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アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

大井町の家 外壁部断熱工事他

現場は予定通り順調に進行中です。

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比較的天候に恵まれていることに加え、コロナの影響も殆ど受けなかったことは幸いと言うよりも、施工会社の株式会社 創建の野原さんの段取りの良さによるものでしょう。

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外壁の仕上材 ( ガルスパン ) の下地となる透湿防水シート ( タイベック ) は貼り終わり、縦胴縁の施工も一部を除いて完了しています。

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透湿防水シートとは防水性能だけでなく、室内から壁の内部に入り込んだ湿気を、断熱材 ( グラスウール ) 内に留まらないように、通気層を通して外部に排出する為のもので、気密性能や断熱性能が高い現代の木造建築には、欠かせないアイテムと言うるでしょう。シートの上に取り付けられた木材 ( 縦胴縁 ) は、通気層 ( 仕上げ材の裏側にある通気の為の空間 ) を作るのに必要な部材です。

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玄関ポーチとスロープ上の庇の施工も順調です。

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屋根仕上のガルバニウム鋼板は葺き終り、屋根換気金物の施工中でした。

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室内では1階部分の断熱材の設置は終了しています。

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断熱材は高性能グラスウールを使用。断熱材自体にも防湿シートが付帯されていますが、更に防湿シートを貼り込みます。断熱材内に湿気が入り込まないように細心の注意を払い、それでも湿気が入り込んだ場合には、断熱材内に留まらないように、上で説明したように、通気層を通して外部に湿気を出す仕組みです。

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この工事はZEH支援事業による補助金の対象となる工事ですので、施工状況の写真やメーカー出荷証明書などの提出が必要になります。

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勿論天井部分にも断熱材を施工します。

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電気配線やCD管の配管も周利用しています。

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  1. 2020/05/29(金) 11:18:00|
  2. 最新現場状況
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最近のニャンズ

今週になって5月らしい気候が戻って来ましたが、先週は季節が2ヶ月も逆戻りしたような寒さで、しまっていた毛布を引っ張り出すと、早速エナが潜り込んだようです。

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何故か毛布からお尻がはみ出しているので めくってみると

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先輩猫の蘭も居ました。

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蘭は何処か迷惑そうです。



  1. 2020/05/27(水) 15:25:00|
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パリ旅行記 - 29 ( 三日目 ) マドレーヌ教会・オランジュエリー美術館・ブルボン宮殿

今回からパリ旅行の三日目です。

三日目と四日目は「ミュージアムバス」を利用するので、オランジュエリー美術館 ⇒ アンヴァリッド ⇒ オルセー美術館 ⇒ カルチェラタン散策 ⇒  サント・シャペル ⇒ コンシェルジュエリー 等を巡る予定です。

宿泊しているホテルの最寄り駅 ( ガリエーニ駅 ) からメトロ-3号線に乗り、オペラ駅で下車し、先ずはラ・ぺ通りを通って ヴァンドーム広場 へ向かいます。

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オテル ウェストミンスター

ラ・ペ通り沿いのホテルのエントランスにアールヌーボー風デザインの庇を見付けました。

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アールヌーボー全盛の頃の物ではなく、恐らくレプリカだと思いますが、パリの彼方此方でこの様なデザインの庇を見ることが出来ます。

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数分歩くと ヴァンドーム広場 です。

広場中央に聳えるのは オーステルリッツ記念柱。

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ヴァンドーム広場 を通り過ぎ、十字路を右折してサントノーレ通りを西に入ると、大きなドームの建物が見えて来ます。

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ノートルダム・ドゥ・ラソンプシオン教会

正方形の聖堂の上に、ほぼ同規模のドーム ( 直径24m ) が載っています。教会全体の規模に対してドームの割合が非常に高く、とょっとアンバランスな感じもして、ぱっと見はドームに三角破風のポルチコが取り付いただけと言った印象です。

この教会が建てられたのは17世紀。今回は内部の見学はしていませんが、ネットで検索すると聖堂内部の平面はドームと同径の円形で、ローマの パンティオン とも似ていると感じる人も居るかもしれません。

サントノーレ通りノートルダム・ドゥ・ラソンプシオン教会 の前で右斜め前に曲がるとギリシャ神殿の様な建物が見えて来ます。

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マドレーヌ教会

設計者 / ピエール・ヴィーニョン

建築年 / 1842年

所在地 / パリ8区、マドレーヌ広場

ルイ15世により、1764年に「聖マドレーヌに捧げるカトリック教会として建設が始められますが、フランス革命によって工事は中断。ナポレオン1世が「フランス軍の名誉を讃える栄光の神殿」とすることを決定し、建築家ピエール・ヴィーニョンにより古代神殿風のデザインに変更され、1806年に工事は再開。その後のナポレオンの失脚により、ルイ18世が元の聖マドレーヌに捧げる教会に用途を戻し、1842年に完成しました。

聖マドレーヌとはマグダラのマリアを指すのだそうです。p2231521-1.jpg

長方形の聖堂の周囲には高さ30m、52本のコリント式のオーダー柱が並ぶネオ・クラシック ( 新古典主義 ) 様式の建物です。ここも内部の見学はしていませんが、内部はギリシャ神殿とは全く異なる様相です。

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正面のペディメントには、ギリシャの神々の物語ではなく「最後の審判」のレリーフが施されています。

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マドレーヌ広場 からロワイヤル通りを通して コンコルド広場 に建つ オベリスク を見る。

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オベリスク の先には ブルボン宮 が見えます。黄金のドームは アンバリッドブルボン宮コンコルド広場 を中心に、マドレーヌ教会 と対に配置された建築物。この徹底した都市デザインが、パリの美しい街並みを造る要素の一つです。

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青空でなかったことが悔やまれます。

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一日目の夜に来た時には分かりませんでしたが、オベリスク のてっぺんは金色だったんですね。

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樹木の上に少しだけ グラン・パレ のガラスの屋根が見えます。

コンコルド広場 の隣の チュイルリー庭園 の一角に在る オランジュエリー美術館 に向かいます。

オランジュエリー美術館

オランジュエリー美術館

クロード・モネ1914年~1926年に掛けて、ジヴェルニーの自宅の庭の睡蓮をモチーフに描き上げた、「睡蓮」の連作を展示する為だけの美術館。元は チュイルリー宮殿のオレンジ温室 ( オランジュエリー ) でしたが、1927年に美術館として整備されたものです。

2階

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日没

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緑の繁栄

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3階

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明るい朝、柳

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二本の柳

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朝の柳

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木々の反映

京都の美術館でもモネ睡蓮を鑑賞したことがありますが、睡蓮の為に設計された美術館にも関わらず、絵画の鑑賞には適さない展示室でした。この美術館は何の飾り気も無いものの、とても鑑賞し易い空間でした。

オランジュリー美術館 の見学時間は、展示されている絵の数が少ないので、予想よりもかなり短く済みました。

コンコルド橋 を渡って左岸に移動します。

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コンコルド橋 からシテ島方向を見る。

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手前の鉄骨の橋は レオポール・セダール・サンゴール橋

橋桁だけ見えている石橋は ロワイヤル橋。

中央のドームは コレージュ・デ・キャルト・ナシオン

その左に ノートルダム大聖堂 が見えます。

更に左に見える尖塔は セント・シャペル でしょうか?

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コンコルド橋 を渡りきった辺りから レオポール・セダール・サンゴール橋ルーブル美術館を見る。

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ブルボン宮殿

ブルボン宮殿 ルイ14世の庶子ルイーズ・フランソワーズ・ド・ブルボンが建てた宮殿であり、1795年からは フランス国民議会議事堂 として使用されています。

設計者 / ジャック・ガブリエル

建築年 / 1728年

所在地 / パリ市7区、オルセー海岸通り

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正面の外観は マドレーヌ教会 と同様のギリシャ神殿風のデザインで、12本のコリント式のオーダー柱ペディメントを支えています。時代と共に改修が繰り返され、12本の列柱は1806年にナポレオンの命により取付られたものです。

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裏側の出入口

フランス国下院議事堂だあって、後ろ側も立派です。写真に写る人の大きさを見れば、扉の大きさが分かると思います。

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左 Commission Européenne ( 州政府事務所 )

右 Quilvest Banque Privee ( 銀行 )

一つ上の写真の前に撮ったものです。

ブルボン宮殿 東側のサンジェルマン大通りの建物。

まだコロナの影響が殆どない時期だったので、人通りが少ないのは日曜の官庁街だからです。但しこの頃でも、既に中国人観光客は少なくなっていました。

ブルボン宮殿 の裏側をのユニヴェルシテ通りを通って アンヴァリット へ向かいます。

  1. 2020/05/26(火) 16:50:00|
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パリ旅行記 - 28 ( 二日目 ) モンマルトル散策 - 5 ( テアトル広場 ・他 )

モンマルトル散策の五回目は、テアトル広場 辺りを散策します。

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振り返ると サクレ・クール寺院 の大ドームと鐘楼が見える カルヴェール墓地 北側の路地を西に進み、モン=スニ通りとぶつかるT字路を左に曲がると、一分も歩かないうちに テアトル広場 が見えて来ます。

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この場所はモンマルトル村の村役場が在った場所で村の中心でした。

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モンマルトルは20世紀初頭、 ピカソ ユトリエ などの多くの画家が暮らしていた場所で、現在は沢山の似顔絵描きが集まる広場です。

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広場の周りには沢山の土産店やカフェが建ち並んでいます。似顔絵を描いてもらっている人達を、珈琲をすすりながら眺めるのも楽しそうです。

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Maison Maurice Neumont

テアトル広場西側の路地を奥に入ってみると、ちょっと変わった建物が在りました。住宅かと思っていましたが美術館の様です。

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壁への落書きは酷いですが、アール・ヌーボーの扉が素敵です。

この建物の前の小さなカルヴェール広場を抜け、狭いブルボ通りを通ってノルヴァン通り

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ブルボ通り

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ノルヴァン通りとのT字路を左折して

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Le Consulat Restaurant

100年前には芸術家達が出入りした溜り場だったとか。

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ユトリロも描いたモンマルトル最古のサン=ルスティック通り

キャプチャ2

サン=ルスティック通り

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ユトリエの描いた「サン=ルスティック通り」

キャプチャ3

ストリートビューで同じアングルを探してみました。

ソル通りに戻って北上し、静かな石畳の坂道を下ります。

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ソル通りコルト通りアブルヴォワール通りの交わるところ。

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ルト通りを見る。

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La Maison Rose

左はアブルヴォワール通り、右はソル通り。

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モンマルトル 葡萄園

モンマルトルの丘はかつては葡萄園で覆われていましたが、その名残ががこの葡萄園。
この葡萄園で収穫された葡萄から作られたワインは、周辺のレストランで飲むことが出来るそうです。ブラタモリで紹介されていました。

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右手にモンマルトル葡萄園を見ながらソル通りを下り、サン=ヴァンサン通りとの十字路。P2231514-1.jpg

十字路を通り過ぎ、坂のソル通りを更に下って行くと階段も見えて来ました。

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通りの両側にはレトロな建物が並んでいます。

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ル・ランシーの街やパリ市内の彼方此方でも見かけた石積の外壁。

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ソル通りを進むとコーランクール通りに出て来ました。

夕食は友人がレストランを予約してくれていますが、まだ少し時間があります。

朝から歩き詰めで、もう体力の限界を超えていたのでコーランクール通り沿いで一休み出来るカフェを探すことに。

コーランクール通りを東へ少し歩き、最初に見つけた VICKALUNZO と言うカフェに入り30~40分程休み、バスと歩きでフェルディナン・フロコン通りのレストランに向かいました。

キャプチャ4

Ⅼe Réciproque ( 14 Rue Ferdinand Flocon,75018 Paris )

キャプチャ5

内装も素敵です。

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この日も何の心配もなく、安心して美味しいディナーを楽しむことが出来ました。

一日付き合ってくれたうえに、レストランの予約までしてくれた友人には感謝の言葉も見つかりません。


  1. 2020/05/22(金) 15:48:00|
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パリ旅行記 - 27 ( 二日目 ) モンマルトル散策 - 4 ( サクレクール寺院・外観 )

モンマルトル散策の四回目は、サクレ・クール寺院 の外観を紹介します。

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高さ83mの卵型の大ドームを中央に据え、取り囲むように4つの小ドームを配しています。後陣の高さ85mの鐘楼に納められた重さ19tの鐘は世界最大級らしいです。

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ガイドブックの写真や観光ポスターで見たように、晴天なら白い大理石の外壁が青空に映えて、さぞや美しかったろうと思うと少し残念です。

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正面出入口屋根の上の銅像は、ルイ9世ジャンヌダルク

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聖王 ルイ9世           ジャンヌダルク

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窓や出入口に多用される半円アーチロマネスク様式の特徴であり。

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少ない開口部と重々しい外壁に

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軒部に施されたロンバルディア帯ロマネスク様式の特徴です。

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正面出入口の屋根を支えるアーチと柱 

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展望台で見たガーゴイルゴシック様式で見られるものです。

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内陣後方の周歩廊のチャペル ( 放射状祭室 )と鐘楼。

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高さ85mの鐘楼の鐘は重さ19tで世界最大級。

サクレクール1

テアトル広場 に向かいます。

  1. 2020/05/21(木) 12:39:00|
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パリ旅行記 - 26 ( 二日目 ) モンマルトル散策 - 3 ( サクレクール寺院・内部 )

モンマルトル散策の三回目は、サクレ・クール寺院 の内部を紹介します。

サクレクール教会航空写真-3

平面は高さ83mの卵型の大ドームを中心に据えた二廊式十字型プラン

大ドームの周りに4つの小ドームと後方に高さ85mの鐘楼を配しています。

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① 正面の入口付近から、中央の大ドームを見上げる。

先程登ったのは、ドームの天井辺りのです。

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①② 中央交差部から内陣天井のキリストのモザイク画を見る。

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②  

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② 

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①②

入口付近から 身廊 ⇒ 中央交差部 ⇒ 内陣 越しに 祭壇 を見る。

設計者 / ポール・アバディー

建築年 / 1919年

所在地 / パリ市18区

普仏戦争の敗戦、その後の市民騒乱によるパリ市民の傷心を癒す為に、1876年に建設が始まり4千万フランの費用と40年の歳月を掛けて、1919年に完成しました。

エッフェル塔やエトワール凱旋門と並んで、パリのランドマークになっているので、てっきりもっと古い建物かと思っていたので、僅か100年前に建てられた教会堂とは驚きです。歴史的建築物ではなかったんですね。

建築様式は過去の様式を折衷させた折衷主義によるもので、ビサンチン様式 + ロマネスク様式の特徴があり、ゴシック様式の要素も垣間見えます。

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③ 入口を入って左 ( 西 ) 側小ドーム下の祭壇を見る。

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④ 同じ場所から左側、入口横の祭壇を見る。 

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⑤ 入口を入って右 ( 東 ) 側小ドーム下の祭壇を見る。

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⑥ 同じ場所から右側、入口横の祭壇を見る。

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⑧⇒⑦ 中央交差部越しに、左 ( 西 ) 側翼廊のステンドグラスを見る。

窓や出入口には半円アーチが多様されています。

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⑦ ステンドグラスのアップ。 

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⑦⇒①⑧ 中央交差部から中央ドームと右 ( 東 ) 側翼廊を見る。

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⑦⇒⑧ 中央交差部越しに、右 ( 東 ) 側翼廊のステンドグラスを見る。

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⑦⇒⑨⑪ 周歩廊方向を見る。 

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⑨ 左 ( 西 ) 側奥の小ドーム下の祭壇を見る。

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⑨⇒⑩ 右 ( 東 ) 側奥の小ドーム下の祭壇方向を見る。 

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⑩ 右 ( 東 ) 側奥の小ドーム下の祭壇を見る。

内陣後方の周歩廊には7つのチャペル ( 放射状祭室 ) が在ので、時計回りに歩いてみましょう。

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⑪ 周歩廊から内陣天井を見る。

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⑪ 左から二つ目のチャペル ( 放射状祭室 )

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⑪ 同じ場所から内陣側を見る。

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⑫ 左から三つ目のチャペル ( 放射状祭室 )

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⑬ アプス真後ろ、左から四つ目のチャペル ( 放射状祭室 )

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⑬ 天井のモザイク画のアップ

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⑬ 同じ場所から内陣側を見る。

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⑭ 左から五つ目のチャペル ( 放射状祭室 )

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⑭ 同じ場所から内陣側を見る。

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⑮ 左から六つ目のチャペル ( 放射状祭室 )

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⑮ 同じ場所から内陣側を見る。

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⑯ 左から七つ目のチャペル ( 放射状祭室 )

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⑯ 同じ場所から内陣側を見る。

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⑯ 同じ場所からアプス真後 ( 四つ目のチャペル ) を見る。

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⑯ 同じ場所から東側側廊を通して入口横の祭壇を見る。

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⑯ 同じ場所から⑨の左 ( 西 ) 側奥の小ドーム下の祭壇方向を見る。

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最後にもう一度中央大ドームを見上げて、聖堂を後にします。

  1. 2020/05/20(水) 19:08:00|
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大井町の家 金物チェック他

ゴールデンウイーク後も、現場は順調に進行しています。

この日は金物の設置状況の確認の他、FRP防水の状況も確認し、電気業者さんとも打ち合わせをしました。

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連休前には開口部にも面材が張られていましたが、既にアルミサッシは取付完了し、一部外壁下地の透湿防水シートも貼り始めています。

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外壁下地材は、耐震性能と透湿性能を兼ね備えたダイライトを採用しています。

金物-1 金物-2

先ずは全ての筋交いの設置状況と、接合金物の設置状況を確認。

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FRP防水層も施工済。

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開口部が開いたおかげで、室内は大分明るくなりました。

大工仕事はスピーディーなうえに丁寧で、しかも現場は何時来ても綺麗な事には感心します。

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リビングとダイニングには、電気温水式床暖房を設置します。

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  1. 2020/05/16(土) 08:00:00|
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パリ旅行記 - 25 ( 二日目 ) モンマルトル散策 - 2 ( モンマルトルの丘からの眺め )

モンマルトル散策の二回目です。

今回はモンマルトルの丘の上に建つ サクレクール教会 から眺めた、パリ市内の風景を紹介します。

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先ずは サクレクール寺院 の前のテラスから見たパリ中心部の眺めです。

天気の悪さは残念ですが、ここからの眺めも充分綺麗なのですが、この日も朝からパリ観光案内をしてくれている友人が「ドームの上からだと、もっといい眺めだから登ろう」と提案。朝から歩き詰めだったうえに、ピカソ美術館で買った陶器のカップの重さも、この頃になって辛くなり始めていたので、長い階段を登る体力が残っているとは思えませんでした。ただ横に居た妻の顔を見ると、私より疲れていた筈なのに、断る様子はありません。ここで男の私が音を上げる訳にも行かず ( 昭和の考え )、腹を括って登ることにしました。

サクレクール教会航空写真

ドームへ上るには、教会西側の階段を一階分地下に下た、地下一階が入口なので一階分損をした気分です。

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何処がゴールか分からない、狭くて長い薄暗い螺旋階段を登るのはまるで苦行の様で、カバンの中のピカソのカップも肩に食い込みます。何度も立ち止まりながら、やっと明るい所に出て来ました。でもここはゴールではなく航空写真の矢印の部分で、北西の小さなドームから中央ドームへ移動する屋根の上だったのです。更に中央のドームを登らなければなりません。

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ルーブル美術館方向 ( 南 ) 。目前の緑地はウォレット公園です。

再び苦行の続きを味わった後には、こんな素晴らしいご褒美が待っていました。

曇天なのは残念ですが、パリを一望できる素晴らしい眺めです。

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モンパルナスタワーエッフェル塔が見えます。( 南南西方向 )

じっくり景色を見る前にドームを一周してみましょう。

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東側の小ドームを見る

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イタリア旅行の時は、バチカンでもフィレンツェでもドームには登らなかったので、ドームに登ったのは初めての体験です。

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2月のパリ、しかも丘の上に建つ吹き曝しのドームの上が暖かな筈はありません。私だけ上着を脱いでいるのは、人一倍汗っかきで汗びっしょりになっていたからです。

ここでは エッフェル塔 を摘まみ上げてみました。

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南西 ( エッフェル塔 ) 方向を見る。

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南南西 ( ンパルナスタワーエッフェル塔 ) 方向を見る。p2231424-1.jpg

よく見るとモンパルナスタワーの下辺りから

ルーブル美術館 ⇒ オルセー美術館 ⇒ オペラ座 ⇒ アンバレットが見えます。

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金のドームの アバリッド の右下に ブルボン宮 も見えます。

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南方向を見る。

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拡大すると、左側に サン・ジャック塔 ⇒ ノートルダム大聖堂  右側には パンティオン ⇓ サント・シャペル ⇓ サン・トゥスタッシュ教会 見えます。

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南南東 ( ポンピドゥーセンター ) 方向を見る。

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拡大すると ポンピドゥーセンター がはっきりと見えます。

次回は内部を紹介します。

  1. 2020/05/15(金) 14:30:00|
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パリ旅行記 -24 ( 二日目 ) モンマルトル散策 - 1 ( アベス駅~サン・ピエール広場 )

今回からモンマルトル散策です。

パリに在住している友人と一緒だったので、移動時は彼女の後ろを付いて行くだけで、何処を如何乗り継いだかはよく覚えていませんが、恐らくマドレーヌ駅で8号線から12号線に乗り換えて、アベス駅まで行ったのだと思います。

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トロ・アベス駅 出入口

モンマルトルに来た理由には「モンマルトルの丘の上からパリの街を眺めたい」「テアトル広場 に行ってみたい」「サクレ・クール教会 を見学したい」などの理由がありましたが、一番の目的は、近代建築史の本でアール・ヌーヴォーを解説する際には必ず登場する パリ・メトロ出入口 を見たかったからです。旅行の直前まで、パリの何処でも見ることが出来ると思っていたアール・ヌーボー メトロ出入口 は、この アベス駅出入口 の他は「2号線-ポルト・ドーフィヌ駅」と「シャトレ駅」だけだと分かりました。シャトレ駅 はこの日の午前中に利用しするも見付けられず、ポルト・ドーフィヌ駅 には行く予定が無かったので、アール・ヌーボー メトロ出入口 を見られるのは、ここ アベス駅 が唯一の場所なのです。

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アール・ヌーボーの意味は「新芸術」。

19世紀末期から20世紀初期に掛けてヨーロッパで発生し流行した芸術運動で、植物や動物をモチーフとした自由曲線で描かれているのが特徴です。

パリ・メトロ出入口 は、1900年に開催されたパリ万博に合わせて開通したメトロのもの。設計者はデザインコンペによって選ばれたエクトール・ギマールです。

以前から奇抜なデザインで話題になっていたギマールのデザインは、賛否両論を巻き起こすこととなりますが、アールヌーボーはパリでも流行し、ギマールが手掛けた パリ・メトロ出入口 は、最盛期には166ヵ所も在りましたが、第一次大戦混乱による不況もあり「金が掛かり過ぎる」と否定され、ギマールの出入口 も取り壊されるなど、やがて半減してしまいます。1960年代に入ると再評価されますが、現在は上記の3ヵ所だけになってしまったのです。

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駅前広場には、可愛らしいメリーゴーランドも設置されてます。

広場に面する公園には

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ジュテームの壁 

ジュテームとはご存知の通り「愛してる」の意味。フレデリック・バロンの作品で、612枚の青いタイルに、300以上の言語で「愛しています」の意味の言葉が綴られています。勿論日本語も・・・。縦書きされているので見つけ易いので、クリック ( 拡大 ) して探してみて下さい。

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サン・ジャン・ド・モンマルトル教会

設計者 / アナトール・ド・ボド

建築年 / 1904年

所在地 / パリ18区

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一見煉瓦造の教会に見えますが、外壁は鉄筋コンクリート造で、パリで最古の鉄筋コンクリート造の教会堂建築だったのです。

サン・ジャン・ド・モンマルトル教会-3

驚いたことに、柱とアーチは鉄骨を剥き出しにした斬新過ぎるデザイン。尖頭アーチなどゴシック様式の特徴に幾何学模様を織り交ぜたデザインも独特です。

( 内部の柱も鉄筋コンクリート造と記されたサイトもありました。実際に触って確認してくればよかったです。)

サン・ジャン・ド・モンマルトル教会-1

恥ずかしながら、今回この記事を書く為に改めて調べるまでは、この教会の事もアナトール・ド・ボドと言う建築家の名前も全く知らなかったので、写真も数枚しか撮っていません。もう一度パリを訪れる機会があれば、じっくり見学してみたい建物です。

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更に驚いたのは、この教会堂の玄関を飾るセラミックタイルを担当したのは、フランクリン街のアパート のタイルを担当したアレクサンドル・ビゴだと言う事です。

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やはりビゴは重要人物だったみたいです。

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サン・ピエール広場に向かいます。

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さりげない飾り付けも色鮮やかで素敵です。

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数分で サクレクール教会 を見上げるサン・ピエール広場に到着します

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サン・ピエール広場で、サクレクール教会 をバックに記念撮影。

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アベス駅前のものよりも本格的なメリーゴーランドが在ります。ヨーロッパの広場にはメリーゴーランドが付き物のみたいです。

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ここから見ると サクレクール教会 は目の前にあるように見えますが、サン・ピエール広場 との間にはウォレット公園と言う斜面を利用した公園が在り、 サクレクール教会 までたどり着くには、公園内の長い階段を登るか、メリーゴーランドの裏から乗るケーブルカーを利用するしかありません。

サクレクール4

20年若ければ、一気にこの階段を駆け上がりたいところですが、かなり疲れていたのでケーブルカーで登りました。

  1. 2020/05/12(火) 11:41:00|
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パリ旅行記 - 23 ( 二日目 ) マレ地区散策 - 4

今回はマレ地区散策の4回目。

マレ地区地図-4

今回はヴォージュ広場から、バイティーユ広場までの道のりです。

⑮

K ヴォージュ広場 北側の建物の回廊

広場の四方は、同じデザインの建物が囲んでいて、全ての建物は広場に面して回廊が在り、骨董店やアートギャラリー、カフェ等の飲食店で賑わっています。

⑬

30 J 広場北側は 王妃の館

ヴォージュ広場 アンリ4世が造られたパリ最古の公園の一つ。

アンリ4世は「パリを世界一美しい都にしたい」と望みましたが、暗殺によって1612年の完成を見ることは出来ませんでした。この公園は完成当初は「ロワイヤル広場 ( 王の広場 ) 」と呼ばれ、フランス革命の際に、現在の ヴォージュ広場 改名されます。

四方の建物は、南棟の「王の館」北棟の「王妃の館」を含め、36もの館で囲われ、ヴィクトル・ユゴーをはじめ、多くの貴族や政治家、作家等が住んでいました。

設計者 / Louis Me'tezeau

建築年 / 1612年

所在地 / パリ3・4区

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30 K 広場西側の建物

四方の建物のデザインは、アンリ4世の命により統一されていて

1階は半円アーチのアーケード。

2・3階は赤煉瓦に、窓廻り等には白い石材でアクセントを施した外壁。

急勾配の屋根面には、ドーマーウィンドゥーを施しています。

東京駅のデザインに似ている気がします。

⑭

L 広場南側は 王の館

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30 ヴォージュ広場 のベンチで一休み。石はアスファルトよりも固く、しかも凸凹しているので、石畳の道を歩くのは、慣れないとかなり辛いです。

西棟の回廊を南に進むと、南棟に抜け道のような通路が空いています。

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31 シュリー館 / オテル・ド・シュリー庭園 庭園南側の棟。

通路を抜けるとまた小ぶりなフランス式庭園に出て来ました。

ヴォージュ広場 の南西に隣接するこの館も同時期に建築されました。アンリ4世ルイ13世に仕えたシュリー公の邸宅です。

建物中央に中庭を通ってサン=タントワーヌ通り抜ける通路が見えます。

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31 オテル・ド・シュリー庭園 振り返って庭園北側の棟を見る

写真右下の出入口がヴォージュ広場に繋がっています。

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32 シュリー館 オテル・ド・シュリー庭園から、通路を抜けてシュリー館中庭に入り建物を見返す。

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通り抜けて来た通路の出入口の両側に、奇妙な像が

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頭と胸は女性で、その他の体はライオンでしょうか?

マレ-1

33 シュリー館 サン=タントワーヌ通りから見る。

サン⁼タントワーヌ通りを東へ進み バスチーユ広場 へ向かいます。

ちょっと寄り道して

⑯

M サン・ポール・サン・ルイ教会

完成は1641年。パリでは唯一のバロック様式で建てられた教会堂らしいです。

サン=タントワーヌ通り沿いの建物を見て行きましょう。 

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34 JACADI PARIS SAINT ANTOINE  ( 子供服店 ) 

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N Hotel de Mayenne 

建築年は1617年。ヴォーグ広場の建物とデザインも似ていますが、時期も一致しています。

設計者 / アンドルーエ・デュ・セルソー

建築年 / 1617年

所在地 / パリ地区

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35 サント・マリー教会

プロテスタントの教会らしいですが、詳細は不明です。

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36 バスティーユ広場  7月革命記念柱 が見えて来ました。

4区11区12区の3つの区に跨っているこの広場は、元はバスティーユ牢獄があった場所。

1789年7月14日のフランス革命の発端となったバスティーユ襲撃事件発生した場所で、バスティーユ監獄は1792年に取り壊されます。この記念柱1830年の7月革命を記念する 7月革命記念碑 として1846年に建てられました。

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天使の像はオーギュストデュモン作

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37 Banque de France ( 金融機関 )

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38 飲食店やモデル事務所が入居する建物

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39 オペラ・バスティーユ ( 新オペラ座 )

バスティーユ広場 に面して建つ建物でもっとも有名なのが、この 新オペラ座

設計者 / カルロス・オットー

建築年 / 1989年

所在地 / パリ12区

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1982年に当時のミッテラン大統領によって建設計画が始まり、翌1983年に設計コンペが行われ、建物が完成したのは1989年。2005年には改修工事も行われています。

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バスティーユ駅からメトロに乗ってモンマルトルへ向かいます。

  1. 2020/05/11(月) 15:50:00|
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パリ旅行記 -22 ( 二日目 ) マレ地区散策 -3

今回はマレ地区散策の3回目。

マレ地区地図-3

スービーズに接するフラン・ブルジュワ通りを南東方向に進みますが、

ここではちょっと寄り道して

⑪

H ロアン館 ( 国立公文書館 )

スービーズ館 の裏側に在り、同じ区画内で隣接しています。p2221354-1.jpg

17 Hôtel d’Almcras

堂々たる構えの建物ですが、窓から室内を覗いてみると、現在は使用されている様子は無く、建物の奥に中庭が在るのが見えます。

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歴史的建築物だと言う事は分かったのですが、ネットで検索しても詳細は分かりません。入口の横に貼られたプレートを見ると Hôtel d’Almcras と読めるのが唯一の情報です。
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更にフラン・ブルジュワ通りを進んで行くと

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18 Hôtel d’Albret ( ダルブレ館 )

この建物も、残念ながら詳細不明です。

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道路が狭かったので、扉の下から屋根まで一枚の写真では撮影出来ませんでした。 

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フラン・ブルジュワ通りパヴエ通り~パイエンヌ通りとの交差点まで進んで行くと、右手には ラモワニョン館 、左手には カルナヴァレ館 が在ります。

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19 ラモワニョン館 ( パリ市歴史図書館 ) 

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この館は、16世紀にアンリ2世王女ディアヌ・ド・フランスによってルネッサンス様式で建てられました。 

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また、この館はルイ16世の弁護人を引き受けたことで知られる クレティアン=ギヨーム・ド・ラモワニョン・ド・マルゼルブが生まれた館とか。

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⑰

I カルナヴァレ館 ( カルナヴァレ博物館 )

カルナヴァレ館 と隣接する ル・プルティエ・ド・サン=ファルジョー館 という2つの建物で構成されている博物館。

カルナヴァレ館 は1548年にルネサンス様式により建てられた建物を、17世紀中頃にフランソワ・マンサールの設計で改修工事が行われています。

ル・プルティエ・ド・サン=ファルジョー館 は1688年に建てられました。

⑫ 

交差点に戻り、パイエンヌ通りを北に向かって進むと、左手に小さな公園が在ります。

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20 ラザール=ラッシュリーヌ庭園

庭園と言うよりも、中庭と言った感じでしょうか?

奥に見える建物は1598年に建てられた ドノン館 ( コニャック=ジェイ美術館 ) です。

ラザール=ラッシュリーヌ庭園 の右隣には

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21 Institut Tessin

アートギャラリーらしいのですが、詳細は分かりません。ドノン館 の建物とは外壁が接していて、デザインも酷似しています。

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Institut Tessin の向の公園 ( Square George Cain ) から

⑱

22 Square George Cain

この公園に面する建物の外壁には、色々な装飾が施されています。

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イオニア式のオーダー柱ペディメントを支えるギリシャ神殿風の装飾 

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Lycée Victor Hugo, Paris 

この隣の建物も詳細は不明ですが、高校の校舎のようです。

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23 Hotel Chatillon  Institut Tessin の右隣の建物

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24 Aldo Pellas   Hotel Chatillon の右隣の建物。アンティーク・ショップのようです。

パイエンヌ通り突き当りのT字路を左折し、パルク・ロワイヤル通りに入ります

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Hôtel de Bonneval

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この建物も、歴史的建築物と言うこと以外は詳細不明です。

道なりに進んでトリニ広場からトリニ通りに入りピカソ美術館

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26 ピカソ美術館 ( Hôtel Sale' )

言わずと知れたパブロ・ピカソのコレクションを展示する美術館。

建物は オルテ・サレ ( 塩の館 ) と呼ばれた17世紀中頃に建てられました。

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⑳

27 ピカソ美術館ミュージアムショップ

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美術館には入館しませんでしたが、向に在ったミュージアムショップは覗いてみました。

このカップの柄が気に入り、自分の為にマグカップとコーヒーカップを、娘夫婦の為のカップも買ったので、陶器の重さがこの後私を苦しめることになります。

この後はドベレム通りを経てへ出ました。右折してティレンヌ通りを南へ進むと

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28 サン・ドニ・デュ・サン・サクルマン教会

ポルチコと呼ばれる正面入り口が特徴的。6本のイオニア式オーダー柱ペディメントを支えるている姿は、ローマの パンティオン を思わせます。

設計者 / Étienne-Hippolyte Godde

建築年 / 1835年

所在地 / パリ3区ティレンヌ通り

建築様式 / ネオ・クラシック様式

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正面の壁面にはペテロパウロの彫像がが飾られています。

ティレンヌ通りを南下します。

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29 Hotel du Grand Veneur

設計者 / Michel Villedo

建築年 / 1637年

所在地 / パリ3区ティレンヌ通り

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更にティレンヌ通りを南下し、ヴォージュ広場へ向かいます。

  1. 2020/05/09(土) 14:50:00|
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三角地の家 竣工写真 - 内観

前面道路から見た立面から、それ程の狭小住宅とは見えないかもしれませんが、敷地面積は15坪足らず。更に狭角が45度の三角形の敷地なので構造的な制約が多く、プランニングは困難を極めました。制約ばかりの設計条件の中、施主からのご要望を満たしつつ、少しでも部屋面積の狭さと三角形故の使い勝手の悪さを感じさせない住空間を造ることを心掛けました。

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1階は引き渡し後も残工事の荷物置場の様になってしまったので、全体の写真を撮る機会がありませんでした。一部小さな店舗のようなスペースが在り、将来的に昔この場所で営んでいた店舗を復活させる夢を持っておられます。階段下のスペースには、現在は施主がDIYで制作したキャスター付きの収納BOXが収まっています。

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1階の居室には、南側道路に面する階段室の窓から、木製ルーバー越しに光が差し込みます。

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2階の主な採光も、階段室越しのFIX ( 嵌め殺し ) 窓から。

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南側道路は夜でもかなりの通行量があるのでFIX窓としています。

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階段室を含めて13帖足らずのダイニングキッチンの左右に、約3帖のスペース-4とスペース-3を配置し、多趣味な施主のスタディ-ルームや家事スペース等の予備室として、建具は設けずに曖昧に仕切っています。

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ダイニングを通してスペース-3方向を見る

階段室のFIX窓から木ルーバーを通して光が差し込みます。
この窓からの日照だけで、真冬でも室内は予想以上の暖かさです。

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スペース-3から三角形のバルコニーを見る 

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鉄骨柱ジョイント部詳細 

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ダイニングからキッチンを見る。

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 狭さを感じさせないよう、システムキッチンの配置には頭を悩ませました。

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この住宅は準耐火建築物にする必要があるので、木製の構造体を表しにすることは出来ません。木製階段は厚さ60㎜のゴム集成材を使用することで、木材を表しに出来ました。
また着色せずにクリア塗装のみとすることで、木の温もりを感じることが出来ます。
 

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3階へ

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3階からの階段室を見下げる。

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3階は階段室のFIX窓以外にも、ハイサイドライトからの採光が期待出来ます。

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この住宅は階段室で1階から3階迄、空間的に繋がっているので、夏場に階段室を通して3階に溜まった熱気をこの窓から排出します。

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冬場にも、各階の暖房による暖気は室内の最高部に当たる、この辺りに溜まるので、この吸い込み口から吸引し、ダクトを通して1階の床下に送ります。

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階段上収納庫内に設けたダクトとダクト用の送風機。

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吹出口は1階床に設けています。

勉強家で好奇心旺盛な施主と相談しながら、遊び心で設けた設備でしたが、期待を上回る効果を上げているようです。

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この梯子は階段上収納へ上がる他に、屋上のメンテナンスにも利用出来ます。

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  1. 2020/05/08(金) 12:11:00|
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大井町の家 上棟後

先月27日に上棟し、28日の昼過ぎには既に垂木と屋根野地の取り付け、一気にルーフィング貼りが完了しました。

3日から現場も連休に入ると連絡を受けていたので、2日の土曜日に現場に行って来ました。

何時もは公共交通機関と徒歩で現場に行くところ、2日は道路が空いていると予想して、東名高速を利用して車で現場で向かいました。大和トンネル辺りで携帯から神奈川県知事からの「他県から神奈川県に来ないように」との趣旨の音声が入りました。いきなりの音声だったので驚きましたが、事務所から1時間30分程で現場に到着しました。

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施工会社の(株)創建の社長さんからの報告通り、外壁下地のダイライトも既に張り終わっていました。掃き出し窓などの大きなもの以外は、開口部にも一気に面材を張っているので進行が早いのだと思います。

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筋交いは勿論、取付金物も設置済みです。

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柱や束は120角の杉材を使用しています。梁も当然W120なので安心感があります。

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この住宅の骨組みも、かなり複雑な部分が多く、単純ではありません。但し前回の三角地の家とは違い、平面的には全て直角であることが、このスピーディーな現場進行に繋がっていると思います。改めて三角地の家の大工さんには、苦労を掛けたことを実感させられます。

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先月28日にルーフィング貼りは終了。

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ホールダウン金物の設置も終わっています。


  1. 2020/05/07(木) 11:45:20|
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パリ旅行記 - 21 ( 二日目 ) マレ地区散策 - 2

今回はマレ地区散策の2回目。

マレ地区地図-2

青い線が今回歩いたコースです。

目指す ポンピドゥーセンター が見えて来ました。

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9 ジョルジュ・ポンビドゥー国立芸術文化センター

ポンピドゥーセンター の北西側に出たみたいです。建物の西側にはちょっとした広場が在りますが、建物が大きくて全体を写すことが出来ません。

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一部改修工事中でしたが、元々が仮設足場のようなデザインなのでそれ程違和感がありません。エスカレーターを覆うガラスのチューブも目を引きます。

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北側も鉄骨剥き出しのデザイン。築後40年以上を経た現在でも、充分斬新性が感じられます。

設計者 / レンゾ・ピアノ、リチャード・ロジャース

建築年 / 1977年

所在地 / パリ4区、サン=メリ地区

1969年、近代芸術の愛好家であったジョルジュ・ポンピドゥー大統領が、近現代芸術拠点を設ける構想を発表し、1977年ジスカール・デスタン大統領により落成式が行われました。当初はエッフェル塔の完成当時と同様に、デザインが斬新過ぎて歴史的建築物が建ち並ぶ、パリの美観を損ねるなどの批判が噴出させた話題文化施設です。80年代前半に大学で建築を学んだ私達の年代の者にも、思い入れの深い建築の一つです。

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10 ポンピドゥーセンター 北側のランビュート通り

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11 今ではマレ地区の街並みに、すっかり馴染んだ感があります。

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北東側 ( ランビュート通りボーブール通り) の交差点から。

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建物全体を捉える為に広角レンズに変えてみます。

西・北の両面はシルバーに塗装されたスチールトラスや露出された巨大なブレースが特徴でしたが、ボーブール通りに面する東面は露出され青や緑や赤に塗装された設備配管が特徴です。アスファルトから突き出た白い巨大な吹出口を、オブジェとして協調しています。

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シルバーの鉄骨とガラスチューブのエスカレーターが印象的だった西側とは、かなり印象が異なります。 

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南東側 ( サン=メリ通りルナール通り) の交差点から。

南側の立面は、西・北側とお同じような、スチールトラスを露出させたデザインです。

ルナール通りからサン=メリ通りに入りストラヴィンスキー広場へ。

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13 ストラヴィンスキー広場

広場には長方形の池が在り、お隣の ポンピドゥーセンター の派手な色彩にも負けない、派手な色彩のオブジェが並んでいます。

ストラヴィンスキーとはロシアの作曲家の名前で、1913年に「春の祭典」をパリで上演します。当時としてはあまりに前衛的な内容だったらしく、全くパリ市民に受け入れませんでしたが、現在では偉大な作曲家として認められています。彼のチャレンジ精神がポンピドゥ・センターのコンセプトに合致したのでしょう。

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派手な色彩のキッチュなオブジェは、スイスの芸術家ジャン・ティンゲリーとフランスの画家ニキ・ド・サンファル夫妻よる「自動人形の噴水」と言うアート作品。

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ストラヴィンスキー広場越しに ポンピドゥ・センター の南側立面を見る。

広場の南側は サン・メリー教会 の側面に面しています。

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14 サン・メリー教会 

創建は13世紀初頭で、現在の教会は16世紀に建てられました。

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ラテン十字型 - 五廊式 ゴシック様式 の教会堂

パリの美しい教会の1つとして知られ、小ノートルダムとも呼ばれているそうです。紀元700年にパリに巡礼に訪れたあと死亡した聖メリが名前の由来で、その遺骨は教会の地下室に埋葬されています。

サン=メリ通りルナール通りの交差点に戻り、サン=メリ通りを東に歩いて行きます。

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15

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16 アルシーヴ通りとの交差点

この交差点を右(南)に少し入ったところに

③

B ビレット教会

16 の交差点に戻りアルシーヴ通りを左 ( 北 ) に向かいます。

④

C Maison dite de Jacques Coeur ( ジャック・クールの家 )

⑤

D 建物の名前も建設された年代は不明ですが、素敵な建物です。 パリ市内では少し歩けば、この建物のように歴史やロマンを感じさせる建物に出会うことが出来ます。

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装飾も凝っています。

フラン・ブルジュワ通りとの交差点まで進みます。

⑥

E スービーズ館 ( フランス歴史博物館・国立公文書館 )

この交差点を右折してフラン・ブルジュワ通りに入りますが、ちょっとだけこの先のアルシーヴ通りをSVで見てみましょう

⑦

F Convent of Mercy

アルシーヴ通り左 ( 西 ) 側、スービーズ の向の建物 

⑧

E 再び スービーズ館 まるで城の様ですね。

⑨ 

オドゥリエット通りとの交差点

右側が スービーズ まさに城壁です。左に見えるのが ゲネゴー館

⑩

G ゲネゴー館 ( 狩猟自然博物館 )

設計者 / フランソワ・マンサール

建築年 / 1655年

所在地 / パリ3区

アルシーヴ通りフラン・ブルジュワ通りとの交差点に戻り、フラン・ブルジュワ通りに入って行きます。

⑥-2

E スービーズ ( フランス歴史博物館・国立公文書館 )

設計者 / ピエール・アレクシス・ドラメール

内部装飾設計 / ジェルマン・ボフラン

建築年 / 1709年

所在地 / パリ3区

スービーズ館 は、ルイ14世の時代、建築家ドラメールによってロココ様式で建てられましたロココ様式の豪華な内部装飾はジェルマン・ボフランが行っています。16世紀にスービーズ侯爵買い取って改装が加えられ、18世紀には多くの文化人によるサロンや演奏会の場となりますが、フランス革命の時代に政府に没収され、現在は国立古文書館として利用されてます。

  1. 2020/05/06(水) 12:28:00|
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パリ旅行記 - 20 ( 二日目 ) マレ地区散策 - 1

パリ旅行の二日目も ノートルダム・ル・ランシー教会サン・トゥスタッシュ教会 の見学を終えた頃には12時を回っていたので レ・アル駅 の北側の飲食店の並んでいるモントルゲイユ通りを散策しながら、入れそうな店を探します。

マレ地区地図-1

 

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① 

先ずは サン・トゥスタッシュ教会 の東側から、小規模な飲食店や店舗が並ぶモントルゲイユ通りを北上します。シャンゼリゼ大通りも素敵でしたが、この様なゴチャゴチャッとした繁華街もパリの魅力ですね。

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② 

細い路地 ( モーコンセイユ通り ) を覗き込む。

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② 

L'Escargot Montorgueil 有名なフレンチ料理店らしいです。

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③ 

エティエンヌ・マルセル通りとの交差点を通り過ぎ、更にモントルゲイユ通りを進みます。

何軒か料理の美味しそうな店を覗きましたが、良さそうな店は何処も満席で、なかなか昼食にあり付けません。

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⑦ 

サン=ソヴァール通りと言う細い路地に入って行きます。

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⑧ 

去年の秋に放映していたキムタク主演のドラマで、ロケ地になった店らしいです。

この通りの人気のハンバーガー店に入ることが出来ましたが、店内が狭いうえに相席だったので、写真を撮ることが出来ませんでした。

来た道をエティエンヌ・マルセル通りとの交差点まで戻り左折します。

①

A エティエンヌ・マルセル通り 

パリの街並みは何処を通っても美しい!!

次回はポンピドゥーセンター を目指します。

  1. 2020/05/05(火) 12:33:00|
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