
クローチェ広場

サンタ・クローチェ聖堂
クローチェ とはクロス = 十字架 を意味します。
つまり、サンタ・クローチェ聖堂とは、聖十字架聖堂 と言うことになります。

アッシジの聖フランチェスコ 自身によって建てられたと言われる聖堂で、アルノルフォ・ディ・カンビオの設計により、1294年から1385年に掛けて建設された、ゴシック様式の聖堂です。
また、サンタ・クローチェ聖堂はフランシスコ会 最大の教会であり、別名 フィレンツェのパンテオン と言われる程、聖堂の内部には多く著名人の墓があります。

平面図構成は、エジプト十字、もしくはフランシスコ会の象徴である タウ十字 に近い十字形をしています。
ようするに上部の出の少ないラテン十字形と言ったところでしょうか。
三廊式のバシリカの長さは115mもあり、特徴的な八角形の列柱が、尖頭アーチを支えています。
漆喰塗りの白壁と木組を表した天井により、聖堂内部は全体として華美な印象は受けません。

正面の祭壇に近付いて行きます。

聖堂内が質素な分、ステンドグラスの美しさがより映えて感じられます。

ステンドグラスを背景に黄金色に輝く美しい十字架。
サンタ・クローチェ聖堂 = 聖十字架聖堂 たる所以でしょう。

礼拝堂の側壁には、アーニョロ・ガッディ作の聖十字架物語を主題とした、14世紀に描かれたフレスコ画が見られます。

祭壇前から、入口方向を見返す。

入口上部の円形のステンドグラス


左右の側廊には、小さな礼拝堂と著名人の墓石が並んでいます。
沢山のフィレンツェ人が、この聖堂に埋葬されることを希望したとか。

ミケランジェロの墓碑 ヴァザーリ作

ダンテの記念碑

実はこのお墓は、私の大好きな作家でもある塩野七生さんの著書にもよく登場する、君主論のマキャヴェッリの墓の墓だと思って撮ったのですが、どうも違ったみたいです。
他にガリレオ・ガリレイの墓も有ったのですが、イタリア語が読めなかった為に、残念ながら写真を撮りそこなってしまいました。


身廊だけでなく翼廊の床にも、聖堂の床のいたるところに、墓碑らしきものが見られます。
人様のお墓の上を土足で歩くのはどうかと思ってしまいますが、人に踏まれることによって自分の罪が許され、天国行きが近づくと信じられていたとか。

翼廊を見る

聖具室

聖具室にある礼拝堂の天井を見る

バロンチェッリ礼拝堂 翼廊突き当たり?
祭壇の絵は聖母戴冠

バロンチェッリ礼拝堂の天井

パッツィの礼拝堂
サンタ・クローチェ聖堂の南側に隣接するフランチェスコ会修道院が在ります。
聖堂側の壁際に造られた回廊は、14~15世紀に建てられたもの。
回廊の奥に見える建物は、ブルネッレスキの設計で1444年に完成したパッツィの礼拝堂です。

パッツィの礼拝堂の前廊の天井を見上げる。
美しい彩色陶製丸天井は ルッカ・デラ・ロッピア作。

鐘楼は1842年に再建されたもで、
ゴシック・リヴァイヴァルの大理石のファサードは、ニッコロ・マタスの設計で、1857年から1863年に掛けて建設されたものです。

ミケランジェロ広場から

ジョットーの鐘楼から
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