アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

神奈川県本庁舎

神奈川県本庁舎は、日本大通り沿いの建物の代表格であるばかりでなく、
キング」の通称で親しまれる、港町横浜の顔とも言える建物です。

他の建物同様に、震災により崩壊した旧庁舎の建替えです。
1928年、今で言う設計コンペにより小尾嘉郎の設計案を、構造技術主義の提唱者であった佐野利器を顧問として、神奈川県内務部が実施設計を行いました。
方形の勾配屋根を載せた48mMを超える塔屋は今でも日本大通りのランドマ-クになっています。

神奈川県庁舎斜め.

奈川県庁舎正面.

神奈川県本庁舎には幾つかの注目すべき特色があります。

第一は、震災直後で、地震国日本での耐震設計の重要性が叫ばれる中、辰野金吾に代わり、日本建築界の中心的役割を担いつつあった佐野利器が実施設計の顧問になっていることです。
1911年に建築学会誌に寄稿した「建築家の覚悟」の中で、日本における建築家像を「形や色の良し悪しは婦女子のなせる業にして、男子一生の仕事に非ず」と断じて、構造技術主義の重要性を宣言しています。
(注/ 今では各方面からお叱りを受けるであろう論文の筆者佐野利器は私の母校、日本大学の建築学科の創設者です。)

神奈川県庁舎玄関上詳細

第二は、旧帝国ホテルで日本でも有名なアメリカ人建築家フランク・ロイド・ライトの影響を強く受けているのが、軒周りや玄関周りのスクラッチタイルのデザインなどに良く見て取れること。
ライト様式旧総理官邸を始めとする、昭和初期の建物に多く用いられました。

神奈川県庁舎塔屋

第三は、帝冠様式の採用。
帝冠様式とは、洋風建築の上に日本的な勾配屋根を乗せたもので、当時の軍国主義(国粋主義)の風潮により、建築界が西洋直輸入ではない、日本独自の建築様式を模索した一つの結果だと言えるでしょう。

帝冠様式の最初の提唱者は下田菊太郎
ライト設計の旧帝国ホテルの原案の設計者とも言われています。
建築界の話題が帝国議会(国会議事堂)の設計コンペに注がれている中、下田は石張りの洋風建築の屋根に日本古来の社寺建築風の屋根を載せる「帝冠式」を提案しましたが、当時その意見に耳を傾けるものは居なかったようです。

その下田の帝冠様式が時代の流れに乗り、昭和初期に多くの建物で実現されました。その先駆け的建物が神奈川県庁舎になるようです。

帝冠様式と言われる建物をいくつか紹介します。
国立博物館(旧東京帝室博物館)
設計 / 渡辺 仁  竣工 / 1937年
国立博物館

渡辺仁は、戦後GHQの本部の置かれた丸の内の第一生命館(1938年)の設計で有名です。
渡辺が続けて設計した、あまりに対照的な二つの建物は、いづれも設計コンペによって選ばれたもので、渡辺だけではなく、戦前の建築界全体の混乱振りが窺がえます。

九段会館(旧軍人会館)
設計 / 小野 武雄  竣工 / 1934年
九段会館


名古屋市庁舎
設計/ 平林 金吾  竣工 / 1933年
名古屋市庁舎

屋根の形は少し違いますが、神奈川県庁舎に酷似したデザインだと思うのは私だけでしょうか?

国立博物館九段会館の屋根が実に日本的なものになっているのに比べ、神奈川県本庁舎の屋根はさほど日本的とも思えません。
神奈川県本庁舎帝冠様式とするなら、下田菊太郎の提案を一笑したはずの国会議事堂帝冠様式と言ってもいいような、方形の勾配屋根が載っています。
帝国議会の設計には、勿論佐野利器も関っているのですが、佐野にとっては帝国議会の構造設計こそが重要で、屋根が何であろうと、大した問題では無かったのかも知れません。
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  1. 2006/11/30(木) 08:57:23|
  2. 建物探訪
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  1. 2011/11/30(水) 16:59:12 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

ご指摘ありがとうございます。

誤記を確認いたしました。
ご指摘ありがとうございました。
  1. 2011/12/07(水) 17:20:26 |
  2. URL |
  3. 凛太郎 #-
  4. [ 編集]

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