今回紹介するのは、主に 御座所 など、上図の■色の赤坂離宮・花御殿 ( 江戸中屋敷 )
■色の赤坂離宮・花御殿の増築部 を紹介します。
謁見所 を出ると、御学問所 へ向かう廊下の突き当りに丸窓が見えます。
御学問所 の丸窓
天皇陛下の書斎に当たる部屋で、写真は撮っていませんが、壁に梅の木が描かれている事から、梅の間 とも呼ばれています。
旧徳川紀州家中屋敷 当時の姿を伝える部屋であり、移築前は現在みられる姿よりは、かなり華やかなデザインの部屋だったそうです。
丸窓の中央に見えるのは 御食堂
少し角度を変えてもう一枚。
数週間後には、この丸窓から美しく咲き誇るの枝垂桜の大木が見られる筈です。
この丸窓が気に成り過ぎて、引いて撮るのを撮り忘れてしまいました。
御学問所 の他の部分の写真はこれだけ。
格天井 が力強く、武家屋敷らしさを感じます。
岩二波舞鶴 ( いわになみまいづる ) 遠坂文雍
板戸を開けると、御次の間 + 御座所 と庭を繋ぐスペース へと繋がります。
御座所 を見学する前に2階へ上ります。
写真左側、階段室から一段上がったホールの更に左に、劔璽の間 と 御寝室 次の間 が並びます。
桜二滝 ( さくらにたき ) 山本 伊球
劔璽の間 に繋がる木戸
劔璽の間 ( けんじのま )
写真の右側には、手前から 次の間、御寝室 が並びます。
劔璽 とは 三種の神器 の内の 天叢雲剣 ( あめのむらくものつるぎ ) と 八尺瓊勾玉 ( やさかにのまがたま ) を合わせた呼称で、ここには剣の複製と勾玉が置かれていました。
奥の部分の三畳ほどの広さの剣と勾玉の安置所。
肉眼では分かりませんでしたが、画像を拡大してみると、もっとも格式が高い畳縁の畳が置かれている事が分かります。
次の間 を通して 御寝室 を見る。
床の間 は豪華ですが、他は素木と白を基調としたシンプルで落ち着いたデザイン。
御寝室 だけは電気の照明ではなく、燭台 を使用していたそうです。
自信は有りませんが、たぶん 次の間 と 御寝室 の北側の一間巾の畳敷きの通路
奥に見える木戸には、松の樹の下で舞う天狗を描いた日本絵が見えます。
左から 表御食堂 ⇒ 御玉突所 ⇒ 謁見所 の屋根を見る。
御日拝所
天皇家の祖先を遥拝する為のスペース。
階段を下りて再び1階へ戻ります。
自信は有りませんが、階段室 北側の洋風扉。
この建物では、他では引戸でない洋風扉を見た覚えが有りません。
奥の引き違い木戸を開くと、 表御食堂 に繋がる廊下に出ると思います。
御座所
御次の間 を通して 御座所 を見る。
天皇陛下が日常的な公務を行う場所であり、居間に当たります。
欄間の竹格子には、水に浮かぶ扇子が施されています。
旧紀州徳川家当時は、格式を必要としない個人的な場所であり、壁・天井・襖には、装飾を排した白くシンプルな仕上げとなっています。
とは言え 床の間 は例外か?
御座所 北側の廊下から、大きな中庭 を通して 休憩所 を見る。
御次の間 ・ 御座所 と庭の繋ぐスペース。
白梅二鶏 迫力ある構図が印象的な杉板戸絵
御次の間 を通して 御食堂 ( 赤坂離宮・花御殿の増築部 )
内謁見所 ( 大正期大規模増築部 )
内謁見所 から 休憩所 南側の 大きな中庭 に面する廊下に出て、御車寄 の在る入口に戻ります。
廊下の窓から初回に紹介した 大きな中庭 を眺めながら進みます。
御座所 の在る3階建ての部分
御座所 を撮った位置から、左に振って撮る。
右端に写っているのは 表御食堂
出入口に向かって進み 休憩所 前の縁側を見る。
同じ位置からの見返し
写真中央が 表御食堂 右端は3階建ての 御座所
次回庭園から見た、建物外観を紹介します。
※ この記事の説明文は、「日光田母沢御用邸記念公園H.P」「Wikipedia」「日光東照宮・御朱印」などを参考にさせて頂きました。
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