アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

ヴェネツィア散策 - 8 広場を囲む建物⑤ ドゥカーレ宮殿Ⅱドーチェの中庭

カルタの門 ( 布告の門 ) からドージェの中庭 に入ると、正面に 巨人の階段 があります。

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巨人の階段  アントニオ・リッツォ作  15世紀
この階段は、ドージェの就任式の場でもありました。
ドージェ ( 元首 ) は最上部の踊り場で王冠ではなく、コルノ帽と言う宝石で飾られた帽子を戴き、終身制のドージェ ( 元首 ) に就任するのでした。

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巨人の階段 を飾る マルテネプチューン の像 サンソヴィーノ作

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南面と西面壁
南面と西面壁は、共に バトルロメオ・マノーポラが建設 17世紀初に
巨人の階段 のある 向いの東面壁は アントニオ・リッツオ設計 1483年の火災後に設計したものです。

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ドーチェの中庭 は四面が開廊に囲まれ、サン・マルコ大聖堂に接する北面の フォスカリのアーケード には、一部彫像飾る壁龕のある壁が在ります。
見えているドームは、お隣の サン・マルコ大聖堂

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フォスカリのアーケード
壁龕や屋根の頂部にも、沢山の彫像が飾られています。
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フォスカリのアーケード にある ロートリング家のフランチェスコ一世像  1587年。
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中庭にあるブロンズ製の井桁も有名です。
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ブロンズの井桁 コスティ作 ( 1556年 )

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中庭には、もう一つ アルベルティ作 ( 1559年 ) 井桁もあります。

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ドゥカーレ宮殿 の内部の紹介は年明けです。

今年一年、アクトデザイン凛太郎のブログ をご覧頂きありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産 ヴェネツィアとその潟」「21世紀シリーズ ヴェネツィア」等を参考または参照しています。
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  1. 2016/12/31(土) 20:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 7 広場を囲む建物④ ドゥカーレ宮殿Ⅰ外観

海からヴェネツィアに上陸すると、最初に旅人を出迎えてくれるのが、ドゥカーレ宮殿の優雅な美しい姿です。

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ドゥカーレ宮殿

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西 ( 広場 ) 側外観
左端に カルタの門 ( 布告の門 ) が見えています。

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3層中央の尖頭アーチ窓上の彫像は有翼の獅子 と ひざまづくドージェ:アンドレア・グリッティ

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南 ( 海 ) 側外観
ドゥカーレ宮殿ヴェネツィア共和国ドージェ ( 元首 )の官邸 兼 政庁舎だった建物。
9世紀初頭に城砦として建設され、14世紀(1309年)から16世紀にかけて、現在の優雅な美しい姿に改修されました。

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華麗に美しく連続するゴシック風尖頭アーチ、特に2層のアーチに施された四つ葉状柱頭は、イスラム建築の影響が見られる細やかな装飾が施され、ヴェネツィア・ゴシック様式の最高峰と言われています。

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アダムとエバァ

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ヴェネツィア・ゴシック様式の特徴と言える四つ葉状柱頭は、先日紹介したカナル・グランデ沿いに建ち並ぶ宮殿にも、多く採用されていましたね。
それにしても、薄ピンク色の外壁が何とも美しい。

治安の大変良かったヴェネツィアの建物はどれも優美で、外敵に攻められることなど、全く想定していないような造りです。
内乱や政変が続いたフィレンツェ共和国の政庁舎、ヴェッキオ宮殿の武骨な外観とは実に対照的です。

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カルタの門 ( 布告の門 ) 
オリジナルの設計者は ボン兄弟 ですが、1797年に破壊された為、現在見られるものは19世紀に修復したものです。

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門の上には、ここでも ドージェ ( 元首 ) と有翼の獅子 の像のレリーフが施されています。
両側の壁龕には、
上段 / 慎重 の像 ( ボン兄弟作 )
下段 / 節制 の像 ( アントーニオ・リッツォ作 ) が飾られています。
写真右下に写る、宮殿北西角に当たる開廊1層の円柱上には ソロモンの裁き ( ピエトロ・ランベルティ、ナンニ・ディ・バルトロ作 )
門の奥には 巨人の階段 が見えます。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産 ヴェネツィアとその潟」「21世紀シリーズ ヴェネツィア」等を参考または参照しています。
  1. 2016/12/31(土) 18:25:05|
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ヴェネツィア散策 - 6 広場を囲む建物③ 旧行政館・時計塔

サン・マルコ広場 を囲む建物 の紹介の三回目です

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旧行政館
その名の通り、ヴェネツィア共和国の行政官達の官房だった建物で、対面する 新行政官 は、旧行政官 が手狭になり建てられたものです。

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サン・マルコ広場 の北側に建ち、広場に面する全長約150mに及ぶ長いアーケード には、1775年創業の カッフェ・クアードリ をはじめ 高級ブランド店やレストラン、ヴェネツィアングラスを売る店が並んでいます。

建物の詳細は調べられませんでしたが、広場に面する3層の壁面には、アーチを支える列柱が美しく並びます。
アーケードの柱スパンは、広場を囲む正面の 新行政館 や右隣りの コッレール美術館 と合わせて造られいるようですが、他の建物と比べると、アーチと柱のデザインはややシンプルです。
2・3階のアーチの開口幅は、1階の半分ので、柱も細く、繊細な印象を受けます。


広場から見て 旧行政館 の右隣りに見える、時計塔 のある建物も有名です。
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ムーア人の時計塔
サン・マルコ広場 の北側の出入り口である、メルチェリア通りを跨いで建つこの塔は、1499年に コンドゥッシの設計 によって建てられました。
塔の両側の建物は P・ロンバルトの設計 で1506年に建てられたもの。

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見所満載のこの塔は
上から / 鐘を突くムーア人の像、聖マルコの獅子像、聖母子像、ラニエリ兄弟の大時計 が見られます。

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鐘を突くムーア人の像
アンブロージョ・ダ・レ・アンコーレ作  ( 1506年 )
正午になると、機械仕掛けの二人のムーア人の銅製の人形が、大きく鐘の音を突き鳴らします。

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ヴェネチアのシンボル 聖マルコの獅子像 = 翼を持つライオン像

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聖母子像  A・レオパルディ作

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ラリエリの大時計  ジャンパオロ・ラニエリ作
針は1本だけで、1日掛けて1周します。 ラピスラズリ製の青い文字盤に、金の美しい星座表と、大理石のローマ数字の大時計は、典型的な中世の天文時計です。 

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産 ヴェネツィアとその潟」「21世紀シリーズ ヴェネツィア」等を参考または参照しています。
  1. 2016/12/27(火) 10:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 5 広場を囲む建物② 新行政館・コッレール美術館・旧行政館・時計塔

サン・マルコ大聖堂 のテラスから サン・マルコ広場 を見る
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左 / 新行政館  中央 ( 奥 ) / ナポレオン翼  右 / 旧行政館
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サン・マルコ大聖堂 の正面に見る広場は、3棟の長大な建物がコ字形に配されています。
広場に面する1階に廻らされたアーケード ( ポルティコ ) の前には、レストランやカフェのテーブルが置かれ、世界一美しい広場を楽しみながら、食事をしたり、一休みする場を提供するとともに、広場の賑わいも増しているようです。


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ナポレオン翼
ナポレオンが舞踏会などの会場として建てさせた建物なので、この名前が付けられました。

697年の共和国設立以来、アドリア海の女王と呼ばれたヴェネツィア共和国は、1797年にナポレオンの侵略によって共和制は崩壊し、1100年に渡る歴史は幕を閉じた訳ですから、ヴェネツィアに憧れる者にとっては、今ではこの美しいサン・マルコ広場の一角を造っているとは言え、ナポレオン翼と言われるこの建物を、心静かには眺めることは出来ません。

サン・マルコ大聖堂 に対面して広場の西側に建ち、広場から外へ出られるアーケード内の通路 ( ピロティー部分 ) に コッレール美術館 の入口があります。
マルチアーナ図書館と酷似したデザインで、パラペットのデザイン以外はそっくりです。

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アーチを支える柱には、1階はドリス式、2階はイオニア式のオーダーが施されています。

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左 / 新行政館  右 / ナポレオン翼

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新行政官
マルチアーナ図書館ナポレオン翼 の間に在る三層の建物
この建物も1階と2階のデザインは、両側の建物とそっくりですが、2層のフリーズ部のデザインはナポレオン翼に、3階の手摺マルチアーナ図書館 と似ています。
2階にはコッレール美術館歴史館、3階は絵画館になっています。

1階のアーケードには、1720年開業のヴェネツィアに現存する最も古いカフェで、カフェ・ラッテの発祥店として有な カッフェ・フローリアン が在ります。
ヴェネツィアに現存する最も古い喫茶店-1

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カッフェ・フローリアン
今回は写真を撮れなかったので、上2枚の写真は、以前に妻が撮ったものです。

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1階アーケードを支えるアーチドリス式柱の詳細。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産 ヴェネツィアとその潟」「21世紀シリーズ ヴェネツィア」「海の都の物語」等を参考または参照しています。
  1. 2016/12/27(火) 08:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 4 広場を囲む建物① 鐘楼・サンソヴィーノの開廊・マルチアーナ図書館

サン・マルコ広場 を囲む建物を紹介していきます。

先ずは、広場のシンボルの一つと言える
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サン・マルコ鐘楼

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サン・マルコ広場ランドマークであるこの鐘楼が、最初に建てられたのは9世紀までさかのぼります。
何度も倒壊と再建が繰り返された後、1511~1514年にバルトロメオ・ボンジョルジョ・スバヴェント によって建てられ、現在の形の鐘楼として完成します。
その塔も1902年に鐘楼の北側に入ったひびの影響で完全に崩壊してしまい、現存する高さ98.6mのこの鐘楼は、1912年に再建されたものです。

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夕陽を浴びる サン・マルコ鐘楼

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鐘楼の下部6割程は、開口部の殆んど無い、重々しい煉瓦積みの外観ですが、4方に4連アーチの開口部のある鐘突堂の付近だけは、白色の石造で、頂部に大天使ガブリエルを冠した、緑色の尖った方業屋根と相まって、軽やかなと華麗さを演出しています。


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サンソヴィーノの開廊
サン・マルコ鐘楼 の足元にあるこの開廊は、ヤーコポ・サンソヴィーノ設計

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2本セットのコリント式の柱間の壁龕には、彫刻家でもあったサンソヴィーノの手による、「アポロ」「マーキュリー」「平和」「ミネルヴァ」の4つのブロンズ像が置かれています。


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マルチアーナ図書館
サンソヴィーノの開廊の左隣りの2階建ての建物。
ドゥカーレ宮殿の向いで大運河に面する位置に建つのは、サンソヴィーノの開廊と同じヤーコポ・サンソヴィーノが、1536年にヴェネツィア共和国に招かれて建てた図書館です。
ヴェネツィアに現存する最も古い公文書が数多く保存されており、66万点を超える蔵書を誇り、ラテン語、古典ギリシア語の写本、手稿本の豊富さに特徴があるそうです。

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マルチアーナとは聖マルコの事で、聖マルコの名を冠した、このマルチアーナ図書館は、イタリア国内だけでなく、世界で最も重要な図書館の一つです。 

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ご覧の通りの2階建ての建物で、アーチを支える列柱は壮観です。

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柱の上部に当たる屋上手摺には、それぞれに裸体の彫像が乗せられています。
フリーズアーチを飾る彫刻も見事です。

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1階はドリス式、2階はイオニア式のオーダーが施されています。

今回は内部の見学はしませんでしたが、図書館の中を紹介しているテレビ番組 ( 美の巨人たち ) を見て、見学しなかったことを後悔しています。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産 ヴェネツィアとその潟」「21世紀シリーズ ヴェネツィア」等を参考または参照しています。
  1. 2016/12/26(月) 12:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 3 サン・マルコ広場

ついに永年憧れた続けた 海の都 とも アドリア海の女王 とも呼ばれた ヴェネツィアの海の表玄関 サン・マルコ広場 へ上陸します。

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水上バスから見た サン・マルコ広場 ( 上下の写真は次の日に撮影 )

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サン・マルコ広場 付近には3ヶ所の水上バス乗り場があますが、最初の上陸は サン・マルコ・サン・ガッサリア乗り場から。

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旅人を初めに出迎えてくれるのは、マルチアーナ図書館ドゥカーレ宮殿

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その間に建つ 二本の巨大な円柱、そして 鐘楼 です。

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ドゥカーレ宮殿 側の柱の頂上には、聖マルコを象徴する 有翼の獅子像

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有翼の獅子像

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マルチアーナ図書館 側の柱には 聖テオドーロ像 が載っています。

サン・マルコ広場 は、イタリア語で書くと Piazza San Marco 。
ヴェネツィアでは広場は方言で カンポ ( campo ) と呼ばれますが、サン・マルコ広場 だけは別格扱いで、ピアッツァ ( piazza ) と呼ばれています。
かの ナポレオン に 「世界で最も美しい広間」 と絶賛されたこの広場は、9世紀に整備され、12世紀に2倍の広さに拡大されて以来、ヴェネツィア共和国 の政治の中心である ドゥカーレ宮殿 や、精神の拠り所である サン・マルコ寺院 をはじめ、回廊のある建物に囲まれたこの広場は、ヴェネツィア共和国の中心であり続けました。

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サン・マルコ大聖堂 のテラスから、二本の円柱 を見る。 ( 写真は次の日に撮影 )

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左 / 新行政館  中央 ( 奥 ) / ナポレオン翼  右 / 旧行政館
新行政館の1階には、18世紀に創業しカフェ・ラッテの発祥店として有名な カッフェ・フローリアンがあります。

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時計塔
旧行政館の更に右側に在る 時計塔
塔上の 鐘を突くムーア人像聖マルコ獅子像 も有名です。

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サンソヴィーノの開廊
サン・マルコ鐘楼 の足元にあるこの開廊は、サンソヴィーノの設計。
開廊の前には、塔に上る人達の列が出来ています。

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左 / サン・マルコ鐘楼  中央 ( 左 ) / 新行政館  
中央 ( 右 ) / ナポレオン翼  右端 / 旧行政館

ナポレオン翼 の前辺りから撮る
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左 / 旧行政館  中央 ( 左 ) / サン・マルコ大聖堂  
中央 ( 右 ) / サン・マルコ鐘楼  右 / 新行政館 

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夕方にほぼ同位置から

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サン・マルコ大聖堂 前で記念撮影。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産 ヴェネツィアとその潟」「21世紀シリーズ ヴェネツィア」等を参考または参照しています。
  1. 2016/12/24(土) 12:55:55|
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ヴェネツィア散策 - 2 カナル・グランデ① フェローヴィア ⇒ サン・マルコ・サン・ガッサリア

ちょっと睡眠不足ですが、時間が惜しいので寝坊などしてはいられません。
ホテルで朝食を済ませ、サンタ・ルチア駅 駅前のフェローヴィアと言う乗り場から、水上バスに乗り込んで、カナル・グランデ ( 大運河 ) を下って サン・マルコ広場 へ向かいます。

写真に撮ったカナル・グランデ沿の建物の詳細は、分からないものが多くあります。
ストリートビューと手持ちの地図で調べることが出来た建物名、ネットで調べて分かる範囲で解説を書きますが、写真ノミの建物もあると思いますが、それでも、海の都ヴェネツィア の雰囲気は味わえるのではないかと思っています。

勇んで水上バスに乗り込んだものの、初めての乗船で勝手がつかめず、船の中央付近まで押し込まれてしまい、リアルト橋を過ぎる迄は、写真を撮るどころではありませんでした。

写真には大まかな位置と、水上バスの進行方向に向かっての、「左岸」「右岸」を記入します。

リアルト橋 を過ぎた当たり  左岸 / サン・マルコ地区
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左の白い建物 / ドルフィーン=マニーン館 
ヤーコポ・サンソヴィーノ設計 16世紀 
 カナル・グランデに面する1階部の大きな半円アーチが特徴的な、
 ルネサンス様式の建物。 
 1階の階高は右隣りのベンボ館 の2層分の高さとほぼ同じに見えます。
右のオレンジ色の建物 / ベンボ館 ( 現ホテル ) 15世紀
 2・3階の中央に開けられた、2対の5連窓が特徴的な、ほぼシンメト
 リーな立面を持つ、後期ゴシック様式の建物。 
 取って付けたようにも見える5階は、近年の増築だと思います。


リアルト橋 を過ぎた当たり  左岸 / サン・マルコ地区
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リアルト橋 を過ぎた当たり  左岸 / サン・マルコ地区
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中央の薄ピンクの建物 / コルネール・ロレダン館 ( 現市役所 ) 
12-13世紀
右の薄茶色の建物 / ダンドロ=ファルセッティ館  12-13世紀  
 1343年にドージェに選出された アンドレーア・ダンドロの邸宅。
 1670年にファルセッティ家が購入しています。
 2棟共に12~13世紀の典型的な商館邸宅

サン・ルーカ川 少し手前  左岸 / サン・マルコ地区
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中央左の薄ピンクの建物 / ダンドロ=ファルセッティ館  
中央の薄茶色の建物 / コルネール・ロレダン館 ( 現市役所 )
右の濃いオレンジ色の建物 /
コルネール=マルティネンゴ・ラヴァ館 16世紀
 かつてはカヴァッリ家の邸宅だったので、運河や路地に面する壁には
 カヴァッリの名前が書かれているそうです。
 他の建物と比べると、カナル・グランデに面する玄関にはアーチ
 なく質素な印象です。
 上階のデザインは、一見シンメトリーかと思いましたが、右側の壁が
 幅広で、窓の並びはランダムです。
 中央やや左よりに奥行の浅いロッジアがあり、4連の半円アーチ
 施されています。
 寄棟屋根の小屋裏部屋は増築かもしれません。 
 

サン・ルーカ川 少し手前  左岸 / サン・マルコ地区
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左側の濃いオレンジ色の建物 /
コルネール・ヴァルマラーナ館 16世紀建設 19世紀改修
 16世紀に建設されたルネサンス様式の建物
 カナル・グランデに面する1階の中央には、セルリアーナ式の玄関が
 あり、両側にも2個づつの半円アーチの開口が開けられています。
 2階の中央のロッジアには、3連の半円アーチが施され、直上にも似た
 デザインの3連窓があります。
 両側には2個づつの半円アーチ窓と、壁には彩色された大楯型や
 円形の装飾が施されています。
 白い水平方向のボーダーが施された、シンメトリーな立面の建物で、
 全体的に新しい建物の印象があるのは、19世紀に修復されたから
 だと思います。
 デザインの異なる最上階はこの時の改修によるもだと思います。  
中央右の白い建物 / グリマーニ館
右端の建物 / コルネール・コンタリーニ・ダイ・カヴァッリ館

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グリマーニ館 ( 現裁判所 ) ミケーレ・サンミケーリ設計   1575年  
コリント式オーダーの化粧柱と、大きな半円アーチが目を引く、堂々たる佇まいのパラッツオで、ルネサンス様式の傑作です。
設計者のサンミケーリは、カナル・グランデに面するポルティコ凱旋門の要素を取り入れ、上階にも同様のデザインを取り入れています。
1階2階を貫くコリント式オーダーの角柱は、3階のロッジアから張り出す露台を支えるようなデザイン。
3階4階の化粧柱は、コリント式オーダーの円柱で、3つの大きく開いた半円アーチは一際目を引き、大きく張出した軒蛇腹 ( コーニス ) も相まって、堂々たる印象を醸し出しています。


左端に観えるのが サン・ルーカ川  左岸 / サン・マルコ地区
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左端の運河 / サン・ルーカ川
左側の建物 / コルネール・コンタリーニ・ダイ・カヴァッリ館 
15世紀建設 17世紀改修
 カナル・グランデに面する1階の中心にはセルリアーナ式の玄関があり
 2階中央部のロッジアに6連の四つ葉状柱頭と、迫り出した露台
 施された、盛期ゴシック様式の建物
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 ロッジアの両側に施された紋章には、二頭の馬が彫られているため、
 dai Cavalli ( 馬の意 ) 館 と呼ばれています。
右側の白い建物 / トローン館 14世紀前半
 2・3階の中央部にゴシック様式の4連のオジーアーチ窓を持つ建物で、
 最上階はセルリアーナ式窓が見られますが、1階と4階は後の改修に
 よるものです。

サン・ルーカ川 を過ぎた辺り  左岸 / サン・マルコ地区
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左の細い運河は カ・コルネール川  左岸 / サン・マルコ地区
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ランド・コルネール・スピネッリ館 
マーウロ・コドゥッシ設計? 1490年頃建設 18世紀改修
初期ルネサンス様式の建物
1・2階の外壁は、切り石積み、中央に半円アーチの大きな玄関を配し、左右の壁の凸凹位置に小さな窓が開けられています。
3・4階はほぼ同じデザインで、大きな半円アーチの中に2つの半円と小さな円を組み合わせた窓が、中央に2連、両側に1個づつ並んでいます。
このデザインは、後で紹介することになるヴェンドラミン・カレルジ館の窓にも観られるものです。
フリーズには花綵 ( はなづな ) 飾りの帯状装飾でが見られます。
頂部に見える、バロック風なデザインで造られた、小さな神殿の様な屋根裏部屋も特徴でしょう。
この建物は、15世紀の終わりにランド家の邸宅として建てられ、1542年にジョヴァンニ・グリマーニに持ち主が変り改築されます。
1700年代にはスピネッリ家が借り入れ、1850年にはマリーア・タッリオーニの所有となり、入口の階段脇に手摺が付けられますが、以後カ・ドーロに移されています。

サンタンジェロ停留所 辺り  左岸 / サン・マルコ地区
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左端の建物 / 詳細不明
オレンジ色の建物 / バロッチ館 ( 現サンタンジェロ ホテル ) 19世紀
右隣の肌色の建物 / サンタンジェロ ホテル 20世紀
少し突き出した白い建物 / ガルゾーニ館 15世紀


サン・ポーロ川 辺り サン・トマ停留所 が見える 
右岸 / サン・ポーロ地区
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中央右のオレンジの建物 / ピザーニ・モレッタ館

左の細い運河は カ・グランツォニ川  左岸 / サン・マルコ地区
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ガルゾーニ館 ( 美術館? ) 15世紀
 ゴシック様式の建物
 正面の立面は完全なシンメトリー、2・3階の中央部に4連のオジー
 アーチ窓
を持つ建物で、両側にも連窓とほぼ同デザインの窓が2個づつ
 開けられ、2階の窓にだけ、細く白い矩形の額取りがされています。
 ヴェネツィアでは良く見るデザインの建物ですが、1階のセルリアーナ
 式風玄関アーチ
の左右に、楕円形窓であることでしょうか?
 矩形の窓のある最上階は後世の増築ではないかと思われます。


カ・グランツォニ川 を少し過ぎた辺り  左岸 / サン・マルコ地区
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左側の建物 / コルネール・ゲルトフ・アルヴェラ館 
11世紀建設-16世紀改修
 ゴシック様式の建物を、16~17世紀に改築した建物。
 1・2階の中央にセルリアーナ式の開口があり、3階の中央には半円
 アーチの4連窓
があります。
 2・3階の両側には、左右対称に2個づつの半円アーチ単体窓を配して
 います。
 屋上にペディメントと妻壁を見せている、小屋裏部屋が目立っています。
中央から右側の建物群 / モチェニーゴ館 16世紀

サン・トマ停留所 辺り
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右岸 中央の肌色の建物 / ジュスティニアン館
右岸 上の右隣りの肌色の建物 /
カ・フォスカリ館 ( 現ヴェネツィア大学・経済・商学部 )
右岸 右端の角のある建物 / バルビ館

サン・トマ~サン・サムエレ停留所 の中辺り  
右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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左 / ジュスティニアン館  
右 / カ・フォスカリ館 ( 現ヴェネツィア大学・経済・商学部 )
ヴェネツィアで最も美しいと言われるゴシック盛期の様式で建てられています。
古くはジュスティニアン家の住居でしたが、政府所有の後はマントヴァ公、次いでフランチェスコ・スフォルッツァに贈られ、1452年にドージェだったフォスカリ家が買い取っています。

サン・トマ~サン・サムエレ停留所 の中辺り  
右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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中央左の列柱のある建物 / カ・レッツォーニコ ( 18世紀博物館 )
上の建物の右隣の建物 / Ca' Bemarda
右端の建物 / ジュスティニアン館

カ・レッツォーニコ停留所 辺り  右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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カ・レッツォーニコ ( 18世紀ヴェネツィア美術館 ) 1756年 
バルダッサーレ・ロンゲーナが着手し、ジョルジョ・マッサーリ が1745年に完成した、典型的な18世紀建築
バロック様式、ルネサンス様式、パラディオ様式など様々な特色を持つ建物。
カ・グランダ ( コルネル館 ) と似たイメージの建物です。

カ・レッツォーニコ~アカデミア停留所 の中辺り  
右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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左側の低い建物 / マイネッラ館
右側の建物 / ロレダン・デッランバッシャトーレ館 1470年頃 
 3階の中央に露台のある4連の四つ葉状柱頭の開口を、4階のロッジアには
 4連のオジーアーチを施しています。
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 両側に2個づつのオジーアーチ窓を配し、3・4階の全ての開口部には、
 長方形の額縁がされています。
 シンメトリーな立面をもつゴシック様式の建物です。
 また、3階の左右の壁龕に、プットの彫像が飾られています。

サン・サムエレ~アカデミア停留所 の中辺り
左岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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サン・サムエレ~アカデミア停留所 の中辺り  左岸 /サン・マルコ地区
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ファリエール・カノッサ館 15世紀
建物の両側に突出したバルコニー付のロッジアと、カナル・グランデに直接面する前庭が特徴的な邸宅です。
2階の壁面中央に5連のオジーアーチ窓が見られます。
小さな建物ですが、カナル・グランデ沿いに建つ建物の中で、一際目を引く建物の一つです。

カ・レッツォーニコ~アカデミア停留所 の中辺り  
右岸 /ドルソ・ドゥーロ地区
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コンタリーニ・デッリ・スクリーニ・エ・コルフ館
異なる時代の二つの建物が隣接しています。
右側の建物 / フランチェスコ・ズメラルディ内装改修 17世紀改修
 3・4階の中央に4連のオジーアーチ窓があり、両側にも2個づつの同じ
 デザインの窓を配したシンメトリーな立面の建物です。
 オジーアーチ窓周りの長方形の額縁内に、淡い着色がされています。
 ネットで見付けた図面にはノビーレ階四つ葉状柱頭がありますが、
 現在は埋められています。
 後期ゴシックの建物を17世紀に改修した建物です。
左側の建物 / ヴィンチェンツォ・スカモッツィ設計 1609年
 1階は石積みの壁面で、2階には2本セットの化粧柱が施され、その間に
 半円アーチ窓が開けられ、屋根の上には切り妻の屋根裏部屋の小塔が
 あります。


アカデミア停留所 向い辺り  左岸 / サン・マルコ地区
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左側のオベリスクのある建物 / ジュスティニアーン=ロリーン館
 バルダッサッレ・ロンゲーナ改修設計 14世紀建設-17世紀改修
中央のオレンジ色の建物 / チヴラーン・バドエール・バロッツィ館 
16世紀建設-18世紀改修
 ノービレ階の中央に半円アーチの3連窓がある建物。
 上階は後世の増築されたものです。
右側の庭のある建物 / 建物の詳細は不明です。


アカデミア停留所 を過ぎた辺り  左岸 / サン・マルコ地区
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グッソーニ-カヴァッリ-フランケッティ館 1565年建設-19世紀改修
グッソリーニ家によって、15世紀末に建てられたゴシック様式の建物を、16世紀初頭にガヴァッリ家が購入します。
その後、何度か所有者は変わり、19世紀の後半にフランケッティ男爵の所有となりました。

シンメトリーな立面の美しい建物で、中央のロッジアに施された5連の四つ葉状柱頭は、3・4階でデザインが異なり、3階の四つ葉状柱頭、2スパン分の大きなアーチを組み合わせた極めて美しいデザインです。
中央の5連窓だけではなく、左右の単体窓にも長方形の美しい額縁が施され、特に3階の単体窓はデザインは素晴しく、欄間飾りの様に四つ葉飾りで飾られています。
他の開口と比べると一際大きい、オジーアーチの玄関も目を引く要素でしょう。

アカデミア停留所 を過ぎた辺り  左岸 / サン・マルコ地区
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バルバロ・クルティス館
左側 / ジョヴァンニ・ボン設計 ゴシック様式 15世紀建設-18世紀改修
右側 / アントーニオ・ガースパリ設計 バロック様式 17世紀
バルバロ家の邸宅であったこの建物は、時代の異なる二つの建物を繋げたものです。
2・3階の長方形の額縁のあるオジーアーチ窓が美しく、ファサードの彼方此方に、主に円形の装飾やレリーフが散りばめられています。

アカデミア~サンタ・マリア・デル・ジリオ停留所 の中辺り  
左岸 / サン・マルコ地区
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ピザーニ館 17世紀建設-18世紀改修
カナル・グランデに面する1階には、中央に半円アーチの玄関を配していますが、2階以上は中央は壁で、左右に2連の窓を開けています。
3階の開口だけが、化粧柱が施された半円アーチ窓で、露台も見られます。

アカデミア~サンタ・マリア・デル・ジリオ停留所 の中辺り  
左岸 / サン・マルコ地区
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左側の建物 / ベンゾーン・フォースコロ館 17世紀
 2・3階の中央に3連窓、両側に2個づつの単独窓を配し、2階は窓枠に
 化粧柱半円アーチの縁取りと、露台を施しています。
中央の建物 / ピザーニ館
右側の建物 / スッチ館 17世紀
 シンメトリーに見えますが、微妙に左右のデザインは違っています。
 1階の玄関とノビーレ階の窓にだけ、半円アーチの縁取りがされ、
ノビーレ階の3連窓には露台が施されています。 

サンタ・マリア・デル・ジリオ停留所 少し手前 
左岸 / サン・マルコ地区
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カ・グランダ ( コルネル館 ) ( 現県庁 )
ヤコポ・サンソヴィーノ設計 1556年
通称のカ・グランダとは「立派な造り ( 大居館 )」 の意味。 
堂々たる3層構成のファサードを下から見てみましょう。
1・2階は中央に縦長の3連アーチのある荒壁造り
左右の窓は、他の建物では低層部は質素な造りのものが多いなか、大変凝った重厚な装飾がなされています。
3階にはイオニア式、4階にはコリント式オーダーが施された、2本対の化粧柱が、重厚な装飾の7個の半円アーチを挟む様に並び、大きく張出したエンタプラチュアを支えています。
特に最上階のフリーズに開いた、バロック風の楕円の窓も目を引きます。

サンタ・マリア・デル・ジリオ停留所 少し手前 左岸 / サン・マルコ地区
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左側の白い建物 / カ・グランダ ( コルネル宮殿 )
右側のオレンジの建物 / ミノット館 15世紀 
 3階の中心から右に少しずらした位置に、3連のオジーアーチ窓があり、
 左側に2個、右側には1個の単体窓が配されています。
 この階の窓にだけ、矩形の額縁が施されています。


サンタ・マリア・デル・ジリオ停留所 少し手前 左岸 / サン・マルコ地区
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左端のオレンジの建物 / ミノット館 
緑のテントの建物 / バルバリーゴ館 17世紀
 中心に計画されることの多いセルリアーナ式開口を、建物の左半面に
 1階から3階まで通して配置し、右半面の広い壁面との対比させて
 います。
中央右側のクリーム色の建物 / ヴェニエール・コンタリーニ館 15世紀
 ゴシック様式の建物
 カナル・グランデに出入り出来る1階に玄関は設けられていません。
 露台のある2・3階のロッジアは、建物の右端に寄せて造られています
 が、2階の4連の半円アーチと、3階の4連のオジーアーチの開口は、
 少しズレています。
 最上階の4連の三葉飾り窓は、大きく左にズレて開いていて、ファサード
 のバランスを壊しています。
屋上に小屋のある建物 / マニーン・コンタリーニ館 16世紀
 建物のほぼ中心に、露台を施した3連窓がある、シンメトリーに近い
 立面をもつ建物です。
トラゲット停留所前の茶色の建物 / ピザーニ・グリッティ館
( グリッティ・パレス・ホテル )
 14世紀
 ヘミングウェイが愛し、長期滞在したホテルで、その名を冠したスイート
 ルームがあるそうです。
 ゴシック様式のこの建物は、14世紀にはピザーニ家の所有ででしたが、
 1814年にグリッティ家が購入しました。 
 その後売却による所有者の変更を経て、ホテルに改修されています。
 2・3階の中央に5連のオジーアーチ窓を配し、両側には幅広の壁があり、
 2個づつの単独窓がます。
 カナル・グランデに面する立面は、横長で間延びした感がありますが、
 建物の両側には通りと運河があり、三方に開いたデザインになって
 います。
 
サンタ・マリア・デル・ジリオ~サルーテ停留所 の中辺り  
左岸 / サン・マルコ地区
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中央の建物 / フランジーニ・フィーニ館 
ピエートロ・ベッティネッリ設計 17世紀
 カナルグランデに面するセルリアーナ式の玄関は、右端と中央より
 左寄りの場所に2ヶ所あり、それぞれの玄関の真上の位置には、
 中央の窓幅がやや大きい半円アーチの5連窓と3連窓があります。
 また、キーストーン等のアーチ廻りの装飾露台の美しい建物です。
 この建物は19世紀にはホテルでしたが、現在は右隣のマノレッソ館
 共に、ヴェネト州所有の州議会となっています。 
中央右側のクリーム色の建物 / マノレッソ館 15世紀後半
 中心が少しだけ右にズレていますが、シンメトリーと言っても差し支え
 ない立面の建物です。
 1階の玄関は中央がやや大き目な3連の半円アーチが開いています。
 直上階の3連窓は、ランド・コルネール・スピネッリ館でも見られた、
 大きなアーチの中に、2個の細長のアーチと円を組み合わせたデザイン
 です。
 4階は尖頭アーチの中に人型を描いたように見える4連の三葉飾り窓
 5階には、4連の半円アーチ窓があり、各階の連窓の両側には、2個
 づつの単体窓を開けています。
 取って付けたように見える最上階は、最近の増築ではないでしょうか? 
間口の狭い建物 / コンタリーニ・ファサン館 15世紀
 イスラム風にも見える、美しい装飾の施されたオジーアーチ窓と、
 露台のデザインが特徴的な美しい建物。
 間口は狭いにも関わらず、周りの建物と比べると各階の階高の高いも
 特徴でしょう。
右側茶色い建物 / コンタリーニ館 15世紀
右端の建物 / ミキエール・アルヴィージ館 17世紀

サン・マルコ停留所 の少し手前  左岸 / サン・マルコ地区
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左のクリーム色の建物 / バドエール・ティエーポロ館 17世紀   
中央左のオレンジ色の建物
/ バロッツィ・コルネール・エーモ・トレヴェス・ボンフィーリ館
中央右の茶色い建物 / ホテル・バウアー・グリュンバルト 
上の建物の右隣の茶色い建物 / ジュスティニアン館 
左端の白い建物 / ホテル・モーナコ

サン・マルコ停留所 の少し手前  左岸 / サン・マルコ地区
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右端のオレンジ色の建物 /
バロッツィ・コルネール・エーモ・トレヴェス・ボンフィーリ館
中央右のクリーム色の建物 / バドエール・ティエーポロ館
中央左のクリーム色の建物 /
ウェスティン・エウローバ&レジーナ-ホテル 19世紀
上の左隣のオレンジ色の4階の建物 / ガッジャ館
上の左隣のオレンジ色の3階の建物 / ミキエール・アルヴィージ館
上の左隣の肌色の建物 / コンタリーニ館 15世紀
上の左隣の間口の狭い薄茶色の建物 / コンタリーニ・ファザーン館
左奥のクリーム色の建物 / マノレッソ館
左端の建物 / フランジーニ・フィーニ館

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バロッツィ・コルネール・エーモ・トレヴェス・ボンフィーリ館 17世紀

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右側の建物 / バドエール・ティエーポロ館 17世紀
左側の建物 / ウェスティン・エウローバ&レジーナ-ホテル 19世紀

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右端のオレンジ色の4階の建物 / ガッジャ館
上の建物の左隣りの建物 / ミキエール・アルヴィージ館 17世紀
上の左隣の肌色の建物 / コンタリーニ館 15世紀
上の左隣の間口の狭い薄茶色の建物 / コンタリーニ・ファザーン館
左奥のクリーム色の建物 / マノレッソ館


サン・マルコ停留所 の少し手前  左岸 / サン・マルコ地区
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左端の建物 / ホテル・バウアー・グリュンバルト 
ジョヴァンニ・サルディ設計 19世紀
 古い建物に見えますが、19世紀にヴェネツィアン・ネオ・ゴシック様式
 で建てられた建物。 
中央右の足場の掛かっている建物 /
ジュスティニアン館 15世紀建設-19世紀改修
 15世紀後半に建てられたこの建物は、17世紀に内部が改修され、
 1820年頃にホテルとなり、ジョヴァンニ・サルディーによって、
 ヴェネツィアン・ネオ・ゴシック様式に改修されています。
鐘楼の下に見える白い建物 / ホテル・モーナコ 19世紀
 
 
サン・マルコ広場の鐘楼が見えてきました。
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左から / 鐘楼   マルチアーナ図書館   ドゥカーレ宮殿

サン・マルコ乗り場辺りから対岸 ( 右岸 ) を見る。
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ドームのある聖堂 / サンタ・マリア・デッサ・サルーテ聖堂 1687年
先端の三角地帯に建つ建物 / 税関 1677年

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税関 1677年
ドルソ・ドゥーロ地区の先端に、水面ギリギリの土地に、矢のように突き出す様に建っています。
15世紀以降、オリエントから来る船は、ここで関税検査を受けました。
現在の建物は1677年に建てられたもので、先端に小さな塔のある柱廊があります。

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塔の上の、二人の奴隷が支える金の玉には 幸運の女神像 が載っています。
風向きによって向きを変えると言う女神の姿は、海洋貿易に生きた 海の都 ヴェネツィア の繁栄の象徴です。


サン・マルコ運河越しにサン・ジョルジョ・マッジョーレ島を見る。
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サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂

さあ、いよいよ サン・マルコ広場 に上陸です。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産 ヴェネツィアとその潟」「21世紀シリーズ ヴェネツィア」「イタリア、とりわけヴェネツィア」「Google マップ」等を参考または参照にしています。
  1. 2016/12/21(水) 12:59:18|
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ヴェネツィア散策-1 ヴェネツィア到着 

ローマ ~ フィレンツェ を散策しまくった今回のイタリア旅行も、最終目的地の ヴェネツィア にやって来ました。
フィレンツェを発ったのは夕方だったので、ヴェネツィア鉄道での表玄関 サンタ・ルチア駅 に到着したのは既に夜。
駅近くのホテルにチェックインした後、直ぐにホテルの近くを散策し、憧れの海の都のヴェネツィアでの最初の夜を楽しみながら、手頃なレストランを探しました。
細い運河に掛かる小さな橋を何回か渡り、カンナレジョ地区に入った辺りで、写真付きのメニューをもって、満面の笑顔と片言の日本語で手招きする店員さんに魅かれてレストランに入りました。

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ローマフィレンツェでは、かなり食費を倹約したので、ヴェ,ネツィアでは、レストランテと言ってもいい程度の店に入り、ワインも飲んで、初日から楽しい夜を過ごしました。

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ビールを買ってホテルに戻ります。
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IMG_3153 のコピー

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部屋の狭さは同じようなものですが、ローマフィレンツェで泊まったホテルと比べると、ロビーやレストランは、なかなか高級感のあるホテルでした。

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部屋から、隣の広場越しに カナル・グランデ を見る。

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カナル・グランデから見たホテル・プリンチペ

ヴェネツィアでは サン・マルコ大聖堂ドゥッカーレ宮殿 の他は数ヶ所の建物を見学するだけで、ローマフィレンツェの時ように、彼方此方の教会美術館を見学はせず、48時間使える水上バスのフリーパスを最大限利用して、カナル・グランデ沿いを埋め尽くす、ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、バロック等の様々な時代を飾る様式でデザインされた、教会パラッツォ ( 館 ) を見て回り、出来るだけ島の彼方此方を歩き回る予定です。

  1. 2016/12/21(水) 12:00:00|
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フィレンツェ散策 -20 サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂

いよいよ フィレンツェ の最終回です。

フィレンツェ 最後の訪問場所となる サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂 はフィレンツェ の表玄関 と言える サンタ・マリア・ノヴェッラ駅 に、背中を向けるように建つ ゴシック様式の聖堂 です。

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サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂
1246年にドミニコ修道僧によって建設が始められました。

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14世紀に入るとファサードの建築が始まり、14世紀中頃にはフィレンツェ式ロマネスク・ゴシックの下半分が完成します。
ファサード上層のデザインは、アルベルティの設計によるもので、ペディメント付け柱 等の古典的な要素とゴシックを融合し、下層部のデザインとも一体化させたもので、ルネサンス建築の完成型と言う人もいるようです。
現在見られる、緑と白の色大理石用いたファサードは、1458年に完成したのです。

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聖堂内部は、T字形 に近いラテン十字の平面を持つ三廊式

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アーチクロス・ヴォールト を支える、4本を束ねたようなデザインの柱は、祭壇に近づくにつれ間隔を狭めて、奥行きを実際よりも長く見せる効果を狙っています。

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トルナブォーニ礼拝堂  1485-1490年
サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂は、多くの優れた美術品を所蔵していることでも知られています。
この聖堂奥の中央礼拝堂には、礼拝堂全体に、ドメニコ・ギルランダイオが弟子のミケランジェロらと共同制作した、聖母伝洗礼者ヨハネ伝 等のフレスコ画が描かれています。
後で調べてみると、ルネッサンス期を代表する傑作だったらしいので、もっと詳しく見るべきでした。

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キリスト磔刑  ジョットー作  
広角レンズに撮っている為か、どの写真でも礼拝堂の直ぐ前に在るように見えますが、実際はかなり離れたところ、身廊の中心近くに吊り下げられていた筈です。

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身廊中央辺りすら、入口方向を見る

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正面ファサードの円形ステンドグラス

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側廊の奥からの見上げ
歪んだ写真になってしまいましたが、身廊側廊天井の交差ボールトの様子が良くわかります。

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側廊の壁に並ぶ絵画
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この教会の絵画の中で、一番有名なのは、左側廊の中央辺りにありました。
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聖三位一体  マザッチョ作  1426~1428年
マザッチオは初期ルネッサンスを代表する1人で、絵画に初めて遠近法を用いたと言われる、マザッチオの代表作の1つです。
遠近法を発見した建築家ブルネッレスキの協力があったと推測されています。
 
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身廊、入口横の壁

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翼廊
右翼廊から、左翼廊を見る。
左翼廊最奥に見えているのは、マントヴァのストロッツィ礼拝堂

中央礼拝堂の両側、翼廊に並ぶ礼拝堂にも、美しい美術品が一杯です。
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バルディ礼拝堂  右翼廊
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ロザリオの聖母  ヴァザーリ作

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フィリポ・ストロッツィ礼拝堂  右翼廊奥
ステンドグラス  フィリピーノ・リッピ作
左壁 ドルジアーナを蘇生する使徒ヨハネ
右壁 ヒエラポリスのマルス神殿の使徒フィリポ
ステンドグラス下の墓は フィリポ・ストロッツィの墓

教会を出て隣接する回廊へ。
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緑に覆われたこの回廊は、緑の回廊 と呼ばれ、その壁面はパオロ・ウッチェッロ等、15世紀の画家達による聖書からの物語 創世記フレスコ画が描かれています。
右奥に、大回廊への入り口が見えていますが、大回廊 は憲兵学校なので入場出来ません。

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スペイン人礼拝堂
中庭に面するこの礼拝堂は、壁・天井一杯に ボナイウート作フレスコ画 が描かれています。
もともとは聖堂参事会員室として1350年に建設されたもので、フィレンツェ大公国のコジモ1世の妃である エレオノーラ・ディ・トレド の随臣たち専用の礼拝堂として使用されたため、この名称になっています。

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礼拝堂奥の祭壇

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天井画は キリストの昇天


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そろそろ電車に乗る時間が近付いてきました。 建物を出て教会前の広場を見る。
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サンタ・マリア・ノヴェッラ広場

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サンタ・マリア・ノヴェッラ広場から、ホテルに戻る為、美しいゴシック風の尖頭アーチの塀を見ながら、アヴェッリ通りを通って駅方面へ。

この後は、ヴェネチアへ向かいます。
  1. 2016/12/13(火) 19:01:25|
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フィレンツェ散策 -19 サンティッシマ・アヌンツィアータ広場

サンタ・クローチェ聖堂の見学した後、この日も昼食はすっかり気に入ってしまった中央市場へ。

昼食後はミケランジェロダヴィデ像を見る為にアカデミア美術館に向かいました。
アカデミア美術館は、入口が分かり難いと聞いていたので心配していましたが、美術館の前には大行列が出来ていたので、心配することは無かったものの、あまりに長い行列だったので、見学を諦めざる終えませんでした。

そこで、近くに在る筈の、サンティッシマ・アヌンツィアータ広場へ。

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写真左側 騎馬像の後ろが サンティッシマ・アヌンツィアータ教会
右側は 孤児養育院 です。

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サンティッシマ・アヌンツィアータ教会

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孤児養育院
この孤児養育院 は、ヨーロッパ初と言われています。建設の依頼者は、祖国の父と呼ばれた コジモ・イル・ヴェッキオ が会長を務める絹織物組合で、ブルネッレスキ の設計により1419年に建設が始まり、1445年に完成すると、人間らしく生きることを肯定した人文主義を実践する、ルネサンスの精神を象徴する役割を担ったのです。

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孤児養育院 正面の回廊のアーチには、アンドレア・デッラ・ロッピアが白と青で装飾した産着に包まれた赤ん坊の装飾が並びます。

入場料がガイドブックに記されていた金額より全然安く、受付の女性が何やら色々説明してくれていましたが、何を言っているのか良くわからなかったのですが、内部は工事中だったのです。
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ブリネッレスキの2つの回廊ガレリアが在った筈なので残念です。


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この写真では右側が サンティッシマ・アヌンツィアータ教会
左側の建物も サンティッシマ・アヌンツィアータ教会孤児養育院 と似た回廊が見られますが、これは ブルネッレスキ孤児養育院 の建設時に、広場全体に回廊をつなげて、それまでは中世の雑居状態だったこの広場を、ルネッサンス様式の統一されたデザインでまとめもので、広場として落ち着きのある雰囲気を造り出しています。

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フェルディナンド1世の騎馬像  ジャンボローニャ作
広場の中央にある騎馬像は、コジモ大公の息子で、フランチェスコ1世の弟である フェルディナンド1世の騎馬像

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広場からは、セルビィ通りを通して、サンタ・マリア・ディル・フィオーレ大聖堂を見ることが出来ます。

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この写真、気に入っています。

  1. 2016/12/13(火) 15:00:00|
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フィレンツェ散策 -18 サンタ・クローチェ聖堂

ウフィツィ美術館~ヴェッキオ宮殿の見学を終え、シニョリーア広場から東へ400m程離れたクローチェ広場に面して建つサンタ・クローチェ聖堂に向かいます。

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クローチェ広場

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サンタ・クローチェ聖堂
クローチェ とはクロス = 十字架 を意味します。
つまり、サンタ・クローチェ聖堂とは、聖十字架聖堂 と言うことになります。

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アッシジの聖フランチェスコ 自身によって建てられたと言われる聖堂で、アルノルフォ・ディ・カンビオの設計により、1294年から1385年に掛けて建設された、ゴシック様式の聖堂です。
また、サンタ・クローチェ聖堂フランシスコ会 最大の教会であり、別名 フィレンツェのパンテオン と言われる程、聖堂の内部には多く著名人の墓があります。

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平面図構成は、エジプト十字、もしくはフランシスコ会の象徴である タウ十字 に近い十字形をしています。 
ようするに上部の出の少ないラテン十字形と言ったところでしょうか。
三廊式のバシリカの長さは115mもあり、特徴的な八角形の列柱が、尖頭アーチを支えています。
漆喰塗りの白壁木組を表した天井により、聖堂内部は全体として華美な印象は受けません。

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正面の祭壇に近付いて行きます。

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聖堂内が質素な分、ステンドグラスの美しさがより映えて感じられます。

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ステンドグラスを背景に黄金色に輝く美しい十字架
サンタ・クローチェ聖堂 = 聖十字架聖堂 たる所以でしょう。

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礼拝堂の側壁には、アーニョロ・ガッディ作聖十字架物語を主題とした、14世紀に描かれたフレスコ画が見られます。

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祭壇前から、入口方向を見返す。

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入口上部の円形のステンドグラス


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左右の側廊には、小さな礼拝堂著名人の墓石が並んでいます。
沢山のフィレンツェ人が、この聖堂に埋葬されることを希望したとか。

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ミケランジェロの墓碑  ヴァザーリ作

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ダンテの記念碑

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実はこのお墓は、私の大好きな作家でもある塩野七生さんの著書にもよく登場する、君主論マキャヴェッリの墓の墓だと思って撮ったのですが、どうも違ったみたいです。

他にガリレオ・ガリレイの墓も有ったのですが、イタリア語が読めなかった為に、残念ながら写真を撮りそこなってしまいました。

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身廊だけでなく翼廊の床にも、聖堂の床のいたるところに、墓碑らしきものが見られます。
人様のお墓の上を土足で歩くのはどうかと思ってしまいますが、人に踏まれることによって自分の罪が許され、天国行きが近づくと信じられていたとか。

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翼廊を見る

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聖具室

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聖具室にある礼拝堂の天井を見る


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バロンチェッリ礼拝堂  翼廊突き当たり?
祭壇の絵は聖母戴冠

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バロンチェッリ礼拝堂の天井


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パッツィの礼拝堂
サンタ・クローチェ聖堂の南側に隣接するフランチェスコ会修道院が在ります。
聖堂側の壁際に造られた回廊は、14~15世紀に建てられたもの。
回廊の奥に見える建物は、ブルネッレスキの設計で1444年に完成したパッツィの礼拝堂です。

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パッツィの礼拝堂前廊の天井を見上げる。
美しい彩色陶製丸天井は ルッカ・デラ・ロッピア作

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鐘楼は1842年に再建されたもで、
ゴシック・リヴァイヴァルの大理石のファサードは、ニッコロ・マタスの設計で、1857年から1863年に掛けて建設されたものです。

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ミケランジェロ広場から

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ジョットーの鐘楼から

  1. 2016/12/10(土) 15:22:36|
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フィレンツェ散策 -17 ヴェッキオ宮殿 ②

五百人広間の見学を終え2階に上がります。

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レオ10世の間

以下5枚の写真は、「レオ10世の間」の周りの部屋の写真だったと思うのですが、記憶違いでしたら御免なさい。
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四大元素の間  (上下共 )  ヴァザーリ作
四大元素とは、火、水、空気、土のことだそうです。  p3171313-1.jpg

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どの部屋も美しい絵画と天井画で飾られており、部屋ごとに格天井の形態が変えられています。


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イルカと戯れるプット像 ヴェロッキオ作 (中二階15室?)
ミケロッツィの回廊の噴水を飾る銅像のオリジナルはここに在りました。

この後も、美しい天井画の小部屋?が続きます。
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エレオノーラの礼拝堂  エレオノーラはコジモ1世の奥方
中央の絵は 十字架降下  ブロンズィーノ作
この部屋は、壁と天井に隙間なく絵画で埋め尽くされていて、部屋そのものが絵画で出来ているようです。

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この辺りの部屋の天井の構成は似ています。  上下は同じ部屋
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ヴォールト天井のこの部屋は、さしずめ黄金の礼拝堂とでも言ったところでしょうか?
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やや広めの部屋に出ました。 この部屋の装飾は一段と豪華です。
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天井の黄金は、眩いばかりに輝いています。


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ゆりの間
ゆりの間 とこの後に紹介する 地図の間 は、書記局に隣接していたことから、フィレンツェ共和国の事務官だったニコロ・マキャヴェリの過ごした場所だとか?
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ユディットとホロフェルヌス ドナテッロ作
壁のブルーが印象的です。
壁の模様が百合の模様だから、「ゆりの間」と呼ばれるらしいです。
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地図の間
3階を見学していくと、最後に壁に53枚の地図が飾られてる地図の間に出て来ます。
16世紀にフランチェスコ会修道僧エニャツィオ・ダンティステファノ・ブオンシニョーリによって描かれた作品です。
これらの地図は当時の地理学の重要な資料でもありますが、写真中央の地球儀は、紙が黒化してしまって真っ黒です。
黄金の天井ばかりを見続けてきたので、地図の間の天井はシックで、何とも居心地が良く感じられます。

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地図の間から続くこの部屋は、フランチェスコ1世の妻 ビアンカ・カッペッロの部屋でしょうか?

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これで ヴェッキオ宮殿 の散策は終わりです。
次は サンタ・クローチェ教会 へ向かいます。
  1. 2016/12/09(金) 15:32:10|
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フィレンツェ散策 -16 ヴェッキオ宮殿 ①

シニョリーア広場に面し建つヴェッキオ宮殿は、1299年から1314年にかけてフィレンツェ共和国の政庁舎として、アルノルフォ・ディ・カンビオの設計によって建設され、メディチ家(現)ピッティ宮殿へ移るまでの一時期、メディチ家の住居としても使用されました。

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建設当初、この宮殿はシリニョリーア宮殿と呼ばれていましたが、メディチ家が住居をアルノ川対岸に移した為、「古い」と言う意味の「ヴェッキオ」宮殿と呼ばれるようになり、現在ではフィレンツェ市庁舎として使われています。

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外観は華麗とは言い難い武骨なデザインで、まるで要塞の様。
鋸壁 ( 鋸型狭間 ) のある張り出した回廊と、建物の中心からずらした位置に設置された、高さ94mの塔が特徴です。

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回廊を支えるアーチの下には、フィレンツェ市の9つの紋章が描かれています。

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ダビデ像の横を通って、入口を入ってみましょう。

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ミケロッツォの回廊
門を入ると直ぐに、美しい壁画で飾られた回廊のと噴水のある中庭に出ます。
ゴジモ一世は、息子のフランチェスコ一世オーストリア大公の娘との婚礼に備えて、1565年に建築家ジョルジョ・ヴァザーリ宮殿の大改修工事を依頼します。

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中庭の壁にはヴァザーリによって、花嫁の故郷である、オーストリアの14の都市が描かれています。

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回廊の柱や壁や天井には、美しく繊細なフレスコ画や、金粉を使用した殉爛な装飾が施されています。

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中庭の中央に、ヴェロッキオ作イルカを抱いた少年 の複製が置かれている筈でしたが、改修中なのかシートが掛かっていました。

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建物の中に入ると、有名な 五百人広間 が迎えてくれます。
幅23m、長さ54m、高さ18mのこの広間は、共和国時代には、500人が出席する市民会議が開催されたことから、五百人広間 と呼ばれました。

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天井にはコジモ一世の載冠の絵を中心に、フィレンツェの成立と歴史上の逸話を描いた、48枚のパネルが飾られています。

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コジモ一世の載冠

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広間の後方2階のバルコニーから 五百人広間 を見る。

右の壁面には、レオナルド・ダ・ビンチアンギアーリの戦い
左の壁には、ミケランジェロカッシーナの戦い を描く予定でしたが、ダ・ビンチ新技法に失敗したことで、制作を中断すると、ミケランジェロ も戦意を喪失してローマ教皇の招きに応じ、ローマへ去ってしまったのです。

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ピサへの勝利 ジョルジョ・ヴァザーリ作

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マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い ジョルジョ・ヴァザーリ作

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ヴアサーリが描いたこの絵の下には、ダ・ヴィンチの絵が隠されていると言われており、この拡大部分の中心辺りに、小さく 「 CERCA TROVA 」 ( 探しなさい、さすれば見つかるであろう ! ) と言う、暗号めいた文字が隠されているそうですが、残念ながら狙って撮った訳ではないので確認できません。

五百人広間の見所は絵画だけではありません。
広間の両脇に、見事な彫像も並んでいます。
左側の壁お奥から
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左 / アンタイオスを絞め殺すヘラクレス  ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ作
右 / ヘラクレスとケンタロウス  ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ作
  
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左 / ピサを征服したフィレンツェ  ジャンボローニャ作
右 / ヘラクレスとカークス  ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ作


右側の壁奥から
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左 / アマゾン族の女王を倒すヘラクレス  ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ作
右 / 勝利像  ミケランジェロ作

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左 / エリュマントスの猪  ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ作
右 / ディオメデスを罰するヘラクレス  ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ作

次回は2階へ上がります。
  1. 2016/12/05(月) 18:21:46|
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