アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

会津若松 散策 21 御薬園

宿泊したホテルをチェックアウトし、兄に「是非行ってみて」と言われていた会津藩主松平家墓所へ車で向かいます。

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駐車場に車を止め、墓所の在る細道に入ると、人影は全くなく、そこにあったのは静寂のみ。

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小雨が降り始めた上に、「熊出没注意」と書かれた看板に恐れをなして、入口迄で来たものの、入山を断念して来た道を引き返しました。

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本当に誰も居ません。


駐車場へ戻り、御薬園へ向かいます。
途中で会津武家屋敷の前を通りましたが、今回は見学を諦めます。
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心字の池
向かって左が 楽寿亭、右奥に見えるのが 御茶屋御殿

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室町時代の永享4年(1432年)、蘆名盛久が別荘を建てたのがはじまりと言われています。
江戸時代の寛文10年(1670年)、会津藩2代藩主保科正経が園内に薬草園を作り、3代藩主松平正容朝鮮人参の栽培を広く奨励したことが名前の由来となっています。
現在の庭園は、元禄9年(1696年)、松平正容が園匠の目黒浄定を招き、本格的な大名型山水庭園に大改造したもので、園内の楽寿亭御茶屋御殿の建物は、戊辰戦争時には新政府軍の傷病者の診療所とされたため、破壊を逃れたそうです。

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女滝の辺りから見る。

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女滝
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亀島に渡り、楽寿亭
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楽寿亭 の内部
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三方向に低い手摺の在る廊下を巡らせた、茅葺きの数寄屋建築

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主に藩主や重臣達の茶室として用いられますが、密談の場として使用されることもあったとか。

建築年 / 1688~1704年 ( 元禄年間 )

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楽寿亭は心字の池の中央に浮かぶ亀島に建てられています。
池辺には大小の石が置かれ、女滝、男滝からの流水は心の池に注がれます。

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亀島から御茶屋御殿 を見る

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男滝
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小雨降る中を傘を差しながらの散策でしたが、この風景を味わうには、ぴったりだったかもしれません。

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心の池の周りを巡る回遊園路

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園内には多くのモミ、スギ、マツが植えられ、キャラボク、ゴヨウマツの古木をも観られます。

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御薬園借景池泉回遊式庭園と言われる庭園形式で造られていて、東側の背炙山の連山を背景として造られています。

所在地 / 会津若松市花春町8-1

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  1. 2017/08/04(金) 08:00:00|
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