直ぐにでもフォロ・ロマーノを見学したいところでしたが、この後の行程を考えて、直ぐにはフォロ・ロマーノへは行かず、左に曲って、先ずはパラティーノの丘へ向かいます。

ティトゥスの凱旋門とマクセンティウス ( コンスタンティヌス ) のバシリカの中間辺りから見たパラティーノの丘

チルコ・マッシモから見たパラティーノの丘
( ローマ散策 - 10 ) で紹介済み
パラティーノ丘は、古代ローマの政治経済などの中心であるフォロ・ローマノに隣接することから、古代ロマーの住宅地のなかでは、最も高級な住宅街であり、共和政時代はキケロ等の財を成した元老院達住み、帝政に移行した後は、初代皇帝アウグゥストゥスが居を構えたことから、以後、皇帝達の住まいともなったのです。

スタディオン
第11代皇帝ドミティアヌスが、東側に隣接するドムス・フラウィアやドムス・アウグスターナーと同時期に建てた施設です。
ドミティアヌス帝就任直後の81年から92年の間に、ネロ帝以降に建てられた建物群を撤去した跡に建てられました。


陸上競技のトラックの様な平面ですが、スタディオンは競技場ではなく、古代ローマ時代には皇帝の私庭 ( 庭園 ) として使われていたようです。
地面に楕円形の建物跡が残っていますが、これは東ゴート王国の初代国王テオドリックの時代 ( 6世紀 ) に造られたアンフィテアトルム ( 円形闘技場 ) の跡です。

ドムス・アウグスターナ
ドムス・アウグスターナは皇帝公邸として使われていました。
パラティーノの丘の中央部のほぼすべてを占めており、アウグストゥス、ティベリウス、ネロ等が建てた建物群を撤去した跡に建てられています。



泉のある半地下の庭ペリスティリウム

目線を変えれば、この辺りからは、チルコ・マッシモを一望することが出来ます。

チルコ・マッシモを見る。

ドムス・フラウィア
ドムス・フラウィアは皇帝官邸としての機能を持っていました。
ドミティアヌス帝就任直後に建設され、以降約300年間、ローマ帝国皇帝の官邸として利用されています。
※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「ローマ過去と現在」「ローマヴァティカン市国・システィーナ礼拝堂」 等を参照しています。
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