アクトデザイン凛太郎のブログ

住まいのこと、ネコのこと、身の回りのこと、今思うことを綴っていきます

会津若松 散策 8 七日町通り・上の区・桂林寺通りエリアⅢ

七日町市民広場の在る交差点を左折し、ちょっとだけ七日町通りを離れて桂林通りを沿いの建物を見学します。

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満田屋

建築年 / 江戸~明治期
所在地 / 会津若松市大町1丁目1-25
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成9年度指定

会津若松市ホームページには
「蔵の連なりが会津の歴史を醸し出し、周囲の建物とともに景観性に秀でている。
連続性は景観には重要であり、良好に維持管理されている。」
と記されています。
「会津若松」「グルメ」で検索すると、必ず上位に出てくる満田屋は、1834年 ( 天保5年 ) に初代満田善内が現在地に居を構え、塩の販売と味噌の製造小売を始め、1871年 ( 明治4年 ) に明治政府の許可を得て本格的に味噌の製造販売を開始し、1972年 ( 昭和47年 ) からは、店舗を増床改築して味噌田楽コーナーを設置して、焼きたての味噌だれを、串に刺した餅や揚げ豆腐、野菜、乾魚などにつけた田楽焼を頂くことが出来ます。


白い蔵造り満田屋の隣には、格子窓が目を引く建物が在ります。
会津天宝醸造-2
会津天宝醸造

建築年 / 1921年 ( 大正10年 )
所在地 / 会津若松市大町1丁目1-24
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成21年度指定

会津若松市のホームページには
「旧桂林寺町通りに平入りで配置された建造物であり、木製の連続する格子戸が印象的であり、周囲の指定建造物と共に良好に保存・活用されている。」
と記されています。

会津天宝醸造-1


満田屋の向いには
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花と陶器永山 ・ 桃里道

花と陶器永山
花と陶器永山

建築年 / 1916年 ( 大正5年 )
所在地 / 会津若松市大町1丁目30・28
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成10年度指定

花と陶器永山について会津若松市のホームページには
白漆喰黒漆喰に塗りわけられた重厚な土蔵商店建築の店蔵は、周囲の建物よりもひとまわり高い造りで、桂林寺通りの界隈でも一際存在感のある建造物である。」
と記されています。
窓周り軒周りなどには黒く着色して、漆喰塗りの白壁との対比により、和モダンな印象を醸し出しています。


再び七日町通りに戻ります。
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心眼美望館

左奥の建物は、蔵を改修したものかもしれませんが、右側の建物は、街並みに合わせてデザインした新しい建物ではないかと思います。
世界の古代の人々が何に神秘を見いだしてきたのかをテーマに数々の神器や仏像を展示しているそうです。


七日町通り大和町通りの交差点
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大久保商店


更に七日町通りを進みます
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尚伸株式会社
建築年 / 不明
所在地 / 会津若松市七日町8−4

化粧柱状の額縁半運アーチの装飾が施された三連窓が特徴の、モルタル造形の看板建築
ギャラリーに改修されている1階部は、最低限まで簡略化された、古典的装飾が見られます。

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向かって左隣りの黒い蔵造りの建物は井上一夫商店
120年前に建てられた蔵を改装して、2009年に骨董品店としてオープンしました。
漆器類を始め、長年趣味として収集した店主のコレクションを1、2階で販売しています。

所在地 / 福島県会津若松市七日町8-5


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古布・骨董笑美
所在地 / 会津若松市七日町2

様々な洋風建築看板建築漆喰塗り蔵造りの建物が並ぶ中、ルネッサンス風の窓を持つ、蔵造り煉瓦造りをミックスさせたような、和洋折衷の商店建築も見付けました。

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古布・骨董笑美 の向いに建つ建物

かなり傷んでいるようにも見えますが、上手に改修すれば、面白いデザインの店舗になりそうな気がします。

  1. 2017/05/30(火) 08:00:00|
  2. 建物探訪
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ルーネス南烏山 訪問

昨日、8年前に竣工したルーネス南烏山の施主様から連絡を頂いたので、お話を伺いに行って来ました。

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ご近所と言うことで、頻繁に建物の前を通っているので、心配はしていませんでしたが、改めて外回りをよく観察しても、目に付く汚れやクラックなどは全く見当たりません。

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連絡を頂いたのは、不具合に対する相談でしたが、直ぐに解決出来そうな内容だったので一安心です。
他に色々お話しをし、3年前に屋上に取り付けた太陽光発電地も見せて頂きました。

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設置以来、順調にシュミレーション通りの発電をしくれているようです。

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  1. 2017/05/29(月) 08:00:00|
  2. 最新現場状況
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会津若松 散策 7 七日町通り・上の区・桂林寺通りエリアⅡ

七日町通りを、只見線七日町駅方向に進みます。
白木屋漆器店から三軒ほど隣に、会津若松市のホームページに載っていないけれど、とても興味を引く建物が在りました。

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第二塚原呉服店
設計者 / 池田豊作
建設年 / 1927年 ( 昭和2年 )
所在地 / 会津若松市大町1丁目2-13

建物側面の頭部には 株式会社
2階部分の側面には 第二 チエンストアー 塚原呉服店

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東京の看板建築と比べても、決して見劣りしない装飾が施されています。
異なるところは、東京の看板建築の場合は、角地にでもない限り、正面だけに装飾が施されているものが多い中、建物が東京程密集していないので、隣の建物との間に空きがあるので、側面にまで装飾だけでなく様々な宣伝の文字が書かれています。

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前面の頭部には、左から 第二営業所  Department Store  呉服百貨店
中心には だいに つかはら 

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こちらの側面には 新柄なら塚原へ と記されています。

建物中央のステンレス板平葺の斜めの部分のデザインが謎です。
想像するに、バルコニー状になっているのを、不要になったので斜めに屋根を付けたのではないでしょうか。
何れにせよ、かなり凝った化粧のが施された商店建築です。

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もう一度、第二塚原呉服店越しに白木屋資料館滝谷建設工業株式会社会津若松店を見返して、先に進みます。


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レオ氏郷南蛮館
設計者 / 不明
建築年 / 大正期
所在地 / 会津若松市大町1丁目2-21
この建物も会津若松市のホームページに載っていないけれど、写真を撮らずにはいられない建物です。

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よく拝見している「レトロな建物を訪ねて」には、「洋品店として使われていた大正時代の蔵を資料館に改造したと思われます。」
と記されています。

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ステンドグラスの様に色ガラスが嵌め込まれた開口部の在る、洋館風の建物に切妻入母屋をミックスさせた和瓦葺の屋根が載っています。

  1. 2017/05/28(日) 08:00:00|
  2. 建物探訪
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これぞ本当の キャットウォーク !!

は太ってしまったので、たまにしかロフトに登らなくなってしまいましたが、は今でも2・3日に一度は 猫台 に行ってくれます。
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キャットウォークは、巾10cm位しかないので、太ってしまってキャットウォークを歩けない凛は、猫台までは行けけないので、猫台は今や完全にの縄張りになっています。

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はこの通り余裕で歩いてます。
  1. 2017/05/27(土) 08:00:00|
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原宿散策 2017

今日は午後から、アドヴァンの展示会を見に原宿のショールームへ行って来ました。

最近は時々しか原宿には来ないので、渋谷から歩いてキャットストリートを歩き、ちょっと遠回りしてアドヴァンのショールームへ向かいました。

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この建物は以前は飲食店だったと思いますが、すっかりリニューアルして雰囲気が全然変わっています。
記憶違いかもしれませんが、折版の屋根は後付けで、3階も増築では?
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隣の小さなこの建物の間口は、2m程しかありません。

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このガラス張りの建物も気になります。
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この他にも、キャットストリートはお洒落な建物で溢れていますが、今回特に気になった建物でした。

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アドヴァンのショールームに到着しました。

ショールームの見学した後も少しだけ裏原散策を楽しみました。
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ショールームの裏辺りを散策中に見付けた建物
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かなり古い建物に見えます。
築40年位経っているかもしれません。
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この建物には見覚えがありますが、前はもっと単管に派手な着色がされていたと思います。

この辺りに大学時代の友人M君が務める設計事務所が在るので、携帯に電話をしてみましたが、連絡が付きませんでした。
諦めて表参道を歩いていると、大学時代の友人Y君とすれ違ってビックリ。
Y君もアドヴァンの展示会に行った帰りに、原宿を散策しているとのことでした。

表参道から明治通りを歩いて、渋谷へ向かいます。
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ジ・アイスバーグ
何時通っても、この建物は目を引かずにはいられません。

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この建物は自動車のショールームや美容室、飲食店、物販店舗、事務所などから成る複合商業施設です。

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設計者ベンジャミン・ウォーナー代表が「彫刻のようにつくり上げたクリスタルな建築を目指した」と言うように、ギザギザのガラスの壁面は、まるでノミで切り出した氷の彫刻の様です。

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  1. 2017/05/26(金) 20:53:10|
  2. 建物探訪
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2017年 ゴーヤの育成状況 Ⅲ

    5月も後半となり梅雨入り目前の季節となりました。
    我が家のゴーヤ君は日に日に成長しています。

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     一番成長の早いものは、150cm位まで伸びてきました。
    
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    成長が遅いものでも、100cmは超えています。

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花は一つの苗に2・3個は咲いていますが、前回写した小さな実は、まだ大きくなる様子はありません。  
  1. 2017/05/25(木) 12:49:16|
  2. 2017年ゴーヤ
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猫は気持ちのいい場所を見付ける達人

緑が濃くなった枝の間を抜けてくる風が涼しいので、出窓の凛は気持ちよさそうにお昼寝中です。

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誘惑に負けて肉球を触ったりすると、パンチが飛んでくることも・・・

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何ともダレ切った格好ですが、避妊手術の後、急に太ってしまったので、この姿勢が楽なのかもしれません。

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顔を洗うのもこの姿勢のままです。
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蘭が見当たらないので探してみると
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出窓を凛に占領されたからか、蘭は庭に面した子供部屋で寝ていました。

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1階とは言え、南隣が墓地なので冬は陽当りがよく、これからの季節はハナミズキ南天の葉が影を作るので、涼しい風が入って来ます。

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猫は気持ちのいい場所を見付ける達人ですね。

  1. 2017/05/24(水) 17:34:19|
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会津若松 散策 6 七日町通り・上の区・桂林寺通りエリアⅠ

大町四ツ角を通りを過ぎ、ついにお目当ての七日町通りに入ります。

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滝谷建設工業 ( 株 ) 会津若松店社屋 ( 旧第四銀行会津支店 )
設計者 / 岡田信一郎
建築年 / 1927年 ( 昭和2年 )
所在地 / 会津若松市大町1丁目2-8
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成11年度指定

会津若松市ホームページには
「正面に配された6本の円柱が建物の重厚さを醸し出している。
隣接の白木屋漆器店とも相まって、この洋風建築の並びは七日町通りの往時の町並みを現在に伝えている。」
と記されています。

当初は郡山橋本銀行若松支店として建設され、昭和10年から昭和55年までは、第四銀行会津支店として使用されていたそうです。
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狭い間口なので、仕方がなかったのだと思いますが、岡田信一郎の設計にしては、正面のデザインに美しさはあまり感じられません。
ただイオニア式のオーダー柱半円の付け柱ではなく、堂々たる丸柱なのは、間口の狭さに反して、敷地の奥行きが充分にあるからだと思います。

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エントランスの庇は、どうやら後付けのようです。

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( 株 ) 白木屋漆器店
設計者 / 山岸清助
建築年 / 1914年 ( 大正3年 )
所在地 / 会津若松市大町1丁目2-10
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成9年度指定

会津若松市ホームページには
土蔵造りに近い技法を持った洋風建築で、建築学的にも興味深い建築物である。
また、大正時代の洋風建築として完成度が高く、外観が建築当時の形状で維持管理されている。」
と記されています。

どう見ても鉄筋コンクリート造に見える建物ですが、土蔵造りの工法で造られた木造建築だったとは驚きです。

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ルネッサンス様式を取り入れた会津初の洋風建築だそうですが、どことなく東洋風に感じてしまうのは、和瓦屋根が見えているからでしょうか。

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1階両端に在る、大きさの異なる出入口以外は、ほぼ左右対称の立面です。

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3階の窓廻りと軒下の装飾は、かなり濃厚な洋風デザインであるにも関わらず、和瓦和風の化粧漏斗も見えています。

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向かって右側の小さい方の出入口は、半円アーチキーストーンが施されていますが、こちらの出入口はキーストーンが施されているのは同じでも、てっぺんをつぶしたような横長アーチになっていて、そこも東洋風に感じさせる一因かもしれません。

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  1. 2017/05/23(火) 12:19:16|
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自転車で東中野に行って来ました。

昨日自転車で、もう直ぐ26歳になる息子のアパートへ、妻とプレゼント私に行って来ました。

途中の道沿いで見掛けた、レトロな建物を紹介します。

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( 株 ) 淀橋屋
所在地 / 中野区本町6丁目

新中野駅近くの青梅街道沿いで、出し桁造り・銅板葺の建物を見付けました。

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板張りの大きな看板により、2階の外壁や軒下は良く見えませんが

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銅製の化粧漏斗戸袋飾りが垣間見えます。


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( 株 ) 光映社
所在地 / 中野区中央3丁目

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一目見た時は、古い昔の映画館か劇場かと思いましたが、看板やネオンを作る会社でした。

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もみじ通りの坂道を登っていくと、こんな素敵な洋館も発見
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中村家住宅洋館
設計者 / 不詳
建設年 / 1898年 ( 現港区 )  1915年 ( 大正4年 ) に現在地に移築
所在地 / 中野区中野1丁目
登録有形文化財 ( 建造物 )

たまたま通り掛かって写真を撮ったのですが、検索してみると登録有形文化財(建造物)に指定されてる建物だと分かりました。
「文化遺産オンライン」と言うサイトによると、玄関は写真とは反対側の南面に突出して設けられているようです。

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水色に塗装された下見板張りの外壁窓周りの白い額縁が特徴で、よく見ると縦長窓上の霧除け庇の先端に施されたレースの様な装飾や、軒下の腕木の装飾が美しい洋館です。


    昼食は東中野の洋食屋に入ってみました
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    ハンバーグ + カレーライス 820円
    ランチビール 200円

    安くてホリュームたっぷりの、感じのいいお店でした。
    ランチビールの200円と言うのが嬉しいですね。


帰り道は、行きとは少し道を変えて、高円寺南口に在る看板建築を見に寄ります。

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ヨシケイハウス ( 旧西村屋書店 )
所在地 / 杉並区高円寺南3丁目

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取り壊されることなく、残っていてくれてホットしました。

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看板建築の名付け親である藤森照信氏著の「看板建築」 として紹介されていますが、西村書店を営業していた、向かって左側はもはや店舗としてテナントを募集している様子はなく、右側の不動産店だけは残っています。

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時の流れは止まるものではありませんが、レトロな建物ファンの私としては、この見事な看板建築が、何時までも残り続けることを祈っています。

関連記事はこちら  ⇒ ⇒ ⇒  《 1 》
  1. 2017/05/21(日) 12:52:50|
  2. 建物探訪
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会津若松 散策 5 野口英世青春通り・大町四ツ角エリアⅠ

会津若松市役所本庁舎を見学した後、栄町辺りを散策しながら神明通りに出てから少し北上し、一之町通りを左折すれば、目指す七日町通りは目の前です。

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鈴木屋利兵衛
建設年 / 江戸後期
所在地 / 会津若松市大町1-9-3
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成10年度指定

会津若松市ホームページには
「戊辰の戦いには薩長軍の屯所となった重厚な土蔵商店建築で、なまこ漆喰と上部の黒漆喰の店構えは歴史を感じさせる。
また、レンガ造りのうだつ ( 防火壁 ) がより一層の歴史的な雰囲気を漂わせている。」
と記されています。

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土壁でなく、煉瓦造りのうだつ って珍しいですね。
この建物は、分厚い土壁とこのうだつのおかげで、江戸期の大火戊辰戦争おも潜り抜けて来ました。

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2階壁の黒漆喰と1階壁の白いなまこ壁の対比が美しく、モダンな印象さえ醸し出す建物です。

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    銅製の化粧漏斗には鈴木屋利兵衛の家紋が施されています。


一之町通りから七日町通りに代わるクランク状の大町四ツ角にやって来ました。
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四つ角大正館 ( 旧郡山商業銀行若松支店 )
設計者 / 不明
建設年 / 1922年 ( 大正11年 )
所在地 / 会津若松市大町1-9-8
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成14年度指定

鉄筋コンクリート造2階建て、地下1階です。

会津若松市ホームページには
「大町四つ角のランドマークとして親しまれてきた洋風建築
建築当時の先端様式であったアールデコが取り入れられ、当時の地域の先進性を示している。
タイル貼りの外壁上げ下げ窓が、今日の大正浪漫調のまちづくりに貢献している。」
と記されています。

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私が良く見て回っている看板建築とは、一線を画した本格的なデザインの洋風銀行建築です。
外壁には凸凹が多い訳でもなく、それ程凝った化粧が施されている訳でもないのに、グレーの石張りの部分と濃い茶色の小口タイルのツートンカラーと上手くマッチしています。
メンテナンスもきちんとされているのでしょう。 とても築90年を超えた建物とは思えません。

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大正期、会津若松には多くの銀行が建てられたそうですが、規模の小ささに係らず、当時から一際目を引く銀行ではなかったかと想像します。
設計者や施工会社が不明なのが不思議です。
  1. 2017/05/19(金) 11:53:37|
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会津若松 散策 4 馬場通り・一之町通りエリアⅠ

髙橋庄作酒造店の在る門田町を離れ、会津若松市内に入ります。
宿泊予定のセンチュリーホテルに車を止め、今回の視察の主目的である七日町通りに向かう前に、先ずは裏通りを散策しながら会津若松市役所本庁舎に向かいます。

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あら池 うなぎ店  
所在地 / 会津若松市馬場町1丁目1-50
建設年 / 不明、 創業 / 1930年代、1950年代に移転

表から見ただけでは、定休日なのか廃業してしまったのか定かではありませんでしたが、食ログには載っているので、この日は定休日だったようです。
電車で「会津の旅」と言うサイトには
あら池創業は1930年代で、1950年代にこの場所へ移転してきた。
表から店を見ると小さな定食屋のようだが、実はかなり奥行きがある、明治から大正時代に建てられた大きな、そして残すべき建物なのだ。
通りがかっただけでは気づかないかもしれない、貴重な建造物のひとつだ。かつては呉服屋、旅館、ダンスホールなどが営まれていたという。

と記されています。
上記の文面から、この建物が建てられた時期ははっきりしませんが、戦後の建物だとはお思えないので、大正末期か昭和初期に建てられたと思われます。

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まるで鐘楼の様なペントハウスには、古典的なロンバルディア帯半円アーチ窓が施されていますが、2階部分は丸窓アールデコ風の直線的なモダンなデザインです。


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あ舞らや
所在地 / 会津若松市上町1丁目6

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1984年より蔵を改造して営業している、なかなかいい感じのショット・バーです。


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会津若松市役所 本庁舎
設計者 / 内田建築設計  施工 / 戸田建設
建設年 / 1937年 ( 昭和12年 )
所在地 / 会津若松市東栄町3-46

この建物が竣工したのは、日本が中国との泥沼の戦争に突入した1937年。
当時持て囃された帝冠様式は採っていないものの、時勢を窺わせる重厚で質実なデザインで、近世復興式の豪壮な建築様式と言われたそうです。

向かって右側のウイングが、2m程前に出るアンシンメトリーな正面立面。
1階中央の二連アーチのエントランスは、2・3階を貫く様にデザインされた縦長の四連アーチと見比べると、開口高さが低過ぎて、ややずんぐりした印象です。
どことなく国会議事堂を思わせる塔屋と3階部のコーニス部、そしてエントランスの庇の先端にもロンバルディア帯が施されていますが、何故か四連アーチの上部だけはロンバルディア帯がありません。
時計を取り付ける為かと思いましたが、時計のない側面でも同じ様になっています。
不自然な気がるのは私だけでしょうか?

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玄関から左側の正面と、左側面の1階部分の石張りの目地は、他とは幅広で深くとられています。

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正面の四連アーチの間の幅細の壁には、かなり簡略化されたコリント式のオーダーが施された化粧付柱が見られますが、側面の三連アーチ窓に施された化粧付柱をよく見ると

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三連アーチ窓の両サイドの化粧付柱が、縦に半分に切られた様になっています。
  1. 2017/05/18(木) 17:15:33|
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会津若松 散策 3 門田町のレトロな建物

材木町から一旦市街地を通り過ぎ、田園風景の広がる道を通って門田町の酒蔵へ向かいます。

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髙橋庄作酒造店
所在地 / 門田町大字一ノ堰字村東   建築年 / 明治期、昭和3年、8年
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成19年度指定

会津若松市ホームページには
「漆喰壁の石垣には、北会津町における建造物の特徴といえる玉石が用いられ、前面に堀がめぐらされていた事が伺える。また、長屋門や土蔵とともに全体的に良好に維持管理されている。」 
と記されています。

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会津若松市のH.Pにも記されているように、漆喰塗りの白壁の状態は良好で、明治期や昭和一桁の時期に建てられたものとは思えません。

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「豊富な水と、肥沃な土に恵まれた、この美しくのどかな田園の中で、
自ら耕し、その実りを得て、地酒・ 会津娘 を醸している、一軒のお蔵がある。」


会津娘 高橋庄作酒造店のH.Pより抜粋

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  1. 2017/05/16(火) 17:17:39|
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2017年 ゴーヤの育成状況 Ⅱ

温かい日と肌寒い日が交互に訪れる日が続いていますが、ゴールデンウィークに植えたゴーヤ君は、順調に成長しています。

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植えた時から、苗は40cm程度の長さはありましたが、二週間で倍の80cm程まで伸びています。

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左 / 植えて直ぐに花を付けていましたが、早くも小さな実が育ち始めています。
右 / 2個目の花も確認出来ました。 

  1. 2017/05/15(月) 17:38:40|
  2. 2017年ゴーヤ
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会津若松 散策 2 材木町のレトロな建物

大内宿葱蕎麦が名物なのですが、まだ昼食には時間が早かったので、会津若松に向かいます。

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二丸屋武蔵亭
昼食は予めネットで調べてあった、会津若松市材木町の日光街道沿い蔵造りの蕎麦屋で食べました。

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店内もなかなかいい感じです。

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賄い定食 キノコ御飯付山菜蕎麦    鰊山椒漬

二丸屋武蔵亭近くの日光街道沿いの建物
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林家住宅  
所在地 / 会津若松市材木町1丁目   建築年 / 昭和2年
国登録有形文化財   
会津若松市歴史的景観指定建造物 平成12年度指定 

会津若松市ホームページには
「100坪を超える広大な住宅で、黄色の漆喰の外壁とともに下見板張りが施されている。瓦葺きの屋根は入母屋造りで、正面には破風が巧みに重ねられ、重厚な印象を与える。」
と記されています。

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林家住宅の付近の日光街道沿いで、日本家屋と洋風建築が合体した建物を見付けました。
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醤油醸造元 イケダ醤油 林合名会社

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出入口扉のガラスに 醤油醸造元 イケダ醤油 林合名会社 と表示されているので、この建物は、元は醤油醸造元だったことが分かります。
左右対称の端正な洋風デザインのファサードに、看板建築の様に正面のパラペットは立ち上げずに、和瓦葺で寄棟の屋根を載せていますが、かえっていい感じに仕上がっている気がします。
出入口上の庇の金属板葺の部分は分厚過ぎでとって付けた感があるので、後の改修ではないかと思います。

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洋風の2階建ての部分が事務所で、和風の平屋の部分は醸造所だったのでしょうか?

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そしてもう一棟
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この建物は和風の建物と洋風の建物が、溶け合うように一体化してます。

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店名のマークのレリーフが施されているので、この建物も店舗や事務所だったと思われます。
向かって左側の1階の縦長窓は埋められています。

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洋風部分上部のコーニスと屋根の間は左右に通した連続窓し、洋風部分と和風部分の縁を切るデザインになっているとともに、2階の室内にはハイサイドライトとして、ふんだんに光を取り込んでいるものと思います。
和風の妻壁は漆喰塗りの真壁造り。 管柱だけでなく間柱まで表し、繊細さを感じさせるデザインです。

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立派な白壁の蔵が隣接しているので、この建物の持ち主は、なかなかの豪商なのではと思われます。

  1. 2017/05/14(日) 16:28:52|
  2. 建物探訪
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会津若松 散策 1 大内宿

去年の11月に旅行に出掛けた直後に、ダイジェストだけをお伝えしましたが、「イタリア旅行紀」を完成するのにまる一年も掛かってしまったので、半年過ぎての 会津若松散策 を公開します。

今回は 会津若松の七日町 に点在する、大正及び昭和初期に建てられた、洋風商店建築の視察が主な目的でしたが、勿論、鶴ヶ城さざえ堂蔵造りの建物も見て来ました。

初日は朝5時に自宅を出発し、東北自動車道を一路福島県を目指して北上しました。
直接会津若松にには向かわずに、白川インターで東北自動車道を下り、先ずは甲子道路を通って茅葺き屋根の家並が残る大内宿を目指します。

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江戸時代から会津若松日光市今市を結ぶ会津西街道沿いに半農半宿の宿場として栄えた宿場町・大内宿は、1981年(昭和56年)に重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。

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殆どの建物は妻側を街道に向けた寄棟造りです。

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約450m続く道沿いには、約40軒の茅葺屋根の古民家が整然と建ち並び、葱蕎麦等の郷土料理の食事処や土産物店、民宿も在るようです。

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平屋の茅葺き屋根の建物が多い中、二階のある建物や金属葺に葺き直した建物も見受けられます。
特にこの建物の屋根は特徴的。 ダースベイダーの兜にも、お相撲さんの頭にも見えませんか?

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店の方が誰もいないと思いきや、良く見ると、可愛い看板娘? がちゃんと店番をしていました。

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大内宿本陣跡
大きな建物が多い大内宿の中でも、一際立派な建物です。

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重なり合う茅葺き屋根が山々の景色に溶け込んでいます。
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階段を登れば、大内宿見晴台からは宿場全体を眺めることが出来ます。
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大内宿地図

所在地 / 福島県南会津郡下郷町大内山本
 
交通 / 東北道白河ICから国道289・121号、県道329号経由40km1時間
  1. 2017/05/13(土) 16:59:35|
  2. 建物探訪
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テラス-Y 空室情報

設計工房アクトデザインが設計・監理を行ったテラス-Yに空室がでます。

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p5090416-1.jpg 竣工時夜景
                  夜景は竣工時撮影
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今回空室になったのは102号室です。
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ポイントカラーのブルーとガラスブロックが特徴です。

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床はフローリング貼り。

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築年数も20年を超えたので、昨年ユニットバスとキッチンを取替えました。
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ユニットバスの壁の一面は、シックなステップグレー色

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ミニキッチンは1口ガスコンロ。
今話題のサンワ・カンパーニー製、扉は白の鏡面仕上げです。

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トイレにはシャワートイレを設置。  シューズボックスもブルーです。

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洋室から玄関方向を見る。      玄関から洋室方向を見る。
台所の床は大理石調CFシート貼り。

※ 内観写真は1年前に撮影したものです。

 賃貸101・102・103平面図
       賃料        69,000円 / 月
       敷金           0 円
       礼金            0円
       クリーニング費   45,000円
       共益費(管理費含)  3,000円 / 月
       その他に保険加入費等が必要になります。


       所在地 / 東京都世田谷区南烏山2-23-7

6月5日以降は内見可能ですが、クリーニングが終了するのは14日の予定ですので、
       6月15日から入居可能 となります。 
      
入居希望の方はコメント欄にお書き込みください。

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  1. 2017/05/09(火) 09:48:00|
  2. 竣工建物 ・ 賃貸物件空室情報
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6年ぶりに、ゴーヤによる緑のカーテンに挑戦します。

2007年から2011年に掛けて、5年続けていた 緑のカーテン に6年ぶりに挑戦します。
始めのうちはゴーヤ一種類だけを植えていましたが、3年目からはヘチマやキュウリ、瓢箪等も植え、色々と試してみました。
当時の経験から、我が家の壁面緑化にはゴーヤが一番向いていると考え、今年はゴーヤオンリーによる挑戦です。

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ゴーヤの苗はプランターではなく地植えにするつもりなので、連休の直前に化学肥料を混ぜた地面を耕していました。

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昨日の午前中、ゴーヤの蔦を這わすロープと、ゴーヤの苗を買いに行きましたが、午後に降り始めた雨に中断しながらも、陽のあるうちに作業を終わらすことが出来ました。

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  1. 2017/05/02(火) 13:27:27|
  2. 2017年ゴーヤ
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我が家のニャンズは元気です。

最近はめっきり出番が減ってしまいましたが、我が家のニャンズは元気です。
我々人間も過ごし易い、暑くも寒くもない気持ちのいい季節ですので、猫達は出窓で仲良く微睡んでいます。

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避妊手術の後、すっかり太ってしまった凛は、7月で12歳

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相変わらずマイペースな蘭は、11月に10歳ななります。

ブログの出番が減ったのは、このブログが本来の建築ネタが増えたことに加え、猫達が子猫の時期を過ぎてからは、一日の大半を寝て過ごすようになり、写真を撮っても、何時も今日の様な寝姿ばかりになってしまった事が原因です。

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昔はあんなにスマートだったのに、今はこのお腹です。

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蘭は体型もそれ程昔と変わっていません。
目つきが悪いのも相変わらずです。
  1. 2017/04/28(金) 12:39:34|
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住まいのホームドクター として

最近は 住まいのホームドクター としての活動も行っています。
以前から、親戚や友人、御近所の方から住まいに関する相談を受けることがあり、実際にリ・フォーム設計を頼まれたこともありましたが、最近は殆ど設計作業を伴わない、小規模な相談を受ける機会が続いています。

部分リ・フォーム
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TOTO - カウンタータイプ洗面化粧台 / システム・Jシリーズ
オリジナル - 埋込み棚

ご相談の内容は、洗面化粧台の取替えです。
確かに洗面ボールは色褪していて、人造大理石製のカウンターは黄ばんでいます。
洗面所プラン ブケグ用立面

家具図
鏡の下の化粧棚が無くなるので、埋込棚を一回り大きなものに取り替えました。
工事費用を抑える為には、現場での作業をなるべく少なくする必要があるのですが、既製品には丁度いい大きさのものは無いので、間柱を動かすことなく、柱と間柱の間にピッタリお納まる埋込棚を作成しました。

メンテナンス リ・フォーム
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錆の出ていた玄関扉の塗替え
この他に壊れていた面格子の修理、照明器具の取替え、床下収納の修理等も行っています。


また別のお宅では、「押入の中かかび臭い」との相談もありました。
他に
・造り付け箪笥の最下部の引き出しに入れた服が湿っぽくなる
・幅広の引違の襖が重い
などの改善要望がありました。

部分リ・フォーム
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上吊式の折戸に取り替えることで扉を開け閉めする時の重さは解消され、敷居と建具に隙間も出来るので、風通しも良くなると思われますが、念のため扉にガラリも取り付けました。
天袋も含めた天井までの折戸にすることも考えましたが、費用を低く抑える為に大工工事が発生しないように、天袋はそのままにすることにしました。
木製建具詳細図
先ずは既製品を探してみましたが、ガラリ付折戸は少なく、高価なうえに、枠もセットになってしまうので、近所の建具屋さんに上吊式ガラリ付折戸の制作とと取付けをお願いしました。
大工工事も塗装工事も必要ないように設計したので、工務店に依頼していないので工事費用は抑えることが出来、現場での作業も1時間程で終了しています。
押入の風通しが良くなれば、箪笥の湿気も改善する可能性もありましたが、念のため最下部の引出しはスノコ敷きとし、前面に通風用の丸穴を明けました。

活動範囲は地元に限られてしまいますが、今後も 住まいのホームドクター を目指した活動を続けていきたいと思っています。

  1. 2017/04/27(木) 18:00:00|
  2. 最新現場状況
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ハナミズキ

21年前の新築時に、我が家の小さな庭の隅に植えたハナミズキが、やっと2階の窓からでも見られる程の大きさまで成長してくれました。

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春になり、食べられる餌も増えたので、つい最近取り外してしまいましたが、2月の初めに小鳥の餌台を設置したのもこのハナミズキです。
関連記事はこちら ⇒ 《1》  《2》

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よそのハナミズキの花と比べると、花が小さく500円玉を一回り大きくした程度しかありません。
隣に植えたヒメシャラは10年ほど前に枯れてしまいました。
陽当りは問題ないので、肥料が足りないか、土が悪いのかもしれません。

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とは言え、2階のテラスからや、ダイニングからも見えるようになったので、食事をしながら花を眺めることが出来ます。

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小鳥のレストランは、冬になったらまた設置したいと思っています。
  1. 2017/04/26(水) 18:00:28|
  2. ライフ
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白の家 リ・フォーム

2007年春にに竣工した 「白の家 」 のリ・フォーム工事 を行いました。
竣工後、ちょうど10年になる住宅ですが、単なるメンテナンスの為のリ・フォームではなく、家族構成の変化に伴う間取りの変更が最初の相談内容でした。
家族構成の変化」と言うのは、お子様達の独立です。

1,家族構成 ( ライフスタイル ) の変化に伴う ( 部分 ) リ・フォーム

以下の写真は、竣工時の子供部屋の様子です。
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お子様達の独立は、当然予想されたことなので、間仕切りで仕切った小さな部屋を二室造るのではなく、ベットと一体化した本棚とクローゼットで二部屋に分け、
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子供部屋と廊下も建具ではなくスライドスクリーンで曖昧に仕切っていました。

子供部屋を二部屋に分けていた本棚と洋服ダンス、そして不要になったコーナー出窓前のベッドは取り外しますが、
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もう一つのベッドと机はそのまま残し、一度取り外した洋服ダンスは壁際に移動して再利用しています。

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何時取り外すことになっても、簡単な工事だけでで済むように考慮して、家具の下にもフローリングを張っておいたので、若干日焼けとビス穴の補修痕は残ったものの、施主からは「全然気にならない」と言ってもらえて一安心です。

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パナソニック - ペリティス / LA型Uオーダーデザイン ( 採光窓5つ )
間仕切りを兼ねていた家具とスライドスクリーンを取り外し、3階を一部屋とした為に、階段室との間に建具 ( 扉 ) も取り付けることになりました。


2,ワン・ランク UP ( 部分 ) リ・フォーム

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リビングルームの一角に設置してある洗面ボールの取替えは、打ち合わせ当初は「金額的に余裕があれば」と言うようなものでしたが、最終的には施主 (奥様) が最も拘ったところとなりました。

下の写真は、竣工当時の洗面台
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TOTOのモデアシリーズ / パイプフレームタイプ
モデアシリーズはデザイン性が良く、しかもリーズナブルな商品なので、当時は良く採用した洗面台であり、施主にも気に入ってくれていましたが、「白い陶器部分の汚れが気になる」 ようになったので、ボールを 「硝子製に取り替えられないか?」 との事でした。
モデアシリーズには硝子カウンタータイプの商品があるので、メタルフレームはそのまま利用し、カウンターとボールのみの取替えが出来ないかと考えましたが、硝子カウンタータイプは生産中止になっていることが分かりました。
カタログやインターネットで各メーカーの洗面器を調べて候補を絞り、施主に同行して原宿のアドヴァンのショールームに行って来ました。
事前に目を付けていた洗面ボールとは違うものではありますが、ショールームでは施主が一目ぼれするほど気に入った硝子ボールが見付けることが出来たので、原宿まで足を運んでもらった甲斐がありました。

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ボールとカウンターが一体となったイタリア製のガラス洗面台。
洗面台周りのモザイクタイルは勿論、丸型の化粧鏡、タオル掛け、化粧棚は既存のままですが、初めからデザインされていたかのように全く違和感はありません。

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アドヴァン - ガラス製洗面ボール/Plitt ( W700 ) + 混合水栓/VERA
天井にダウンライトも取り付けたので、モザイクタイルが照らされて、洗面台と言うよりも、ニッチの様に見えます。

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永大 - アーバンモードα / スライドインドア-4Z
普段はほぼ開けっ放しの廊下にも、折戸風のスライドインドアを取り付けました。
折れ戸タイプのこのタイプのドアは、通常はトイレや洗面所などの、狭い空間に設置する為の商品であり、他メーカーにはトイレや洗面所用のものだけで、この商品の様な窓の在る居室用の商品は見付けられませんでした。
開けっ放しの事が多いので、洋服やズボンのポケットが引っ掛り難いように、ハンドルはブッシュタイプにしています。
指を挟まないようにする為の機能など、なかなかに優れ物の木製建具だと思います。
今までは木製建具はオリジナルデザインのものを使うことが多かったのですが、既製品の機能性の良さには脱帽せざるを得ません。

3,メンテナンス リ・フォーム

初めに メンテナンスの為のリ・フォーム ではないと書きましたが、勿論必要なところのメンテナンスは行っています。
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外壁が全て白い家なので、設計当時も外壁が汚れないように気を配ったお掛けで、若干の雨だれが確認されるだけで、2・3階のガルスパン ( アイジー工業 ) と1階のフラット塗装の部分共に、白い壁の部分には、殆ど汚れは見られませんでした。
駐車場の土間コン部と、レッドシダーのバルコニーの腰壁を高圧洗浄し、木部にはオスモを塗装を行いました。

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作業風景

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高圧洗浄すると、真っ黒に汚れた水が大量に流れたものの、レッドシダーは全くと言っていいほど傷んでいませんでしたが、竣工時の様な白木の様な色ではなく、飴色の落ち着いた色に仕上がりました。

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施主は気が付いていないようでしたが、外部で唯一、外付けブラインドシャッターの所にだけ雨筋の汚れが出来ていました。
また、ほぼ同じところに、6年前の震災の時に、細いクラックが入って気になっていたので、補修してもらいました。

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この他は屋上のFRP防水のトップコートの塗り直しを行っています。
  1. 2017/04/25(火) 11:22:00|
  2. 最新現場状況
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“セルピコ” 感想

2年程前に高校時代の友人が、千歳船橋でBarを開店しているのを知りました。
それ以来、月一回程度のペースでその友人のやっているBarに通って、飲んだことのなかったシングルモルトのスコッチやアイラ・ウイスキーについて、うんちくと共に色々と教えてもらっています。
高校時代は、マスターとは同じクラスになったことは無かったものの、マスターは野球部、私は柔道部と、お互い運動部に所属し、共通の友人も何人も居たことから、一緒に短期のバイトをしたり、結婚式の二次会にも来てもらいました。
学生時代は知らなかったのですが、マスターは本好きで映画好きでもあり、洋画ばかり見ていた私とは違い、かなりの日本映画マニアだったらしく、中高生の頃にATG映画などを見る為に、新宿や池袋の映画館に通っていたそうです。
今月の初めに千歳船橋のBarに出掛けた時に、「タクシードライバー」の主演がロバート・デ・ニーノだったかアル・パチーノだったかと言う話しになりました。
結局は洋画ファンだった私の記憶通り、ロバート・デ・ニーノ主演が正解だったのですが、デビュー当時のアル・パシーノが出演した映画の話題になり、その時に思い出したのが「セルピコ」です。
中学生の頃は自称“映画小僧”だった私は、殆どの話題映画は観ていると思っていたのですが、「セルピコ」はまだ観ていなかったのです。

    セルピコ
   中学生の頃、コレクションしていた「セルピコ」のチラシ。

直ぐにTSUTAYAに出掛けて、マスターお薦めの「竜馬暗殺!」と「セルピコ」を借りてきました。
40年も昔に撮られた映画です。 名作とは言え、テンポや間の取り方が今の映画とは違うので、なんとなく観辛い映画が多い中、「セルピコ」は、実話を元に作られているので、昨今の映画の様に、やたらと人が死んだり、無駄なアクションシーンは全く無いものの、最後まで退屈することも観辛いことも無い、見応えのある映画でした。
流石は名優アル・パシーノ!! 流石は名匠シドニー・ルメット監督の作品です。
マスターお薦めの「竜馬暗殺」も大いに見応えありの映画でした。 
司馬遼太郎の「竜馬がゆく」ファンの私には、若干違和感は残ったものの、「なるほど」と思わせる場面も多く、面白い映画でした。
但し、あくまでも「八月の濡れた砂」や「祭りの準備」などを世に送り出した、ATG制作の映画ですので、興味を持たれた方は、その辺を調べてからご覧ください。


  1. 2017/04/19(水) 12:03:32|
  2. 映画 ・ ドラマの感想
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ヴェネツィア散策 - 31 カンナレージョ、サンタ・クローチェ、サン・マルコ地区 散策

今回でヴェネツィア散策の最終回。
ローマ~フィレンツェ~ヴェネツィアと巡った、イタリア旅行の最終回でもあります。

ムラーノ島からの帰り道は、サン・マルコ広場には戻らずに、お土産のヴェネツィアングラスを置く為に、一度ホテルの在るサンタ・ルチア駅方面に向かう水上バスに乗船し、フェローヴィア停留所 の一つ手前の グリエ停留所 で下船しました。

グーリエ橋 の上  カンナレージョ地区
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カナル・グランデ方向を見る。
右に見える鐘楼 / サン・ジェレミア教会 ( 紹介済み )
鐘楼の下の白い建物 / ラービア館 ( 紹介済み )

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橋の上から180度見返り。

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初日の夜に食事をしのは、グーリエ橋の少し先のレストランでした。
夜とはかなり雰囲気が違います。

ホテルに戻った後、サン・マルコ広場の近くに在ったレース店を目指して直ぐに出発です。
ホテルからだと、カナル・グランデの対岸のサンタ・クローチェ地区は見ていなかったので、地図を頼りにこの地区を散策し、時間を見ながら何処かで水上バスを利用することにしました。

スカルツィ橋 の上  カンナレージョ地区~サンタ・クローチェ地区
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スカルツィ橋から、カナル・グランデを見る。
左岸の鐘楼とドーム / サン・ジェレミア教会
左端には私達が宿泊したホテル・プリンチペも見えます。

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180度振り返って、サン・タルチア駅方向を見る。
緑のドーム / サン・シメオン・ピッコロ教会

スカルツィ橋 を渡って、まだ足を踏み入れていない サンタ・クローチェ地区 へ。

カッレ・ルンガ通り  サンタ・クローチェ地区
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スカルツィ橋から直線で繋がるカッレ・ルンガ通りから覗いた路地。

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カッレ・ルンガ通りの突き当り方向を見る。

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カッレ・ルンガ通りの店舗の看板

マリン川  サンタ・クローチェ地区
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突き当りの手前を左折し、橋の上から マリン川 を見る。

カッレ・ベルガミ・サン・クローチェ通り  サンタ・クローチェ地区
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サン・シメオーネ・アパートメント
サン・シメオーネ教会を通り過ぎ、狭いトンネルの様な路地の途中で、左手に見えた広場の様な空間です。
丁度、ホテル・プリンチペの対岸辺りの場所に当たる場所だったらしく、広場の向こうにプリンチペが見えています。

リスタ・バーリ通り  サンタ・クローチェ地区
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サン・ザン・デコラ川  サンタ・クローチェ地区
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サン・クローチェ通りを進むとサン・ザン・デコラ川に架かる橋に出ました。

橋を渡ると、目の前に広場と教会が見えて来ます。
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サン・ザン・デコラ教会 in サン・ザン・デコラ広場

時間は午後5時半を回った頃です。
この辺りはご覧の通り、周りに観光客は殆ど居なくなってしまいました。
サン・ザン・デコラ広場を通り過ぎた後は、急いでいたのと、似たような景色が続いたいたからだと思いますが、写真を撮ってないことが、今にして思うと残念です。

ペスカリア広場  サン・ポーロ地区
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リアルト・マーケット
魚市場ファッブリケ・ヌオーヴェ館 の間の広場で開かれている市場です。
時間が遅い為かこの時は人けは殆ど在りませんが、青果や野菜、乾物や生花も並ぶ活気ある市場です。

既に6時近くなっていたので、歩いてサン・マルコ広場に行くのは諦め、近くのリアルト・メルカート停留所から水上バスに乗ることにしました。

リアルト・メルカート停留所  対岸 / カンナレージョ地区
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左奥の建物 / ミアーニ・コレッティ・ジュスティ館
ミアーニ・コレッティ・ジュスティ館の右隣の建物 / カ・ドーロ (黄金の館 )
カ・ドーロの右側の薄茶色の建物 /
 ペーザロ館 - Hotel Pesaro Palace ( 4つ星ホテル )
ペーザロ館の右側の肌色の建物 /
 サグレード館 - Ca' Sagredo Hotel ( 5つ星ホテル )
サグレード館の右側赤茶屋根の小さな建物 /
 フォスカリ・ダル・プラ館 ( 4つ星ホテル )
中央から右側の建物群 / ヴァルメラーナ館 ( 美術館 )

この後は、水上バスからの写真は撮っていません。
サン・マルコ広場の周りに点在する、レース店で最後のお土産を買い、帰り道は水上バスは利用せずに、先ずはリアルト橋まで歩き、橋を渡ってからは先程歩いた道を通ってスカルツィ橋を目指しました。
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(注 : この写真は買い物をした店ではなく、スカルツィ橋の近くの店の写真です。)

リアルト橋の上と、袂のルガ・デイ・オレジ通りで大声で、相手を挑発するように向かい合い、応援歌らしき歌を歌う2つの集団が騒いでいます。
人通りは少なく、すっかり日は暮れていたのでちょっと怖かったですが、どうやら陽気なサッカーのサポーター達だったようです。
さっき通った時には、沢山の商品が並んでいたリアルト・マーケットも、商品はすっかり仕舞われ、電灯も消されています。
この後は、来た道を戻るとは言っても、道がはっきり分かっていた訳では無く、暗くて狭い迷路のような路地を、ほぼ当てずっぽうに歩きました。
塩野七生さん著の 「聖マルコ殺人事件」 に出てくる、「知らない道でも人の来る方向へ歩けばいい」と言う、ヴェネツィアの街の歩き方を思い出して、ドキドキしながらも楽しい散策になりました。
リアルト橋では少しだけ怖い思いをしましたが、イタリアの他の都市と比べると、ヴェネツィアの治安の良さは各別です。
但し、辺りは真っ暗だったので、街中の夜の写真は撮っていません。

当てずっぽうに歩いた割には、殆ど最短距離を通ったらしく、リアルト橋から40~50分程度の散策で、スカルツィ橋に到着しました。
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夜景の撮影には自信はありませんでしたが、あまりに綺麗だったので、シャッターを押さずにはいられませんでした。
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この夜が、イタリアでの最後の夜です。
夕食は初日に入って、とても感じの良かったレストランに行くことにしました。
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好物とは言え、流石にバスタにも飽きていたのでスズキ料理にしてみました。
美味しかったのは勿論のこと、柔らかくて食べやすく、箸がなくても綺麗に食べることが出来ました。

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翌日は朝食後に空港に向かうだけだったので、ワインも大瓶を飲んで、イタリア最後の夜を楽しみました。

イタリア旅行に行ってから、丁度一年が過ぎました。
もっと早くに、旅の記録をまとめあげるつもりでしたが、写真を整理したりコメントを書く為の資料を調べるうちに、ついつい時間が掛かってしまいました。
ただ、その作業がまた楽しくて、一年間ずっと旅行を続けていたような気さえしています。
今回で 「イタリア旅行記」 は終了しますが、今後も記事の加筆・修正は続けていきたいと思います。

この旅行は、私達夫婦の 「結婚30年」 を記念した旅行でしたが、この旅行が実現したのは、旅行社の選定をはじめ、料金の安い時期や空いている季節を調べてくれた妻のおかげだと思っています。
永年の憧れだったイタリア、特に ローマ と ヴェネツィア 旅行を実現してくれた妻に、心から感謝しています。

※ この記事は「Google マップ」を参考にしています。
  1. 2017/03/29(水) 16:42:11|
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ヴェネツィア散策 - 30 サン・マルコ広場 ⇒ ムラーノ島

カ・ドーロ を見学した後、水上バスで サン・マルコ・サン・ガッサリア停留所 まで移動し、サン・マルコ大聖堂コッレール博物館 を見学しました。
サン・マルコ大聖堂 の内部の写真は、外観の写真と一緒に前日に紹介済みです。
コッレール博物館 の内部の写真は撮影禁止だったので撮れませんでした。
サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂 も見学したいと思っていましたが、友人達へのお土産をまだ買えていなかったので、ヴェネツィアングラスの島、ムラーノ島へ渡ることにしました。

ムラーノ島 へ向かう、水上バスからの風景です。
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ホテル・ダニエリ

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左端に ドゥカーレ宮殿サン・マルコ鐘楼 が見えます。 
写真中央は ホテル・ダニエリ

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左側のオレンジ色の建物 / Hotel Savoia & Jolanda ( 4つ星ホテル )
上の建物の右隣りの黄色い建物 / ホテル パガネッリ ( 3つ星ホテル )
中央右側の白い建物 / Hotel Londra Palace ( 4つ星ホテル )

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サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂

ジャルディーニ ターミナル 辺り  カステッロ地区
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Biblioteca di Studi Adriatici BSA - ISMAR CNR ( 図書館 )

サン・ピエトロ島 を過ぎた辺り  カステッロ地区
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アルセナーレ - ヴェネツィア国立造船所 ( 一部現博物館 )
この辺りが、アドリア海の女王 と呼ばれる程のヴェネツィア共和国海軍を支えた、国営造船所 です。
1104年にヴェネツィア共和国により設置された国立造船所で、オスマントルコとの戦争状態に入る15世紀頃が最盛期で、2万人もの労働者が勤務していました。
現在は一部が海洋史博物館として公開されている以外は、未公開の遺構として保存されています。

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水上バスは、半島の様に突き出した国営造船所をぐるりと左回りに岸沿いを進みます。
倉庫の様な建物も見えて来ました。

アルセナーレ北~チェレスティア停留所 の間  カステッロ地区
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Ristorante La Serenissima ( レストラン )
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CA Del Console ( ホテル ) + TRANSFORMATIA
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ローマでは頭だけが白い烏を見ましたが、ヴェネツィアでは頭だけが黒い水鳥を見付けました。

城壁の様に続く、長い煉瓦の壁が終わると、教会の鐘楼が見えてきました。

チェレスティア停留所 の手前辺り  カステッロ地区
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サン・フランチェスコ・デッラ・ヴィーニャ教会

ここまでは、アルセナーレ造船所跡 を左手に見ながら、海岸線近くを進んで来ましたが、フォンダメンテ・ノーヴェ停留所 の所で、水上バスは右に90度舵を切り、ここからは真直ぐにムラーノ島に向かって進んで行きます。

フォンダメンテ・ノーヴェ停留所 辺りを見る  カステッロ地区
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サンタ・マリア・アッスンタ・アイ・ジェズイーティ教会 の鐘楼が見えています。

左後ろを振り返り、本島北部海岸を見る
オルト停留所 辺りを見る  カンナレージョ地区
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マドンナ・テッロルト聖堂鐘楼

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本島とムラーノ島とは、最短距離では数キロ程度しかなく、中間辺りにサン・ミケーレ島があります。
海とは言え、ラグーナ ( 潟 ) 内は浅瀬が殆どなので、水上バスの航路は海中に打ち込まれた木杭によって示されています。
かつては、アドリア海の女王と呼ばれ、世界一と言ってもいい程の海軍力を持った時期もあったヴェネツィア共和国ですが、外敵に攻め込まれた時には、この木杭を全て引き抜き、敵の大型艦を座礁させて侵入を防いだのです。
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サン・ミケーレ島
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サン・ミケーレ・イニーゾラ聖堂 マウロ・コドゥッチ設計 1469年建設開始
サン・ミケーレ島は、ヴェネツィア墓地の島と言われています。


ムラーノ・コロンナ停留所 から ムラーノ島に上陸です。
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ムラーノ島は、大まかに言うと、幅の広い運河によって分割された大・中・小の3つの島から出来ており、更に小運河により7つの島に分かれています。
ムラーノ・コロンナ停留所は、大・中・小の中に当たる島に在り、島全体の南端の先端で、本島に最も近い位置に在ります。
中の島は、小運河で二分され、運河の両側にはヴェネツィアングラスの工房と店舗がずらりと並んでいます。

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店が多いからと言って、同じようなものばかりを置いている訳ではなく、各々の工房で作ったオリジナルグラスを置いているので、一軒一軒見てしまうと、楽しくてなかなか前に進みません。

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時計塔 + オブジェ  in サント・ステーファノ広場

更に少し進むと、大と中の島を分ける幅広の運河に出ます。
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運河に掛かるロンゴ橋から、前の写真のサント・ステーファノ広場の時計塔を見る。

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この写真もロンゴ橋の上から撮っています。
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ロンゴ橋を渡り、一番大きな島の運河沿いの道には、ガラス工房と飲食店も並んでいます。
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さほどお腹は空いていなかったのですが、時間は午後2時を回っていたので、橋向こうの散策は程々にして、サント・ステーファノ広場に在ったレストランに戻ることにしました。

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ラビオリとビールを注文しました。ちょっと足りないと思いましたが、パンもついてきたので、十分でした。

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食後にオブジェの前で記念撮影し、既に目を付けていた何軒かの店で検討を重ね、ヴェネツィアングラスのお土産を決めることが出来ました。
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後は、ここで購入したヴェネツィアングラスの大皿に敷くレースを求めてサン・マルコ広場へ戻ります。
レースガラス細工と同様に、ヴェネツィアの名産物すよ。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」 「週刊ユネスコ 世界遺産 ヴェネツィアとその潟」 「21世紀シリーズ ヴェネツィア」 「海の都の物語」 「Google マップ」等を参考または参照にしています。
  1. 2017/03/29(水) 12:51:00|
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ヴェネツィア散策 - 29  カナル・グランデ⑨ カ・ドーロ ⇒ サン・マルコ・サン・ガッサリア Ⅱ

前回に続き 「カ・ドーロ停留所 ⇒ サン・マルコ・サン・ガッサリア停留所」 までの、水上バスからの風景の後半で、カ・フォスカリ川 を過ぎた辺りからの風景です。
前日とそっくりなアングルの写真が何枚もありますが、天候や時間帯による写りの良し悪しがありますので、再度UPしています。

サン・トマ ~ サン・サムエレ停留所 の間  右岸 / ドルソドゥーロ地区
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左端の建物 / カ・レッツォーニコ ( 18世紀博物館 )
上の建物の右隣り建物 / ベルナルド・ナーニ館
上の建物の右隣の建物 / ジュスティニアーン・ベルナルド館
右端の建物 / ジュスティニアーン館

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左端の建物 / カ・レッツォーニコ ( 18世紀博物館 )
中央の建物 / ベルナルド・ナーニ館
右端の建物 / ジュスティニアーン・ベルナルド館

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ジュスティニアーン・ベルナルド館 17世紀
このような設計の建物かと思いましたが、3階の部分は未完のまま現在に至った建物だそうです。
上階には中央に2つの半円アーチの玄関があり、2階には4セットの2連の半円アーチ窓が等間隔に並び、3階の完成部分も同じデザインの窓が並んでいます。

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ベルナルド・ナーニ館 16世紀
一見シンメトリーな立面に見えますが、カナル・グランデに面する、1階に2ヶ所ある半円アーチの玄関うち、一つは中央にありますが、もう一つは右端に開けられています。
上階は中央に露台付の3連の半円アーチ窓を配し、両側に2個づつの半円アーチの単体窓のあるシンメトリーなデザインです。 

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カ・レッツォーニコ ( 18世紀博物館 ) 18世紀
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カ・レッツォーニコ停留所 の中辺り  右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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中央右側の建物 / ロレダン・デッランバッシャトーレ館 1470年頃
中央左側の低い建物 / マイネッラ館
左端の建物 / コンタリーニ・デッリ・スクリーニ・エ・コルフ館 17世紀

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マイネッラ館 ロドヴィーコ・カドリーン設計 1858年
ピアーノ・ノービレ階レベルには、眺めのよさそうなテラスを、水面レベルの玄関の横には、細長い庭ある19世紀の邸宅。
半円アーチの窓枠飾り手摺の面格子は、大理石製ではなくテラコッタで造られているようです。


カ・レッツォーニコ~アカデミア停留所 の中間辺り  
右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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サン・トロヴァゾ川

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コンタリーニ・デッリ・スクリーニ・エ・コルフ館 17世紀

アカデミア~サンタ・マリア・デル・ジリオ停留所 の中間辺り 
右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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サン・ヴィオ川
サン・ヴィオ川 右岸の建物 / ロレダン・チーニ館 16世紀

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バルバリーゴ館 16世紀

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右側の建物 / バルバリーゴ館 16世紀
左側の建物 / ミュラ・モロシーニ館 15世紀

サンタ・マリア・デル・ジリオ停留所 の対岸辺り 
右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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左側の肌色の建物 / 18世紀の住宅
中央左側の茶色い建物 / バルバロ・ヴォルコフ館 15世紀半
中央右側の改修中の建物 / ダーリオ館
右端の薄いピンクの建物 / Casa Artom ( 学校 ) 19世紀

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左側の建値 / バルバロ・ヴォルコフ館
右側の建物 / ダーリオ館
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ダーリオ館 ピエートロ・ロンバルド設計 1487年頃  
隣の建物と見比べると、右に大きく傾いていることが分かりますが、工事用の足場越しに見ても、そのファサードのデザインの多彩さは、一際目立つ建物です。
1階には、真ん中の開口が他のものより幅広な、3ヶ所の半円アーチの玄関があります。
2・3・4階はほぼ同じデザインで、右側に半円アーチの4連窓が、右端には1個の単体窓が配置され、間の壁には、黒電話のダイヤルの様な独特な装飾が、ファサード中の残りの壁部には、ドーナッツ状に穴の開いた大理石が施されています。
色彩豊かで装飾的なモティーフに富んだファサードのルネサンス期の特異な建造物です。
また、屋根上の巨大な煙突も目を引く要素です。


サンタ・マリア・デル・ジリオ~サルーテ停留所 の間 
左岸 / サン・マルコ地区
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ピザーニ・グリッティ館 ( グリッティ・パレス・ホテル ) 14世紀
ヘミングウェイが愛し、長期滞在したホテルで、その名を冠したスイートルームがあるそうです。
ゴシック様式のこの建物は、14世紀にはピザーニ家の所有ででしたが、1814年にグリッティ家が購入しました。 
その後売却による所有者の変更を経て、ホテルに改修されています。
2・3階の中央に5連のオジーアーチ窓を配し、両側には幅広の壁があり、2個づつの単独窓がます。
カナル・グランデに面する立面は、横長で間延びした感がありますが、建物の両側には通りと運河があり、見えていない公園に面した左側面には、多くの窓が開いています。

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フランジーニ・フィーニ館 ピエートロ・ベッティネッリ設計 17世紀
カナルグランデに面するセルリアーナ式の玄関は、右端と中央より左寄りの場所に2ヶ所あり、それぞれの玄関の真上の位置には、中央の窓幅がやや大きい半円アーチの5連窓3連窓があります。
また、キーストーン等のアーチ廻りの装飾や露台の美しい建物です。
この建物は19世紀にはホテルでしたが、現在は右隣のマノレッソ館と共に、ヴェネト州所有の州議会となっています。

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マノレッソ館 15世紀後半
中心が少しだけ右にズレていますが、シンメトリーと言っても差し支えない立面の建物です。
1階は中央にやや大き目なアーチの玄関があり、直ぐ左右にもアーチ開口が開いています。
直上階の3連窓は、ランド・コルネール・スピネッリ館でも見られた、大きなアーチの中に、2個の細長のアーチと円を組み合わせデザイン、中世トスカーナの伝統的な窓の意匠を取り入れたものです。
4階は尖頭アーチの中に人型を描いたように見える4連の三葉飾り窓
5階には、4連の半円アーチ窓があり、各階の連窓の両側には、2個づつの単体窓を開けています。
取って付けたように見える最上階は、最近の増築ではないでしょうか?

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コンタリーニ・ファザーン館 15世紀
2階には3連窓、3階には2個の単体窓があり、イスラム風にも見える、美しい装飾の施されたオジーアーチ窓と、露台の透かし彫りのデザインが特徴的な美しい建物。
間口は狭いにも関わらず、周りの建物と比べると各階の階高の高いも特徴でしょう。

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ヴェニエール・コンタリーニ館 15世紀後半
15世紀後半に建てられたゴシック様式の建築
カナル・グランデに面する1階の玄関は、幅の広いマグサをイオニア式の2本の円柱が支える古典様式
2・3階中央に4連のオジーアーチ窓があり、両側に2個づつのオジーアーチの単体窓を配した、シンメトリーな立面ですが、2階よりも3階の方が階高が高く、窓も大きい不思議な建物です。
3階の窓枠の装飾が豊かで、長方形の額縁も施されています。

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左側の建物 / ミキエール・アルヴィージ館 17世紀
右側の4階の建物 / ガッジャ館


さあ、そろそろ サン・マルコ広場 に到着です。
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美しい ヴェネツィア の運河に浮かぶ サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂税関、そして ゴンドラ と・・・。

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サン・ジョルジョ・マッジョーレ島を背景にした ゴンドラ

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サン・マルコ広場 とその周りの建物群。
サン・マルコ広場

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何度見ても、美しい風景です。

既に紹介してしまいましたが、実際にはこの後、サン・マルコ大聖堂 の内部を見学ました。
その後、コッレール博物館 を見学 しましたが、写真はありません。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」「イタリア、とりわけヴェネツィア」「Google マップ」等を参考または参照にしています。
  1. 2017/03/21(火) 08:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 28  カナル・グランデ⑧ カ・ドーロ ⇒ サン・マルコ・サン・ガッサリア Ⅰ

サン・マルコ大聖堂コッレール博物館 の内部を見学する為に、サン・マルコ広場 へ向かう水上バスに乗ります。
初日に何度もカナル・グランデを行き来しているので、既に見ていない風景は無い筈ですが、勿論全ての建物の写真を撮れている訳はないので、出来るだけまだ撮れていない建物の写真を撮るつもりでしたが、結局は同じ建物を撮ってしまったようです。

カ・ドーロ~リアルト・メルカート停留所 の中間辺り  左岸 / カンナレジョ地区
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左側の寄棟屋根の建物 / フォースカリ・デル・プラ館 15世紀後半
中央左側の建物 / 19世紀の住宅
中央右側の建物 / ミキエール・デッレ・コロンネ館
右側のオレンジ色の小さな建物 / ミキエール小館 17世紀

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フォースカリ・デル・プラ館 15世紀後半
1階のカナル・グランデに面する尖頭アーチの玄関は、中心よりやや右寄りに、2階の6連のオジーアーチ窓は左寄りに開かれていますが、3階はほぼ中心に2連のオジーアーチ窓を、左右に同デザインの1個づつの単一窓を配して、全体としてのバランスを保っています。 
1520年にはマントヴァ宮廷ヴェネツィア大使官邸だったそうです。

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左側のクリーム色の建物 / ミキエール・デッレ・コロンネ館
中央左側のオレンジ色の小さな建物 / ミキエール小館 17世紀
中央右側の建物 / ミキエール・デル・ブルザ館
右端の白い建物 / スミス・マンジッリ-ヴァルマラーナ館
 
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ミキエール・デッレ・コロンネ館
アントーニオ・ガースパリ改修設計 17世紀末改修
一見して1階の階高の高さが目に付く建物です。
1階は細い柱が狭めの半円アーチを支える開廊で、典型的なビザンテイン商館
1階から3階まで、建物の中心にセルリアーナ式の開口を設け、2・3階の左右の矩形の単体窓には張り出した大理石の露台と窓上にはペディメント風の飾りが施されています。
17世紀末期に、アントーニオ・ガースパリの設計でファサードは全面的に改築され、露台窓上部の彫像等のバロック期の典型的な要素は、この時の改修によるものです。

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ミキエール・デル・ブルザ館 1777年
1774年に火事になり、3年後に再建されたゴシック様式の建物
( 館名の「ブルザ」 = brusa は 「焼けた」 等の意味があるようです。)
カナル・グランデに面する1階は、規則正しく3個の半円アーチの玄関があり、2・3階には中央に露台付の4連のオジーアーチ窓を、両側には2個づつの同じデザインの窓を配した、シンメトリーな立面の建物です。

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スミス・マンジッリ-ヴァルマラーナ館
アントーニオ・ビゼンティーニ改修 1743~51年改修
2・3階の新古典様式のファサードは、改修時のものです。
1階中央の半円アーチの玄関にはペディメントを、その上のピアーノ・ノービレ階の半円アーチ窓にはティンパヌムを配したシンメトリーな立面を持つ建物。
ノービレ階の両側の単独窓にはペディメントが施され、窓の両側には、コンポジット式の化粧柱は、4階のスラブレベルに施されたエンタブラチュアを支えるように並んでいます。
最上階とその下の階は、18世紀末の増築で、建築家ジャンアントーニオ・セルヴァによって内装も一新されています。


リアルト・メルカート停留所 を過ぎた辺り  右岸 / サン・ポーロ地区
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ファッブリケ・ヌオーヴェ館

リアルト橋 の少し手前    
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リアルト橋 1591年

リアルト停留所 の辺り  右岸 / サン・ポーロ地区
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中央右側の茶色の建物 / ラヴァ館 ジョヴァンニ・サルディ設計 1906年

サン・シルヴェストロ停留所 辺り  右岸 / サン・ポーロ地区
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バルズィッザ館 12-13世紀

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左側の建物 / ブジネッロ館 13世紀中頃
右側の建物 / Lanfranshi 館 18世紀
 ピアーノ・ノービレ階とその上階に、左に寄せてセルリアーナ式窓
 配した、アン・シンメトリーな立面の建物。

サン・シルヴェストロ~サンタンジェロ停留所 の中間辺り  
右岸 / サン・ポーロ地区
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右端の建物 / ベルナルド館
中央右側の建物 / ジュスティニアーン・クェリーニ・デュ・ボワ館
中央の白い建物 / グリマーニ・マルッチェロ館
中央左側のオレンジ色の建物 / カッペッロ・レイヤード・カルネッティ館
上の建物の左側の運河に突き出した2階建ての建物 /
バルバリーゴ・デッラ・テッラッツァ館
上の建物の左側建物 / ピザーニ・モレッタ館

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左端の建物 / ピザーニ・モレッタ館
2階建ての建物 / バルバリーゴ・デッラ・テッラッツァ館
サン・ポーロ川
中央右側の建物 / カッペッロ・レイヤード・カルネッティ館
右端の建物 / グリマーニ・マルッチェロ館

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グリマーニ・マルッチェロ館 16世紀初頭
白大理石で造られ、完璧なシンメトリーの立面を持つ美しい邸宅。
1階中央の半円アーチの玄関の直ぐ左右には楕円形の窓があり、更に外側にはペディメントが施され2個づつの矩形の窓があります。
2・3階の中央には、3連の半円アーチの開口が有り、両側2個づつの窓も半円アーチ窓が配され、2階のロッジアには張り出した露台が施されています。
また、ファサードの彼方此方に円形の化粧板が散りばめられ、コンポジット式オーダーの施された化粧柱で飾られています。

サンダンジェロ停留所 の向い対岸  右岸 / サン・ポーロ地区
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サン・ポーロ川左岸の建物 / バルバリーゴ・デッラ・テッラッツァ館
サン・ポーロ川
サン・ポーロ川右岸の建物 / カッペッロ・レイヤード・カルネッティ館
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左側の建物 / ピザーニ・モレッタ館
右側の2階建ての建物 / バルバリーゴ・デッラ・テッラッツァ館

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ピザーニ・モレッタ館 15世紀中半-16世紀初頭改修
完全なシンメトリーな立面を持つ、美しいヴェネツィアン・ゴシック様式の宮殿
カナル・グランデに面する階には、中央に2個の大きなオジーアーチ式の玄関が並び、ピアーノ・ノービレ階とその上階の中央には、美しい四つ葉状柱頭の装飾の施された6連のオジーアーチ式窓があり、上下階で四つ葉状柱頭の形状がやや異なっています。
左右の壁には、2個づつのオジーアーチ式窓が配され、長方形の枠取りと突き出した露台が施されています。
この写真だと分かり難いですが、セットバックした最上階があり、前面にはレースの様な透かし彫りの施された手摺壁が見えています。

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左側の建物 / ティエポロ小館
右側建物 / ティエポロ館

サン・トマ停留所 の少し手前  右岸 / サン・ポーロ地区
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サン・トマ川

サン・トマ川 と サン・トマ停留所 の間  右岸 / サン・ポーロ地区
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ゴンドラの船着き場
出向するのは午後からなのか、まだ殆どのゴンドラが停泊しています。

サン・トマ ~ サン・サムエレ停留所 の間  右岸 / ドルソドゥーロ地区
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カ・フォスカリ川

後半に続く

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」 「イタリア、とりわけヴェネツィア」「Google マップ」等を参考または参照にしています。
  1. 2017/03/20(月) 11:00:00|
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ヴェネツィア散策 - 27  カ・ドーロ ( パラッツォ・サンタ・ソフィア )

この日最初の目的地、カ・ドーロ に到着しました。
美しい邸宅が建ち並ぶカナル・グランデで沿岸の建物の中でも、最も美しい と言われる カ・ドーロ ( 黄金の館 ) の正式名称は パラッツォ・サンタ・ソフィア ( 聖ソフィア宮殿 ) 、かつては外壁に金箔が施されていたことから、カ・ドーロ ( 黄金の館 ) と呼ばれています。

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設計はジョヴァンニ・ボン、バルトロメオ・ボン親子 1428-1430年建設
ドージェ ( 元首 ) を8人も輩出した名門、コンスターニ家の邸宅として建てられました。

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この写真は、晴れていた前日に撮った写真です。

建物正面のデザインは、左側の3/5程の範囲と右側の2/5程の範囲に分かれています。
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先ずは、左側3/5の範囲のデザインを見てみましょう。
カナル・グランデに直接面する1階の床レベルは水面ギリギリ、中央の半円アーチは、両側の二つづつの尖頭アーチよりもやや幅広です。
2階と3階共に、奥行の深いロッジアがあり、壁線には、ややデザインの異なる美しい四つ葉状柱頭の装飾が施され、ロッジアの直ぐ両側には、2階は四つ葉模様トレーサリー窓が、3階にはオジーアーチ窓が開けられています。

壁の多い右側2/5は、1階から3階まで通して、左右にオジーアーチ窓を配し、壁の中心には縁取りのある正方形の窓を開けています。
各階のオジーアーチ窓の開口面積は同じ位に見えますが、デザインは各々異なります。

また、最上部のパラペットに施された、王冠の飾りの様とも、レースの様な装飾とも言われる装飾が、この建物の繊細で優美な美しさを際立たせています。

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3階のオジーアーチ窓。 
良く見ると、窓周りの装飾や大理石で造られた式台の何とも美しいこと。

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2階は何故か左右でトレーサリーのデザインが異なっています。
上下階ののものより、2階の正方形窓だけは大き目です。
壁の大理石の石肌も美しい。

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1階は上部にオジーアーチ窓、下部に正方形窓を施した複合窓

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さあ、下船して早速 カ・ドーロ を見学します。

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入り口前に置かれたプランターも柱頭の様です。

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入口を一歩入ると、美しいモザイクタイル張りの床が広がっています。
入口付近から、カナル・グランデ方向を見る。
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左側に中庭が見えています。

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カナル・グランデに面する玄関辺りから、入って来た入口方向を見る。
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今回のイタリア旅行では、多くの美しい教会や宮殿の床を見て来ましたが、ここまで美しい床は、パンティオンテンピエットの大理石の床位だと思います。
モザイクタイル貼りと書きましたが、色大理石とタイルを使っているようです。

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美しいのは床だけではありません。
壁は2種類の大理石を市松風に貼ったものの様です。
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中庭を見る
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この木製の扉から、カ・ドーロ停留所に繋がる路地に出ることが出来ます。
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中庭の中央にも柱頭の様なプランターが置かれています。
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中庭からカ・ドーロ停留所に続く路地に出られる木戸を路地側から見る。
正方形の穴から、中庭を覗くことが出来ます。

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19世紀に階段と中庭を見下ろすバルコニーは取り壊されてしまいましたが、1922年に当時の所有者であったジョルジョ・フランケッティ男爵から国に譲渡され、大々的な修復が行われ、階段の再建も行われました。
( 改修工事はジョルジョ・フランケッティ男爵が所有していた時に行われたとする資料もあります。)

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1階の床は水面ギリギリと書きましたが、この時は床は水に浸かっていました。

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3階のロッジア

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3階のロッジアから、カナル・グランデを見る。
かなり霧が晴れてきたようで、青空も見えて来ました。 
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建物内部の木製階段
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この見事な階段は、元はアニェッロ家にあったものです。
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親柱の彫刻はかなり傷んでいますが、ライオンでしょうか?

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フランケッティ男爵の美術コレクション寄贈され、現在はフラッケン美術館となっていて、カルパッチョティッツィアーノ等の絵画が展示されています。

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残念ながら、絵画個々の詳細は調べられていません。

カ・ドーロ停留所に戻り、水上バスでサン・マルコ広場へ向かいます。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」 「週刊ユネスコ 世界遺産 ヴェネツィアとその潟」 等を参考または参照にしています。
  1. 2017/03/10(金) 16:22:26|
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ヴェネツィア散策 - 26  カナル・グランデ⑦ フェローヴィア ⇒ カ・ドーロ

ヴェネツィアの二日目の朝は、濃い霧がかかっています。
この日はヴェネツィアでの最終日と言うだけではなく、楽しかったイタリア旅行の、実質的な最終日で、次の日は朝食後直ぐに空港へ向かわねばなりません。
10日に及ぶイタリア旅行の間、幸いにも天候に恵まれ、雨に降られたのはコロッセオの待ち時間の30分程だけだったのに、最後の最後にこの霧です。

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前日の朝の晴天とは打って変わった濃霧です。

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昨日は朝はカナル・グランデを行き交う船がはっきり見えていましたが、広場と運河の境も良くわかりません。

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朝早いせいか、広場だけでなく、日中や賑うホテルの前の通りにも、人影はまばらです。

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ホテルの桟橋から
対岸の建物は、薄っすらとしか見えません。 前日に沢山写真は撮ったとは言え、この日は水上バスからの撮影は諦めるしかなさそうです。

霧が消えるのことを期待しつつ、朝食は何時もよりはゆっくりと食べて、いざ出発です。

朝食の前よりは、霧が薄くなって来たようです。
フェローヴィア停留所  右岸 / サンタ・クローチェ地区
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左奥の薄緑色ドームの建物 / サン・シメオン・ピッコロ教会
上のドームの下の白い建物 / Hotel Antiche Figure ( 3つ星ホテル )
上の建物の右隣のクリーム色の建物 / Hotel Carlton On The Grand Canal
中央左手の茶色と黄土色の建物の前 / Ristorante Da Nino
中央右手の肌色の建物 / 建物の詳細は不明
右端の白い建物 / Hotel Airone ( 2つ星ホテル )


サン・スタエ停留所 の向い  左岸 / カンナレジョ地区
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左奥の肌色の建物 / マルチェッロ館 18世紀
中央左の茶色の建物 /
中央の白い建物 /ソランツォ・ピオヴェーネ館 16世紀
右端の建物 / エーモ館 17世紀

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エーモ館 17世紀
カナル・グランデに突き出した場所に、右隣りのモリーン・クェリーニ館
と共に、マッダレーナ川との鈍角な角地を利用した建物。
等間隔に窓を配した規則正しい左面ファサードに対し、右面は左端に
セルリアーナ式と呼ばれるアーチと柱を組み合わせたヴェネツィア風
開口部を造り、右側には左面ファサードと同じデザインの単独窓を2列配しています。


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マッダレーナ川左岸の建物 / モリーン・クェリーニ館 17世紀 
中央やや左手に見える運河 / マッダレーナ川
マッダレーナ川右岸の建物 / バルバリーゴ館 16世紀
上の建物の右隣りの薄黄色の建物 / ズリアーン・プリウーリ館 17世紀
上の建物の右隣りのオレンジ色の建物 / ルオーダ館 17世紀
上の建物の右隣りの一部平屋の建物 / カーザ・ヴェッルーティ 
 16世紀建築 - 19世紀改修 
右奥の2階建ての建物の左隣の建物 /
 グッソーニ・グリマーニ・デッラ・ヴィーダ館 ( 裁判所 )
 ミケーレ・サンミケーリ設計?  1548-1556年
ノアーレ川
右奥の2階建ての建物 / ダ・レッゼ館 15世紀
右端の建物 / ボルドゥ・ギーズィ・コンタリーニ館 17世紀

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マッダレーナ川左岸の建物 / モリーン・クェリーニ館 17世紀
マッダレーナ川
マッダレーナ川右岸の建物 / バルバリーゴ館 16世紀
 左側の半円アーチの2連窓の建物と右側の3連窓建物を結合した建物。
 中心辺りの結合部で各階にズレが見られます。


左岸に以前に紹介したサン・スタエ教会が見えて来ました。
サン・スタエ停留所 の横  右岸 / サンタ・クローチェ地区
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サン・スタエ教会  ドメニコ・ロッシ設計 1709年


サン・スタエ停留所 を過ぎた辺り  右岸 / サンタ・クローチェ地区
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ジョヴァネーリエ 館 - ホテル・パラッツォ・ジョヴァネーリエ・グラン・カナル
( 4つ星ホテル )


サン・トマ~カ・ドーロ停留所 の中間辺り  左岸 / カンナレジョ地区
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左側の建物 / ボルドゥ・ギーズィ・コンタリーニ館 17世紀
 1階は粗石積み
 カナル・グランデに面する1階玄関、2階の露台付のセルリアーナ式の
 開口部
、3階の半円アーチの3連窓は、立面の右端に設けられ、2・3階の
窓は露台付きで、立面全体に水平ボーダーが施されています。
中央左の建物 / コンタリーニ・ピザーニ館 17世紀改築
 最近の改修によるものなのか、立面はいたって単純ですが、中央の
 半円アーチの3連窓とシンメトリーな全体構成は、ヴェネツィアでは
 見慣れたスタイルです。
 また、ポルティコの右端に残る、柱頭が大きなゴシック様式の柱は、
 建築当初の名残りと考えられています。
中央の建物 / レーヴィ・モレーノス館 16世紀
 カナル・グランデに面する庭と大きなテラス、そして1階に大きな
 2連のアーチを持つ建物。
赤っぽい色の建物 / フォンターナ・レッツォーニコ館 16世紀-17世紀
右端の建物 / ミアーニ・コレッティ・ジュスティ館

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フォンターナ・レッツォーニコ館 16世紀-17世紀
カナル・グランデに面する、大きな半円アーチの玄関と、2・3階の半円アーチの4連窓は、中心より左寄りにあり、狭い左側には2個、広い右側には4個の化粧が施された単体窓が開けられています。
赤っぽい外壁には、白大理石の水平ボーダーが施され、2・3階の全ての窓に施された露台窓飾りを結んでいます。


カ・ドーロ停留所 の直前  左岸 / カンナレジョ地区
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左側の建物 / ミアーニ・コレッティ・ジュスティ館
 アントーニオ・ヴィゼンティーニ設計 1776年
右側の建物 / カ・ドーロ ( 現:フランケッティ美術館 )  
 カ・ドーロ の詳細は次回にまわします。

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ミアーニ・コレッティ・ジュスティ館
カナル・グランデに面する1階に交互に設けられた、半円アーチの大門と、彫像の飾られた壁龕がこの建物の特徴でしょう。
上階には立面の端から端まで露台が施されて、最上階には左右のペディメントのある円形のニッチには胸像が飾られています。
切り妻屋根の屋根裏部屋もこの建物の特徴と言えるでしょう。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」 「21世紀シリーズ ヴェネツィア」 「イタリア、とりわけヴェネツィア」「Google マップ」等を参考または参照にしています。
  1. 2017/03/02(木) 21:25:00|
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ヴェネツィア散策 - 25 サン・マルコ広場の北側、東側

水上バスを降りてから、サン・マルコ広場を斜めに横切って、旧行政館の西端の細い通路を抜けると、オルセオロ・オ・デル・コヴァル川のゴンドラ乗り場が在ります。

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オルセロ・ゴンドラ乗り場からオルセオロ・オ・デル・コヴァル川を見た風景。

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この場所は、なかなかの写真スポットだったらしく、なん組かの観光客が後ろで待っていたので、一旦場所をゆずり、しばらく順番待ちをしてから、記念写真をもう一枚!!

来た通路を戻って、旧行政館の1階のショップを覗きながら東へ歩き、サン・マルコ大聖堂の北・東側へ行ってみると、そこも飲食店や商店で賑わった街区でした。
ヴェネツィア名産のレースやヴェネツィアン・グラスの土産店を物色しながら、あてもなく東へ東へと歩いて行くと、両側に店舗の並ぶ細い通りから抜けて、少し幅の広いサン・プロヴォイオ川沿いの細長いサン ・プロヴォイオ広場に出て来たました。

サン・プロヴォイオ川サン・セヴェーロ川が交わるT字部分  カステッロ地区
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サン・プロヴォイオ川越にホテル・パラッツォ・プリウリを見る。

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ホテル・パラッツォ・プリウリは、サン・プロヴォイオ川サン・セヴェーロ川が交わるT字部分に在ります。
サン・セヴェーロ川から2艘のゴンドラが遣って来ました。

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実にヴェネツィアらしい風景です。

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ゴンドラに乗ると彼方此方で写真を撮られるのでしょう!
撮られる方も慣れたものです。

サン・セヴェーロ川を挟んでホテル・パラッツォ・プリウリの対岸には、運河を見下ろすテラスのある建物が在りました。
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レジデンツァ デ ロズマリン
建物の詳細は不明ですが、現在は古い邸宅をホテルとして利用されています。

サン・プロヴォイオ川沿いの細長いサン ・プロヴォイオ広場をそのまま東へ進むと、サン・ロレンツォ川グレーチ川に名前の代わるT字部分に出ます。  
T字部分には大小2つの橋が架かっていますが、大きい方の橋からの眺めも、なかなかのものでした。

サン・プロヴォイオ川サン・ロレンツォ川グレーチ川が交わるT字部分
カステッロ地区
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サン・ジョルジオ・デイ・グレーチ大聖堂 1539年着工-1573年竣工
コンスタンディヌーポリ総主教庁に所属する、ギリシャ正教会の大聖堂で、ヴェネツィア軍に仕えていたギリシャ人兵士達と、ヴェネツィアに住んでいたギリシャ人の知識人層が中心となって建設されました。

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同じ橋の上からサン・ロレンツォ川を見る。

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同じ橋の上からサン・プロヴォイオ川を見る。

辺りはだいぶん陽が落ちて、薄暗くなり露店には灯りが灯り始めたので、ここらで引き返すことにします。
帰る途中でも、立派なファサードの教会を見掛けました。

ヴィン川グレーチ川の中辺り  カステッロ地区
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サン・ザッカリーア教会 
アントニオ・ガンベッロ、マウロ・コドゥッシ設計 1458年-1515年
洗礼者ヨハネの父と言われるザカリアに捧げれ建設されたベネディクト派の教会。
当初はゴシック様式の教会として建設は進められますが、後にファサードや内部の天井等にルネサンス様式を取り入れた為、ファサードは後期ゴシック様式ルネサンス様式が融合された、堂々とした立面になっています。

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正面頭部の半円部は貝模様や化粧板で飾られています。

    正面出入り口の上の彫像
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    聖ザッカリア像 A・ヴットーリア作

内部には絵画が多数飾られており、特にベルニーニの祭壇画が有名です。
今回は内部を見学していないので、手持ちの資料から
絵画
祭壇画 / バラ  ジョヴァンニ・ベルニーニ作 《 出典:21世紀シリーズ ヴェネツィア 》

夕食には時間が少し早かったので、サン・マルコ広場から水上バスでカナル・グランデをホテルの在るフェローヴィアまで移動するつもりでしたが、カナル・グランデではなく、ジュデッカ運河を通る便に乗ってしまいました。
ただ、既に日が暮れてしまったので、写真を撮れる訳でもなく、それ程時間も変らなかったので、かえってヴェネツィアの別の風景を見れたと思っています。

この日の夕食は、サンタ・ルチア駅前でホテル・プリンチぺにも近いレストランに入って、ワインと
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御飯が恋しくなっていた妻は 魚介のリゾット を

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私は イカ墨のパスタ を食べて、ヴェネツィアを満喫した一日は終わりました。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」 「21世紀シリーズ ヴェネツィア」「Google マップ」等を参考または参照にしています。
  1. 2017/02/27(月) 18:52:12|
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ヴェネツィア散策 - 24 カナル・グランデ⑥ サン・トマ  ⇒ サン・マルコ・ヴァッラレッソ Ⅱ

サン・トマ停留所 から サン・マルコ広場 に向かう途中の、カナル・グランデ の風景の後半です。

アカデミア停留所 を過ぎた辺り  右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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右側の濃いオレンジ色の建物 /
GALLERIA D'ARTE IL CANALE ・ Bar Foscarini
中央左側の建物 / コンタリーニ・ポリニャック宮殿 ( 博物館 )
左奥の白い建物 /
モリーン・バルビ・ヴァリエール・デッラ・トレッツァ館

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ブランドリーン・ロータ館
- GALLERIA D'ARTE IL CANALE ・ Bar Foscarini
 17世紀
カナル・グランデ側の立面の規模、そして2・3階の開口部の構成が、左隣のコンタリーニ・ポリニャック宮殿と似ています。
外壁が濃いオレンジ色の塗り壁である点、目立った装飾は無く水平にボーダーが施され、屋根の上には切妻の小屋裏部屋あり、2本の大きな塔状の煙突が有る点が明確な相違点です。

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コンタリーニ・ポリニャック宮殿 ( 博物館 ) 
ジョヴァンニ設計 15世紀中頃
2・3階中央の5連の半円アーチを、イオニア式のオーダー柱が支え、両側の壁には2つの半円アーチ窓を開けた、シンメトリーで端整な立面を持つルネサンス建築の典型ともいえる美しい建築。
1・2階は白い大理石張りなのに対し、3階の柄の有る淡いオレンジ色の外壁とした配色や、2・3階に散りばめられた〇をモチーフとした装飾、そして1階のフリーズ部分に施された彫の浅い装飾も、この建物全体から感じられる淡く美しいイメージを強調しているように感じられます。

アカデミア~ジリオ停留所 の間  右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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中央の白い建物 /
モリーン・バルビ・ヴァリエール・デッラ・トレッツァ館 17世紀
 2・3階の中央部には半円アーチの4連窓があり、両脇には2つづつの
 半円アーチ窓が開けられています。
 1階正面玄関は3つのアーチで構成された17世紀の建物で、両側の
 粗い石積みのテラスは、1750年以後にが追加されたものです。
 外壁は白い塗り壁で、水平にボーダーが施されています。
左側のクリーム色の建物 / ロレダン・チーニ館


アカデミア~ジリオ停留所 の間  右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
カナル・グランデ から、右岸のS・ヴィオ川を見る
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運河右岸の建物 / ロレダン・チーニ館 16世紀
運河左岸の建物 / バルバリーゴ宮殿
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バルバリーゴ宮殿 16世紀
カナル・グランデサン・リオ広場の角に建つ鮮やかなモザイク画の建物
16世紀の建築ですが、壁面を飾るモザイク画ジュリォ・カルリーニの下絵に基づいて18世紀に制作されたものです。
両脇の四角の区画に、皇帝カール五世がティツィアーノの工房を訪れた時の2人(左)と、フランス王アンリ三世がムラーノ島のあるガラス工場を訪問した時の模様(右)が描かれている。
モザイク画以外は、16世紀の典型的な古典様式の建物で、中央部の4連の半円アーチと両脇の2つづつの半円アーチ窓のうち、内側の窓は4連窓と接近して開けられているので、6連窓の様に見えます。
大理石の水平のボーダーアーチ窓枠のボーダーと結び付くデザインとなっています。

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右側の建物 / バルバリーゴ館 16世紀
左側の建物 / ミュラ・モロシーニ館 15世紀
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右側の建物 / バルバリーゴ館 16世紀
左側の建物 / ミュラ・モロシーニ館 15世紀
 運河に面する玄関は2門あり、2・3階の中央部の4連窓はオジー
 アーチ窓
があり、4階の窓は2・3階よりやや小さめです。


ジリオ停留所 の向い辺り  右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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右端に少しだけ見える建物 / ダーリオ館
上の建物の左隣の茶色い建物 / バルバロ・ヴォルコフ館
上の建物の左隣の肌色の建物 / 18世紀の住宅
写真中央のクリーム色寄棟屋根の建物 / サルヴィアティ館
上の建物の左隣の肌色6連窓の建物 / 詳細不明
上の建物の左隣の建物 / Casa Santomaso 14世紀
ドームの右下のオレンジ色の建物 / Nani Mocenigo 館 16世紀
ドームの下の肌色の建物 / ジェノベーゼ館 - 現Centurion Palace ( 5つ星ホテル )
左端に見えているドーム / サンタ・マリア・デッサ・サルーテ聖堂
左端の2階建ての建物 / サン・グレゴーリオ修道院

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バルバロ・ヴォルコフ館 15世紀半
大運河に面する尖頭アーチの1階玄関の高さが、通常の半分程しかありません。
2階は壁が殆どなく、大きめの6連の尖頭アーチ窓が開けられています。
この建築の何と言っても特徴的な点は、3・4階の開口部がアン・シンメトリーなデザインだと言うことでしょう。

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サルヴィアティ館 19世紀

サン・トマ停留所 の少し手前  右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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右端に少しだけ見える建物 / Casa Santomaso 14世紀
上の建物の左隣りのオレンジ色の建物 / Nani Mocenigo 館 16世紀
中央の左の肌色の建物 / ジェノベーゼ館 - 現Centurion Palace ( 5つ星ホテル )
左端に見えているドーム / サンタ・マリア・デッサ・サルーテ聖堂
左端の2階建ての建物 / サン・グレゴーリオ修道院

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ジェノベーゼ館 トゥリコーミ・マッテーイ設計 1892年
左隣のサン・グレゴーリオ修道院の一部を壊取り壊し、1892年に古い建物風に建てられたゴシック・スタイルの新しい建物です。

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サン・グレゴーリオ修道院
創建は1160年、14世紀に再建され、1775年には廃止されされてしまいます。
19世紀には、右隣のジェノヴェーゼ館に場所を提供する為、一部が取り壊されますが、14世紀のゴシック様式の回廊と、表玄関は残されました。
1461年頃の教会の後陣は、大運河からも見ることが出来ます。
1805年に修道院は廃止されています。

サン・トマ停留所 の辺り  右岸 / ドルソ・ドゥーロ地区
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サンタ・マリア・デッサ・サルーテ聖堂 
バルダッサレ・ロンゲーナ設計  1687年
1630年に2度目の猛威を振るったペストが終焉したことに感謝し、1687年に完成したこの聖堂は、ヴェネツィア共和国元老院は聖堂建設を決定し、健康 ( サルーテ ) の名を冠して聖母マリアに捧げられたもので、バロック建築の最高傑作と言われています。

朝に通った時に、既に紹介済みですが、朝は水上バスの左岸側に乗っていたので、サン・マルコ・サン・ガッサリア停留所に停泊する為に、180度転回した時に撮った写真は聖堂の遠景だけでしたが、今回は間近から撮ることが出来ました。

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流石にバロック建築の最高傑作と言われるだけのことはあります。

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是非内部も見学したかったのですが、スケジュールの関係で諦めるしかありませんでした。

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聖堂内部  出典 : Wikipedia - 「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」

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主祭壇  出典 : Wikipedia - 「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」

サルーテ~サン・マルコ・ヴァッラレッソ停留所 の間  
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ドルソドゥーロ地区 の先端に建つ 税関 越しに、サンタ・マリア・マジョーレ教会を見る。

サン・マルコ広場の少し手前のサン・マルコ・ヴァッラレッソ停留所で水上バスを下船して、日が暮れるまでお土産を探しのウインドーショッピングです。

※ この記事内の説明文は「Wikipedia」 「週刊ユネスコ 世界遺産 ヴェネツィアとその潟」 「イタリア、とりわけヴェネツィア」「Google マップ」等を参考または参照しています。
  1. 2017/02/25(土) 18:50:00|
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