
正面は実にシンプルな矩形の外観です。

この聖堂はパンティオンのすぐ裏手に在るので、聖堂前の広場からパンティオンの後姿が見えます。

広場の中央のオベリスクは小さめで、噴水はありませんが象の背中に乗っています。

シンプルで地味な印象の外観とは対照的な美しい聖堂内部。
「サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ」とは「ミネルヴァの上のマリア」と言う意味で、カエサルのライバルだったポンペイウスが建てたミネルヴァ神殿跡に建てられた、三廊式でラテン十字の聖堂です。

ここには、ミケランジェロ作の彫刻「十字架を負うキリスト」の他、多くの絵画収蔵されているそうですが、この日はミサを行っていいて、見学することは出来ませんでした。

アルジェンティ-ナ神殿跡
1927年、ここで大理石像の大きな頭部と腕部が見つかり、考古学的調査により、4つの神殿とポンペイウス劇場の一部が見つかったことで、共和政ローマ時代の聖域だったことが判明しました。

4つの神殿は北 ( この写真では向かって右 ) から順に A、B、C、D とアルファベットが振られています。
紀元80年に火災があり、ローマ帝国時代に再建されました。
この写真では向かって右が神殿A、左の円形の遺跡が神殿Bです。

神殿Aは紀元前3世紀の建築で、紀元前241年にカルタゴに勝利したことを記念して建てたユートゥルナの神殿と言われています。
後に教会に転用され、現在残っているのはそのころの後陣です。

6本の柱が残っている円形の神殿Bは、紀元前101年キンブリ人に勝利したことを記念して建てた神殿で、フォルトゥーナを祭っていました。
発掘時に見つかった巨大なフォルトゥーナ像は、カピトリーノ美術館に収蔵されています。

神殿Cは女神フェーローニアの神殿ではないかと言われていて、紀元前4世紀から紀元前3世紀のもので、紀元80年の火災後に再建されたものと考えられています。
最も大きな神殿Dは航海の守護神 ラレース の神殿で、紀元前2世紀の建築。
今だほとんどは道路の下にあり、一部しか発掘されていません。
アルジェンティ-ナ神殿跡は、猫の楽園になっていて沢山の猫達が暮らしていました。


トラステヴェレ地区へ向かう途中でも思わずシャッターを押したくなってしまう建物に出会います。

San Carlo Catinari教会
ローマではこのレベルの建物を、街の彼方此方で見掛けることが出来ます。

ガリバルティ橋からシスト橋を見る。
ティベレ川を渡ればトラステヴェレ地区に入ります。
※ この記事内の説明文は「週刊ユネスコ 世界遺産」 「Wikipedia」「過去と現在 ローマ」 を参照しています。
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