティカン市国・システィーナ礼拝堂」より
天地創造からノアの箱舟までの、旧約聖書の創世記の物語が描かれています。

天地創造
アダムの創造 ※「週刊ユネスコ 世界遺産」より

※ この記事内の説明文は「週刊ユネスコ 世界遺産」「ローマヴァティカン市国・システィーナ礼拝堂」 「わがまま歩き29 イタリア5都市」「イタリア旅行記 ヴァチカン美術館」 「ROMAの休日」「早春のイタリア旅行記」を参照しています。
  1. 2016/06/17(金) 09:40:43|
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「 石神井台の家 」 を 「 WORKS ( 作品紹介 ) 」 のページにアップしました。

石神井台の家 」 を 「 WORKS ( 作品紹介 ) 」 のページにアップしました

なかなか施主の要望をとらえきれず、A ・ B ・ C ・D ・ E案 の5案を提示し、6案目のF案で、ようやく計画を先に進めることになりました。

白黒②修正 南東
F案 提案当初の外観パース

施主の希望は子育ての終わった老後のついの住かとして、使い易さを重視した家を建てること。
更に、明るく開放的で、高級感がありながら、奇をてらわない普通の家 であること、そして高い耐震性も求められていました。
普通の家とは言っていても、勿論施主はどこにでも在る平凡な家に住みたい訳ではありません。

あ3 南東
F案 最終形の外観パース
打ち合わせの際に、施主から提示される参考写真は、いつも出先で撮ってきた高級建売住宅の写真やチラシばかりでした。
施主の希望を取り入れながら、過度な装飾はせず、建売住宅には見えないように、品の良いデザインに仕上げる為に、設計には相当に時間が掛かってしまい、長期優良住宅の認定 を受けたいとの希望も加わり、予算も手間も増えてしまいました。

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P4152166 のコピー

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明るく開放的なリビングとする為に、3つ連続する出窓を設けました。
出窓は床面積に含まれないので 建ぺい率や容積率に余裕がない場合に有効です。
出窓は特注の3連窓にすることも考えましたが、予算だけでなく、省エネ性能と防犯性能も考慮し、既製品の断熱アルミサッシを採用しています。

耐震等級3 を実現する為、下の写真の筋交いの部分を耐力壁として計画していましたが、施主から 「 窓が小さ過ぎる 」 「 LDKをもっと明るく開放的にして欲しい 」 という要望がありました。
通常の木造在来工法の建物では、開放性能を高くすることは耐力壁が少なくなることに繋がり、よって耐震性能は低くなってしまいます。
そこで、筋交いを表した3連の出窓を提案し、内観パースや以前に設計した実例写真も見てもらいましたが、施主からGOサインはもらえず、最終的には筋交いをステンレス製ブレース ( コボット ) を採用することで耐震性能を維持しながら、更に開放性を向上させることで、ようやく納得してもらうことが出来ました。

下の写真は
上 / 木製筋交いを表した場合 内観パース
中 / 金属ブレースを表した場合 内観パース
下 / コボットを採用した 竣工写真
LDK内観①A
LDK内観①B
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LDK内観②A
LDK内観②B
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LDK内観③A
LDK内観③B
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何度も打ち合わせを重ねて、設計に予想以上に時間が掛かってしまいましたが、完成時にはとても喜んでもらえました。


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ステンレス製ブレース コボット 詳細
特に手間が掛かり、大工さん泣かせだった化粧棚出窓のカウンター
おかげさまで一体感のあるLDKとすることが出来ました。

建物の内外共に特別高価な材料は使っていません。
今の世の中の流れには多少逆行しているのかもしれませんが、高級感は材料ではなく、手間の掛かる木工事で表現しています。

フレーム南東パース
フレーム南西パース
石神井台の家 」 は 「 木の香りがする家 」 のコンセプトを元に設計をはじめました。

木の香り チラシ
プランは全く変わり、柱や梁などの構造材としての木材を表す 「 真壁造り 」 も、LDスペースと和室の部分的なものになってしまい、構造材よりも化粧材を多用したとは言え、室内に限っては木の温か味を感じられる家に仕上がりました。
  1. 2016/06/07(火) 18:10:56|
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ローマ散策 - 17 ヴァティカン美術館 ③ ピーガの間、燭台のギャラリー、地図のギャラリー等

ピオ・クレメンティーノ美術館のどこかにブラマンテ階段と言われる、教皇ユリウス2世が16世紀にブラマンテに造らせた階段が在る筈なのですが、残念ながら見学することが出来ませんでした。

ギリシャ十字の間
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再びギリシャ十字の間に戻って来ました。

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階段を上がり、ピーガの間
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部屋の中央には古代ローマ時代二頭立て戦車 ( ビーガ ) が展示されています。

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燭台のギャラリー
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教皇クレメンス13世が、シモネッティに造られたもので、通路の両側に燭台の彫刻と彫像が置かれています。

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タペストリーのギャラリー
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地図のギャラリー
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ヴォールト天井と壁一杯に、教皇グレゴリウス13世天文学者イニャーツィオ・ダンティの下絵に基づいて描かせた40点のフレスコ画の地図が飾られています。

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地図のギャラリーの出口にあるバチカンの紋章。


ソビエスキ王の間?
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写真の順番と美術館内の道程から考えるとソビエスキ王の間辺りのはずなのですが、この部屋の名前になっているジャン・マテフコ作の17世紀のポーランドの王ソビエスキが、オスマン・トルコ軍に包囲されたウィーンを救った姿が描かれているタペストリーを撮らずに、天井だけを撮ってしまったのではっきりしません。
恐らく違う部屋ではないかと思うのですが、まだ調べがついていません。


インマコラータの間
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無原罪(インマコラータ)の御宿り、つまり、聖母マリアの処女懐胎を描いています。

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祭壇の中央に置かれているのはマリア像です。

※ この記事内の説明文は「週刊ユネスコ 世界遺産」 「わがまま歩き29 イタリア5都市」 「イタリア旅行記 ヴァチカン美術館」 「ROMAの休日」「早春のイタリア旅行記」を参照しています。
  1. 2016/06/05(日) 19:00:01|
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ローマ散策 - 16 ヴァティカン美術館 ② エジプト美術館、ピオ・クレメンティーノ美術館

シモネッティの階段を上ってエジプト美術館ピオ・クレメンティーノ美術館

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ギリシャ十字間から円形の間方向を見る
床のモザイクアテネの胸像です。

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エジプト美術館を通ってピオ・クレメンティーノ美術館へ向かいます。
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たぶんこの辺からピオ・クレメンティーノ美術館だと思います。
ピオ・クレメンティーノ美術館には、古代ギリシャ・ローマ時代の彫刻が飾られています。
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パンティオンに似たドーム天井

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シモネッティ設計の八角形の中庭へ出ました。

八角形の中庭は周囲に回廊が巡らされ、そこに沢山の彫刻が飾られています。
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チグリス川像

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ラオコーン像
沢山の彫刻の中で、一番有名なのはこのラオコーンだと思います。
古代ギリシャ時代の作品で、ロードス島の彫刻家により制作されたもので、16世紀にローマで発掘され、ミケランジェロルネサンス期の芸術家に影響を与えた作品です。

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ベルヴェーレのアポロン像
紀元前330年頃にアテネに置かれていたブロンズ像を、130年後に模して彫られた大理石像。 
古代芸術の中でも最高峰の作品と言われています。

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再び室内へ
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ムーサ達の間

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天井にはトンマーゾ・コンカ作のフレスコ画が描かれています。

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ベルヴェデーレのトルソ

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円形の間
このドーム天井もパンティオンに似ています。
18世紀にシモネッティによって設計されたこの部屋は、部屋の周囲にぐるりと壁龕を配し、ブロンズや大理石の彫像が置かれています。

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中央に置かれた巨大な杯は、希少な赤大理石の一枚岩で造られ、床のモザイクウンブリアのオトリコーリ浴場モザイクの床だったとか。

※ この記事内の説明文は「週刊ユネスコ 世界遺産」 「わがまま歩き29 イタリア5都市」 「イタリア旅行記 ヴァチカン美術館」 「ROMAの休日」「早春のイタリア旅行記」を参照しています。
  1. 2016/06/04(土) 12:51:13|
  2. イタリア旅行記
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国立西洋美術館

昨日、上野の国立西洋美術館で開催されているカラバッチョ展を見に行って来ました。
元々絵画にそれ程興味が有った訳ではないのですが、今回のイタリア旅行で、各都市の世界屈指の美術館で絵画や彫刻の芸術品に触れ、この歳になって絵画にも興味を持つようになったのです。
カラバッチョ展チケットは、4月には手に入れていたのですが、混雑しているとの報道が有り、しばらく様子を見ている間に、国立西洋美術館世界遺産に登録されると言うニュースが飛び込んできました。
ただでさえ人気のカラバッチョ展に美術館の世界遺産登録が重なってしまったので、混雑が予想される週末の訪館は諦め、平日の午後に出掛けた訳です。

国立西洋美術館2
国立西洋美術館
本館の設計はル・コルビジエが、弟子の前川國男、坂倉準三、吉阪隆正が実施設計と監理を行ったと言われていますが、実際にコルビジェはコンセプトやスケッチを提示しただけなので、前川、坂倉、吉阪の弟子達の共同作品と言えるのではないでしょうか?
新館は前川國男が設計しています。

国立西洋美術館3

国立西洋美術館4

国立西洋美術館5

基本設計者 / ル・コルビジェ
実施設計社 / 前川國男、坂倉準三、吉阪隆正
竣工年 / 1959年 ( 本館 )、1979年 ( 新館 )
所在地 / 東京都台東区上野公園7番7号

世界文化遺産に登録 国立西洋美術館を含む7か国17資産で構成される「ル・コルビュジエの建築作品」として登録 ( 2016・5・17 )
重要文化財指定 築50年以内の建物としては初めての指定 ( 2007・12・21 )


世界遺産ファンてである私の個人的な感想としては、この建物が世界遺産に登録される程の建物とは思えません。
外観にコルビジェらしさはあまり感じられず、コルビジェが描いたコンセプトも実現出来ていないと思います。
世界遺産の登録基準は、もっとハードルを高くしてもいいのではないでしょうか?
商業主義に陥っているとしか思えません。

国立西洋美術館1
平日の午後と言うことで混雑はなく、すんなりと入館することが出来ました。

カラバッチョ展を見終わって喫茶室で一休み
国立西洋美術館19
喫茶室から中庭越しに新館を見る。

国立西洋美術館18

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カラバッチョ展のチケットで見ることが出来たので、常設展示も見てきました。
国立西洋美術館6

国立西洋美術館7
美術館の中心部で吹き抜けとなったホールは、コルビュジエによって「19世紀ホール」と命名され、ロダンの彫刻が展示されています。

国立西洋美術館8
ホールにはトップライトからが自然光が降り注ぎます。

国立西洋美術館9

国立西洋美術館10

国立西洋美術館15
2階の常設展示室へは、ホールに展示されたロダン彫刻を見ながら、ジグザグにスロープを上がって行きます。

国立西洋美術館16

国立西洋美術館11
2階は中央の吹抜けのホールを囲むように常設展示室が配されています。
回廊状の展示方法は、コルビジエによる「無限成長建築」というコンセプトに基づくもので、将来拡張が必要となった際に、外側へと建物を継ぎ足していける構造です。
本館正面に向かって右側にある外階段は、本来出口として設計されたものですが、立入禁止になったまま、一度も使用されていません。
写真の天井高が低くなっている部分は、自然光を取り入れ、明りを調整する為に設置されたものでしたが、現在では蛍光灯を使用しています。

国立西洋美術館12
コンセプトには企画倒れのものが多いものの、デザインでは見るべきものが沢山あります。

国立西洋美術館13

国立西洋美術館14
だだし、コルビジェの作品に見られる、コンクリート打ち放しによる荒々しい彫刻のようなものではなく、いかにも日本的な肌理細かく施工された肌合いのコンクリートによるものです。

    国立西洋美術館20
    コンクリート打ち放しの円柱のアップ

国立西洋美術館17
新館から中庭越しに本館を見る。
  1. 2016/06/03(金) 12:42:28|
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