アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

成城散策 Ⅰ 旧山田耕雨邸 

久しぶりの建物探訪です。
4月に訪れた明治村~犬山~諏訪 の旅を実際の工程とは逆に紹介している途中でしたが、随分長いこと旅の途中で放置したままになっています。
放置ついでと言うわけではないのですが、今日は5月24日に世田谷トラスト街づくりの主催で開催された「成城オープンガーデン・ミニ」を紹介します。
成城みつ池緑地に隣接する旧山田耕雨邸は、今年の1月に世田谷区の所有となりましたが、平成29年4月からの一般公開 ( 予定 ) に先駆けて、( 現在は公開に向けて、 耐震補強工事やバリアフリー工事等の改修に向けた実施設計を進めています ) この日一日だけ公開されました。

旧山田邸②
旧山田耕雨邸 
屋根は寄棟で、瓦はスパニッシュ瓦でしょうか?
縦長の上げ下げ窓が連続する、堂々たる造りの洋館です。

旧山田邸①

設計者 / 不詳
俊工年 / 1936年 ( 昭和11年 )
所在地 / 東京都世田谷区成城4-20-25


旧山田邸③

旧山田邸④

以前に紹介したときには道路からの写真だけでしたが、ついに門の中に入ることが出来ました。
旧山田邸⑤

旧山田邸⑥

旧山田邸⑧
広い前庭が在るにも拘らず、居間と思われる庭に面する部屋から、外に出られる窓はありません。
縁側から庭に直接出入りできる日本家屋とは違い、洋館にはこのようなケースが多い気がします。

旧山田邸14
玄関ポーチの袖壁には半円アーチの開口があり、腰壁と柱型はタイル張りです。

旧山田邸⑪
洋館でよく使われている素焼きのスクラッチタイルとは少し趣の異なる施釉タイルのようです。

旧山田邸⑩
銅板貼りの庇を支える柱は道路側が省略された片持ち梁なので、少し不安定に感じます。

旧山田邸⑨
玄関扉の両袖と欄間部には直線的なデザインのステンドが施されています。

旧山田邸⑫
全体適に武骨で硬い印象の強い建物ですが、この欄間のデザインはよく見ると可愛らしい。

旧山田邸⑬

旧山田邸⑮
この日の内部の公開は玄関迄。

旧山田邸⑭
平成29年の一般公開が楽しみです。

5月24日のオープンガーテーン開催の情報は、以前この住宅を紹介した記事を見た元住人の方 ( 恐らく山田さん ) が、コメント欄に書き込んで下さったことで知ることが出来ました。 おかげさまで29年まで待つことなく、お庭からと、一部とは言え室内も拝見することが出来ました。 ありがとうございました。
  1. 2015/10/01(木) 19:07:02|
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犬山城下町散策

犬山城は愛知県と岐阜県の県境の木曽川沿いの小高い丘の上に建てられており、直ぐ北には木曽川、南には城下町が広がっています。

犬山城下町⑤
犬山城犬山城下町は戦火を免れているので「江戸時代のの雰囲気を今に残している」と言われていますが、見たところかなり観光地化されて、ちょっと綺麗過ぎる気もします。
と言うのも、犬山城下町は、以前は寂れたシャッター街だったらしいのですが、10年程前から街おこしが始まり、現在はでご覧の様な、色々なお店が立ちならぶ素敵な城下町に生まれ変わっていたのです。

犬山城下町①

犬山城下町②

犬山城下町③

犬山城下町④

犬山城下町⑥

犬山城下町⑫

犬山城下町⑯
この日は朝早かったので、通りにまだ人はまばらですが、この後続々と観光客が来たので、かなりの賑わいがありました。
時間があれば、食べ歩きも楽しみたかったのですが、諏訪へ移動する予定だったので諦めました。

犬山城下町⑦
表通りは店舗ばかりでしたが、通りを少し外れたところにでなまこ壁の蔵も見つけました。

犬山城下町⑧
千本格子相まっていい雰囲気です。

犬山城下町⑨

犬山城下町⑩
なつかしや

犬山城下町⑪
黒く塗られた下見板張りの外壁千本格子の建物
ごつ過ぎず、繊細過ぎず でいい雰囲気の建物ですが、かなりの規模の建物でもあります。
犬山城城下町の建物の特徴としては、この建物のように、黒く塗られた下見板張りの外壁と、千本格子が多くみられます。

犬山城下町⑬
高木邸
昭和10年頃まで酒造業を営んでいた家で、竣工は大正初年。
黒い建物が連なる中で、一際目立つ建物です。
通りに面した1階は太木の格子無双窓で、中塗土仕上げの2階の外壁との対比も新鮮です。

犬山城下町⑭
磯部邸 ( 登録有形文化財 )
江戸時代から「柏屋」の屋号で呉服商を営んできた町家で、建物は幕末に建築された木造家屋。
明治初期に地震で損害を受け、大きく改修されたそうです。
1階2階ともに施された太木の格子無双窓が特徴で、柔らかなふくらみのある ( 起り屋根 ) が目を引きます。

犬山城下町⑰
山田五平餅
有名な五平餅のお店らしく、犬山城下町を検索すると、沢山写真が出てきます。
この建物も黒く塗られた下見板張りの外壁千本格子が特徴ですが、通りに面した1階の瓦を見ると

犬山城下町⑱
五平餅を持った恵比寿様と

犬山城下町21
大黒様もいらっしゃいました。


何時もは東京近辺の建物ばかりを見て回っているので、最後にちょっと建物の特徴も探ってみるべく軒下を見上げてみると
犬山城下町⑳
垂木出し桁で支えられてた 出し桁造り ですが、東京でみる出し桁造りと比べると、腕木の断面が小さく、更に先端を欠き込むことにより、腕木を細く見せようとしているようです。

犬山城下町⑲
こちらの建物の腕木は二段構えに造られていますが、先端を細く見せるような細工はさらに複雑です。

  1. 2015/08/28(金) 17:58:46|
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犬山城

4月に 明治村~犬山~諏訪 に出掛けた時の続きです。

犬山城 は江戸時代までに建てられた 現存天守12城 のひとつで、天守が国宝指定された5城 ( 姫路城、松本城、彦根城、松江城 ) のうちの一つでもある名城です。

犬山城外観①
犬山城は木曽川沿いの丘の上に築かれた平山城で、前身となる砦を ( 織田信長の叔父 ) 織田信康が改修して築いたものを石川貞清(光吉)が改修し、現在の形になりました。

犬山城外観⑥
宿泊したホテルからの遠景

犬山城外観⑤
夜景

犬山城外観②
4月の中頃だったので、まだ桜が咲いてます。

犬山城外観③
犬山城の天守は外観3重、内部は4層で、地下 ( 石垣部分 ) は踊場を含めて2層になってます。
天守南面と西面に平屋の付櫓が付属する複合式。
入母屋2重2階の建物の上に3間×4間の望楼部を載せた望楼型天守です。
天守の高さは19メートルあるそうです。

犬山城外観⑧

犬山城外観⑦
天守台石垣は野面積という積み方で、高さは5メートルあります。

犬山城外観④
外から見上げた天守は美しいですが

犬山城からの眺め①
4階 望楼 に設けられた回廊からの眺め

犬山城からの眺め②
4階 望楼
天守からの眺めは格別です。


3階破風の間①
3階 破風の間
望楼を支える太い梁か印象的な破風の間の天井高は、ご覧の通りの低さです。

3階破風の間②
3階 破風の間
破風の格子越に城かを見る


犬山城内観④
2階 武者走
武具の間を取り囲むように、ぐるりと配置される武者走り。

犬山城内観③
2階 武者走

2階武具の間
2階 武具の間
天井の高い武具の間には、犬山城の構造模型が展示されています。

2階武具の間②
2階 武具の間 の天井を見上げる


犬山城内観①
1階

犬山城内観②
1階 上段の間

犬山城内観⑤
1階 天井

犬山城内観⑥
1階 床

1階階段
1階 階段

築城者 / 織田信康 ( 織田信長の叔父 )
築城年 / 1537年 ( 天文6年 )
所在地 / 愛知県犬山市犬山北古券65-2 
指定文化財 / 国宝 ( 天守 )
  1. 2015/08/22(土) 16:47:48|
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諏訪散策ⅩⅣ 片倉館

諏訪のレトロな建物で検索すると、沢山の素晴らしい看板建築は在るものの最初に表示されるのは片倉館だと思います。

片倉館①
片倉館

シルクエンペラーと称された片倉兼太郎は大正末期にヨーロッパ、北米などの視察で福祉施設が充実していることに感銘を受け、地元の諏訪にもそのような施設を造りたいと考え、片倉同族に基金を募り、温泉大浴場やサウナなども備えた文化施設を1928年 ( 昭和3年 ) 、諏訪湖湖畔に完成させました。

片倉館④
諏訪湖畔からの眺め

片倉館③

片倉館⑨

片倉館⑦

片倉館⑧

片倉館⑤

片倉館⑩

片倉館⑪

片倉館⑫

片倉館⑬

片倉館⑥

設計者 / 森山松之助
竣工年 / 1928年 ( 昭和3年 )
所在地 / 長野県諏訪市湖岸通り4-1-9
国重要文化財指定


片倉館②
ご覧のような豪華な外観もさることながら、この施設の醍醐味は、重要文化財の内部を見学す出来るだけでなく、実際に利用できることでしょう。

片倉館⑭
大人650円で利用できる浴場施設に入ってみましょう。

片倉館⑯

 千人風呂①
千人風呂と呼ばれて親しまれている大浴場は大理石造りで深さは1.1mあり、一度に100人が入浴できるように造られました。
底は玉砂利敷きで足裏が心地よく刺激されます。

 千人風呂②
彫刻やステンドグラスも目を和ませてくれます。

片倉館⑮
入浴後は2階の休憩室で食事も出来ます。

片倉館⑱

片倉館⑰

片倉館⑲
休憩室・食堂
  1. 2015/07/22(水) 15:15:05|
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諏訪散策ⅩⅢ 高島城

諏訪高島城②
高島城
別名「浮城」とも呼ばれる高島城は 1598年 ( 慶長3年 ) に豊臣秀吉の家臣 日根野織部高吉 により築城されました。

諏訪高島城③

1871年(明治4年)廃藩置県により高島県となり、県庁舎として利用されます。

諏訪高島城①

1875年(明治8年)に天守以下建造物は移築され、石垣と堀のみとなりますが、1970年(昭和45年)に本丸に天守・櫓・門・塀が復元され、高島公園として整備され、その美しい姿を再び堀の水に映すようになりました。

諏訪高島城④
 
天守閣が在する高島公園は桜の名所にもなっており、また、四季折々の花が楽しめます。

  1. 2015/06/10(水) 14:39:30|
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諏訪散策ⅩⅡ 赤い屋根の洋館

高島城に向かう通りの途中、いつもの癖で脇道をのぞき込むと 赤い屋根の建物 が目に止まりました。

赤い屋根の洋館
赤い屋根の洋館                  所在地 / 長野県諏訪市高島1丁目

向かって左側の外壁は、まるでスパッとナタででも切断されたように見えます。

赤い屋根の洋館⑦
右側には離れのような和館も在り、そうとうの規模の大邸宅だったようです。
駐車場になっているところは、この洋館の庭園だったのでしょうか?

赤い屋根の洋館②
2階中央のベイウインドゥーと、キャンベルン風の屋根形状が特徴的です。

赤い屋根の洋館④
下見板張りの外壁の上部に漆喰塗りの白色の部分を作ることで、瓦棒葺の赤い屋根が強調されています。

赤い屋根の洋館③
1階の開口部は掃出窓ではないようです。

赤い屋根の洋館⑥
このアングルも良い感じです。

赤い屋根の洋館⑤
玄関周りのデザインも素晴らしい。

南京錠が掛かっているので、今は誰も住んでいないのかもしれません。 
もったいないですね。

赤い屋根の洋館⑧
裏側は運河のような川に面していて、景色を楽しむ為なのか、大きな窓が幾つも設けられています。

この洋館も詳細は解りません。
  1. 2015/06/01(月) 08:00:00|
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諏訪散策ⅩⅠ ギャルズ倶楽部、勝山写真館

諏訪1・2丁目交差点から諏訪高島城に向かう通りで見付けた レトロな建物 を紹介します。

ギャルズ倶楽部①
ギャルズ倶楽部          所在地 / 長野県諏訪市大手2丁目

向かって左側の半分 (1階ノミ) に レトロな建物 に似合わない改修が施され、キャバクラっぽい名前の看板が掛かっています。

ギャルズ倶楽部②
竣工時はそれなりに風格のある建物だったと思われ、正面頂部のペディメント下の装飾もなかなかのものです。


勝山写真館 ②
勝山写真館          所在地 / 長野県諏訪市大手2丁目

勝山写真館 ①
シンプルな切妻屋根の建物ですが、1階部の下見板張りの外壁と写真館入口のボールト屋根が目を引きます。

勝山写真館 ④
勝山写真館 ③
木桟の窓が残っているのも嬉しいです。 
ただ外壁のヒビ割れや木桟の塗装の剥げも気になるところですが、ちゃんと手を加えればまだまだ長持ちしそうだと思います。

どちらの建物も詳細は不明ですが、昭和初期に建てられた建物ではないかと推測します。
  1. 2015/05/31(日) 11:23:48|
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諏訪散策Ⅹ 食堂魚安

国道20号線を散策を始めた諏訪1・2丁目交差点まで戻り、交差点をJRの在る方に曲がると、直ぐにこの建物が見えて来ます。
食堂魚安①
食堂魚安

諏訪散策へ出掛ける前に、ストリートビューで諏訪の事前調査をしていてこの建物を見付けた時は、周りの建物とは違和感があり、見た目通りの木造建築だとは信じられませんでした。

食堂魚安②
改めて実際に見てみると、下見板張りの外壁や木桟ま窓、軒廻りの造りなど、間違いなく木造3階建ての建物であることが解りました。

食堂魚安③
どうやら現在は食堂として使われているようには見えません。
是非とも今後も現役の店舗として、長く存続してもらいたい建物です。

設計者 / 不詳
竣工年 / 1,921年頃 ( 大正10年頃 )
所在地 / 長野県諏訪市末広2丁目


食堂魚安④
なんとか真正面から撮りたかったのですが、これが精一杯でした。

食堂魚安⑥
窓のデザインも素晴らしい建物でした。
  1. 2015/05/24(日) 16:49:58|
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諏訪散策Ⅸ 梅香荘

国道20号とJRが斜めに交差する踏切の近くでは、もう一件 菱葺き の建物も見付けたました。

梅香荘①
梅香荘   所在地 / 長野県諏訪市湯の脇2-8

菱葺き赤い屋根白い外壁が目を引く洋館です。

梅香荘②
一見、二棟の別々の建物に見えますが、航空写真で確認すると、左右の建物は一体化しているようにも見えます。

梅香荘④
向かって右側で玄関の在る建物は、菱葺きの屋根の形状は勿論、縦長窓の桟木のデザインと下見板張りの外壁が特徴です。

梅香荘⑤

向かって左側建物は、屋根のデザインコンセプトは右側と同様に見えますが、窓のデザインと外壁の板張りの方向が異なります。

梅香荘⑥

      梅香荘⑦
この不思議で可愛らしい建物の用途が気になります。
近付いてみると、玄関扉には 梅香荘 と書かれているので、恐らく寮か下宿などの共同住宅なのだと思っていましたが、検索してみると、家主の方の話として、昭和2年頃に建てられた医院で、一体化して見える建物は別棟で、左側の建物は実は消防署の詰め所であると記されていました。 他には写真館だったと記されてるサイトもありました。

設計者 / 不詳
竣工年 / 1927年頃 ( 昭和2年頃 )
所在地 / 長野県諏訪市湯の脇2-8


三村貴金属店 を始めとした 看板建築 を見に来た 諏訪 ですが、この 梅香荘 の他にも、良質な 洋館 にも出会えそうな予感がします。
  1. 2015/05/17(日) 08:18:17|
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諏訪散策Ⅷ 

沢山の看板建築に出会えたJR上諏訪駅周辺でしたが、上諏訪駅を通り過ぎて、そのまま国道20号を歩いて行くと、右手に面白い建物が

諏訪1-16-10 ①
木造3階建て、入り母屋の和風建築   長野県諏訪市諏訪1-16 

恐らく構造は木造だと思いますが、ご覧の通り、外周部は窓だらけで、壁はほとんど見当たりません。
こんな窓だらけの建物の用途は、料亭などの飲食店でしょうか?
それ程景色のいい場所とも思えませんが、一体何の為の窓なのか気になります?
壁が少な過ぎるのが原因か? 
写真の撮り方が悪いだけではなく、床は少し撓 ( タワ ) んで、建物全体も少し傾いて見えます。
耐震性と防火性能も心配です。

諏訪1-16-10 ②
この入り口は料亭風 o r 旅館風 ?  
看板がないので旅館にしろ料亭にしろ、現在は営業はしていないようです。
窓が多過ぎるので、住宅には不向きな建物だと思いますが、:現況はやはり住居として使用されているのでしょうか ?

諏訪1-16-10 ③
妻入りの玄関庇には少しムクリがつけられ、ケラバ破風銅板製か?


更に進むと、国道20号はJRと斜めに交差します。
踏切の近くでも目に付く日本家屋が在りました。
湯の脇2-3 ①
木造2階建て、入り母屋の和風建築   長野県諏訪市湯の脇2丁目

湯の脇2-3 ②
さっきの建物のように、端から端までと言う訳ではありませんが、この建物もかなり窓が多いです。
屋根も入り母屋でさっきの建物と同じです。

2階の屋根は瓦棒葺きですが、よく見ると1階の屋根は
湯の脇2-3 ③
洋館の屋根や外壁で使われる 菱葺き です。

  1. 2015/05/15(金) 00:56:47|
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諏訪散策 Ⅶ 理容岡村、 丸安 田中屋

諏訪1丁目交差点を渡り、国道20号の駅前です。

丸安 田中屋①
理容岡村 ・ 丸安 田中屋  長野県諏訪市諏訪1丁目-2

丸安 田中屋②

理容岡村①
理容岡村

高さも間口も小さな可愛らしい建物です。
シンプルなデザインですが、化粧柱は向かって右側だけで、シンメトリーではありません。
1階の外壁はスクラッチタイル貼りですが、なんとなく改修のような気がします。

理容岡村②
コーニス下のブラケットと◯に岡の字のロゴは確かにレトロです。

丸安 田中屋③
丸安 田中屋
実際の高さは理容岡村よりは2M程高いのですが、隣と合わせたのか、コーニスのラインを理容岡村に揃えています。

人形町に在る中島米穀に似ています。
中島米穀の記事は ⇒ «こちら»

丸安 田中屋④
何と言ってもペディメントのデザインが印象的な建物です。

  1. 2015/05/13(水) 00:32:13|
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諏訪散策 Ⅵ  ブティックマルシ  カネキチ 他

今日も諏訪1・2丁目交差点~諏訪1丁目交差点間で、国道20号線の南西側のレトロな建物を紹介します。

ヤマザキ本店
手前からヤマザキ本店、2棟目もヤマザキ本店   長野県諏訪市諏訪1丁目-3
3棟目は第一不動産
4棟目は宮坂青果店
5棟目は不明
6棟目はブティックマルシ
右奥はカネキチ
古そうな建物が並んでいますが、奥の3棟が気になります。

宮坂青果店・ブティックマルシ②
左から宮坂青果店、不明の建物、ブティックマルシ、右端がカネキチです。

宮坂青果店・ブティックマルシ①

カネキチ
リビングショップ カネキチ
装飾に奥行が少なく、デザインは至ってシンプルですが、両サイドの付柱、コーニス、3連の縦長窓、建物頂部のロゴ看板建築の要素は備わっています。


宮坂青果店・ブティックマルシ④
ブティックマルシ
2・3階ファサードのデザインは至ってシンプルですが、和洋中を折衷のような屋根のデザインが一際目を引きます。
頂部のボールト屋根部分は三村貴金属店を思わせます。
塗装されているようなので真偽の程は解りませんが、破風廻りは銅板葺きだったかもしれません。

宮坂青果店・ブティックマルシ⑥
よく見ると1階の店舗廻りにも、面白い装飾が施されていますが、ここも塗装されていて竣工当時にからのものかは解りません。


宮坂青果店・ブティックマルシ⑤
隣の詳細不明のこの建物も気になります。
2・3階のファサードは後付されたと思われるサイディングで塞がれてしまい、垣間見ることも出来ませんが

宮坂青果店・ブティックマルシ③
旭をデザインしたと思われる頂部も銅板製だったかも?
隣のブティックマルシと同様に気を引かずには居れない建物です。
  1. 2015/05/07(木) 23:54:24|
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諏訪散策 Ⅴ  旧コモン商店  伴謙介歌謡教室 ( 旧五味ミシン店 )

今日は諏訪1・2丁目交差点~諏訪1丁目交差点間で、国道20号線の南西側のレトロな建物を紹介します。
 伴謙介歌謡教室①
旧コモン商店  伴謙介歌謡教室 ( 旧五味ミシン店 )  所在地 / 長野県諏訪市1-3

コモン商店②
手前の建物はシャッターが閉まっており、既に廃業しているようですが、看板には「ホームショップこもん」ぬの文字が見て取れます。

コモン商店①
旧コモン商店
この写真だとよく解りませんが、航空写真で見ると屋根は寄棟瓦葺きなので、恐らく木造3階建てだと推測します。

2棟の建物間には細い路地が有り、路地の奥は色街だったらしいです。
※「 昭和の街並み ずるぺた散歩」参照。

伴謙介歌謡教室②
伴謙介歌謡教室 ( 旧五味ミシン店 )
1階は伴謙介歌謡教室  
2階はニュー菜の花の看板が掛かっていますが、窓に管理会社の連絡先が掲げてあるので、今は空き店舗に成っているようです。
正面の立面は2階の窓位置以外はほぼ左右対称。
路地側の角にはアールをとっていてます。 コーニスは正面だけでなく、壁面にも施され、1階は正面にはないにも関わらず、路地側にのみ施されています。

伴謙介歌謡教室③


  1. 2015/05/05(火) 12:33:17|
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諏訪散策 Ⅳ  旧キタザワ、 東大進学会諏訪会場、 小松薬局

今日も国道20号線沿いで、諏訪1・2丁目交差点~諏訪1丁目交差点間レトロな建物を紹介します。
先ずは通りの北東側から
国道20号アールデコ①
旧男子専科キタザワ    所在地 / 長野県諏訪市1丁目

現在は店舗としては使用されていないようですが、平成23年に諏訪市博物館で展示されたジオラマ「上諏訪商店街物語り」によると男子専科キタザワと紹介されています。

国道20号アールデコ②
現在は両隣共に空き地になっていますが、そのジオラマによると、向かって右側には金鵄園本店」左側には銀座屋と言う看板建築が建っていたようです。

国道20号アールデコ③
築年数などの詳細の記載はありませんが、アールデコ風のモダンなデザインと言えると思います。

国道20号アールデコ④
顕になった両壁面には、今はなき隣接した建物の痕跡が見られます。


東大進学会 小松薬局 ①
東大進学会諏訪会場、 小松薬局       
ジオラマの資料によると東大進学会諏訪会場富士銀行と紹介されていますが、東日本 近代建築万華鏡と言うサイトでは旧長野濃厚銀行諏訪支店と記されています。

東大進学会 小松薬局 ③
東日本 近代建築万華鏡には設計者と竣工年も明示されていました。

設計者 / 黒田設計事務所
竣工年 / 昭和3年 ( 大正14?年 )
所在地 / 長野県諏訪市諏訪1-5-1


東大進学会 小松薬局 ④

東大進学会 小松薬局 ⑤
角地を活かした角入りのエントランス。
銀行などの金融関係の建築によく見られる西洋古典様式風の外観で、9本の化粧付け柱が設けられています。

東大進学会 小松薬局 ⑥
ただし柱頭とのデザインは独特な形状です。

東大進学会 小松薬局 ⑦
かなり簡略化されていますが、たぶんアカンサスの葉飾りなのだと思います。

東大進学会 小松薬局 ②
向かって右隣りの建物は

小松薬局
小松薬局
  1. 2015/05/04(月) 14:42:55|
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諏訪散策 Ⅲ カドヤ遠藤商店、イトウヤ電気店、美容室アトリエカズ、クスリのススキヤ

レトロな建物が多数残っている国道20号沿いの中でも、諏訪1・2丁目交差点の廻りに特に集中して残っています。
既に紹介した三村貴金属、ブライダル染花みむら、TAKASIMAもこの一画で 信州諏訪味噌工業共同組合も数十メートルしか離れていません。

カドヤ遠藤商店②
カドヤ遠藤商店   所在地 / 長野県諏訪市1-4-6

カドヤ遠藤商店③
開口部の上下に施されたコーニス状の付け庇と窓台が水平線を強調しています。
立地する角地の隅切りを活かしたデザインで、頂部の◯に「」の字のロゴを強調しています。
建物の詳細は不明ですが、竣工は昭和初期で、構造は鉄筋コンクリート造ではないでしょうか?

カドヤ遠藤商店④

カドヤ遠藤商店①
向かって右隣に見える建物も気になります。

イトウヤ電気店①
イトウヤ電気店   所在地 / 長野県諏訪市1-4

イトウヤ電気店②
隣のカドヤ遠藤商店と隙間なく建っていて、一体化しているように見えます。
2階の窓廻りのデザインは直線を基調としていて、ややアールデコ風でもありますが、コーニスには歯飾り ( デンテル ) が施されていて西洋古典様式風のデザインも見られます。

イトウヤ電気店③
このロゴはどこから見ても日本風ですね。


美容室アトリエカズ①
美容室アトリエカズ ( 旧牛山理容店 )

この美容室アトリエカズ諏訪1・2丁目交差点に面して建つ建物で、コーニス縦長窓、外壁に柱型を現したデザインにレトロ感が漂います。

美容室アトリエカズ②
出入口のある1階のコーナー柱の細さから考えると、鉄筋コンクリート造ではなく、鉄骨造か木造かと思われます。
鉄骨造だった場合、戦後の建物である可能性が高いと思っていたので、 「東日本 近代建築万華鏡」 と言うサイトで「大正13年竣工」との記述を見付け、正直少し驚きました。

設計者 / 不詳
竣工年 / 1938年 ( 大正13年 )
所在地 /  諏訪市諏訪1-5-17



クスリのススキヤ
クスリのススキヤ  諏訪市諏訪2-1-5

この建物も諏訪1・2丁目交差点に面して建つ建物です。
デザインに目立った特徴はなく、スチールサッシなので昭和前半、もしくは中期の竣工だと思います。
  1. 2015/05/02(土) 17:39:32|
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諏訪散策 Ⅱ 信州諏訪味噌工業協同組合 ( 旧味噌醤油会館 )、TAKASIMA

今日もJR上諏訪駅前の国道20号沿いに建つ;レトロな建物を紹介します。

信州諏訪味噌工業協同組合②
信州諏訪味噌工業協同組合 ( 旧味噌醤油会館 )  

信州諏訪味噌工業協同組合④
外から見ただけでは木造か鉄筋コンクリート造かは判別できません。
屋根は和瓦葺の寄棟屋根。 端正なシンメトリーの外観で、外壁はスクラッチタイル貼りです。

信州諏訪味噌工業協同組合①

設計者 / 不詳
竣工年 / 1943年 ( 昭和18年 )
所在地 / 長野県諏訪市諏訪2丁目10−24


信州諏訪味噌工業協同組合③
この建物の詳細は不明ですが、大正後期か昭和初期の建物ではないかと思っていましたが 「東日本 近代建築万華鏡」 と言うサイトによると 「昭和18年竣工」 との記述がありました。


TAKASIMA①
TAKASIMA  所在地 / 長野県諏訪市諏訪2丁目
こちらの建物も詳細は一切不明です。

TAKASIMA②
この 「 TAKASIMA 」 のロゴだけが手がかりですが、検索しても情報は見付けられませんでした。

  1. 2015/04/29(水) 14:46:35|
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諏訪散策 Ⅰ 三村貴金属店、ブライダル染谷みむら ( 旧化粧品白牡丹 )

今日からは長野県上諏訪市に残る、レトロな建物を紹介します。
先ず第一弾は、JR上諏訪駅前の国道20号沿いに建つ、大本命の看板建築二棟から

ブライダル染谷みむら①
向かって左 三村貴金属店
向かって右 ブライダル染花みむら  (旧化粧品白牡丹 )  どちらの建物も登録有形文化財

三村貴金属店③
「文化遺産オンライン」によると、三村貴金属店店舗の施工は諏訪建築株式会社で、設計は同社取締役の小口平助 記されています。
看板建築の場合、施工者や設計者が分かっているケースは珍しいです。

2棟共に極めて優れたデザインの看板建築です。
どちらの建物も、店名に 「ミムラ」 とつき、建物の間に隙間は見えず、一体の建物に見えます。


三村貴金属店①
三村貴金属店
今回の諏訪散策の目的は、この建物を見に来たと言ってもいいでしょう。

設計者 / 諏訪建築株式会社 小口平助
竣工年 / 1928年 ( 昭和3年 )
所在地 / 長野県諏訪市諏訪1-5

登録有形文化財 ( 建造物 )

念の為、時間を変えて別のカメラでも
三村貴金属店②

三村貴金属店④

三村貴金属店⑤

     極めて優れたデザインなので、鉄道模型としても売られています。
      IMG_1084.jpg

      IMG_1085.jpg
ちょっと異なる部分ありますが、模型のモデルにしたのは、間違いないと思います。

三村貴金属店⑦
三村貴金属店店舗の一番の特徴は、建物正面頂部のボールト屋根部と、その下のMIMURAのロゴでしょう。

三村貴金属店⑥
出の大きなコーニスを支えるブラケットも大きな特徴でしょう。


ブライダル染谷みむら②
ブライダル染谷みむら

設計者 / 不詳
竣工年 / 1929年 ( 昭和3年 )
所在地 / 長野県諏訪市諏訪1-5

登録有形文化財 ( 建造物 )

最初に記したように、一体化した建物に見えますが、「文化遺産オンライン」によると竣工年が1年だけ異なり、ブライダル染谷みむらについては、施工者と設計者の記述はありません。

ブライダル染谷みむら③
三村貴金属店と同様に、西洋古典様式のデザインではありますが、正方形を基調にしたデザインで、やや彫りの浅い感じは否めません。
ロゴは隣と同じようです。
  1. 2015/04/24(金) 16:40:30|
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青梅散策 ⅩⅧ   ( 駒木町 ) 旧宮崎家住宅 

多摩川沿いの釜の淵公園まで、徐々に坂道を下ってきました。

旧宮崎家住宅①
重要文化財旧宮崎家住宅を見るためです。

旧宮崎家住宅②
旧宮崎家住宅  青梅市駒木町1-684

旧宮崎家住宅③
この住宅は、北小曾木村字倉 ( 現青梅市成木 ) に在ったものを移築復元したもので、建築様式から19世紀初頭の一般的な民家と推定されています。

      旧宮崎家住宅⑨

旧宮崎家住宅⑧

      旧宮崎家住宅⑩

      旧宮崎家住宅④

旧宮崎家住宅⑤
3本溝の敷居には1枚の明障子と2枚の雨戸が入ります。
戸袋はなく雨戸が仕舞え無いので、昼間でも室内は暗い感じになっています。

      旧宮崎家住宅⑥
      外縁上の茅葺屋根の軒裏

旧宮崎家住宅⑦
茅葺きの詳細。 先端から見ると、この厚さです。

旧宮崎家住宅⑪
囲炉裏の在る広間には間仕切りがなく、接客、団欒、食事、炊事などの生活の中心的機能が一体となった大きな部屋になっています。
写真中央付近の押板と呼ばれる座敷飾りは、床の間の祖形と考えられていて、現在の床の間のような使われ方をしています。

旧宮崎家住宅⑭
土間には当時の生活用品の展示が行われています。

旧宮崎家住宅⑫
広間奥の床の間のある畳敷きの座敷
一般的な民家というには、かなり立派な床の間です。

旧宮崎家住宅⑬
天井見上げ

(東京都教育庁  POST CARD を参考 )

  1. 2015/04/20(月) 11:13:56|
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青梅散策 ⅩⅦ   ( 大柳町 ) 成田山 清寶院 

ついに旧青梅街道を離れて、近くを流れる多摩川に向かいます。

青梅には沢山の神社やお寺が在りますが、今回はここ寺だけ
清寳院 ①
成田山 清寳院  青梅市大柳 1203
小高い丘の上に参門が見えます。

清寳院 ②

      清寳院 ③


  1. 2015/04/19(日) 11:21:26|
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青梅散策 ⅩⅥ  旧青梅街道の沿いの街並み ( 森下町② ) 旧稲葉家住宅

旧青梅街道沿いの建物を紹介する最後は都指定有形民俗文化財に指定される建物です。

旧稲葉家住宅①
旧稲葉家住宅
白い土壁の建物本体から浮き上がるように持ち上げられた、大きな切妻屋根が印象的な建物です。

設計者 / 不詳
竣工年 / 母屋 : 18世紀後半、土蔵 : 1886年 ( 明治19年 )
所在地 / 青梅市森下町499


旧稲葉家住宅②

道路に面した1階の店舗部分は、繊細と形容するにはやや太めの材で造られた千本格子が施されています。

旧稲葉家住宅③
やや深めの軒のでは、二段の垂木で支えられています。

      旧稲葉家住宅22


旧稲葉家住宅⑧

稲葉家は江戸時代に青梅宿の町年寄を務めた家柄で、青梅でも有数の豪商でした。青梅街道に沿って蔵造り2階建ての母屋、門、棟割長屋 ( 整備のため解体 ) が並び、母屋の東側に井戸が掘られ、北側には土蔵が在ります。
間口5間半、奥行き7間の土蔵造りの母屋の表部分は、店舗として商業活動の場に充てられ、奥の部分は生活の場となっていました。
店舗部分は、間口いっぱいに土間を持つ前土間型式で、防火戸の収納部となる袖壁を左右に間口5間半、奥行4間4尺5寸の1階部分と、土戸出守られた窓を持つ梁間4間の豪壮な登梁様式の2階部分からなっています。
棟の低い登梁様式であることから、江戸時代後期 ( 18世紀後半 ) の建築と考えられます。
また、土蔵は明治19年 ( 1886年 ) 頃の建築、門、井戸の覆屋などはそれ以降の時代に建築されたものと考えられています。 (東京都教育庁  POST CARD 参照 )


      旧稲葉家住宅⑩
      商売のため、間口いっぱいに設けられた土間。
青梅で有数の商人で、夜具地の織物として有名だっ青梅縞の仲買問屋や材木商やを営んでいた稲葉家の店舗兼住居だけあって、太い材が使われています。
梁や柱には奥多摩のシオジ材が使われています。

旧稲葉家住宅⑨

      旧稲葉家住宅⑪
     手前が商売の為の空間、引き戸の奥は居住空間だったそうです。

旧稲葉家住宅⑫
居住スペースから、廊下を越しに土蔵の在る奥庭を見る。

      旧稲葉家住宅⑳

旧稲葉家住宅⑬
こんな風情のある硝子には、今ではなかなかお目に掛かれません。

旧稲葉家住宅21

旧稲葉家住宅④

旧稲葉家住宅⑦
住居スペースの奥の庭。
向かって右側に見えるのは、土蔵の前室部分。

旧稲葉家住宅⑤
眩しような白さのこの土蔵は、明治19年 ( 1886年 ) 頃に建築されたものです。

旧稲葉家住宅⑥

      母屋へ戻ります。
      旧稲葉家住宅⑰
      住居スペースの階段     
      昔の建物なので、階段は梯子のように急勾配です。


旧稲葉家住宅⑱
急勾配の梯子を登ると、そこは2階と言うよりは、小屋裏部屋のような空間でしたが、木材の太さはご覧の通り、1階と同様です。

味わいのある木製建具も紹介しましょう。
旧稲葉家住宅⑭
透かし模様板戸

      旧稲葉家住宅⑲
      季節によって障子を着脱出来る格子戸      

旧稲葉家住宅⑮
厚みが1cmもある、無垢一枚板の板戸

旧稲葉家住宅⑯
硝子の模様もさることながら、腰板の浮き上がった木目がなんとも言えない風合いです。
  1. 2015/04/17(金) 12:47:37|
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青梅散策 ⅩⅤ  旧青梅街道の沿いの街並み ( 森下町① )柳屋、瀧島家住宅、他

上町を通り過ぎ、旧青梅街道を更に西へ進んだ森下町でも

森下町の出し桁①
二棟並んだ、出し桁造りの建物が見えて来ました。

森下町の出し桁⑤
向かって左側の建物は瓦棒葺きで妻壁は下見板張り
小屋部の△部分の壁だけは、漆喰塗りで束など小屋組を現した真壁造りです。

森下町の出し桁②
向かって右側の建物の妻壁は、1階壁から小屋部まで漆喰塗りの真壁造り
屋根はトタン葺き。 
どちらの建物も、恐らく瓦葺きだった屋根を、トタンに葺き変えたのだと思います。
二階の窓は木製窓が残っています。 桟木のデザインも良い感じです。

森下町の出し桁③
出し桁の腕木には太い材が使用され、小口も白く着色されているので、左の建物と比べて目立ちます。

森下町の出し桁④
反対側の妻癖は、残念ながらトタン張りでした。


    森下町の蔵②
    瀧島家住宅
通りの向かい側に目を向けると、眩しいような白壁の蔵造りの建物も在りました。

森下町の蔵③
川越、栃木、佐原等で見た、黒や灰色の壁の蔵造りの建物とは、かなり違った印象の建物です。

     森下町の蔵①

森下町の蔵④
軒裏を見上げてみると、出し桁造りのようです。

森下町の蔵⑤
道路に面した1階の開口部は、重厚な白壁とは実に対照的な、繊細な千本格子
 

柳屋①
柳屋   青梅市森下町526 
看板には 「 米狭山茶 柳屋 」 と書かれています。

柳屋③
店先は昭和どころか戦前にでもタイムスリップしたような、昔ながらの様子を残しています。
母屋は明治時代のもののようです。

柳屋②
建物の状態も非常に良好な上に、出し桁造り蔵造り白い土壁下見板張りと昔ながらの店先など、この柳屋は見どころ満載の建物です。 
  1. 2015/04/16(木) 09:55:34|
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青梅散策 ⅩⅣ  旧青梅街道の沿いの街並み ( 上町② ) 渋沢眼鏡製作所 他

旧青梅街道を更に西に進んでいくと、ぽつりぽつりとレトロな建物が現れます。

渋沢眼鏡製作所②
渋沢眼鏡製作所  青梅市上町336

渋沢眼鏡製作所①
間口が六間以上ある出桁造りの建物
屋根も両妻壁もトタン板張りで、状態が良いとは言えません。


こちらの出桁造りの建物は、開口部はアルミサッシに改修されて綺麗です。
上町の出し桁①
和瓦も軽量のものに吹き替えられているように見えます。
妻壁の下見板張りも、外壁上部の漆喰塗りも綺麗です。

上町の出し桁②
綺麗に改修されていて、建物の状態は良さそうですが、外から見る限り、桁方向に耐力壁が見当たらないのは気になります。 何らかの形で耐震補強されているといいのですが・・・?

上町の出し桁③
太い部材の腕木は大きく持ち出されています。
出し桁の出がこれ程大きい出桁造りの建物も珍しいのではないでしょうか?

上町の出し桁④
腕木が大きく持ち出されている分、垂木の細さが目立ちます。
一昨日に紹介した仲町の出桁造りの建物とは実に対照的なです。
  1. 2015/04/08(水) 10:00:00|
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青梅散策 ⅩⅢ  旧青梅街道の沿いの街並み ( 上町① ) 大正庵

出し桁造りの建物が多い青梅で、ノーチェックの看板建築を見付けました。

大正庵①
大正庵  青梅市上町329

大正庵③
一見、それほど古くない普通の店舗にも見えますが。

大正庵④
建物角の化粧付柱軒飾りの装飾を見ると、やはり戦前の建物だと思われます。

大正庵⑤
目立ちませんが、2階窓の両脇に半円の化粧付柱が施されています。

大正庵②

青梅を紹介する 「ぶらり青梅宿」 には、「 市民会館の向かいに建つ大正庵は明治期に建てられた和風の建物を、看板建築に改修して大正元年にオープンした 」 と記されています。
ただ、私感ではこの建物が大正元年築とは思えません。 戦前だとは思いますが、昭和の建物だと思うのですが・・・?

大正庵⑥
ちなみに昼食は大正庵で鍋焼きうどんを頂きました。
  1. 2015/04/07(火) 23:17:14|
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青梅散策 ⅩⅡ  JR青梅駅 と駅前の建物 ( 本町 )

ちょっと戻って青梅駅前 本町辺りの建物です。

青梅駅
JR青梅駅

設計者 / 不詳
竣工年 / 1924年 ( 大正13年 )
所在地 / 青梅市本町192


旧青梅鉄道の本社ビルとして建てられたそうです。


      本町131の建物①
      駅前ロータリーに面した建物

ロータリーから少し脇道に入った場所に 大河原医院 と言う、大正末期頃に建てられた医院建築が在るはずでしたが、残念ながら見付けることは出来ませんでした。

再び旧青梅街道に戻りって
みどりや家具店・カワスギ陶器店①
みどりや家具店 ・ カワスギ陶器店
この2棟は旧青梅街道沿いの建物です。

      みどりや家具店
      みどりや家具店

  1. 2015/04/06(月) 18:58:02|
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青梅散策 ⅩⅠ  旧青梅街道 仲町の街並み ( 仲町③ )

事前の情報がなかった建物ですが、かなり状態の良い本格的な出し桁の建物と出会うことが出来ました。

仲町313の出し桁①

仲町313の出し桁②
残念ながら、この建物の詳細な情報は全く解りません。

仲町313の出し桁③
あまりに状態がいいので、もしかすると昭和初期の建物ではなく、再現したものかもしれません。

仲町313の出し桁⑤

仲町313の出し桁④
1階の下屋部分は小田原市国府津辺りで見掛けた、二段出し桁
横樋を支える金物の赤が鮮やかです。

仲町313の出し桁⑥
出し桁を支える腕木の出が短いうえに、よく見ると腕木に、出し桁が乗っていません。
太い腕木はただの飾りで、軒桁は外壁から出ていません。

仲町313の出し桁⑦
1階の下屋部分の二段出し桁は、2階の太い腕木と比べるとかなり細めの部材です。

仲町313の出し桁⑧

  1. 2015/04/05(日) 15:47:14|
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青梅散策 Ⅹ  旧青梅街道 仲町の街並み ( 仲町② )

旧ほていや玩具店の他にも

      柏倉洋品店①
      柏倉洋品店  青梅市仲町304

      茶色く塗られていますが、金属板葺のように見えます。
      もしかすると、銅板葺きだったかもしれません。

      柏倉洋品店③
この建物も現役の店舗ではないようですが、店名の文字やマーク、2階の木製建具も残っています。

      理容山口      
      理容山口  青梅市仲町286
      こちらの建物は間違いなく現役の理容室です。
      外壁は綺麗で状態もいいように見えます。 
  1. 2015/04/04(土) 00:00:00|
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青梅散策 Ⅸ  裏通りから再び旧青梅街道へ  旧ほていや玩具店 ( 仲町①)

裏通りから再び旧青梅街道へ戻ります。 JR青梅駅のある本町を一旦通り過ぎて仲町へ

仲町の街並み
仲町の街並み

仲町の街並み②
今回青梅に訪れた主な目的の看板建築が見えて来ました。

ほていや①
旧ほていや玩具店 ( 青梅市仲町303-2 )
これ程クオリティーの高い看板建築にも関わらず、何故かこの建物は「近代建築散歩」では紹介されていません。

ほていや②
絶対とは言えませんが、私がまだ見ていない東京の看板建築で、この建物以上のものは無いと思います。
文化遺産オンラインによると

設計者 / 不詳
竣工年 / 昭和前/1926-1988/1965改修
所在地 / 東京都青梅市仲町303-2
登録有形文化財(建築物)


と分かりました。 他には、
青梅街道に北面する木造2階建の店舗。
1階を店舗、2階を客間とする。外壁正面は銅板張、側面は鉄板張で、正面2階にバルコニーを張り出し、人造石洗出し仕上げの円柱や手すりを設け、軒まわりやパラペットに装飾を凝らす。
昭和戦前における商業建築の好例。

と記されています。

ほていや④
建物の状態はいいように見えます。 店舗部分も綺麗に改修されているように見えますが、営業している様子はありません。

ほていや③

ほていや⑤

都内には、もはやここ以上のまだ見ぬ看板建築は無いと思うので、来週末に諏訪を訪ねてみようと思っています。
  1. 2015/04/03(金) 00:55:18|
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青梅散策 Ⅷ  旧青梅街道から裏通りへ  ガチャ萬商會 ( 住江町⑥ )

今日はこの裏通りの片隅で見付けた、ちょっと毛色の変わった面白建物を紹介しましょう。

      ガチャ萬商會⑰
      ガチャ萬商會 ( 青梅市住江町53 )
      裏通りの更に奥の細い路地の先で見掛けた、何かのお店のようです。

ガチャ萬商會④

   ガチャ萬商會⑤
正面から見ても横から見ても、愉快な看板やへんてこなオブジェでいっぱいです。

ガチャ萬商會⑨

ガチャ萬商會⑧
何かの店なのは間違いないようですが、入り口の扉からは店の中間では覗けませんでした。

      ガチャ萬商會⑦
 
      ガチャ萬商會⑥

ガチャ萬商會①
戦前の建物と言うより、戦後のバラック建築といった感じに見えます。

ガチャ萬商會②
屋根の上に木で作ったトラックの模型が載ってます。

ガチャ萬商會③
色々なオブジェがありますが、猫のオブジェが目立つようです。

      ガチャ萬商會⑬

ガチャ萬商會⑭

      ガチャ萬商會⑫
 
      ガチャ萬商會⑪
      映画の街であることも、忘れてはないようです。

ガチャ萬商會⑮
これも猫? それとも狸?

ガチャ萬商會⑯
かなりのクオリティのものから、そうとは見えないものまで様々です。

ガチャ萬商會⑩
勇気がなくて店内には入りませんでしたが、ネットで調べてもよく解らない内容でした。
ガチャ萬商会の詳細は ⇒ 《 こちら 》 を御覧ください。
  1. 2015/03/22(日) 15:34:22|
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青梅散策 Ⅶ  旧青梅街道から裏通りへ  スミレ写真館、旧岩波土建 ( 住江町⑤ )

      ヘアサロンよしざわの脇の裏通りを更に入ってみましょう。

      スミレ写真館①
      スミレ写真館
      この建物も 「近代建築散歩」 でも紹介されています。

      スミレ写真館②
「近代建築散歩」 に載っている写真では、間違いなく現役の写真店でしたが、今は看板もなく営業していないのかも知れません。  
      設計者 / 不詳
      竣工年 / 1930年 ( 昭和8年 )
      所在地 / 青梅市住江町54


スミレ写真館③
向かって右側の窓のデザインの方が凝ったデザインになってますね。

更にもう一棟、 「近代建築散歩」 に紹介されている建物が在ります。
旧岩波土建①
旧岩波土建

     旧岩波土建②
     2本の化粧柱は西洋の神殿を思わせますが、屋根は和瓦葺きです。

旧岩波土建④
今は住宅として使われているようですが、岩波土建の文字ははっきりと読み取れます。

      旧岩波土建③

      近くには、こんなレトロな建物も在りました。
      紳士服伊藤
      紳士服伊藤
      
  1. 2015/03/15(日) 23:54:26|
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青梅散策 Ⅵ  旧青梅街道から裏通りへ ( 住江町④ )

レトロな映画看板でいっぱいな青梅銀幕街道 ( 旧青梅街道 ) 沿いの建物を紹介してきましたが、ヘアサロンよしざわの脇から裏通りに入ってみましょう。

ヘアサロンよしざわ②
ヘアサロンよしざわ 
「近代建築散歩」でも紹介されている建物ですが、設計者や施工者は不詳です。

      設計者 / 不詳
      竣工年 / 1938年 ( 昭和13年 )
      所在地 / 青梅市住江町55


      ヘアサロンよしざわ③
       
ヘアサロンよしざわ①

ヘアサロンよしざわの隣の奥多摩写真館「近代建築散歩」でも紹介されている建物です。
      奥多摩写真館①
      奥多摩写真館

      設計者 / 不詳
      竣工年 / 1938年 ( 昭和13年 )
      所在地 / 青梅市住江町55


奥多摩写真館②
そのまた通りの建物もちょと気になります。

      美容やまと①
      美容やまと

この建物の詳細は全く分かっていませんが、ヘアサロンよしざわ奥多摩写真館と同時期に建てられた建物ではないでしょうか?

         美容やまと②
  1. 2015/03/08(日) 12:48:03|
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