アクトデザイン凛太郎のブログ

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ローマ散策-36 フォーリ・インペリアーリ ( 皇帝達の公共広場 )

フォーリ・インペリアーリの建設は、共和政末期には手狭になっていたフォロ・ロマーノを拡張することを目的に、ユリウス・カエサルによって、北側に隣接した土地に、新たな政治・経済・宗教の中心施設を造ることを目的に始まりました。

白黒
最初に建てられたカエサルのフォロは、紀元前54年に建設が始められ、カエサルの死後、後継者のオクタビアヌス(後のアウグストゥス帝)によって、紀元前46年に竣工します。

前回の最後に紹介した写真です。
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元老院の手前、写真右端辺りがカエサルのフォロ ( 公共広場 ) が在ったところです。
この近くにカエサルの銅像も在った筈なのですが、場所を思い違いしていて、カエサルの公共広場の写真も、銅像の写真も撮り損なってしまいました。


約40年後の紀元前2年、カエサルの公共広場の北西側に、ほぼ同面積の公共広場が建設されます。
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アウグストゥスのフォロー ( アウグストゥスの公共広場 )
カエサルを暗殺したブルータスらを打ち破ったフィリッピの戦勝 ( 紀元前42年 ) を記念して、初代ローマ皇帝アウグウストゥスによって建設されました。
広場の両脇には半円形の大ホール(エクセドラ)が在り、そこには彫像が並んでいたと考えられています。

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広場の奥の復讐神マルテ ( マルス ) 神殿 は、美しい色大理石を用いて建てられ、新君カエサルや伝説上の英雄の像が納められていました。

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広場後方の壁の向こう側は、名門貴族でありながら、けして裕福とは言えなかったカエサルの家の在ったスッブラ ( 庶民の暮す下町 ) 地区でした。
スッブラでは度々大火が発生した為、この壁は防火壁の役割も果たしていました。

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アウグウストゥス帝の銅像


紀元75年には、アウグウストゥスのフォロに続いて、ヴァスパシアヌス帝によって、少し離れた東側に平和の神殿と広場が建設されます。
しかし、平和の神殿と広場は現在は道路に埋まっていて、全く見ることが出来ません。

このアウグウストゥスのフォロ平和の広場の間に残った空間にネルヴァのフォロ ( ネルヴァの公共広場 ) が完成すると、フォロ・ロマーノから、増幅するように建設された3つの公共広場に連続性が生まれ、総合公共広場の感を呈するようになります。

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               深緑 カエサルのフォロ
               薄緑 ネルヴァのフォロ
               肌色 アウグウストゥスのフォロ

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ネルヴァのフォロ ( ネルヴァの公共広場 )
広場にはミネルヴァ神殿がありましたが、17世紀にジャニコロの丘の噴水の材料にするため壊されてしまい、現存するのはこの壁だけになってしまいました、

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ネルヴァの銅像

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私も五賢帝の一人だったネルヴア帝の銅像と記念撮影してみました。
背景はアウグストゥスのフォロ ( アウグストゥスの公共広場 )


公共広場の拡張事業は、まだ終わった訳ではありません。

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トライアヌスのフォロ と トライアヌス帝の市場

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黄色 トライアヌスのフォロ
薄オレンジ トライアヌスの市場
濃オレンジ バシリカ・ウルピア

ダキア戦役に勝利をおさめ、ダキアの属州化を祝って、107年から112年に掛けて、ダマスカスの建築家アポロドロスによって建設されたトライアヌスのフォロ一帯の建築物は、皇帝達の公共広場の中でも最大の規模を誇り、全体で縦300m × 横185mと広大なもので、バシリカ・ウルピア二つの図書館に囲まれた場所に、記念柱も建てられました。

広場の周囲は柱廊で囲われ、東西の両脇にはエクセドラと呼ばれる半円形の部分があります。
広場の中央にはトラヤヌス帝の騎馬銅像が置かれ、広場南側の凱旋門の上には六頭立ての戦車に乗ったトラヤヌス帝の銅像も設置されていたそうです。

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バシリカ・ウルピア
トライアヌスのフォロ ( 公共広場 )の北側にはバシリカが建てられ、バシリカの北側に接して、二棟の図書館があり、図書館の間には、高さ40mのトライアヌスの記念柱が聳え建っています。
記念柱の更に北には、神格化されたトライアヌスに捧げられた神殿も在ったようです。

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トライアヌスの記念柱

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ダキア戦役の勝利を記念して建てられた記念柱には、2世紀のダキア戦役の物語が絵巻物のように螺旋状にビッシリと刻まれています。
柱の内部は空洞になっていて、螺旋階段で頂部まで上ることが出来ます。

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トライアヌスの市場
トライアヌスのフォロに沿って造られた、 この半円形の煉瓦造りの建物には、数多くの通路や店舗が機能的に配置されていました。
また、建設に必要な平地を確保する為に、クイリナーレの丘カンピドリオの丘を繋いでいた丘を、切り崩した斜面に沿って建てられたこの市場は、土留めの役割も果たしています。

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※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「週刊ユネスコ 世界遺産」「ローマ過去と現在」「ローマ昨日と今日」「ローマヴァティカン市国・システィーナ礼拝堂」 「ローマ人の物語」等を参照しています。 
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  1. 2016/09/11(日) 01:03:52|
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