アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

会津若松 散策 10 七日町通り・上の区・桂林寺通りエリアⅤ

赤坂離宮迎賓館 自由学園明日館 を見学しに行ってしまい、中断していましたが、今日からまた 会津若松散策 に戻ります。

七日町通りには、まだ沢山のレトロな建物が残っています。

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ごはんカフェ×SHOP あいいろ ・ 池田種苗店

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池田種苗店

建築年 / 不明
所在地 / 会津若松市七日町6-10

三連と二連の違いはあるものの、同じ七日町通り沿いに在る紹介済みの尚伸株式会社と似たデザインのモルタル造形の看板建築です。

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二連アーチには、のレリーフが施されています。
高く立ち上げられたパラペットの上部には、大き目のコーニス ( 軒蛇腹 ) が施され、正面頭部には万年筆のペン先の様な装飾が見られます。

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木製の肘掛け手摺にも、型抜きがされています。
「たね」の看板もの形をしているので、とは縁があるのでしょう。


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工房 鈴蘭 ・ 渋川問屋

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工房 鈴蘭

建築年 / 不明
所在地 / 会津若松市七日町3-29

建物の詳細は分かりませんが、黒漆喰塗りの風格ある妻入りの土蔵商店建築で、朱色の肘掛け手摺と、店舗の木製硝子引戸が目を引きます。

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渋川問屋

建築年 / 大正期
所在地 / 会津若松市七日町3-28
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成11年度指定

木造店舗や棟続きの座敷蔵は、大正浪漫調のまちづくりに取り組む七日町通りの町並みの核となっていて、宿泊も出来るので、ここに宿泊しようかとも考えましたが、予算の関係で断念しました。

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開口部に施された美しい千本格子の立面が、海産物問屋の大店の風格を今に伝えています。


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阿弥陀寺の御三階

建築年 / 1818年 ( 文政元年 ) 移築年 / 1869年 ( 明治3年 )
所在地 / 会津若松市七日町4−20
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成20年度指定

以前は鶴ヶ城本丸内に在った建造物です。
明治維新直後の明治3年に、会津若松城の取り壊しに伴い阿弥陀寺に移設されました。

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木造3階建てに見えますが、内部は4層になっていて、密談の場として使われていたそうです。

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レトロな建物 が建ち並ぶ、七日町通り の終点は
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七日町駅舎

駅舎内に併設されている 駅カフェ
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僕は地元の葡萄で作ったワインを、妻は水出しコーヒーで一服し、野口英世青春通り へ向かいます。

  1. 2017/06/14(水) 17:40:25|
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婦人之友社

自由学園明日館 の隣には、自由学園 の創立者である 羽仁もと子、羽仁吉一御夫妻が設立した 婦人之友社 が在ります。

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婦人之友社

設計者 / 遠藤 楽
施工社 / 大明建設
建築年 / 1963年 ( 昭和38年 )
所在地 / 東京都豊島区西池袋2-20-16

設計者の遠藤楽は、遠藤新の次男であり、昭和32年から33年に掛けて、タリアセン ( ウィスコンシン州にあるライトのアトリエ ) で建築を学んでいるので、ライトの弟子に当たる訳です。

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どことなく落水荘をお思わせるファサードやモスバーグ邸を思わせる窓など、ライトのデザインを継承しているのが見て取れます。

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この建物でも大谷石が使われています。

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この窓のデザインもライトっぽいですね。


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自由学園講堂

設計者 / 遠藤 新
施工社 / 女良工務所
建築年 / 1927年 ( 昭和2年 )
所在地 / 東京都豊島区西池袋2-20-16
国指定重要文化財

明日館とは道路を挟んだ向かい側に建ち、設計者は遠藤新
建物全体は元より、窓に施された幾何学模様や、柱と一体化した照明器具や、大谷石の使用など、ライトのデザインかと見紛うほど、師であるライトと、師との共作である明日館に敬意を払った設計となっています。
30年前の一度目の訪問の際は内部の見学が出来ましたが、現在は改修工事中だった為、内部の見学はおろか、外部の写真もこの一枚が精一杯でした。

  1. 2017/06/11(日) 12:00:00|
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自由学園明日館 内部

自由学園明日館の二回目。 今日は明日館の内部を紹介します。

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ホール
吹抜けのある中央のホールから、外観の大きな特徴にもなっている、いかにもライトらしいデザインのベース型の五連窓を見る。

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壁や天井に施された木のボーダーライト独特のデザインです。

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ホール全部が吹抜けなのではなく、一部にロフト状の2階があり、

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2階の下部の天井が低いエリアには暖炉があります。

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暖炉周り大谷石で造られています。
大谷石は 帝国ホテル や 山邑邸 でも多用された石材で、日本におけるライトが設計した建物の代名詞の様な感があります。
大谷石は日本では門塀などではよく使われている石材ですが、建築物の建材としてはそれ程一般的ではないように思います。
ライトは入手し易く、加工がし易いと言う理由で、大谷石を使用しています。

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2階部からホールを見下ろす。
2階部はライトの資料館になって模型なども展示してあります。

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近江ゼミの新年会の時に、集合写真を撮った時と同じアングルです。

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ホール1階の照明器具は、外部と同様に大谷石の柱と一体にデザインされています。

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ホールの2階、1階の柱の延長部の照明です。

内部のもう一つの見所の食堂です。
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講習会の休憩時間に撮影。

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どうしても主催者の方や参加者の皆さんが写ってしまうので、視線を上げて先ずは照明から

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休憩時間中に、主催者からライトデザインの食堂用の椅子が紹介されました。
右の小さい椅子がオリジナルデザイン。
背の低かった当時の女学生の身長に合わせているので、かなり小さめです。
明日館が結婚式などに利用出来るようになり、体格の良くなった女性や、男性でも座りやすいように、オリジナルデザインを踏襲して造られたのが、左の椅子。

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オリジナル

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ホールの椅子


約4時間半の講習会も終わり、会場が懇親会の為にホール移ったので、誰もいなくなった食堂に戻って写真を撮らせてもらいました。
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似たようなアングルの写真ばかりですが、ちょっとずつ範囲と角度が誓うので、沢山アップしちゃいました。


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食堂の中央北側の付室を見る

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食堂の東西両側に在る付室の窓

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隅から隅までデザインに全く手抜きのない建物です。

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西側エントランス扉を室内から見る

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東側エントランス扉を室内から見る

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大教室としま と 会議室間の廊下の窓

吹抜けのホールと勾配天井の食堂を除いて、明日館の天井は驚くほど低く設計されています。

食堂の椅子と同様に、戦前の日本人の身長に合わせて、低く設計されています。

  1. 2017/06/10(土) 11:50:00|
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自由学園明日館 外観

先週の金曜日、仕事で使っているDRA-CADが主催する講習会が、私が大好きな建築家 フランク・ロイド・ライトが設計した 自由学園明日館 で開催されました。
自由学園明日館には、会社員時代に同僚二人と見学したことがあり、大学時代の出身ゼミの新年会でも会場になったので、これで三回目の訪問となります。

勿論、講習会が始まる30分前には到着するように事務所を出ました。

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約10年振りの再会なので、ドキドキしながら、いかにもライトらしいデザインの門(東側)を入ります。

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築100年近い建物とは思えない程、建物の状態は良く綺麗でした。
一度目の訪問は約25年前なので、1997年 ( 平成9年 )に国の重要文化財指定を受けて、1999年から2001年までに行われた保存修理工事の前でした。
10年前の大学の出身ゼミの新年会の時は、保存修理工事が行われた後だった筈なのですが、新年会は夕方からだったのか、その日は雨でも降っていたのか、この綺麗さの印象が残っていません。

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広角レンズ使用
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設計者 / フランク・ロイド・ライト、遠藤新
建築年 / 1921年 ( 大正10年 )
所在地 / 東京都豊島区西池袋2丁目31-3
国 重要文化財指定

構造はツーバイフォー工法 ( 枠組壁式構法 ) の先駆けとの見方もある工法で、平面構成は二層吹抜けのホールを中心に、コの字型に東西のウイングに教室をシンメトリーに配していますが、竣工当初はコの字形ではなく、ホールを中心に東西に真直ぐに伸びる東西の平屋の教室棟だけで、前庭を囲むように90度折れた東西の棟は、後に遠藤新により増築された様です。

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東門辺りから東ウイングを見る
正面は大教室としま、右に見えるのは主婦の友社展示室、卒業生会・同学会

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東棟前の開廊

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いかにもフランク・ロイド・ライトらしいデザインの窓ですが、アメリカでのライト設計の建物の様に、アイアン製ではなく木桟なので、デザインはかなりシンプルです。

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柱と一体化した照明器具。 帝国ホテルでは大谷石で出来てましたね。

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ホール東側の大教室としま
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中央ホール

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ホール西側の大教室タリアセン

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西ウイング コーナー部
コーナーから左側は遠藤新設計による増築部分。

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西門辺りから、東ウイングを見る。

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西門のデザインは、東門と全く同じです。

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西門辺りから西ウイングを見る
正面には大教室タリアセン、左は小教室ドマーニ、小教室マニャーナ

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西ウイング先端の公開講座事務室
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東・西ウイング先端の受付・公開講座事務室の窓の詳細

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西側ウイング先端のライブラリーを前面道路から見る

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東側ウイング先端の事務室を前面道路から見る
道路側の窓のデザインだけは、東西で異なるようです。

最後に前面道路から撮った植込み越しの自由学園明日館の写真です。
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次回は内部をご覧い頂きます。
  1. 2017/06/08(木) 08:00:00|
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迎賓館赤坂離宮 和風別館

和風別館を見学するには予約が必要で、抽選に当たらなければ内外部共に見学出来ません。

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和風別館 游心亭

設計者 / 谷口吉郎
建築年 / 1974年 ( 昭和49年 )

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游心亭 と名付けられた 和風別館 の南庭には、紅白の梅の木が植えられた築山があり、主和室の窓から池越しに眺めることが出来ます。

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この池には、よく訓練された沢山の鯉が飼われていて、主和室の窓を開けるか、この石橋のの上に人が来ると、餌を貰いに来るように躾けられて、各国の要人達は、鯉への餌やりを楽しんでいるようです。

  1. 2017/06/05(月) 08:00:00|
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迎賓館赤坂離宮 主庭側

迎賓館赤坂離宮の2回目は、主庭側の外観を紹介します。

先ずは、西側面から
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この部分のデザインは、赤坂離宮の設計者、片山東熊が同時期に設計した、上野の東京国立博物館 表慶館 にそっくりです。
関連記事は ⇒ 《 こちら 》

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側面のデザインには、和風の要素は見付けられません。

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主庭に面する南立面が見えて来ました。

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正面とより更に、ペディメントの奥行は浅くなっています。

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主庭中央の噴水

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噴水を囲み、四匹の翼のある動物が守っていますが、日本橋の麒麟とは違い嘴があり、子供の頃に見た、日活映画のガッパと言う名の怪獣のようにも見えます。

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中央と両端にペディメントを設け、間には1階が半円アーチ、2階は二本セットのイオニア式オーダーの円柱が支える。幅の広い開廊があります。
正面同様に、完全なシンメトリーな立面です。

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南 主庭側 中央立面
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南東から見る

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1階の外壁には、深い溝が彫られています。
日本に在る洋館で、ここまで深い溝をとった建物は少ないと思います。

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次回は和風別館を紹介します。
  1. 2017/06/04(日) 08:00:00|
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迎賓館赤坂離宮 前庭側

現在、一般公開されている 迎賓館赤坂離宮 の見学申し込みに当たったので、本館和風別館 の内部の見学に行って来ました。
残念ながら建物内部の写真撮影は禁止。
その上、四ツ谷駅に着いた頃から、土砂降りの雨が降り出しました。
それでも、本館内部を見学しているうちに雨が上がり、外観の写真を撮ることが出来ました。
見学した順番は、本館内部 ⇒ 主庭からの本館外観 ⇒ 和風別館内外館 ⇒ 前庭からの本館外観 の順でしたが、分かり難くなるので、正門から始まって本館正面から始めたいと思います。

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前庭入場口 正門
白と金に塗られたアイアン製で、あまりに綺麗過ぎているからか、風格が有るるのか無いのか分からない感じですが、東宮御所の正門として、本館と同じく明治42年に建設されたもので、迎賓館本館国宝指定された際に、主庭噴水主庭階段東西衛舎、とともに「正門および塀」として附指定されている由緒あるものでした。
正門鉄柵は竣工時には、黒と金で彩られていましたが、御所 ( 赤坂離宮 ) から迎賓館に生まれ変わった昭和の改修の際に、白く塗り替えられています。
改修を担当した村野藤吾は「赤坂離宮迎賓館にイメージチェンジする最大のかつもっとも困難な仕事は、鉄柵の黒と金を白と金に変えることであると思った」と述べたそうです。

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門衛所

設計者 / 村野藤吾
建築年 / 1974年 ( 昭和49年 )

本館を見る前に、正門を入って、すぐ右側にある楕円形の門衛所
竣工当時から在るものなのか、昭和の改修の際に建てられたものなのかは、まだ調べがついていませんが、独特な屋根の曲線等を見ると、村野さんらしいデザインだと思います。

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緑青のでた銅板葺の屋根の上に載っているのは、鳳凰でしょうか?

敷地内には、うっかりすると見過ごしてしまいそうな国宝指定の建物が在ります。
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衛舎
正門から中門に向かう芝生の庭園の左右に、シンメトリーに向かい合う旧衛士詰所です。
出入口の庇を支えている四本の柱は、トスカナ式オーダー柱です。

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正門を入った所から、迎賓館本館正面を見る

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緑の芝生の向こうに、松の木に隠れて、薄っすらと本館が見えます。

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迎賓館本館正面

設計者 / 片山東熊            改修設計 / 村野藤吾
建築年 / 1909年 ( 明治42年 )     改修年 / 1974年 ( 昭和49年 )
所在地 / 東京都港区元赤坂2丁目1-1
国宝指定 ( 平成21年 )

1909年 ( 明治42年 ) に、紀州藩屋敷跡iに建てられたこの建物は、東宮御所として、当時の一流建築家や美術工芸家が総力を挙げて建設された、日本唯一のネオ・バロック様式の西洋風宮殿建築でしたが、華美過ぎる外観や、住居として機能的でなかったことから、皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)御所として使用されることは殆んどありませんでした。
大正期には離宮として扱われることとなり、名称は赤坂離宮と改められました。
戦後は、国立国会図書館(1948~61年)、法務庁法制意見長官(1948~60年)、裁判官弾劾裁判所(1948~70年)、内閣憲法調査会(1956~60年)、東京オリンピック組織委員会(1961~65年)などに使用されます。
その後、日本は外国からの賓客を迎えることが多くなり、本格的な迎賓施設の必要性が大きくなり、旧赤坂離宮を改修し、外国賓客に対する迎賓施設とすることが決定されます。
5年の歳月と108億円の工費を費やして、村野藤吾の設計により、1974年(昭和49年)に現在の迎賓館が完成しました。
2009年 ( 平成21年 ) には、明治以降の建造物として初めて国宝に指定されています。

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4本のコンポジット式オーダー柱が、レリーフが刻まれたペディメントを支える西洋風宮殿建築の典型の様に見える正面玄関ですが

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ペディメントの中のレリーフを良く見ると、菊の御紋を中心に鎧や兜など、日本をモチーフが刻まれています。

更に
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なんと二体の鎧兜の武者が載っています。
向かって左側の武者の銅像は、少しだけ口をあいているように見えます。
神社の狛犬の様に、阿吽を表しているのかもしれません。

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豪華な装飾ではありますが、全体的な印象として、建物の規模や用途にしては、装飾に奥行の少なさを感じます。
玄関上部のペディメントの出を大きくして、ポルチコの様にして欲しかったです。

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鳳凰桐の紋章 と言う日本をモチーフとしたものです。

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両翼の正面に施されているのはイオニア式オーダーの化粧柱です。

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このアングルがベストショットかな?

次回は、前庭を後にし、主庭へ向かいます。
  1. 2017/06/03(土) 16:00:00|
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会津若松 散策 9 七日町通り・上の区・桂林寺通りエリアⅣ

七日町通りを、更に七日町駅に向かって歩きます。

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バンダイスポーツ七日町店 ( 旧塚原商店 )
設計者 / 不明
建築年 / 1926年 ( 大正15年 )
所在地 / 会津若松市七日町2

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現在はバンダイスポーツ七日町店と言う店名の、スポーツ用品店として使われてやおり、左側壁に大きく野球工房と描かれています。

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両側面のパラペットには株式会社服部呉服店と記され、正面の店舗の入り口にはTSUKAHARA GOFUKUTEN と記されています。

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パラペット部には、1階から3階まで貫く、4本の角柱の柱型の上に、重ねるように施された短い柱型は、中の2本の頭部は両端の柱型より目立ちます。
の字のマークの施されたペディメントの頂部に、緑青した棟飾りも印象的です。

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鉄筋コンクリート造の躯体に石貼りしているように見えますが、構造は不明で仕上げはモルタル造形だと思います。
壁面に施されたレリーフ窓格子菱形をモチーフにしています。
中央の赤茶の煉瓦色が鮮やかです。
入口上部のキーストーンのあるアーチに書かれたTSUKAHARA GOFUKUTEN の文字の字体が、なんとも面白い。

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先に紹介した第二服部呉服店の一年前に竣工しているので、この建物は一号店だと思います。
設計者が記載されているものは見付けられませんでしたが、第二服部呉服店と同じ池田豊作か、デザインの印象が似ている気がするので白木屋漆器店の設計者、山岸清助ではないかと想像します。

  1. 2017/06/01(木) 08:00:00|
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会津若松 散策 8 七日町通り・上の区・桂林寺通りエリアⅢ

七日町市民広場の在る交差点を左折し、ちょっとだけ七日町通りを離れて桂林通りを沿いの建物を見学します。

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満田屋

建築年 / 江戸~明治期
所在地 / 会津若松市大町1丁目1-25
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成9年度指定

会津若松市ホームページには
「蔵の連なりが会津の歴史を醸し出し、周囲の建物とともに景観性に秀でている。
連続性は景観には重要であり、良好に維持管理されている。」
と記されています。
「会津若松」「グルメ」で検索すると、必ず上位に出てくる満田屋は、1834年 ( 天保5年 ) に初代満田善内が現在地に居を構え、塩の販売と味噌の製造小売を始め、1871年 ( 明治4年 ) に明治政府の許可を得て本格的に味噌の製造販売を開始し、1972年 ( 昭和47年 ) からは、店舗を増床改築して味噌田楽コーナーを設置して、焼きたての味噌だれを、串に刺した餅や揚げ豆腐、野菜、乾魚などにつけた田楽焼を頂くことが出来ます。


白い蔵造り満田屋の隣には、格子窓が目を引く建物が在ります。
会津天宝醸造-2
会津天宝醸造

建築年 / 1921年 ( 大正10年 )
所在地 / 会津若松市大町1丁目1-24
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成21年度指定

会津若松市のホームページには
「旧桂林寺町通りに平入りで配置された建造物であり、木製の連続する格子戸が印象的であり、周囲の指定建造物と共に良好に保存・活用されている。」
と記されています。

会津天宝醸造-1


満田屋の向いには
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花と陶器永山 ・ 桃里道

花と陶器永山
花と陶器永山

建築年 / 1916年 ( 大正5年 )
所在地 / 会津若松市大町1丁目30・28
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成10年度指定

花と陶器永山について会津若松市のホームページには
白漆喰黒漆喰に塗りわけられた重厚な土蔵商店建築の店蔵は、周囲の建物よりもひとまわり高い造りで、桂林寺通りの界隈でも一際存在感のある建造物である。」
と記されています。
窓周り軒周りなどには黒く着色して、漆喰塗りの白壁との対比により、和モダンな印象を醸し出しています。


再び七日町通りに戻ります。
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心眼美望館

左奥の建物は、蔵を改修したものかもしれませんが、右側の建物は、街並みに合わせてデザインした新しい建物ではないかと思います。
世界の古代の人々が何に神秘を見いだしてきたのかをテーマに数々の神器や仏像を展示しているそうです。


七日町通り大和町通りの交差点
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大久保商店


更に七日町通りを進みます
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尚伸株式会社
建築年 / 不明
所在地 / 会津若松市七日町8−4

化粧柱状の額縁半運アーチの装飾が施された三連窓が特徴の、モルタル造形の看板建築
ギャラリーに改修されている1階部は、最低限まで簡略化された、古典的装飾が見られます。

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向かって左隣りの黒い蔵造りの建物は井上一夫商店
120年前に建てられた蔵を改装して、2009年に骨董品店としてオープンしました。
漆器類を始め、長年趣味として収集した店主のコレクションを1、2階で販売しています。

所在地 / 福島県会津若松市七日町8-5


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古布・骨董笑美
所在地 / 会津若松市七日町2

様々な洋風建築看板建築漆喰塗り蔵造りの建物が並ぶ中、ルネッサンス風の窓を持つ、蔵造り煉瓦造りをミックスさせたような、和洋折衷の商店建築も見付けました。

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古布・骨董笑美 の向いに建つ建物

かなり傷んでいるようにも見えますが、上手に改修すれば、面白いデザインの店舗になりそうな気がします。

  1. 2017/05/30(火) 08:00:00|
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会津若松 散策 7 七日町通り・上の区・桂林寺通りエリアⅡ

七日町通りを、只見線七日町駅方向に進みます。
白木屋漆器店から三軒ほど隣に、会津若松市のホームページに載っていないけれど、とても興味を引く建物が在りました。

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第二塚原呉服店
設計者 / 池田豊作
建設年 / 1927年 ( 昭和2年 )
所在地 / 会津若松市大町1丁目2-13

建物側面の頭部には 株式会社
2階部分の側面には 第二 チエンストアー 塚原呉服店

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東京の看板建築と比べても、決して見劣りしない装飾が施されています。
異なるところは、東京の看板建築の場合は、角地にでもない限り、正面だけに装飾が施されているものが多い中、建物が東京程密集していないので、隣の建物との間に空きがあるので、側面にまで装飾だけでなく様々な宣伝の文字が書かれています。

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前面の頭部には、左から 第二営業所  Department Store  呉服百貨店
中心には だいに つかはら 

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こちらの側面には 新柄なら塚原へ と記されています。

建物中央のステンレス板平葺の斜めの部分のデザインが謎です。
想像するに、バルコニー状になっているのを、不要になったので斜めに屋根を付けたのではないでしょうか。
何れにせよ、かなり凝った化粧のが施された商店建築です。

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もう一度、第二塚原呉服店越しに白木屋資料館滝谷建設工業株式会社会津若松店を見返して、先に進みます。


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レオ氏郷南蛮館
設計者 / 不明
建築年 / 大正期
所在地 / 会津若松市大町1丁目2-21
この建物も会津若松市のホームページに載っていないけれど、写真を撮らずにはいられない建物です。

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よく拝見している「レトロな建物を訪ねて」には、「洋品店として使われていた大正時代の蔵を資料館に改造したと思われます。」
と記されています。

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ステンドグラスの様に色ガラスが嵌め込まれた開口部の在る、洋館風の建物に切妻入母屋をミックスさせた和瓦葺の屋根が載っています。

  1. 2017/05/28(日) 08:00:00|
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原宿散策 2017

今日は午後から、アドヴァンの展示会を見に原宿のショールームへ行って来ました。

最近は時々しか原宿には来ないので、渋谷から歩いてキャットストリートを歩き、ちょっと遠回りしてアドヴァンのショールームへ向かいました。

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この建物は以前は飲食店だったと思いますが、すっかりリニューアルして雰囲気が全然変わっています。
記憶違いかもしれませんが、折版の屋根は後付けで、3階も増築では?
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隣の小さなこの建物の間口は、2m程しかありません。

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このガラス張りの建物も気になります。
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この他にも、キャットストリートはお洒落な建物で溢れていますが、今回特に気になった建物でした。

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アドヴァンのショールームに到着しました。

ショールームの見学した後も少しだけ裏原散策を楽しみました。
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ショールームの裏辺りを散策中に見付けた建物
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かなり古い建物に見えます。
築40年位経っているかもしれません。
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この建物には見覚えがありますが、前はもっと単管に派手な着色がされていたと思います。

この辺りに大学時代の友人M君が務める設計事務所が在るので、携帯に電話をしてみましたが、連絡が付きませんでした。
諦めて表参道を歩いていると、大学時代の友人Y君とすれ違ってビックリ。
Y君もアドヴァンの展示会に行った帰りに、原宿を散策しているとのことでした。

表参道から明治通りを歩いて、渋谷へ向かいます。
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ジ・アイスバーグ
何時通っても、この建物は目を引かずにはいられません。

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この建物は自動車のショールームや美容室、飲食店、物販店舗、事務所などから成る複合商業施設です。

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設計者ベンジャミン・ウォーナー代表が「彫刻のようにつくり上げたクリスタルな建築を目指した」と言うように、ギザギザのガラスの壁面は、まるでノミで切り出した氷の彫刻の様です。

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  1. 2017/05/26(金) 20:53:10|
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会津若松 散策 6 七日町通り・上の区・桂林寺通りエリアⅠ

大町四ツ角を通りを過ぎ、ついにお目当ての七日町通りに入ります。

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滝谷建設工業 ( 株 ) 会津若松店社屋 ( 旧第四銀行会津支店 )
設計者 / 岡田信一郎
建築年 / 1927年 ( 昭和2年 )
所在地 / 会津若松市大町1丁目2-8
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成11年度指定

会津若松市ホームページには
「正面に配された6本の円柱が建物の重厚さを醸し出している。
隣接の白木屋漆器店とも相まって、この洋風建築の並びは七日町通りの往時の町並みを現在に伝えている。」
と記されています。

当初は郡山橋本銀行若松支店として建設され、昭和10年から昭和55年までは、第四銀行会津支店として使用されていたそうです。
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狭い間口なので、仕方がなかったのだと思いますが、岡田信一郎の設計にしては、正面のデザインに美しさはあまり感じられません。
ただイオニア式のオーダー柱半円の付け柱ではなく、堂々たる丸柱なのは、間口の狭さに反して、敷地の奥行きが充分にあるからだと思います。

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エントランスの庇は、どうやら後付けのようです。

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( 株 ) 白木屋漆器店
設計者 / 山岸清助
建築年 / 1914年 ( 大正3年 )
所在地 / 会津若松市大町1丁目2-10
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成9年度指定

会津若松市ホームページには
土蔵造りに近い技法を持った洋風建築で、建築学的にも興味深い建築物である。
また、大正時代の洋風建築として完成度が高く、外観が建築当時の形状で維持管理されている。」
と記されています。

どう見ても鉄筋コンクリート造に見える建物ですが、土蔵造りの工法で造られた木造建築だったとは驚きです。

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ルネッサンス様式を取り入れた会津初の洋風建築だそうですが、どことなく東洋風に感じてしまうのは、和瓦屋根が見えているからでしょうか。

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1階両端に在る、大きさの異なる出入口以外は、ほぼ左右対称の立面です。

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3階の窓廻りと軒下の装飾は、かなり濃厚な洋風デザインであるにも関わらず、和瓦和風の化粧漏斗も見えています。

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向かって右側の小さい方の出入口は、半円アーチキーストーンが施されていますが、こちらの出入口はキーストーンが施されているのは同じでも、てっぺんをつぶしたような横長アーチになっていて、そこも東洋風に感じさせる一因かもしれません。

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  1. 2017/05/23(火) 12:19:16|
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自転車で東中野に行って来ました。

昨日自転車で、もう直ぐ26歳になる息子のアパートへ、妻とプレゼント私に行って来ました。

途中の道沿いで見掛けた、レトロな建物を紹介します。

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( 株 ) 淀橋屋
所在地 / 中野区本町6丁目

新中野駅近くの青梅街道沿いで、出し桁造り・銅板葺の建物を見付けました。

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板張りの大きな看板により、2階の外壁や軒下は良く見えませんが

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銅製の化粧漏斗戸袋飾りが垣間見えます。


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( 株 ) 光映社
所在地 / 中野区中央3丁目

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一目見た時は、古い昔の映画館か劇場かと思いましたが、看板やネオンを作る会社でした。

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もみじ通りの坂道を登っていくと、こんな素敵な洋館も発見
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中村家住宅洋館
設計者 / 不詳
建設年 / 1898年 ( 現港区 )  1915年 ( 大正4年 ) に現在地に移築
所在地 / 中野区中野1丁目
登録有形文化財 ( 建造物 )

たまたま通り掛かって写真を撮ったのですが、検索してみると登録有形文化財(建造物)に指定されてる建物だと分かりました。
「文化遺産オンライン」と言うサイトによると、玄関は写真とは反対側の南面に突出して設けられているようです。

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水色に塗装された下見板張りの外壁窓周りの白い額縁が特徴で、よく見ると縦長窓上の霧除け庇の先端に施されたレースの様な装飾や、軒下の腕木の装飾が美しい洋館です。


    昼食は東中野の洋食屋に入ってみました
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    ハンバーグ + カレーライス 820円
    ランチビール 200円

    安くてホリュームたっぷりの、感じのいいお店でした。
    ランチビールの200円と言うのが嬉しいですね。


帰り道は、行きとは少し道を変えて、高円寺南口に在る看板建築を見に寄ります。

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ヨシケイハウス ( 旧西村屋書店 )
所在地 / 杉並区高円寺南3丁目

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取り壊されることなく、残っていてくれてホットしました。

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看板建築の名付け親である藤森照信氏著の「看板建築」 として紹介されていますが、西村書店を営業していた、向かって左側はもはや店舗としてテナントを募集している様子はなく、右側の不動産店だけは残っています。

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時の流れは止まるものではありませんが、レトロな建物ファンの私としては、この見事な看板建築が、何時までも残り続けることを祈っています。

関連記事はこちら  ⇒ ⇒ ⇒  《 1 》
  1. 2017/05/21(日) 12:52:50|
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会津若松 散策 5 野口英世青春通り・大町四ツ角エリアⅠ

会津若松市役所本庁舎を見学した後、栄町辺りを散策しながら神明通りに出てから少し北上し、一之町通りを左折すれば、目指す七日町通りは目の前です。

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鈴木屋利兵衛
建設年 / 江戸後期
所在地 / 会津若松市大町1-9-3
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成10年度指定

会津若松市ホームページには
「戊辰の戦いには薩長軍の屯所となった重厚な土蔵商店建築で、なまこ漆喰と上部の黒漆喰の店構えは歴史を感じさせる。
また、レンガ造りのうだつ ( 防火壁 ) がより一層の歴史的な雰囲気を漂わせている。」
と記されています。

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土壁でなく、煉瓦造りのうだつ って珍しいですね。
この建物は、分厚い土壁とこのうだつのおかげで、江戸期の大火戊辰戦争おも潜り抜けて来ました。

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2階壁の黒漆喰と1階壁の白いなまこ壁の対比が美しく、モダンな印象さえ醸し出す建物です。

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    銅製の化粧漏斗には鈴木屋利兵衛の家紋が施されています。


一之町通りから七日町通りに代わるクランク状の大町四ツ角にやって来ました。
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四つ角大正館 ( 旧郡山商業銀行若松支店 )
設計者 / 不明
建設年 / 1922年 ( 大正11年 )
所在地 / 会津若松市大町1-9-8
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成14年度指定

鉄筋コンクリート造2階建て、地下1階です。

会津若松市ホームページには
「大町四つ角のランドマークとして親しまれてきた洋風建築
建築当時の先端様式であったアールデコが取り入れられ、当時の地域の先進性を示している。
タイル貼りの外壁上げ下げ窓が、今日の大正浪漫調のまちづくりに貢献している。」
と記されています。

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私が良く見て回っている看板建築とは、一線を画した本格的なデザインの洋風銀行建築です。
外壁には凸凹が多い訳でもなく、それ程凝った化粧が施されている訳でもないのに、グレーの石張りの部分と濃い茶色の小口タイルのツートンカラーと上手くマッチしています。
メンテナンスもきちんとされているのでしょう。 とても築90年を超えた建物とは思えません。

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大正期、会津若松には多くの銀行が建てられたそうですが、規模の小ささに係らず、当時から一際目を引く銀行ではなかったかと想像します。
設計者や施工会社が不明なのが不思議です。
  1. 2017/05/19(金) 11:53:37|
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会津若松 散策 4 馬場通り・一之町通りエリアⅠ

髙橋庄作酒造店の在る門田町を離れ、会津若松市内に入ります。
宿泊予定のセンチュリーホテルに車を止め、今回の視察の主目的である七日町通りに向かう前に、先ずは裏通りを散策しながら会津若松市役所本庁舎に向かいます。

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あら池 うなぎ店  
所在地 / 会津若松市馬場町1丁目1-50
建設年 / 不明、 創業 / 1930年代、1950年代に移転

表から見ただけでは、定休日なのか廃業してしまったのか定かではありませんでしたが、食ログには載っているので、この日は定休日だったようです。
電車で「会津の旅」と言うサイトには
あら池創業は1930年代で、1950年代にこの場所へ移転してきた。
表から店を見ると小さな定食屋のようだが、実はかなり奥行きがある、明治から大正時代に建てられた大きな、そして残すべき建物なのだ。
通りがかっただけでは気づかないかもしれない、貴重な建造物のひとつだ。かつては呉服屋、旅館、ダンスホールなどが営まれていたという。

と記されています。
上記の文面から、この建物が建てられた時期ははっきりしませんが、戦後の建物だとはお思えないので、大正末期か昭和初期に建てられたと思われます。

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まるで鐘楼の様なペントハウスには、古典的なロンバルディア帯半円アーチ窓が施されていますが、2階部分は丸窓アールデコ風の直線的なモダンなデザインです。


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あ舞らや
所在地 / 会津若松市上町1丁目6

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1984年より蔵を改造して営業している、なかなかいい感じのショット・バーです。


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会津若松市役所 本庁舎
設計者 / 内田建築設計  施工 / 戸田建設
建設年 / 1937年 ( 昭和12年 )
所在地 / 会津若松市東栄町3-46

この建物が竣工したのは、日本が中国との泥沼の戦争に突入した1937年。
当時持て囃された帝冠様式は採っていないものの、時勢を窺わせる重厚で質実なデザインで、近世復興式の豪壮な建築様式と言われたそうです。

向かって右側のウイングが、2m程前に出るアンシンメトリーな正面立面。
1階中央の二連アーチのエントランスは、2・3階を貫く様にデザインされた縦長の四連アーチと見比べると、開口高さが低過ぎて、ややずんぐりした印象です。
どことなく国会議事堂を思わせる塔屋と3階部のコーニス部、そしてエントランスの庇の先端にもロンバルディア帯が施されていますが、何故か四連アーチの上部だけはロンバルディア帯がありません。
時計を取り付ける為かと思いましたが、時計のない側面でも同じ様になっています。
不自然な気がるのは私だけでしょうか?

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玄関から左側の正面と、左側面の1階部分の石張りの目地は、他とは幅広で深くとられています。

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正面の四連アーチの間の幅細の壁には、かなり簡略化されたコリント式のオーダーが施された化粧付柱が見られますが、側面の三連アーチ窓に施された化粧付柱をよく見ると

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三連アーチ窓の両サイドの化粧付柱が、縦に半分に切られた様になっています。
  1. 2017/05/18(木) 17:15:33|
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会津若松 散策 3 門田町のレトロな建物

材木町から一旦市街地を通り過ぎ、田園風景の広がる道を通って門田町の酒蔵へ向かいます。

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髙橋庄作酒造店
所在地 / 門田町大字一ノ堰字村東   建築年 / 明治期、昭和3年、8年
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成19年度指定

会津若松市ホームページには
「漆喰壁の石垣には、北会津町における建造物の特徴といえる玉石が用いられ、前面に堀がめぐらされていた事が伺える。また、長屋門や土蔵とともに全体的に良好に維持管理されている。」 
と記されています。

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会津若松市のH.Pにも記されているように、漆喰塗りの白壁の状態は良好で、明治期や昭和一桁の時期に建てられたものとは思えません。

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「豊富な水と、肥沃な土に恵まれた、この美しくのどかな田園の中で、
自ら耕し、その実りを得て、地酒・ 会津娘 を醸している、一軒のお蔵がある。」


会津娘 高橋庄作酒造店のH.Pより抜粋

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  1. 2017/05/16(火) 17:17:39|
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会津若松 散策 2 材木町のレトロな建物

大内宿葱蕎麦が名物なのですが、まだ昼食には時間が早かったので、会津若松に向かいます。

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二丸屋武蔵亭
昼食は予めネットで調べてあった、会津若松市材木町の日光街道沿い蔵造りの蕎麦屋で食べました。

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店内もなかなかいい感じです。

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賄い定食 キノコ御飯付山菜蕎麦    鰊山椒漬

二丸屋武蔵亭近くの日光街道沿いの建物
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林家住宅  
所在地 / 会津若松市材木町1丁目   建築年 / 昭和2年
国登録有形文化財   
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成12年度指定 

会津若松市ホームページには
「100坪を超える広大な住宅で、黄色の漆喰の外壁とともに下見板張りが施されている。瓦葺きの屋根は入母屋造りで、正面には破風が巧みに重ねられ、重厚な印象を与える。」
と記されています。

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林家住宅の付近の日光街道沿いで、日本家屋と洋風建築が合体した建物を見付けました。
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醤油醸造元 イケダ醤油 林合名会社

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出入口扉のガラスに 醤油醸造元 イケダ醤油 林合名会社 と表示されているので、この建物は、元は醤油醸造元だったことが分かります。
左右対称の端正な洋風デザインのファサードに、看板建築の様に正面のパラペットは立ち上げずに、和瓦葺で寄棟の屋根を載せていますが、かえっていい感じに仕上がっている気がします。
出入口上の庇の金属板葺の部分は分厚過ぎでとって付けた感があるので、後の改修ではないかと思います。

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洋風の2階建ての部分が事務所で、和風の平屋の部分は醸造所だったのでしょうか?

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そしてもう一棟
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この建物は和風の建物と洋風の建物が、溶け合うように一体化してます。

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店名のマークのレリーフが施されているので、この建物も店舗や事務所だったと思われます。
向かって左側の1階の縦長窓は埋められています。

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洋風部分上部のコーニスと屋根の間は左右に通した連続窓し、洋風部分と和風部分の縁を切るデザインになっているとともに、2階の室内にはハイサイドライトとして、ふんだんに光を取り込んでいるものと思います。
和風の妻壁は漆喰塗りの真壁造り。 管柱だけでなく間柱まで表し、繊細さを感じさせるデザインです。

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立派な白壁の蔵が隣接しているので、この建物の持ち主は、なかなかの豪商なのではと思われます。

  1. 2017/05/14(日) 16:28:52|
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会津若松 散策 1 大内宿

去年の11月に旅行に出掛けた直後に、ダイジェストだけをお伝えしましたが、「イタリア旅行紀」を完成するのにまる一年も掛かってしまったので、半年過ぎての 会津若松散策 を公開します。

今回は 会津若松の七日町 に点在する、大正及び昭和初期に建てられた、洋風商店建築の視察が主な目的でしたが、勿論、鶴ヶ城さざえ堂蔵造りの建物も見て来ました。

初日は朝5時に自宅を出発し、東北自動車道を一路福島県を目指して北上しました。
直接会津若松にには向かわずに、白川インターで東北自動車道を下り、先ずは甲子道路を通って茅葺き屋根の家並が残る大内宿を目指します。

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江戸時代から会津若松日光市今市を結ぶ会津西街道沿いに半農半宿の宿場として栄えた宿場町・大内宿は、1981年(昭和56年)に重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。

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殆どの建物は妻側を街道に向けた寄棟造りです。

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約450m続く道沿いには、約40軒の茅葺屋根の古民家が整然と建ち並び、葱蕎麦等の郷土料理の食事処や土産物店、民宿も在るようです。

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平屋の茅葺き屋根の建物が多い中、二階のある建物や金属葺に葺き直した建物も見受けられます。
特にこの建物の屋根は特徴的。 ダースベイダーの兜にも、お相撲さんの頭にも見えませんか?

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店の方が誰もいないと思いきや、良く見ると、可愛い看板娘? がちゃんと店番をしていました。

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大内宿本陣跡
大きな建物が多い大内宿の中でも、一際立派な建物です。

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重なり合う茅葺き屋根が山々の景色に溶け込んでいます。
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階段を登れば、大内宿見晴台からは宿場全体を眺めることが出来ます。
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大内宿地図

所在地 / 福島県南会津郡下郷町大内山本
 
交通 / 東北道白河ICから国道289・121号、県道329号経由40km1時間
  1. 2017/05/13(土) 16:59:35|
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最近都内で見つけたレトロな建物

昨日、京王線の代田橋駅と明大前駅辺りで、偶然、銅板葺の建物を見掛けました。
最近はイタリア旅行の記事ばかりだったので、ここ1年程の間に、都内で見掛けたレトロな建物を紹介します。

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( 有 ) 松原洗染商会 世田谷区松原
道路に面する外壁が銅板葺のように見えます。
看板状の立上りは無く、波板張りの切り妻の立面で、雨戸の戸袋飾りは菱葺です。


杉並区役所から自転車で西荻に向かう途中、環八との交差点近くの青梅街道沿いで見付けました。
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飲み喰い処 ゆうき  杉並区桃井1丁目

2棟隣にも
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美容室おらんじゅ 池田住宅  杉並区桃井1丁目

青梅街道沿いには、以前にも何棟かの銅板葺の看板建築を見付けています。
この辺りを中心に、一度じっくり青梅街道を歩いてみたいと思っています。

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この建物の雨戸の戸袋飾りには、縁取りがされている上に、平葺きの中央に施された麻の葉紋様が華やかさを演出しています。


この建物は去年の11月に東横線の都立大学駅に、友人が演奏するコンサートを聞きに行った時に偶然見付けた銅板葺の看板建築です。
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BALLEGGS 都立大学支店  目黒区平町1丁目

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間口三間の左右に菱葺の戸袋飾りの施された銅板葺の看板建築です。
不動産店になったのは最近のことのようですが、都立大駅の直ぐ近くに、よくもこんなに古い建物が、残っていてくれたものです。


最後はJR市ヶ谷駅の北側の商店街で見つけた建物。
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旧中華料理 萬成軒  新宿区中町

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石積み風のモルタル造形の建物
目立った装飾はありませんが、1階・2階共に施された和瓦葺の付け庇が特徴です。

  1. 2017/01/20(金) 15:03:49|
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会津若松散策ダイジェスト ②

会津若松での二日目は、鶴ヶ城さざえ堂など、会津藩ゆかりの建物を中心に見学します。

先ずは鶴ヶ城へ向かいます。
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會津宮泉酒造
会津には沢山の酒蔵が在りましたが、會津宮泉酒造鶴ヶ城の目の前にあり、建物も特に立派な造りです。

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(株)會津葵本店
まだ詳しく調べていないので、古い建物だとの確信はありませんが、立派な蔵造りの建物です。

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鶴ヶ城のお堀

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鶴ヶ城
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麟閣
麟閣は場内の茶室です。
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鶴ヶ城を後にして、ホテルへの帰り道とホテルの周りを散策します。
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佐治呉服店
城下町だからなのか、会津若松には酒蔵の他に呉服店も目に付きます。

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神窺禧薬館

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旧若松庶民金庫

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松乃園斎藤茶舗

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旧会津実業信用組合

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鈴善漆器店

ホテルに戻り、チェックアウトを済ませてから松平家墓所へ
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松平家墓所
兄に是非にと言われて来てみましたが、辺りに民家はなく人っ子一人見当たりません。
「熊が出没するのでラジオラジオなど音の出るものを携帯してください」と言った趣旨の記された立て看板が在ったので、雨が降ってきたこともあり、残念ながら訪問は取りやめにしました。


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御楽園
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傘を指しながらの散策でしたが、雨の中の庭園の散策はなかなかに情緒のあるものでした。


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さざえ堂
今回の会津若松建築視察旅行での、主目的地の一つです。
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馬肉を使った うまうま丼       名物 ソースカツ丼


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新宮熊野神社
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新宮熊野神社長床

昼食を摂った、さざえ堂近辺で意外と時間が掛かり、ナビが古かった為に新宮熊野神社へ行く道を間違えてしまい、会津藩校日新館の見学は諦め、猪苗代湖畔へ向かいましたが、既にすっかり陽が沈んでいたので建物の見学は諦め、一時の間湖を眺めて帰路につきました。

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猪苗代湖畔

  1. 2016/11/05(土) 11:11:06|
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会津若松散策ダイジェスト ①

今週の月曜と火曜日、会津若松の七日町に点在する、大正及び昭和初期に建てられた、洋風商店建築の視察に行って来ました。
勿論、鶴ヶ城さざえ堂蔵造りの建物も見て来ました。

朝5時に自宅を出発し、東北自動車道を一路福島県を目指して北上します。
直接会津若松にには向かわずに、白川インターで東北自動車道を下り、先ずは甲子道路を通って茅葺き屋根の家並が残る大内宿を目指します。

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甲子道路の途中でトイレ休憩に立ち寄った 道の駅 しもごう から見た秋色に色付いた山並。

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国重要伝統建築物群保存地区に指定されている、大内宿茅葺き屋根の家並
大内宿葱蕎麦が名物なのですが、まだ昼食には少し時間が早かったので、会津若松に向かいます。

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二丸屋武蔵亭
昼食はネットで調べてあった会津若松市材木町の日光街道沿い蔵造りの蕎麦屋で食べました。

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賄い定食 キノコ御飯付山菜蕎麦    鰊山椒漬

二丸屋武蔵亭近くの日光街道沿いの建物
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林家住宅

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醤油醸造元 イケダ醤油 林合名会社

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日光街道沿いの建物。
蔵と洋風デザインが合体しています。

鶴ヶ城近くのホテルへ向かう前に、門田町の古い酒蔵へ寄り道します。
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高橋庄作酒造店

この後ホテルに車を止め、会津若松市役所の周辺と七日町の日光街道沿いのレトロな街並み群を散策しました。
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会津若松市役所

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うなぎ鯉料理 あら池

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鈴木屋利兵衛

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旧郡山商業銀行若松支店

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滝谷建設工業株式会社会津若松店

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白木屋資料館 ( 旧白木屋漆器店 )

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第二塚原呉服店 他

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レオ氏郷南蛮館

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尚信株式会社

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野球工房 バンダイスポーツ七日町店 ( 旧株式会社塚原呉服店 )

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池田種苗店

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渋川問屋

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阿弥陀寺の御三階

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只見線七日町駅 あいづふるさと駅cafe

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水だしコーヒー           会津産ワイン
あいづふるさと駅cafe で一休み

一本南の道を通って会津市役所方向へ戻ります。
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末廣酒造嘉永蔵
酒蔵を見学し、丁寧な説明を聞いた後、美味しい日本酒を何杯も試飲させてもらったので、お土産にお酒を買いました。

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旧黒河内胃腸病医院

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弘竜

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日本基督教団 若松栄町教会

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野口英世青春館・福西本店

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紀州屋

夕食はホテルの近くの出し桁造りの居酒屋で
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ゑびす亭
美味しい会津の日本酒と地元の素材使った料理を頂きました。

  1. 2016/11/04(金) 19:09:25|
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国立西洋美術館

昨日、上野の国立西洋美術館で開催されているカラバッチョ展を見に行って来ました。
元々絵画にそれ程興味が有った訳ではないのですが、今回のイタリア旅行で、各都市の世界屈指の美術館で絵画や彫刻の芸術品に触れ、この歳になって絵画にも興味を持つようになったのです。
カラバッチョ展チケットは、4月には手に入れていたのですが、混雑しているとの報道が有り、しばらく様子を見ている間に、国立西洋美術館世界遺産に登録されると言うニュースが飛び込んできました。
ただでさえ人気のカラバッチョ展に美術館の世界遺産登録が重なってしまったので、混雑が予想される週末の訪館は諦め、平日の午後に出掛けた訳です。

国立西洋美術館2
国立西洋美術館
本館の設計はル・コルビジエが、弟子の前川國男、坂倉準三、吉阪隆正が実施設計と監理を行ったと言われていますが、実際にコルビジェはコンセプトやスケッチを提示しただけなので、前川、坂倉、吉阪の弟子達の共同作品と言えるのではないでしょうか?
新館は前川國男が設計しています。

国立西洋美術館3

国立西洋美術館4

国立西洋美術館5

基本設計者 / ル・コルビジェ
実施設計社 / 前川國男、坂倉準三、吉阪隆正
竣工年 / 1959年 ( 本館 )、1979年 ( 新館 )
所在地 / 東京都台東区上野公園7番7号

世界文化遺産に登録 国立西洋美術館を含む7か国17資産で構成される「ル・コルビュジエの建築作品」として登録 ( 2016・5・17 )
重要文化財指定 築50年以内の建物としては初めての指定 ( 2007・12・21 )


世界遺産ファンてである私の個人的な感想としては、この建物が世界遺産に登録される程の建物とは思えません。
外観にコルビジェらしさはあまり感じられず、コルビジェが描いたコンセプトも実現出来ていないと思います。
世界遺産の登録基準は、もっとハードルを高くしてもいいのではないでしょうか?
商業主義に陥っているとしか思えません。

国立西洋美術館1
平日の午後と言うことで混雑はなく、すんなりと入館することが出来ました。

カラバッチョ展を見終わって喫茶室で一休み
国立西洋美術館19
喫茶室から中庭越しに新館を見る。

国立西洋美術館18

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カラバッチョ展のチケットで見ることが出来たので、常設展示も見てきました。
国立西洋美術館6

国立西洋美術館7
美術館の中心部で吹き抜けとなったホールは、コルビュジエによって「19世紀ホール」と命名され、ロダンの彫刻が展示されています。

国立西洋美術館8
ホールにはトップライトからが自然光が降り注ぎます。

国立西洋美術館9

国立西洋美術館10

国立西洋美術館15
2階の常設展示室へは、ホールに展示されたロダン彫刻を見ながら、ジグザグにスロープを上がって行きます。

国立西洋美術館16

国立西洋美術館11
2階は中央の吹抜けのホールを囲むように常設展示室が配されています。
回廊状の展示方法は、コルビジエによる「無限成長建築」というコンセプトに基づくもので、将来拡張が必要となった際に、外側へと建物を継ぎ足していける構造です。
本館正面に向かって右側にある外階段は、本来出口として設計されたものですが、立入禁止になったまま、一度も使用されていません。
写真の天井高が低くなっている部分は、自然光を取り入れ、明りを調整する為に設置されたものでしたが、現在では蛍光灯を使用しています。

国立西洋美術館12
コンセプトには企画倒れのものが多いものの、デザインでは見るべきものが沢山あります。

国立西洋美術館13

国立西洋美術館14
だだし、コルビジェの作品に見られる、コンクリート打ち放しによる荒々しい彫刻のようなものではなく、いかにも日本的な肌理細かく施工された肌合いのコンクリートによるものです。

    国立西洋美術館20
    コンクリート打ち放しの円柱のアップ

国立西洋美術館17
新館から中庭越しに本館を見る。
  1. 2016/06/03(金) 12:42:28|
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浅草文化観光センター

イタリア旅行の後と言うこともあり、今年のゴールデンウィークは特に遠出をすることもなく、出掛けたのは二日に浅草に行っただけでした。

勿論、浅草の近辺は何度も散策したことはありましたが、今何かと話題の隈研吾さんが設計したこの建物を見る為です。
浅草観光案内所-1
浅草文化観光センター

設計者 / 隈研吾
竣工年 / 2012年
所在地 / 東京都台東区雷門2-18-9


浅草観光案内所-2
最近、さんが多用している木製ルーバーがこの建物でもふんだんに使用されています。

浅草観光案内所-3

浅草観光案内所-4
見る人によっての好き嫌いはあるのは当然ですが、私は好きなデザインです。

ゴールデンウィークなので、中は国内外の観光客でごった返していると覚悟していましたが、それ程の混雑ではありませんでした。
浅草観光案内所-17
中央に吹抜けがあり、内部階段で繋がれてている1・2階は観光案内所。
室内にも垂木風に木材がふんだんに使われています。

浅草観光案内所-7
階段を上った中2階には窓際にベンチを置いたスペースがあります。
ベンチは少ないですが、階段を上がってくる人は殆どいないので、ここで一休みすることが出来ます。

浅草観光案内所-6

浅草観光案内所-8
いい感じのスペースだと思うのですが、利用している人は私を含めて2組 ( 4人 )だけ。

更に上階へ上ってみましょう。
階段で上るには、ここからは一般の利用客の使用は想定していないような、窓のない狭い階段を利用することになります。
3階は事務所、4・5階は会議室と研修室で、窓のない鉄の扉が閉ざされていて、途中でエレベーターに乗ることも出来ません。
閉所恐怖症とまでは言いませんが、窓のない閉ざされた空間が苦手な私にはちょっと辛い時間です。
外観のデザインから、勝手に各階ともが案内所や土産物の販売や飲食店か休憩所になっていると思っていたので、階段を利用したことをちょっと後悔です。

浅草観光案内所-9
6階まで上るとやっと扉があいていて、多目的スペースが在りました。
浅草の紹介らしき映像が上映されていましたが、だれも見ている人はいません。

     浅草観光案内所-10
7階の展示スペースはには伝統的な人形などの展示があり、ここには10人以上の人が居ました。
鉄骨の外部階段を上って最上階へ

浅草観光案内所-11
8階の展望テラス
冬場はともかくとして、眺めは抜群、他の3シーズンには涼しくて気持ちの良いスペースです。
抜群の眺望と居心地にも拘らず、ここも人が少なくて吃驚です。
浅草観光案内所-15

浅草観光案内所-12

浅草観光案内所-13  浅草観光案内所-14
覗いてみると、一組しか客が居なかったので展望テラスの直ぐ隣にある喫茶店にも入ってみました。
折角なのでビールも頼んじゃいました。

浅草観光案内所-16
喫茶店からの眺め
雷門、仲見世通り越しに浅草寺を見る。 

浅草観光案内所-5
杉集成材のルーバー
雨が直接当たり難い場所なので、変色は僅かです。
たぶん特殊な処理がされているのだと思います。
  1. 2016/05/16(月) 12:33:51|
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住吉の長屋

昨日は嫁の実家が所有するアパートの改修工事の立ち合いに、大阪の住之江まで、義父と一緒に行って来ました。

一人ではなかったので、大阪を彼方此方散策することは出来ませんでしたが、隣駅に在る安藤忠雄氏の出世作「住吉の長屋」だけは見てきました。

住吉のな長屋-1
住吉の長屋

住吉の長屋-2

設計者 / 安藤忠雄
竣工年 / 1976年 ( 昭和51年 )
所在地 / 大阪市住吉区住吉2丁目
1979年日本建築学会賞


近所に在るだろうことは分かっていましたが、今まで見けられませんでした。
今回試しに検索してみると、住所まで載っているサイトがあり、グーグルマップでも地図上に「住吉の長屋」と明記されていました。

住吉の長屋-3
道路からのセットバックも最小限。

住吉の長屋-4
建設当初は長屋の一戸を取り壊して建てた住宅でしたが、今は両隣りの長屋も普通の住宅に建て替えられ、隣り合う建物の隙間も広くなっているようです。
外壁のコンクリート打ち放し面は補修工事がなされたようで綺麗でした。

  1. 2016/04/20(水) 14:51:02|
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旧帝国ホテル 中央玄関 ホワイエ吹抜け部

F・L・ライトのデザインの一つの特徴として、外部のデザインや材料が建物内部にも連続して使用されます。
旧帝国ホテルのデザインも例外ではなく、大谷石、煉瓦、スクラッチタイル、透かしテラコッタ等の外部で使用された材料が内部でもふんだんに使用され、外観の特徴である大谷石の帯により水平線を強調するデザインも内部にも入り込み、ロビーの吹抜け廻りでは、更に劇的な空間を構成する要素となっています。

ホワイエ ①

ホワイエ ②

吹抜け廻りの各階の天井は低く抑えられ、エントランスの扉からホテル内に入り、数段階段を上がって吹抜けに至った瞬間の劇的効果を増すように設計されています。

ホワイエ 24

ホワイエ ⑧

ホワイエ ⑫

ホワイエ ⑲

ホワイエ ⑱

ホワイエ ③

三層分の吹抜けの四隅を支える4本の柱も圧巻です。

ホワイエ ⑤

車寄せの屋根を支えるポーチ柱と同様に、彫刻された大谷石スクラッチタイル、そして明かりを通す透かしテラコッタによって構成さる巨大な柱は光の籠柱と呼ばれいて、建物を支える構造のみならず、ロビ-の劇的空間を演出する立役者と言えるでしょう。

ホワイエ ⑥

ホワイエ ⑨

ホワイエ ⑭

4本の柱のうち、奥 ( 食堂側 ) の2本には、脇に大谷石だけで造られた袖壁状の柱があります。

ホワイエ ⑩

3階部分はスラブを大きく持ち出したバルコニーがこの吹抜けの迫力を増す要素となっています。

ホワイエ ⑮

ホワイエ ⑰

まったくもって凄い装飾です。

ホワイエ ⑪

光の籠柱の前に置かれているテーブルと照明もライトがデザインしたもの。

ホワイエ ⑬

ホワイエ 21

ホワイエ 23

3層吹抜けのロビーには周りのラウンジや廊下越しに間接的に光が注がれます。

ホワイエ 22

エントランス ①

ロビーから数段低いレベルにあるホワイエからエントランスを見る。

エントランス ②

エントランスからホテル内に入って直ぐのホワイエの天井は非常に低く抑えられています。


  1. 2016/02/15(月) 12:52:02|
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旧帝国ホテル 中央玄関 外部ディテ-ル

今日は 旧帝国ホテル 中央玄関 エントランス周りのディテールを紹介します。

外部玄関詳細 1 外部玄関詳細 2
エントランス扉の左右の柱
ここでも大谷石が、煉瓦との組み合わせでふんだんに使われています。
大谷石は加工性の良さと入手し易さから選ばれた材料だと思われます。

外部玄関詳細 5
扉から車寄せに出て、正面の池方向を見る。
庇を支える2本の柱の間には、大谷石から削り出されたオブジェが置かれています。

外部玄関詳細 3 外部玄関詳細 4

車寄せに架かる巨大な柱は、勿論構造的には庇を支える為に必要なものですが、構造的な意味合いよりも、彫刻と言った方が良いでしょう。
光を透かす透かしテラコッタは建物の内外、特に柱の装飾に多く使われ、大谷石に施された彫刻と共に、この建物大きな特徴です。

外部玄関詳細 7 外部玄関詳細 8

      外部玄関詳細 6
      いったい何をイメージしたものなのでしょう?

外部玄関詳細 10
見上げると屋根の上にも似たオブジェが載っています。

      外部玄関詳細 11
      右翼ラウンジとホワイエを隔てる壁の端部

      外部玄関詳細 9
      エントランス扉横の開口部

      穴あき煉瓦も彼方此方に使われています。
  1. 2016/02/13(土) 11:52:44|
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旧帝国ホテル 中央玄関 外観

今日からは去年の4月に訪れた明治村移築保存されている、旧帝国ホテル 中央玄関 の写真を数回に分けて紹介します。

帝国ホテル 正面外観②
旧帝国ホテル 中央玄関

設計者 / フランク・ロイド・ライト
竣工年 / 1923年 ( 大正12年 )
解体年 / 1968年 ( 昭和43年 )
移築年 / 1976年 ( 昭和51年 )
旧所在地 / 東京都千代田区内幸町
登録有形文化財


帝国ホテルu3000南東外観①g

設計者のフランク・ロイド・ライトル・コルビジェミース・F・ローエなどと共に、近代建築の巨匠の一人と言われています。
日本にも馴染みの深い建築家で、旧帝国ホテルの以外にも自由学園 明日館淀工迎賓館 ( 旧山邑邸 ) 等の建物を設計しています。 
旧首相官邸に代表されるライト様式と呼ばれるライトのデザインを模した建物も多く建てられ、日本建築や浮世絵にも造詣も深く、彼の作品集や文章を見るとその影響が彼方此方に伺われます。

帝国ホテル 南東外観③

皇居の正面に建設された旧帝国ホテルの面積は34,000㎡の巨大な建物でしたが、明治村に移築されたのは中央玄関周りの車寄せ、ホワイエ、ロビー、ラウンジのみ。
それでも主に煉瓦大谷石で構成された建物の存在感は圧倒的です。
大谷石で造られた軒や胴蛇腹や窓台によって、水平線が強調させるライト初期の作風の特徴が良く現れている外観です。
建物の内外にわたり、様々な造形が刻まれた大谷石透かしテラコッタによって、他では見られない個性的で他を圧倒する装飾が施されています。

帝国ホテル 東翼詳細①

ガラスとコンクリートによるシンプルでややもすると単調に成りがちなデザインの建物を見慣れてしまった現代人には、ちょっとやり過ぎに思える程、建物の隅々まで拘り抜かれた装飾が施されています。

帝国ホテル 東翼詳細②

建物の東側へ回ってみましょう
帝国ホテル 東外観①
デザインの肌理の細かさは正面と変わりません。

帝国ホテル 東外観②

帝国ホテル 東外観③

正面に戻って西側面も見てみましょう。
帝国ホテル 南西外観③修正

帝国ホテル 南西外観⑤
左右対称のデザインなので、東側からの反転の絵になっています。

帝国ホテル 南西外観④

帝国ホテル 西翼詳細①

帝国ホテル 西外観①

  1. 2016/02/12(金) 17:03:02|
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2016年 佃 ~ 月島散策

今回初めて立ち寄った佃一丁目の散策を終え、二丁目を通って月島に向かいます。

一丁目同様に街の彼方此方に出し桁造り銅板葺の看板建築が残っている地域です。

佃 15
ちょっと路地を覗き込めばこの通り

佃 16
彼方此方に点在するレトロな建物の中でも、この二棟が特に素晴らしい。

佃 17
中島商会    所在地 / 中央区佃2丁目21

佃 18
窓がアルミサッシに改修されているのは残念ですが、傷んだ銅板はきちんと補修されています。

佃 19

佃 20

佃 21
上部には亀甲崩し、下部には網代(桧垣)紋様が施されています。
また珍しいのは、霧除け庇と一体化している点と、両端の面を取った柱型の様にも見えることです。

以前にアップした関連記事はこちら ⇒ 《 1 》


佃 23
長谷部精米店    所在地 / 中央区佃2丁目21

1階部分は全て改修されていますが、黄色のテントより上は堂々たる和瓦葺の出し桁造りが見られます。

佃 22

佃 24
戸袋飾りの紋様は珍しい松皮菱紋様です。

以前にアップした関連記事はこちら ⇒ 《 2 》

佃2丁目3丁目には他にも色々在りますが、以前にアップした記事をご覧ください ⇒ 《 3 》 《 4 》 《 5 》

初見橋交差点を渡って月島のモンジャストリート
つきじ 風月
風月    所在地 / 中央区月島1丁目19

この通りにも色々在りますが、今日はここだけにして直ぐに食べられそうなもんじゃ屋さんへ

もんじゃ1 もんじゃ2

築地で海鮮丼を食べてそれ程空腹ではなかったのですが、もんじゃの煙につられてしまいました。

以前にアップした月島の関連記事はこちら 
⇒ 《 ⑥ 》 《 ⑦ 》 《 ⑧ 》 《 ⑨ 》 《 ⑩ 》 《 ⑪ 》
  1. 2016/01/26(火) 00:00:18|
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2016年 佃散策 正政商事、つくだに天安

佃も以前に何度も訪れたことはありましたが、いつも清澄通り近くの二丁目辺りを散策していました。
今回は佃大橋を渡り、直ぐ左手の住吉神社の在る一丁目を歩いてみました。
佃 1
細い路地の奥を覗きこむと、直ぐに一棟の出し下桁造りの建物を見付けました。

佃 2
レトロ感が漂う小道です。

更に先に進んで行くと
佃 3
正政商事( 有 )    所在地 / 中央区佃1丁目4

佃 5
出し桁周りの詳細、窓に施された繊細な格子、銅製の樋と化粧じょうご等、何処を見ても完璧な出し桁造りの建物です。
今まで僕が見て来た出し桁造りの建物の中で、間違いなく5本の指に入る完璧な建物です。

佃 6
程よい出の腕木に支えられた太い出し桁と、やはり程よい出の垂木のバランスが絶妙です。
戸袋の木目もなかなかに美しい。
佃 10


佃 7
2階屋根の銅製雨樋

佃 8
こちらは1階屋根庇の銅製雨樋

佃 9
玄関の引違扉のガラスも今ではなかなか見られない、珍しいガラスですね。


そしてレトロな建物の多い佃でも、一番有名な出し桁造りの建物と言えば
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元祖佃煮 天安本店    所在地 / 中央区佃1丁目3−14

佃 12
間口は二間と、正政商事よりは規模は小さいものの、この建物も完璧と言って良い出し桁造りの建物です。

佃 13

佃 14

どちらも素晴らしい建物でした。
佃には、他にも何棟も出し桁造りの建物が残っているので、また何時かゆっくり時間を掛けて散策したいと思います。

次回は佃二丁目を通って月島へ向かいます。


  1. 2016/01/25(月) 08:00:12|
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2016年 築地場外市場~佃大橋へ 旧 つきぢ 亀屋 再訪

築地場外市場近辺の散策した後、勝鬨橋は渡らずに晴美通りを渡って佃大橋へ向かいました。
築地7丁目辺りにも沢山の看板建築出し桁造りの建物が残っています。
その中でも特に好きな建物が
築地散策 20
旧 つきぢ 亀屋    所在地 / 中央区築地7丁目14-7

以前に訪れた時には、つきじ亀屋と言う店名のおでん屋さんでしたが、今は空き店舗の状態でした。

築地散策 22
以前も紹介しましたが、細かい細工の戸袋飾りがあまりに素晴らしいので、再度紹介したいと思います。
上の写真は2階の戸袋飾り。
上部はシンプルな一文字葺きで下部は菱葺です。
特に珍しい紋様ではありませんが、紋様の造りの細かさが、他ではなかなか見られないものです。

築地散策 21
1階の戸袋飾りの紋様も2階ほどではないにしろ、かなり細かなものです。

築地散策 23
1階開口部の上部に施された庇周りの詳細です。
つぎに入る店舗も、今のデザインを生かせる店舗になるといいのですが?

以前にアップした関連記事はこちら ⇒ 《 ① 》

聖路加ガーデンの横を通って隅田川沿いに出ます。
築地散策 24
この子はカモメかな?  鳥には詳しくないので・・・。

築地散策 26
佃大橋を歩いて隅田川を渡っていると、宇宙船ような船が橋を潜って東京湾方向へ走り去ってゆきました。

築地散策 25
空を飛べそうな感じです。

次回は佃を散策します。
  1. 2016/01/24(日) 14:13:55|
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