アクトデザイン凛太郎のブログ

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会津若松 散策 17 鶴ヶ城

地元では鶴ヶ城と呼ばれていますが、同名の城が他に在ることから、地元以外では会津若松城と呼ばれることが多いようです。

鶴ヶ城はNHKの大河ドラマ「八重の桜」でも描かれた様に、1868年(慶応4年)、戊辰戦争の際に、板垣退助率いる新政府軍に、薩摩軍も加わった大軍の一ヶ月に及ぶ猛攻にも落城せずに持ちこたえますが、遂に開城すたのです。
新政府軍の砲撃を受け続けた為、天守を含む多くの建造物の傷みは激しく、開城は修理されることもなく放置された後、1874年(明治7年)、天守をはじめとする建造物は全て解体されるのです。

但し、本丸にあったの一つである御三階は1870年(明治3年)、阿弥陀寺(会津若松市七日町)に移築され、本丸の大書院の唐破風の表玄関は、御三階と共に阿弥陀寺に移築され、御三階の玄関に利用されています。

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1908年(明治41年)に陸軍の連隊練兵場が設置され、三ノ丸の一部とその濠や土塁約6haが撤去されましたが、本丸、二ノ丸、三ノ丸の一部、北出丸、西出丸及び付属する濠は残され、現在の史跡指定部分約23haは保存されています。

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この広い濠と高い石垣に阻まれて、圧倒的な勢力を誇った新政府軍も、この城を攻め落とすことは出来なかったのです。

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天守が見えて来ました。
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現在の天守は1965年(昭和40年)に外観復興再建されたも。
鉄筋コンクリート造の復元天守です。

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鉄筋コンクリート造の城なので、内部に見るべきものはありませんでしたが、外観は白く美しいお城です。

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天守からの眺めを一枚。
内部は「若松城天守閣郷土博物館」として公開されています。

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鉄門越しに天守を見る。

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青空なら白い外壁が映えていい写真が撮れたのでしょうが、小雨交じりの空模様だったので、今一の写真しか撮れなかったのが残念です。

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  1. 2017/07/12(水) 17:38:10|
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