
オルセロ・ゴンドラ乗り場からオルセオロ・オ・デル・コヴァル川を見た風景。

この場所は、なかなかの写真スポットだったらしく、なん組かの観光客が後ろで待っていたので、一旦場所をゆずり、しばらく順番待ちをしてから、記念写真をもう一枚!!
来た通路を戻って、旧行政館の1階のショップを覗きながら東へ歩き、サン・マルコ大聖堂の北・東側へ行ってみると、そこも飲食店や商店で賑わった街区でした。
ヴェネツィア名産のレースやヴェネツィアン・グラスの土産店を物色しながら、あてもなく東へ東へと歩いて行くと、両側に店舗の並ぶ細い通りから抜けて、少し幅の広いサン・プロヴォイオ川沿いの細長いサン ・プロヴォイオ広場に出て来たました。
サン・プロヴォイオ川とサン・セヴェーロ川が交わるT字部分 カステッロ地区

サン・プロヴォイオ川越にホテル・パラッツォ・プリウリを見る。

ホテル・パラッツォ・プリウリは、サン・プロヴォイオ川にサン・セヴェーロ川が交わるT字部分に在ります。
サン・セヴェーロ川から2艘のゴンドラが遣って来ました。

実にヴェネツィアらしい風景です。

ゴンドラに乗ると彼方此方で写真を撮られるのでしょう!
撮られる方も慣れたものです。
サン・セヴェーロ川を挟んでホテル・パラッツォ・プリウリの対岸には、運河を見下ろすテラスのある建物が在りました。

レジデンツァ デ ロズマリン
建物の詳細は不明ですが、現在は古い邸宅をホテルとして利用されています。
サン・プロヴォイオ川沿いの細長いサン ・プロヴォイオ広場をそのまま東へ進むと、サン・ロレンツォ川がグレーチ川に名前の代わるT字部分に出ます。
T字部分には大小2つの橋が架かっていますが、大きい方の橋からの眺めも、なかなかのものでした。
サン・プロヴォイオ川、サン・ロレンツォ川、グレーチ川が交わるT字部分
カステッロ地区

サン・ジョルジオ・デイ・グレーチ大聖堂 1539年着工-1573年竣工
コンスタンディヌーポリ総主教庁に所属する、ギリシャ正教会の大聖堂で、ヴェネツィア軍に仕えていたギリシャ人兵士達と、ヴェネツィアに住んでいたギリシャ人の知識人層が中心となって建設されました。

同じ橋の上からサン・ロレンツォ川を見る。

同じ橋の上からサン・プロヴォイオ川を見る。
辺りはだいぶん陽が落ちて、薄暗くなり露店には灯りが灯り始めたので、ここらで引き返すことにします。
帰る途中でも、立派なファサードの教会を見掛けました。
ヴィン川とグレーチ川の中辺り カステッロ地区

サン・ザッカリーア教会
アントニオ・ガンベッロ、マウロ・コドゥッシ設計 1458年-1515年
洗礼者ヨハネの父と言われるザカリアに捧げれ建設されたベネディクト派の教会。
当初はゴシック様式の教会として建設は進められますが、後にファサードや内部の天井等にルネサンス様式を取り入れた為、ファサードは後期ゴシック様式とルネサンス様式が融合された、堂々とした立面になっています。

正面頭部の半円部は貝模様や化粧板で飾られています。
正面出入り口の上の彫像

聖ザッカリア像 A・ヴットーリア作
内部には絵画が多数飾られており、特にベルニーニの祭壇画が有名です。
今回は内部を見学していないので、手持ちの資料から

祭壇画 / バラ ジョヴァンニ・ベルニーニ作 《 出典:21世紀シリーズ ヴェネツィア 》
夕食には時間が少し早かったので、サン・マルコ広場から水上バスでカナル・グランデをホテルの在るフェローヴィアまで移動するつもりでしたが、カナル・グランデではなく、ジュデッカ運河を通る便に乗ってしまいました。
ただ、既に日が暮れてしまったので、写真を撮れる訳でもなく、それ程時間も変らなかったので、かえってヴェネツィアの別の風景を見れたと思っています。
この日の夕食は、サンタ・ルチア駅前でホテル・プリンチぺにも近いレストランに入って、ワインと

御飯が恋しくなっていた妻は 魚介のリゾット を

私は イカ墨のパスタ を食べて、ヴェネツィアを満喫した一日は終わりました。
※ この記事内の説明文は「Wikipedia」 「21世紀シリーズ ヴェネツィア」「Google マップ」等を参考または参照にしています。
スポンサーサイト