アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

日本橋高島屋

今日の建物探訪は、日本信託銀行本店とは、中央通りを挟んで、斜向かいに位置する、日本橋高島屋です。
日本屈指の百貨店である高島屋は、1831年(天保2年)に京都で開いた古着・木綿商が始まりで、1898年(明治31年)に大阪の心斎橋に出店。
東京への進出は当初、旧日本生命館を借りて、現在地に出店したようです。
(以上はwikipedeaを参照)
ただ、手持ちの資料(建築で綴る昭和史/昭和彩府譜-日経BP社)によると、高島屋-所在地/中央区日本橋-設計/高橋貞太郎-竣工/1933年と記されていて、高島屋のH・Pでも、1933年に日本橋に新築出店とあります。
当初は保険会社のオフィスビル(?)を転用しての出店だったのでしょうか?
旧日本生命館の設計は、当時盛んに行われていた、建築設計競技によって選ばれた高橋貞太郎の案を元に、高橋貞太郎本人と前田健二郎の協同設計で顧問に片岡安を迎えて実施設計が行われたとする資料もあります。
日本橋高島屋出店の際の事実関係をご存知の方で、もしご面倒でなければコメントに書き込んで頂ければ幸いです。

日本橋高島屋斜め.
表現主義風にRが取られたコーナー部

戦後の1952年、そごうや大丸等、多くの百貨店建築を手掛けていた村野藤吾によって改修工事が行われ、1954年、1965年にも村野氏により増改築、1972年には別館、1973年には茶室の設計も行われました。
現在の日本橋高島屋店がどの程度旧日本生命館の面影を残し、改修時にどんな変化があったのかが分かる資料は見つけられませんでしたが、村野氏の手でかなりの改修されたと思われます。

日本橋高島屋正面

外観は、重厚な石張りで2層からなる低層部。
ゼセッシュン風?の柱頭のデザインの柱型で分割された3連の縦長窓を、軽快に連続させたタイル張りの中間部。
同じく3連のア-チ窓と腕木で支えられた出の大きい庇からなる白壁の最上層階に分かれる3層構成になっています。

日本橋高島屋上部.

日本橋高島屋低層部
入口周りの重厚な石張りのデザインも目を引きます。
松葉一清著の「帝都復興せり!」の中では、高島屋のデザイン、特に入口周りのデザインに、戦前の国粋日本趣味に傾倒した特長が見られるとの記述があります。

今回は内部の写真はありません。
店内の写真を見たい方は、今回記事を参照させて頂いた「近代建築散策」にお邪魔してみて下さい。

記事内に記した以外の参考資料
 別冊新建築 日本現代建築家シリ-ズ⑨ 村野藤吾 (新建築社)
 現代日本建築家全集② 村野藤吾 (三一書房)

建物探訪に興味がある人はこちらをどうぞ
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テーマ:建物探訪 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2007/12/19(水) 10:41:38|
  2. 建物探訪
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

旧日本生命館について

他のサイトに次のような説明がありました。↓

コンペは1929/1930年,立面図を中心に競われた.日本生命がコンペ主体・施主だったため日本生命館という名前だったが,高島屋が入居するのは決まっていたらしい.高島屋の東京進出一号店.日本生命のオフィスと高島屋の店舗が同居していた.1963年,日本生命ビルが日比谷に竣工したため日生が移転.

( http://iamama.exblog.jp/7965446/ より)

  1. 2008/08/16(土) 06:43:55 |
  2. URL |
  3. 通りすがり #-
  4. [ 編集]

通りすがりさんへ

コメントへの書込みが遅くなり大変申し訳ありませんでした。
貴重な情報を教えて頂き感謝します。
昭和初期にはファサードコンペが多く行われていたと聞いたことがあるので、納得です。
本当に有難うございました。
  1. 2008/11/08(土) 16:35:19 |
  2. URL |
  3. 凛太郎 #-
  4. [ 編集]

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