アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

同潤会上野下アパート

上野には同潤会アパートも残っています
震災後、耐震性と耐火性の高い鉄筋コンクリート造で、東京と横浜に16箇所建てられた同潤会アパ-トも、次々に解体され、現存するのはこの上野下アパート三ノ輪アパートだけになってしまいました 

同潤会上野下アパート②

同潤会上野下アパート③
御覧のように4階建ての建物で、「近代建築散歩」によると、47戸の家族用と24戸の単身者用の部屋を備えています

      同潤会上野下アパート④
      上野下アパートは2棟に別れれているようです

      同潤会上野下アパート⑤
同潤会アパートは、当時として最高峰の設備を備えた文化的・先進的な集合住宅で、一般庶民では手が届かない、憧れの存在でした

同潤会上野下アパート①
清洲橋通リに面する棟の1階には、店舗もありました

竣工は1929年(昭和4年)、設計は多くの東大出身の建築家が籍を置いた同潤会です

ウィキペディアによると、同潤会初期の中之郷アパートの設計は、同潤会の理事も勤めていた、東大教授の内田祥三研究室で行われ、岸田日出刀も関与しました
大塚アパートの設計には、「建築非芸術論」の野田俊彦も設計に関ったようです
これらの事実から、当時の同潤会によるアパートの建設は、国家的プロジェクトだったことが分かります

同潤会アパートについて、詳しいことを知りたい方は ⇒ 《こちら》 を御覧ください


同潤会上野下アパートの隣りには、こんな建物も在りました
東上野5-1 まりっぺ①

      東上野5-1 まりっぺ②
      この建物も、かなり古い建物のようです

東上野5-1 まりっぺ詳細
窓上と柱型の頂部に、ちょっとした装飾も見られます
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テーマ:建物探訪 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2009/06/30(火) 09:00:32|
  2. 建物探訪
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  4. | コメント:2

コメント

同潤会アパート

同潤会アパートは、「青山」や「代官山」ばかりが注目されてきましたが、下町にも結構建てられていたんですね!
実は代官山アパートは取り壊し前に見に行きましたが、鬱蒼と繁った草木はまるでジャングルのようで、青山アパートのようなお洒落な雰囲気が全く無いのが印象的でした。
既に「廃墟」でした。
きっと昔は人々の羨望の的だったのでしょうが…。
URの集合住宅歴史館でも、同潤会アパートが貴重な資料として一部移築されている事からも、同潤会の功績を改めて痛感します。
今回の記事で今まで知らなかった事を学べました!
ありがとうございましたm(__)m
  1. 2009/07/01(水) 07:55:17 |
  2. URL |
  3. でれすけ #-
  4. [ 編集]

でれすけさんへ

戦後、日本中の住宅不足に貢献したのが公団なら、更に20年前の震災復興時に、新しい都市での生活を提案したのが同潤会だと思います
安藤忠雄さんが復活させた、原宿の同潤会アパートの再生保存には少々がっかりしましたが、同潤会の功績を残せるのは、URの歴史館だけなのかも知れません
是非訪れてみたいと思っています
  1. 2009/07/02(木) 17:30:59 |
  2. URL |
  3. 凛太郎 #-
  4. [ 編集]

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