
先ずは、広場北側のマルテッリ通りを見てみましょう。

向かって左側の建物は、サン・ジョヴァンニーノ・デリ・スコロピ教会
元はゴーリ邸の在った場所に、1351年からは、プロテスタントのサン・ジョバンニのための小礼拝堂が組み入れられた、「 聖人にささげた 小さな教会 」 として知られていましたが、 1557年コジモ1世は、イエズス会の教会として新たに 教会の継承を認め、最終的に1661年に完成した教会です。
右側はメディチ・リッカルディ宮殿

フィレンツェ・ルネサンス建築の代表格と言われているメディチ・リッカルディ宮殿は、元はコシモ・ディ・メディチの依頼によりミケロッツォ・ミケロッツィの設計で、1460年に完成したメディチ家の邸宅でした。
メディチ家の人々が1540年まで暮らし、1655年にリッカルディ侯爵が買い取ったので、メディチ・リッカルディ宮殿の名で呼ばれており、現在は県庁として利用されています。

1階の外壁は粗い石積
2階はやや平らな石積
3階は目地が見えない程の平滑な仕上げの石積
と言う3層構造で、この後1世紀以上、この建て方が大流行したとか
外壁から大きく迫り出した軒蛇腹はミケランジェロの設計です。
宮殿の中も見学出来た筈なのですが、今回はスケジュール的に無理だったので諦めました。
広場の南側へ

サン・ジョバンニ広場とカルツァイウォーリ通りの交わる角の敷地に、軒の出の大きな、目に付く建物があったので写真を撮っておきましたが

ビガッロの開廊
後で調べてみると、この建物は、アルベルト・アルノルディの設計で1358年に竣工した建物だと分かりました。
大きく張出した軒の出の他に、通りと広場に向かって開放した、大きなアーチに支えられた開廊が特徴の建物です。

向かって右側の広場側のアーチの上には、殉教者ペテロと聖母子、聖ルチアの像が飾られています。

ジョットーの鐘楼からサン・ジョバンニ広場を見る
サン・ジョバンニ洗礼堂の右上に見えるクーポラはメディチ家礼拝堂
左下の茶色の瓦屋根の建物がビガッロの開廊
ビガッロの開廊の前から、カルツァイウォーリ通りを南へ200m程歩くと

オルサンミケーレ教会。
一見しただけでは、教会とは分かりづらい外観なのは、元は1337年に穀物倉庫として建てられ、14世紀に市場の移動に伴って、礼拝堂として利用されるようになったからです。

教会の周囲の壁には、14体の守護聖人の彫像が飾られています。

聖トマスの不信

オルサンミケーレ教会は、たぶん入場無料だったと思いますが、時間がなかったのでこちらも外観だけ・・・。
※ この記事内の説明文は「週刊ユネスコ 世界遺産」 「わがまま歩き29 イタリア5都市」 「 全紹介 フィレンツェ 」 等を参照しています。
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