アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

ローマ散策 -27 カピトリーノ美術館 コンセルヴァットーリ館

カピトリーノ美術館ローマの7つの丘の1つで、古代ローマ時代以来、もっとも神聖な地であったカピトリーノの丘に建つユピテル神殿が在った場所に建てられた美術館で、一般市民に公開された美術館としては世界最古のものと言われています。
1471年教皇シクストゥス4世は、長らくラテラノ宮に保管されていた古代ローマ時代のブロンズ像などをローマ市民に返還しました。
建物内部が美術館として公開されるようになるのは1734年、教皇クレメンス12世の時のことでした。

先ずはコンセルヴァットーリ館の中庭に置かれている
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コンスタンティヌス帝頭部
フォロ・ロマーノマクセンティウス帝のバシリカから発見されたものです。

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コンセルヴァットーリ館の天井
恐らく、1階の階段室付近だったと思います。
バチカンで色鮮やかな天井を嫌と言うほど見た後なので、なんだかほっとします。

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見覚えのある顔です。 恐らく ハドリアヌス帝の胸像 だと思います。

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ホラティウス
エトルリア浸入の際、ローマを救った英雄の姿を描いています。

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ウルパヌス8世の像 ベルニーニ作

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イノケンティウス10世の像
この美術館には、主に古代ローマ時代の彫像が展示されている筈なのですが、上の二体の彫像はこの日の午前中に訪れたバチカンサンタ・マリア・マジョーレ大聖堂サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂で見て来た聖人の彫像ですね。

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この彫像はローマの皇帝でしょうか? 頭は薄い様ですがカエサルではないし?

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棘を抜く少年
この部屋の天井はサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂に似ています。

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棘を抜く少年
紀元前二世紀のギリシャ彫刻を、100年後のローマでコピーしたものだそうです。

あっ!! これです!! これが見たかったんです。
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ロムルスとレムスに乳を与える雌狼
狼の乳を飲む二人の子供は、ローマの建国神話に登場する双子の兄弟ロームルスレムスです。
伝説では狼によって育てられたとされていて、同じ場面をモチーフとした像はローマの彼方此方で見ること出来る上に、お土産にもなっています。
雌狼像は紀元前5世紀のもの。
ロムルスと双子の兄弟であるレムスの像が付け加えられたのは15世紀だったとは知りませんでした。

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メデューサ像 ベルニーニ作 1630年作成

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バロック芸術の巨匠であるベルニーニの作品で、メデューサはギリシア神話に登場する髪の毛が蛇の怪物。
何とも言えないメデューサの表情は、首を切られ殺される自分の最期を知った瞬間のメデューサを表現しているそうです。

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ソクラテス

2階のどこかだったと思いますが、ガラス張りの広いアトリウム空間に出て来ました。
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アトリウムの中央にオリジナルの マルクス・アウレリウス帝の騎馬像 があります。

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コンスタンティヌス帝の頭部
ここのはブロンズ像ですね。

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馬を襲うライオン
ヘレニズム時代に造られた作品で、見ていてドキドキするほど迫力があります。
この像の構図が、ごく最近テレビドラマ ( 竹野内豊出演「ベストパートナー」 ) の冒頭シーンで再現されていました。

アトリウム近くに展示してあった彫像で、特に気になったものは
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マルシュアース
アポロンと音楽を競い敗北し、生きたまま皮剥ぎとられる何とも痛々しい場面ですが、そのリアリルさは見事です。


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金箔のヘラクレス像

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ヘラクレスの化身たるコンモドゥス
写真中央に映っている獅子の被り物をして棍棒を持っているのは、コモドゥス帝の胸像です。
コモドゥス帝哲人皇帝とも言われた五賢帝最後のマルクス・アウレリウス帝の息子でありながら、即位後しばらくすると、実姉による暗殺未遂をきっかけに暴君化してしまい、自ら剣闘士の試合に出場して「剣闘士皇帝」と言われたりもします。
コモドゥス帝は、31歳の時に側近に暗殺され、 死後元老院により「記録抹殺刑」を処され、彼の全ての記録は消し去れてしまったのです。
かなり史実とは異なるものの、映画「グラジエーター」では、その姿を見ることが出来ます。
映画の中では父親であるマルクス・アウレリアス帝に愛されず、父殺しを行って帝位を奪うと、直ぐに暴君と化しますが、実際のコモドゥス帝は父親に溺愛され、治世の当初は善政と言って政治を行っています。

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たぶんここから3階です
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洗礼者ヨハネ
16世紀の巨匠カラバッチョの作品です。

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ロムルスとレムス
ルーベンス

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産」「わがまま歩き29 イタリア5都市」「カピトリーニ美術館1・2・3・4」「観るのに5時間かかった圧巻のカピトリーノ美術館の見どころ・主要作品」 等を参照しています。
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  1. 2016/07/31(日) 11:12:00|
  2. イタリア旅行記
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木の香りがする家-Ⅱ ⑤ 各階プラン

木の香りがする家 第二段は、構想十年温めに温めた提案です。

ポスターa-1

設計工房アクトデザインが提案する アーバンフォレストシリーズ 第二弾は、第一段よりも更に多くの国産の杉材をふんだんに使用。
手の込んだ木組みを間近で見て、直接手で触れることで、天然木と手造りの温もりと香りを感じられるデザインとしています。
室内は暖炉のある吹抜けを中心にしたワンルーム形式で、ウッドデッキから庭へと繋がります。
見せる木組みで「都会の森」をイメージした、懐かしさと新しさを併せ持ったレトロ・モダンハウスです。
外に向かって視界と動線が広がる扇型平面が特徴で、郊外住宅セカンドハウスにも適しています。

2F平面図
2階平面図
2階は階段室吹抜けを中心に据え、左右両翼に配置した個室を、バルコニーへと広がるキャットウォークで繋いでいます。

1F平面図
1階平面図
1階は暖炉を中心に据えたワンルーム形式で、水回り以外は扉は設けていません。
ウッドデッキの中心にバーベキュウ台を設置すれば、LDK~ウッドデッキ~庭まで続く、パーティー空間が出来上がります。
  1. 2016/07/30(土) 00:00:58|
  2. 木の香りがする家-Ⅱ
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木の香りがする家-Ⅱ ④ 2階内観

設計工房アクトデザインが提案するアーバンフォレスト ( 都市の森 ) シリーズ第2弾 「 木の香りがする家-Ⅱ 」 は、国産の杉材をふんだんに使用し、直接手に触れることで、天然木の香りと温もりを感じられるデザインとしています。
2階は階段室吹抜けを中心に据え、左右両翼に配置した個室を、バルコニーへと広がるキャットウォークで繋いでいます。
見せる木組み 「 都会の森 」 を表現した、懐かしさ新しさを併せ持ったこの住宅は、郊外住宅セカンドハウスにも適した住宅です。

2F平面図
2階平面図

寝室から吹き抜け 2a
主寝室からアトリウム ( 吹抜け ) を見る。
左側 / 階段室、  中央奥 / 子供室、   右側 / キャットウォーク
       中央下 / ダイニングスペース

キャットウォークから吹き抜け 右
キャットウォークからアトリウム ( 吹抜け ) を見る。
左側 / 階段室、  中央奥 / 子供室、  右側 / キャットウォーク
見せる木組みを最も意識的にデザインした部分

キャットウォークから吹き抜けba 2
キャットウォークからアトリウム ( 吹抜け ) を見る。
左側/主寝室、 中左/階段室、 中右/子供室、 右側/キャットウォーク

キャットウォークから吹き抜け 4
キャットウォーク中央部からアトリウム ( 吹抜け ) を見る。
左側 /主寝室、     中央 / 階段室、      右側 / 子供室

主寝室 A
主寝室
主寝室の天井も勾配天井ななっています。

主寝室 C
主寝室
吹抜け側は壁にするか建具を入れる事も可能でしたが、基本プランでは住宅全体に一体感を持たせる為にあえてオープンにしています。

主寝室 B
主寝室

子供部屋2
子供室

2階廊下から階段 1
ホールから階段室を見る。 左に見えるのは子供室

階段から吹き抜け 3
階段室からアトリウム方向を見る。
階段を更に上ると物見窓のあるロフトがあります。
物見窓は換気用として、夏場は特に有効で、アトリウムの上部に溜った熱気を自然の力で換気出来ます。


  1. 2016/07/29(金) 00:00:09|
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木の香りがする家-Ⅱ ③ 1階内観

設計工房アクトデザインが提案するアーバンフォレスト ( 都市の森 ) シリーズ第2弾 「 木の香りがする家-Ⅱ 」 は、国産の杉材をふんだんに使用し、直接手に触れることで、天然木の香りと温もりを感じられるデザインとしています。
1階は暖炉を中心に据えたワンルーム形式で、、水回り以外は扉は設けていません。 
見せる木組み「 都会の森 」 を表現した、懐かしさ新しさを併せ持ったレトロ・モダンハウスです。

1F平面図
1階平面図

リビング-7
コーナー出窓のあるリビングスペースから暖炉のあるアトリウム方向を見る

リビングB 2
リビングスペース ベンチコーナー出窓方向を見る

ホールからリビング A 4
アトリウムから暖炉越しにリビングスペースを見る

ホール
アトリウム
左から リビングスペース  暖炉 ( 階段室 ) ダイニングスペース ( キッチン )

ホール 見上げ
アトリウム
キャットウォークしたから階段室を見上げる

ホールからリビング B 1

ホ-ルからキッチン A1
キャットウォークを支える木組みは特に特徴のあるデザインとしています。

廊下 5
廊下
玄関ホールと階段室の間辺りから、リビングスペース方向を見る
  1. 2016/07/28(木) 00:00:41|
  2. 木の香りがする家-Ⅱ
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木の香りがする家-Ⅱ ② 外観

設計工房アクトデザインが提案するアーバンフォレスト ( 都市の森 ) シリーズ第2弾 「 木の香りがする家 -Ⅱ」 は、国産の杉材をふんだんに使用し、直接手に触れることで、天然木の香りと温もりを感じられるデザインとしています。
外に向かって、2方向に視界と動線が広がって行く扇形プランが特徴です。

鳥瞰9 a 南
南西 鳥瞰パース

遠景9 a 南
南西 外観パース 

外壁は天然木下見板張りを想定していますが、建設地の防火指定敷地条件によっては、防火認定の取れている窯業系サイティング金属系サイディングを採用するか必要があります。

鳥瞰10 a 南南東
南南西 鳥瞰パース

遠景10 a 南南東
南南西 外観パース 

ウッドデッキの中心にバーベキュウ台を設置すれば、LDK~ウッドデッキ~庭まで続く、パーティー空間が出来上がります。

鳥瞰1 a 南東
南 鳥瞰パース

遠景1 a 南東
南 外観パース


鳥瞰2 a 東南東
南南東 鳥瞰パース

遠景2 a 東南東
南南東 外観パース


鳥瞰3 a 東
南東 鳥瞰パース 
羽を広げた親鳥が自分達の巣 ( 住み家 ) を守るような屋根のデザイン。

遠景3 a 東
南東 外観パース
長く張出した庇とバルコニーは夏の日差しを遮るります。

鳥瞰4 a 北東
東 鳥瞰パース

遠景4 a 北東
東 外観パース


鳥瞰5 a 北
北東 鳥瞰パース

遠景5 a 北
北東 外観パース


鳥瞰6 a 北西
北 鳥瞰パース
南北の軸を中心に、玄関とリビングのコーナー出窓以外は、全てシンメトリー ( 左右対称 ) のデザイン

遠景6 a 北西
北 外観パース


鳥瞰7 a 西
北西 鳥瞰パース

遠景7 a 西
北西 外観パース


鳥瞰8 a 南西
西 鳥瞰パース  

遠景8 a 南西
西 外観パース
  1. 2016/07/27(水) 00:00:29|
  2. 木の香りがする家-Ⅱ
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木の香りがする家-Ⅱ ① 木軸フレーム

設計工房アクトデザインが提案するアーバンフォレスト ( 都市の森 ) シリーズ第2弾 「 木の香りがする家 」 、国産の杉材をふんだんに使用し、直接手に触れることで、天然木の香りと温もりを感じられるデザインとしています。

木軸3d 南西-1
南西 木軸フレーム 外観パース

木軸3d 南西鳥瞰-1
南西 木軸フレーム 鳥瞰パース

扇型のプランには正方形や長方形の矩形だけの建物にはない面白みがあります。

木軸3d 南南西-1
南南西 木軸フレーム 外観瞰パース

木軸3d 南南西鳥瞰-1
南南西 木軸フレーム 鳥瞰パース

扇型の平面は、2方向に視界と動線が広がって行くデザインです。

木軸3d 南-1
南 木軸フレーム 外観パース

木軸3d 南鳥瞰-1
南 木軸フレーム 鳥瞰パース

南北の軸を中心に、玄関とリビングのコーナー出窓以外は、全てシンメトリー ( 左右対称 ) のデザイン

木軸3D 西-1
西 木軸フレーム 外観パース

木軸3d 西鳥瞰-1
西 木軸フレーム 鳥瞰パース


  1. 2016/07/26(火) 10:21:21|
  2. 木の香りがする家-Ⅱ
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ローマ散策 -26 カンピドリオ広場

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂を左てに見ながら後に回ると、広場を見上げる緩やかで長い、まるで坂道のような階段の下に出ます。
カンピドリオ広場ローマの七つの丘の中の最も高い丘に在ります。 
現在では16世紀半ばにミケランジェロが設計したバロックの広場として有名ですが、古代ローマ時代には、ユピテル神殿の在るローマで最も神聖な聖域だったのです。
ミケランジェロの設計したカンピドリオ広場は、建築史上初めてバロック的広場を創案したと言われていますが、古代ローマファンの私には、古代ローマの面影を全く残していない現在の姿は、少し悲しくもあります。

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長い階段の下からカンピドリオ広場を見上げる
もっと目立つ広場かと思っていましたが、階段の下からでは、広場の様子は窺い知ることは出来ません。

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階段を上ると左右に馬を従えたギリシャ神話に登場するカストルとポルクスの双子の神の像が迎えてくれます。

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階段を上がり切り、カンピドリオの丘に立つと、今度はマルクス・アウレリウス帝の青銅製の騎馬像が見えてきました。

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カンピドリオ広場と言えば、複数の異なった形の建物をひとつの明快な対称軸線上に統合したバロック的なデザインと床に描かれたモザイクの床の模様で知られています。
なんとかモザイクの床の模様を写真に撮ろうと試みたのですが、高い所に上らない限りどうやら無理な様です。

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カンピドリオ広場のもう一つの目玉がマルクス・アウレリウスの騎馬像

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この像はレプリカで、本物はカピトリーノ美術館内に展示してあります。

多くのローマ皇帝達の彫像は、帝国滅亡後にキリスト教徒によって破壊されたり、テヴェレ川投げ捨てられる運命を辿りますが、この彫像はキリスト教を公認した皇帝コンスタンティヌスの騎馬像と間違えられ破壊を免れたのです。
長く郊外の邸宅の庭に放置されていたものを、ミケランジェロが再び表舞台に復帰させたのです。

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マルクス・アウレリウスの騎馬像の後、広場の正面奥に在るのは市庁舎
広場からは左右対称に見える両側の建物は、右側がコンセルヴァトーリ宮殿、左側はパラッツォ・ヌオーヴォ(新宮殿)が建っています。
現在では前者はコンセルヴァトーリ館、後者はヌーボー館として利用されています。
二つの建物は地下通路で結ばれており、両館合わせてカピトリーノ美術館と呼ばれていて、一般に公開された美術館としては世界最古の美術館です。

地上から撮った写真だけでは広場の雰囲気が伝わらないので
航空写真
手持ちの資料から

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産」「ローマヴァティカン市国・システィーナ礼拝堂」 等を参照しています。
  1. 2016/07/25(月) 18:16:30|
  2. イタリア旅行記
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ローマ散策 -25 コンソル通りの建物とヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂

ロトンダ広場の一角在る店で、パンティオンを見ながらピザとホカッチャを食べ、コンソル通りを南下してヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂を目指して歩いて行きます。
ポポロ広場からヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂まで続くコンソル通りにでると、通りの両側には思わずシャッターを押したくなる建物が並んでいます。

先ず初めに目に留まった建物は
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建物の詳細は分かりませんでしたが、バロックの教会だと思われますが、地図にはS. Marcello al Corsoと記されています。

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ドーリア・パンフィーリ宮殿
奥にはサンタ・マリア・イン・ヴィラ・ラタ教会が見えます。

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この宮殿は現在、美術館として公開されています。


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オデスカルキ宮殿

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隣の建物も、名前こそ分かりませんが、素敵な建物です。


ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂の前の楕円形の広場 Piazza Venezia に出て来ました。
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イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の為の記念堂であり、無名戦士の墓としての役割も兼ねた建物です。

設計者 / ジュゼッペ・サッコーニ
竣工年 / 1925年
所在地 / ローマ ヴェネツィア広場


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カピトリーノの丘に聳え立つ新古典主義の建築物は、幅135m、屋上に設置されたビィクトリア像まで含めた高さは81mの巨大建築物です。
屋上からはローマ市街を一望することもでき、海外からの観光客にとっては首都ローマを訪れた際に訪れる名所として一般化していますが、地元のローマっ子からは建設当初から、古代ローマ中世時代の建物が入り乱れるローマにおいては浮いた存在であり、景観を乱す建物として、「ウェンディングケーキ」「タイプライター」「入れ歯」といった蔑称で呼ばれていたそうです。

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建物全体に大理石が貼られ、コリント式の円柱、噴水、大きな階段が特徴です。
建物上部には2体の勝利の女神ヴィクトリアの彫像が置かれ、建物正面には国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の騎馬像が設置されています。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産」 等を参照しています。
  1. 2016/07/24(日) 16:13:16|
  2. イタリア旅行記
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ローマ散策 -24 ナボーナ広場

サン・タンジェロ城を見学を終え、1日目にはミサの為に内部の見学が出来なかったパンティオンに向かう途中、ローマで最も美しいバロック様式の広場として知られる、ナボーナ広場に立ち寄りました。

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南北に約250m、東西は約50mの楕円形のこの広場は、元は紀元85年頃にドミティアヌス帝が造らせたドミティアヌス競技場が在ったところを、17世紀にバロック様式の広場に整備したため、かつてのトラックの形が、そのまま広場の形状として残っています。

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広場の中央近のバロック様式ドームのある建物はサン・タニェーゼ・イン・アゴーネ聖堂などの、周辺の建物と調和したデザインの3つの噴水とチルコ・マッシモから移築したオベリスクが広場を飾ります。

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3つの噴水のうち、中央の四大河の噴水は、1651年に完成したベルニーニの作品。
ナイル川、ガンジス川、ドナウ川、ラプラタ川を擬人化した像に守られるように、中央に聳え立つのがチルコ・マッシモから移築されたオベリスクです。

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広場北側に在るネプチューンの噴水

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広場南側のムーア人の噴水

南北の二つの噴水は19世紀に造られたものです。

この後、パンティオンの内部を見学してからロトンダ広場に面したトラットリアで遅い昼食をとり、予定を変更してカピトーリノ美術館へ向かいました。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産」「ローマ過去と現在」「ローマ昨日と今日」「ローマヴァティカン市国・システィーナ礼拝堂」 」「ローマ人の物語」等を参照しています。
  1. 2016/07/16(土) 00:00:00|
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ローマ散策 -23 サン・タンジェロ城

塩野七生さん著のローマ人の物語ファンの私としては、サンタンジェロ城と言うよりも、ハドリアヌス廟としての思いの方が強いのですが、14世紀以降のローマ教皇達によって、要塞として改造し強化された、現在のカステル ( 城 ) としての姿も、長い歳月の中でローマの顔となっています。

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ハドリアヌス廟五賢帝の一人で、建築家としても知られるハドリアヌス帝が、自分を含めた以後のローマ皇帝の永遠の霊廟として紀元135年に建設を始め、次期皇帝アントニウス・ピウス帝の時代に変った139に完成しました。

ハドリアヌスの霊廟
霊廟復元模型

ハドリアヌスの霊廟復元図
霊廟復元図

4世紀の歴史家プロコピウスは、以下のようなローマ帝国時代の霊廟の描写を残しています。
「 四角形の基壇の上に巨大な塔が建ち、ドーリス式の円柱や彫像で飾られ、埋葬された皇帝達の墓碑が並んでいる。
頂上には4頭立て戦車を引くハドリアヌス帝の青銅像が設置され、壁面と言う壁面には白大理石が貼られている。
この霊廟はコロッセオと並んで、古代ローマを代表する素晴らしい建物である。 」

建設当時のハドリアヌスの霊廟は、現在の要塞のような厳しい姿ではなく、白亜の神殿と言えるような、優美で美しい姿だったのです。

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しかし、皇帝の霊廟としての役割は、217年のカラカラ帝の埋葬が最後となります。
ローマ帝国末期の403年には、アウレリアヌスの城壁の一部に組み入れられ、軍事施設としての使用が始まります。

590年、教皇グレゴリウス一世が、ローマを襲ったペストの終息を祈願している時に天使が現れ、その後ペストは納まり、直後に礼拝堂が建てられ、以後サン・タンジェロ ( 聖天使 ) 城 と呼ばれるようになったのです。

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円筒形の直径は64m。 横から見た姿は、トーチカのようにも戦車のようにも見えます。

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14世紀以降は歴代のローマ教皇によって要塞とされ、また同時に牢獄や避難所としても使用されたのです。
1527年、教皇クレメンス七世は、あの忌まわしいローマ略奪の間、皇帝カール5世率いるドイツ人傭兵の手から逃れる為、要塞化されていたサン・タンジェロに立て籠もったのです。

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このアングルから見ると、霊廟としての面影はなく、まさに要塞です。

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17世紀前半には教皇ウルバヌス八世がさらなる強化をすすめ、17世紀後半には教皇クレメンス九世は、ベルニーニサンタンジェロ橋の装飾を依頼。
欄干には、ベルニーニ作の2体の彫像を含む10体の天使像が飾られています。

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サン・タンジェロの名前の由来は上で触れました。 
16世紀にラファエロ作の大理石の天使像が頂上に設置され、1753年からは青銅製の像に変えられています。

時間の余裕がなく、サン・タンジェロ城の内部の見学は諦めましたが、夜景が綺麗だと聞いていたので、二日目の最後に、夜景を撮影する為に戻ってきました。
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本当はもっと暗くなるまで待ちたかったのですが、3月半ばのローマは寒い割には陽が長く、なかなか暗くなりません。

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残念ながら疲労と寒さに耐えられなくなり、この写真を最後に夜景の撮影は諦めて、ホテルに戻ることにしました。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産」「ローマ過去と現在」「ローマ昨日と今日」「ローマヴァティカン市国・システィーナ礼拝堂」 」「西洋建築史図集」等を参照しています。
  1. 2016/07/15(金) 00:20:00|
  2. イタリア旅行記
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ローマ散策 -22 サンピエトロ大聖堂 ④

バチカン美術館で古代からの芸術品の数々を鑑賞し、サンピエトロ大聖堂内では、ルネッサンス期の建築技術と芸術を満喫して、この頃にはかなり疲れていましたが、この後も見学の予定がビッシリです。
大聖堂の中には休憩する場所も時間もないので、後ろ髪を引かれながらも聖堂の外へ。

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聖堂の正面にはブロンズ製の扉の5つの出入口があり、聖なる扉が有名ですが、どうやら違う扉を撮ってしまったようです。

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スイス衛兵
派手な衣装で有名なスイス衛兵は、1505年にユリウス2世によって設置された私的衛兵隊です。1507年のローマ略奪の際には最後まで教皇を護衛したことで、今もスイス人が従事しています。
服のデザインはミケランジェロによるとの説もあるそうです。

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聖ペテロ像
聖堂の前には聖ペテロの像聖パウロの像が建っています。
キリストから授かった天国への鍵を持つ聖ペテロの像は、1847年に設置されました。
聖堂正面の屋根の上には、キリスト、洗礼者ヨハネ、ペテロを除く十一使徒の像が並びます。

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ミケランジェロの設計ではパンティオンのような列柱のファザードでしたが、マデルノによる設計変更により現在の通廊式のポルティコ ( 玄関廊 ) に変更されたことで、古代建築の正面のような、奥行きのあるデザインではなくなっています。

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サンピエトロ広場には椅子が並べられていて、残念ながら聖堂の正面には入れません。

普段、建物の写真を撮る場合は、最初は遠目に見えて来て、だんだん建物に近付いて来るものですが、この日は勝手が違うので、なんだか変な感じです。

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古代、エジプトから運ばれ、カリギュラとネロの円形競技場に置かれていたオベリスクは、旧サン・ピエトロ大聖堂が在った時代には、聖堂脇に置かれていましたが、1586年に現在の場所に移されました。

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聖堂に向かって左の噴水はベルニーニの噴水
向かって右側はマデルノの噴水です。

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ここまで離れて、やっと聖堂を正面から見ることが出来ました。

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シンメトリーな設計なので、左右どちらから見ても、大した違いはないのでしょうが、とにかくやたらとシャッターを押しまくりました。

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かなり聖堂から離れましたが、航空写真でもない限り、聖堂と広場を一体として写真に収めることは不可能の様です。

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大柱廊
ア教皇アレクサンデル七世の命により、ベルニーニが設計した広場を囲む大柱廊
屋根に居並ぶ140体の聖人像の高さは3.2mもあるそうです。

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長径240mもある楕円形の広場をぐるりと囲む柱廊には、4列で284本のドーリス式の円柱が並んでいます。

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このアングルは、かなり建物全体を捉えられた一枚だと思います。

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紀元64年、カリグラ帝が建てた競技場において、当時の皇帝ネロによって、帝都ローマへの放火の罪を擦り付けられた、多くのキリスト教徒が、残酷な方法により、見世物にされて殺害されます。
十二使徒の筆頭だった聖ペテロも、この時に逆さ十字架にかけられたのです。
324年、聖ペテロが殉教し、埋葬されたこの地に、キリスト教を公認したコンスタンティヌス帝によって建てられた、バシリカ式で五廊式の聖堂が、現在のサン・ピエトロ大聖堂の前身です。
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旧サン・ピエトロ大聖堂カリギュラとネロの円形競技場

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旧サン・ピエトロ大聖堂

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最後は夜景です。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産」「ローマ過去と現在」「ローマ昨日と今日」「ローマヴァティカン市国・システィーナ礼拝堂」 等を参照しています。
  1. 2016/07/11(月) 00:43:00|
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