アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

会津若松 散策 18 麟閣

だいぶん寄り道をしてしまいましたが、会津若松散策 へ戻ります。

鶴ヶ城公園内には、千利休の子・少庵が建てたと言われる茶室が在ります。
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千利休豊臣秀吉に切腹を命じられた後も、会津城主だった蒲生氏郷は、利休の茶道が途絶えるのを惜しんで少庵を会津にかくまいます。
少庵が京都に帰って千家を再興した後も、小庵が 匿われている間に、氏郷のために造ったと伝えられる麟閣は、鶴ヶ城内で大切に使用されて来ました。

戊辰戦争での敗戦で、鶴ヶ城が取り壊される際には城外に移築されますが、平成2年、再び鶴ヶ城内の元の場所へ移築されたのです。

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寄付
外露地に構えられる建物で、茶会に先立って客が連客と待ち合せたり、身支度を整えて、席入りの準備をする為の施設。

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腰掛け待合
客が路地入りして亭主の迎えを待つ間、合図があるまでここで腰をかけて待つ為の施設。

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麟閣

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躙口

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  1. 2017/07/31(月) 17:35:19|
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三軒茶屋散策 Ⅱ ディープな三角地帯

夜になると、怪しい魅力と活気に満ちる三軒茶屋駅近くの246と世田谷通り交わる三角地帯の怪しげな飲み屋街ですが、夜は意外に多くの人が行き交うのですが、昼間は夜の賑わいが嘘のように、忘れ去られたゴーストタウンのようです。

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初めての方には、僕の様ないい歳のオジサンでも足を踏み入れることを、ちょっと躊躇するような、迷路の様な怪しい路地裏の飲み屋街です。

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地図で見ると、狭い地域なのですが、ご覧のように、人がやっとすれ違るような細い路地が迷路のように入り組んでいて、うっかり入り込むと、方向感覚がなくなり、実際以上に広く感じて、何処までも続いているような錯覚に陥ります。

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ヴェネツィアの裏路地を歩き回っていた場面を思い出したのが不思議でした。

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どうやらこの怪しげな裏通りにはには、ゆうらく通 りと言う似合わない名前が付いているようです。

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空を見上げると、この場の雰囲気とは似つかわしくない近代的なキャロットタワーが見えて、この対比が何とも面白い。


  1. 2017/07/27(木) 00:18:38|
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三軒茶屋散策 Ⅰ St.PAXCAFE、モトショップアシスト他

最近、仕事で三軒茶屋・駒沢大学エリアに出掛ける機会が増えています。
三軒茶屋駅近くの246と世田谷通り交わる三角地帯の古い飲み屋街も、とても魅力的なのですが、先ずは246から分かれる中里通りで見付けた看板建築出し桁造りの建物を紹介します。

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三軒茶屋居宅介護支援事業所・St.PAXCAFE・氷石ばし
246から中里通りに入ると直ぐに、3間並んだレトロな建物に出会います。

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St.PAXCAFE

設計者 / 不詳
建築年 / 昭和初期?
所在地 / 世田谷区三軒茶屋1-29-8


築年は不明ですが、恐らく昭和初期の建物だと思います。
間口4間、シンメトリーなデザインのモルタル造形の看板建築
目立った装飾はありませんが、中央が高くなった階段状のパラペットが特徴です。

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中里通り駒沢大学方向に歩いて行くと、戦後直後に建てられたと思われる何軒かの店舗が在りますが、その中で目に付いたのがこの出し桁造りの建物です。
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建物の詳細は分かりません。

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出し桁垂木の材は、やや細めな気がします。

反して、こちらの建物の造りは本格的です。
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モトショップアシスト
所在地 / 世田谷区上馬1-31

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この建物の詳細も、全く調べられていませんが、切妻屋根が殆どの出し桁造りの建物としては珍しい、入母屋造 + 出し桁造りの建物なのです。

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軒周りの造りは、まるで神社か仏閣の様な本格的日本建築の造りです。

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庇の角を隅切りて、入母屋風に仕上げているところも珍しいですね。

  1. 2017/07/23(日) 22:58:25|
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会津若松 散策 17 鶴ヶ城

地元では鶴ヶ城と呼ばれていますが、同名の城が他に在ることから、地元以外では会津若松城と呼ばれることが多いようです。

鶴ヶ城はNHKの大河ドラマ「八重の桜」でも描かれた様に、1868年(慶応4年)、戊辰戦争の際に、板垣退助率いる新政府軍に、薩摩軍も加わった大軍の一ヶ月に及ぶ猛攻にも落城せずに持ちこたえますが、遂に開城すたのです。
新政府軍の砲撃を受け続けた為、天守を含む多くの建造物の傷みは激しく、開城は修理されることもなく放置された後、1874年(明治7年)、天守をはじめとする建造物は全て解体されるのです。

但し、本丸にあったの一つである御三階は1870年(明治3年)、阿弥陀寺(会津若松市七日町)に移築され、本丸の大書院の唐破風の表玄関は、御三階と共に阿弥陀寺に移築され、御三階の玄関に利用されています。

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1908年(明治41年)に陸軍の連隊練兵場が設置され、三ノ丸の一部とその濠や土塁約6haが撤去されましたが、本丸、二ノ丸、三ノ丸の一部、北出丸、西出丸及び付属する濠は残され、現在の史跡指定部分約23haは保存されています。

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この広い濠と高い石垣に阻まれて、圧倒的な勢力を誇った新政府軍も、この城を攻め落とすことは出来なかったのです。

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天守が見えて来ました。
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現在の天守は1965年(昭和40年)に外観復興再建されたも。
鉄筋コンクリート造の復元天守です。

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鉄筋コンクリート造の城なので、内部に見るべきものはありませんでしたが、外観は白く美しいお城です。

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天守からの眺めを一枚。
内部は「若松城天守閣郷土博物館」として公開されています。

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鉄門越しに天守を見る。

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青空なら白い外壁が映えていい写真が撮れたのでしょうが、小雨交じりの空模様だったので、今一の写真しか撮れなかったのが残念です。

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  1. 2017/07/12(水) 17:38:10|
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会津若松 散策 16 博労町通り・甲賀町通りエリアⅡ

ゑびす亭の在った博労町通りから裏道に入り、甲賀町通りに出ると鶴ヶ城を目指して南に歩くと、通りは一段と広くなり、彼方に天守が見えて来ました。
鶴ヶ城の近く迄来ると、立派な造り酒屋が見えて来ました。

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會津宮泉銘醸
建築年 / 大正期
所在地 / 会津若松市東栄町8 東栄町8-7
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成11年度指定

外壁は漆喰塗りで腰壁は下見板張り
柱梁の木部を表した真壁造りの部分と、柱梁を表さない蔵造りの部分で、かなり印象が異なります。
屋根形状も切妻、寄棟、入母屋、腰屋根と入り混じっていてますが、雑多な印象は全くなく、洗練されたデザインに仕上がっています。

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会津若松市のH.Pには
「鶴ヶ城の玄関口、北出丸大通りに位置する蔵の家並みは、大正時代に建築された仕込み蔵等で、この界隈の歴史を感じさせる町並みの核となる貴重な土蔵群である。」
と記されています。

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とても綺麗に維持管理されているらしく、とても大正期に建てられた建物には見えません。
造り酒屋を示す 酒林 も新しい物に見えます。

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酒蔵と言うよりも、大名屋敷のように見える見事な建物群ですが、重なり合う屋根の奥に、造り酒屋には必ずある、煉瓦積みの煙突が在るので、造り酒屋なのだと確認出来ます。

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裏側に回ってみると、表とはかなり印象の異なる、黒漆喰塗りと、黒く塗装された板張りの外壁の蔵が在ります。
屋根が切り妻に統一されている点も、表側の印象とは異なるり、こちら側の方が造り酒屋らしい気もします。


更にお城に近付き、堀の直前の北出丸交差点にも、漆喰塗りの重厚な蔵造りの店舗が在ります。
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會津葵本店
所在地 / 会津若松市追手町4-6

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恐らく古い建物ではないと思うのですが、土で造られた2階や入口観音開きの扉は重厚です。

更に進んで行くと、堀沿いにもこんな建物が
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会津葵シルクロード文明館
所在地 / 会津若松市追手町4−6

煉瓦積みの蔵に見えるこの建物は、一見古い建物のようにも見えますが、どうやら新しい建物のようです。
但し材料は3年掛けて集められた古材が使われていて、地元の民家の太い梁や古材、三菱伸銅株式会社加熱炉の耐火レンガ3万個などをを再利用し、大黒柱や手すりに欅材をふんだんに使用されているそうです。 

【“会津若松 散策 16 博労町通り・甲賀町通りエリアⅡ”の続きを読む】
  1. 2017/07/05(水) 08:00:00|
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会津若松 散策 15 博労町通り・甲賀町通りエリアⅠ

会津若松散策の一日目の最後は、宿泊したセンチュリーホテルは朝食しかついていなかったので、夕食をとった近くの居酒屋を紹介します。

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ゑびす亭
所在地/ 会津若松市上町1-26

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出し桁造り + 千本格子 の味わいある建物です。

キャプチャ
ぶらりと入った店でしたが、店の雰囲気も料理の味もなかなかでした。

二日目はホテルで早々に朝食をとった後、チェックアウトをする前に鶴ヶ城へ向かいました。

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ゑびす亭の前を通って、博労町通り甲賀町通りの間を散策しながら、鶴ヶ城を目指します。

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何故か造り酒屋を示す 酒林 が、軒先にぶら下がっています。

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栄町の建物
ちょっとだけ気になる建物なので、写真を撮っておきました。
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細い材を使用した、洋風出し桁造りの建物と言えそうです。

  1. 2017/07/04(火) 00:09:37|
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2017年 ゴーヤの育成状況 Ⅵ 初収穫

今年は空梅雨とまでは言えないまでも、雨の少ない梅雨の様です。
晴れたり曇ったり雨が降ったりの天候が、かえって幸いしているのか、以前よりもゴーヤの成長は早い気がします。

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お陰様で先月末に初収穫をすることが出来ました。
今年のゴーヤは長細い実が生る種類ではなく、茄子のようにコロッとした実が生る種類の様です。

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試しに蘭に見せてみると、想像以上に興味を示していました。

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    齧るといけないので、可愛そうですが早々に取り上げました。

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西側の蔦には、実が幾つも生っていてます。
蔦の成長もまずまずなのですが、6月の下旬に入った頃の大風のせいで、横に曲がっていた蔦はそのまま上には伸びていません。

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反対の東側はこの通り。 もう直ぐ2階の腰壁から顔を出すところまで来ています。

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2階バルコニーからの見下げた一枚。
後、20cm位のところまで伸びています。

  1. 2017/07/02(日) 15:35:05|
  2. 2017年ゴーヤ
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