アクトデザイン凛太郎のブログ

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チャールトン・ヘストン死去

今朝の新聞とニュースで大好きだったチャールトン・ヘストン(84歳)が死去した事を知りました。
50年台後半から70年台後半まで、ハリウッドの大作映画、特に歴史スペクタクル映画には欠かす事の出来なかったヘストンも、80年台に入ると主演作は一気になくなりましたが、俳優協会の会長を務めたり、少ない出番でも存在感を発揮していました。
1998年から5年間務めた全米ライフル協会会長の時に、マイケル・ムーア監督の記録映画「ボーリングインコロンバイン」で、すっかり保守派(好戦派)の代表のように思われてしまいましたが、60年台には人種差別に反対するワシントン大行進に参加するなど、平和を愛するリベラルな一面も見せていました。

話しをヘストンの映画に移ししましょう。
1950年に「虐殺の街」(残念ながら見ていません)でハリウッドデビューしたヘストンは、わずか2年後にはセシル・B・デミル監督の大作「地上最大ショー」で主演級の役を任され、また映画もアカデミー作品賞を受賞する幸運に恵まれ、そのデミル監督との出会いが1956年の「十戒」でのモーゼ役に繋がりました。
その直後(1958年)にはウイリアム・ワイラー監督の「大いなる西部」では主演のグレゴリー・ペックを食う存在感ある演技を見せ、ワイラー監督の「ペン・ハー」(1959年)ではアカデミー主演男優賞を受賞。「ベン・ハー」も主演男優賞の他に、監督賞、作品賞など11部門のアカデミー賞を受賞した普及の名作として今も高い評価を受けています。
ヘストンはデビユー僅か10年足らずでハリウット俳優の頂点を極めたと言え、その後も多くの大作、特にスペクタクル史劇には無くてはならない存在になりました。
「地上最大のショー」後の、まだブレイク以前の作品でも、その殆んどが主演か重要な役どころでの出演で、この時代の「黒い絨毯」は有名です。
彼は下積み時代の殆んど無い、実に恵まれた俳優人生を送ったと言えるでしょう。
晩年のライフル協会会長の件は除いて、もし俳優チャールトン・ヘストンを嫌いな人が居るとしたら、その原因は、ヘストンの真面目すぎる風貌と役柄か、恵まれすぎた経歴に有るのかも知れません。

ここで僕のコレクションの数々を紹介します。
十戒   ベンハー   
「十戒」は何度もリバイバル上映されていますが、このパンフレットは初版です。
「ベン・ハー」は3度目のリバイバルの時の物ですが、それでも40年近く前のパンプです。

エルシド   偉大な生涯の物語
アンソニー・マン監督の「エル・シド」(1961年)は、スペインの英雄ロドリゴの半生を描いた作品。僕の大好きな映画ですが、興行的には失敗したようです。
「偉大な生涯の物語」(1963年)では主役ではありませんが、洗礼者ヨハネを力演しています。

大将軍.   華麗なる激情
「大将軍」(1963年)と「華麗なる激情」(1963年)は、上の4作程有名ではないので、かなり珍しいパンフレットだと思います。

ジュリアスシーザー    アントニーとクレオパトラ.
63年以降、しばらく史劇への出演を拒んでいたヘストンでしたが、1970年に再び史劇に出演します。
二作品とも、原作は言わずと知れたシェークスピア。ヘストンはアントニウスを演じていますが、「アントニーとクレオパトラ」では、初めてメガホンを握っています。
僕の記憶が正しければ、ヘストンが監督を務めたのはこの作品だけだと思います。

北京の55日   カーツーム
古代や中世の物語ではありませんが、義和団事件を描いた「北京の55日」(1963年)や、もう一つの「アラビアのロレンス」といわれる「カーツーム」も、超大作の戦争スペクタクル映画です。
また、ヘストンは「カーツーム」で尊敬する俳優ローレンス・オリビエとの競演も果たします。

ヘストンには、「ベン・ハー」や「十戒」で演じたスペクタクル史劇のヒーローの顔の他に、この映画によってS.F映画のヒーローの顔も加わりました。
猿の惑星   続猿の惑星
ピエール・ブール原作。フランクリン・J・シャフナー監督の「猿の惑星」です。
「猿の惑星」はシリーズ化され、5作まで作られましたが、ヘストンが出演しているのは2作目の「続猿の惑星」まで。ただし「続猿の惑星」では出番は少なく、ゲスト的な扱いになっています。

オメガマン   ソイレントグリーン
「オメガマン」(1971年)と「ソイレントグリーン」(1973年)の2作品は、いずれもB級と言った感じで、「猿の惑星」と比べてしまうと、かなり見劣りのする作品です。

更にもう一つのヘストンの顔と言えば、パニック映画のヒーローの顔でしょう。
ハイジャック   エアポート75
ジョン・ギラーミン監督の「ハイジャック」(1972年)は、かなりの秀作と思うのですが、同じく飛行機パニックを描いたバート・ランカスター主演の「大空港(原題/エアポート)」と比べると、その知名度は今一です。
その「エアポート」の続編として作られた「エアポート75」(1974年)では、今度はヘストンが主役としてと登場します。

大地震   パニックインスダアム
日本では「エアポート75」と同じ日に封切られたのが「大地震」(1974年)。
僕の同年代の人間には「タワーリングインフェルノ」と並ぶ、パニック超大作映画として印象強い作品でしょう。
パニック・イン・スタジアム」(1976年)では、ヘストンにしては珍しい刑事役でした。

時代は大きく戻ってしまいますが、ヘストンの出演する西部劇は、やっぱり大作です。
大いなる西部   ダンディー少佐.j
最初の方でも記した「大いなる西部」(1958年)では「ローマの休日」のウイリアム・ワイラー監督と出会い、後の「ベン・ハー」にも繋がります。
サム・ペキンパー監督の「ダンディー少佐」は、僕の大好きな映画。
南北戦争にインディアンやフランス軍も絡めた、他では見たことの無いようなスケールの大きな西部劇です。
競演のリチャード・ハリスとの男の友情も見所で、ラストでフランス軍から奪い返した国旗をヘストンに手渡すシーンのカッコよさは、子供心に焼き付いています。

他人から見れば羨ましいばかりの大作に続けざまに出演したヘストンも、一時は自分の演技力や演技の幅に悩んだ事も有ったと聞いたことが有ります。
その頃であったのがトム・グリース監督で、ヘストンは立て続けにトム・グリース監督の映画に出演します。
ウイルペニー   ナンバーワン物語
「ウィル・ペニー」(1967年)では初老のカウボーイを、「ナンバーワン物語」(1969年)では、盛りを過ぎた元花形フットボール選手を演じ、今までに無い役柄を見事に演じきりました。

大洋のかなたに   野性の叫び
「大洋のかなたに」(1970年)もトム・グリース監督の作品。
「野性の叫び」(1972年)は監督のケン・アナキンと10年前から構想を練って完成させたそうです。
ジャク・ロンドンの原作は、ヘストンの子供の頃の愛読書と言う事で、僕も本屋で探して読んだ事を覚えています。

最後に残った2冊のパンフを紹介します。
ミッドウェイ   大いなる死闘.
いずれも1976年の公開で、「ミッドウェイ」はヘストンらしいオールスターキャストの戦争超大作映画。
「大いなる決闘」は地味な内容ながら、珍しく悪役を演じたジェームス・コパーンとの競演が見ものでした。監督はアンドリュー・V・マクラグレンです。

今日紹介した映画の他にも、初期の「黒い絨毯」や晩年の「原子力潜水艦浮上せず」などの、是非また見てみたい作品があります。
まだ見ていない「ダイヤモンドヘッド」「大海賊」「黒い罠」も何とかして見る方法は無いものでしょうか?
なんとも長いブログになってしまいました。書いた内容は年号以外は殆んどが子供の頃の記憶に頼ったものなので間違いも有るかもしれませんが、ご容赦ください。
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テーマ:洋画 - ジャンル:映画

  1. 2008/04/07(月) 18:57:55|
  2. 映画 ・ ドラマの感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

子どものころに初めて映画館で見た映画が「十戒」だったんです。
洋画好きでクリスチャンのおじさんが連れて行ってくれました。
ものすごーく感動したのを覚えています。
ベンハーも見に行ったなぁ。
  1. 2008/04/07(月) 21:12:34 |
  2. URL |
  3. Yummy #Q3hG61Yc
  4. [ 編集]

Yummyさんへ

十戒は4時間近い映画ですから、子供にはちょっと辛かったのではないですか?
僕が子供だけで始めて見に行った映画は「パピヨン」でした。
親に連れて行ってもらったのは、「ゴジラ」シリーズか「101匹ワンちゃん」だったと思いますよ。
  1. 2008/04/08(火) 19:00:40 |
  2. URL |
  3. 凛太郎 #-
  4. [ 編集]

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